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しおりを挟む車でどれほど移動したのか、エンジンの音と振動が止むと乱暴に降ろされ、歩くようにと指示された。
目隠しをされているので何度も躓き、ほとんど引きずられるようにして移動する。
靴底に当たるのは舗装されたアスファルトとは違う砂利の感触だ。土と草の匂いがして、人気のない場所に連れてこられたのだということだけはなんとなくわかった。
やがて、段差に引っ掛かりつんのめりかけた足が踏んだ場所がギシッと鳴る。
木造の建物の中に入ったらしい。中はひんやりとして、埃っぽく、黴臭さが鼻をついた。
「遅かったじゃねえか」
「すみません、中々お開きにならなかったもんで」
聞き覚えのある声に、湊を引きずる男が答えている。
体を粘着テープで拘束され、壁のようなところに括りつけられると、目隠しが外された。
ぼんやりした視界が少しずつクリアになる。
暗い室内で最初に目に入ったのは、まず光源である灯台のちろちろと揺れる火明かり。それに朧に照らし出される祭壇。
太い柱が今にも崩れそうな天井を支えている。その柱の一つに自分は括り付けられているようだ。
どうやら、ここは廃寺のようだった。
湊が踏んでいるのは、黒ずんでところどころ腐食の進む床だが、寺院としての機能を果たしていた頃には畳が敷かれていたのだろう。
「さっきもそうだったが、随分大人しいんだな。怖くて竦んじまってるのか?極道のオンナのくせに意気地がねえな」
状況を把握していると、嘲りが飛んできた。
声の主は、予想通り長崎だ。
もはや形ばかりの祭壇の階段にどっかりと座り、悪意のこもった視線をぶつけてくる。
いつ危害を加えられるかわからないという恐怖はもちろんある。こんな状況で怖くないのは、この状況をたった一人で覆せる力を持つ者だけだろう。
だが、極道のオンナだというのなら猶更、ここで湊が取り乱しては竜次郎が恥をかくことになる。
虚勢を張ったり、怒りをぶつけたりするのは得意ではないので、反論はせずに、ただ、腹に力を入れて長崎を見つめ返した。
その反応はあまり面白くなかったようで、長崎は鼻白む。
「お前みたいなオカマが代貸のオンナなんて、本当に落ちぶれたもんだよ。松平ももう終いだ」
「松平組の人たちと……お知り合いなんですか?」
彼らを知っているような口ぶりに、思わず聞いていた。
「松平金は最後の侠客で、松平組は、最高の任侠一家だった。だが……」
刹那、遠くを見る目になった長崎は途中で口を閉ざし、思い出を振り切るように首を振ると、肩を竦める。
「お前みたいなのに話すようなことじゃねえな。ま、お前があのガキをたらしこんでてくれたお陰で事が起こしやすくなってんだ。そういう意味では、感謝してるんだぜ?」
負担そのものだと言われた気がして、ドクン、と心臓が嫌な音を立てた。
体面のことだけではなく、自分の存在はそのまま竜次郎の弱点になるのだ。
やはり、再会してはいけなかったのかもしれないという考えが、湊の中で大きくなっていく。
「(竜次郎……)」
決意や覚悟が、嘘だったわけではない。
だが、喪失の可能性への恐怖は、簡単に全てを塗りつぶした。
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