上 下
126 / 168
極道とウサギの甘いその後+サイドストーリー

極道とウサギの甘いその後3−4

しおりを挟む
「え、二人ともレベル高すぎじゃない?どうしてこんなとこ来ちゃったの?」

 主催と思しき青年の大袈裟な言葉に、近くにいた若者たちの視線が突き刺さり、湊は内心で焦った。
 ほぼ上からかぶっただけの、酒の席の仮装と変わらないレベルの女装なので(八重崎も似たようなものだろう)、あまり見られると困る。
 さびれたスナックの地下には、確かに若者がひしめくクラブがあった。
 それほど広くはない。しかし通りの人通りの少なさや、外観のくたびれ具合からは想像もできない空間である。


 八重崎が目的地として示した先、スナック「ゆう」の扉を開くと、黄ばんだ店内は薄暗く、スナックの方は営業はしていないようだった。
 カウンターにいるヘッドホンをした若い男に八重崎が近寄っていく。
「リカの紹介で来た……」
 それが実在の人物なのかどうかはわからないが、八重崎がスマートフォンを見せて金を払うと、特に身元を確認されるでもなく従業員用の扉が示された。

 古いフライヤーが何枚か貼り付けられた扉を開くと、音楽が聞こえてくる。
 狭い廊下の先に地下へと降る階段があり、そこを抜けると、別世界が広がっていた。
 ミラーボールと赤や青の照明。狭いので、踊るよりも交流がメインの空間のようだ。
 客は店の面積に対して過密に思えるくらいに入っている。ほとんどが若者であり、制服姿の者も見受けられた。
 バーカウンターがあり、そこには客よりは少し年齢が上の青年が、派手なメイクの女性と楽しげに話しをしている。
 クラブの主催者か、この建物の持ち主か。
 おのぼりさんのようにキョロキョロしていると、八重崎が迷わずバーカウンターの方に突き進んでいくので、慌てて湊もそれに従った。

 湊の格好は、クラブに行くには少し大人しいオフホワイトの細身のワンピースに、ふわっとしたセミロングのウィッグ、ベージュのパンプス。
 八重崎は制服のスカートの上にビビッドな色合いのデザインパーカーをかぶって、首にはヘッドホンをかけている。
 少々謎の取り合わせに、カウンターのテーラードジャケットの男は一瞬驚いたような顔をした後、親しげに話しかけてきた。
 どんな態度でいればいいか悩む湊とは違い、八重崎は堂々としたものだ。

「八重子……最近退屈だから……リカにここのことを聞いて……遊びに来てみた……」
「へー、嬉しいな。楽しんでいってよ。そっちの子はおとなしいんだね。こういうとこ来たことなかった?緊張してる?」
 声をどれくらい作ったらいいのか迷って、こくこくと頷いておいた。
「桜子は……箱入りだから……。でも最近彼氏が構ってくれなくて寂しい……っていうから誘った……」
「そうなんだ!?こんな子ほっとくとかどんな鬼畜だよ」
 フォローはありがたいが、その設定は有効なんですか、と心の中で肩を落とした。
 仕方がないので竜次郎に構ってもらえない自分をイメージしてそれらしい雰囲気を出してみる。

 ……イメージしただけで本当に悲しくなってきた。

「俺なら毎日連れ歩いちゃうけどなー……」
「桜子……ショーさんが次の彼氏に立候補してくれるって……」
 いつの間にこの人の名前を……。
 あとそんなに積極的に振ってこないでほしい。
 演技力にはあまり自信はない。
 つんつんと自分より頭一つ小さい八重崎をつつく。
「や、八重子ちゃん、やめなよ、迷惑だよ……」
「迷惑とかないって!あ、飲み物何にする?」
「八重子はタピオカミルクティー……」
「いやータピオカはないなあ。二人とも学生さんだよね?ソフトドリンクのメニューはこっち」
「ねえ、ショーさん」
「今行く。じゃあ、…また後で話せたら嬉しいな、二人とも」

 他の客に呼ばれ、『ショー』の注意が二人から逸れた。
 もう一人いたスタッフにそれぞれドリンクを頼み、受け取ると人の少ない隅の方の暗がりに移動する。

「流石……『SILENT BLUE』屈指のキャストは……男にモテモテ……」
「モテてたのかどうかはわからないですけど……ぐいぐい来ますね、こういうところの人って」
 湊の生活圏内にああいうタイプの人間がいたことはない。やけに話すときの距離が近くて、少し引いた。
「あれは絶対に桜子に目を付けた…。ヤク漬けにして……モノにする気ムンムン……。強請れば、すぐブツがもらえそう」
「そんなに簡単に出してきますか?足がつけば、自分も危ないのに」
「そもそも、他人のシマで売買を始めるような人間……穴は大きい」

 言って、八重崎が視線で示した先には、化粧室がある。
 そこに女性が入っていくと、後から時間をおいてスタッフらしき男性が入っていくのが見えた。

「化粧室でブツをやり取りするのは……定番……」
「あれは……そういう……?」
 そんなに安易に売りつけているものなのか。
「桜子も、あそこに連れ込まれるのがゴール……」
「い、一応……頑張ります……」
 レコーダーもスマホもきちんとバッグの中に入っている。
 きちんと証拠をつかんで帰らなくては。

「八重子は……ボディコンにジュリ扇でお立ち台……テクノで……オールナイトしてるから……逆ナン頑張って……」
「じゅりせん?」
 耳慣れぬ言葉を聞き返すと、舌打ちをされた。
「最近の若い者は……ジュリアナ東京も知らんのか……」
「す、すみません?」
 確か、八重崎とは年は大して変わらないと思うのだが。

しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

東と林

BL / 連載中 24h.ポイント:14pt お気に入り:0

御曹司に捕まった孤児

BL / 連載中 24h.ポイント:149pt お気に入り:17

だいすきなひとたち(1部完結第2部へ、、、?

BL / 連載中 24h.ポイント:14pt お気に入り:344

魔女に呪われた私に、王子殿下の夜伽は務まりません!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:21pt お気に入り:1,700

処理中です...