溺愛極道と逃げたがりのウサギ

イワキヒロチカ

文字の大きさ
169 / 188
極道とウサギの甘いその後+サイドストーリー

極道とウサギの甘いその後5ー1

しおりを挟む
「ただいま、竜次郎」
「おう、遅えぞ」

 湊が『SILENT BLUE』での仕事を終えて戻ってくると、竜次郎はいつもこう言う。
「うーん、いつもと同じと思うけど…」
「いつも遅えんだよ」
 二十四時閉店でそこから車で東京の端まで戻るので、もちろん早い時間ではないが、ほぼ毎日のことなのに、と少し呆れる。
 とはいえ、自分も竜次郎と離れていると早く会いたいと思ってしまうので、とやかく言える筋合いではないかもしれない。

 湊が落ち着く間もなく、竜次郎はぎしりと音を立てて椅子から立ち上がった。
「お前も戻ってきたし、そろそろ帰るか」
「今日はもう事務所にいなくて大丈夫なの?」
「お前が戻ってきた時間が俺の退勤時間なんだよ」
 立場的にそれでいいのかどうかよくわからないが、もっと事務所にいてくれと頼まれているのは見たことがない。
 今も、周囲のパソコンに向かっていたりどこかに電話をかけたり仕事中と思しき数人の組員は「お疲れさんっした~」とのんびり手を振っている。

 ゆるく送り出され、二人で事務所を出て車に乗り込むと、湊はバッグの中のスマホが着信を知らせていることに気付いた。
「あ、八重崎さんからだ」
「こんな時間にかよ…」
 盛大に眉を顰める竜次郎は電話に出てほしくなさそうだったが、平常時こんな時間に八重崎から連絡が来ることはない。
 緊急の連絡かもしれないと、竜次郎に謝ってから通話ボタンをタップした。
「はい、桜峰です」

『湊…………、やってる…?』

「え……?」
 思いもよらない第一声に、何の話かと首を傾げる。
 声も唐突さも八重崎本人で間違いはなさそうだが、一体何を聞かれているのかわからず戸惑っていると、それについて重ねて問われることはなく、今度は近くに竜次郎はいるのかと訊ねられた。
 いると答えると、スピーカーにして欲しいと言われ、特に断る理由もないのでそのようにする。
「八重崎さんが、竜次郎とも話したいって」
「ああ?こんな時間に何の用だよ」
『ガチ五郎…やってる…?』
「飲み屋や蕎麦屋じゃねえんだ。っつーか、やってると思ったら連絡すんじゃねえ」

 なるほど、こんな切り返しを求められていたのか。
 流石竜次郎は八重崎へのツッコミも完璧だ。

『閉店しているお店に連絡する方が…非常識…では…?』
「そこを繋げんなよ…はあ…、…お前と話してると頭が痛くなるんだが」
『…千人と話すと…九百九十九人くらいにそう言われる…』
「割合高すぎんだろ!ちったあ顧みろ!」
 二人の会話はコントのようで面白い、が、なかなか話が進まず車も屋敷についてしまったので、「それで、今日は…?」と先を促す。
『……忘れてた……』
「いや忘れんなよ」
 ぼやいた竜次郎は、しかし続いた八重崎の言葉に目を瞠ることになった。

『三十分ほど前…、『オルカ』の拠点の一つが暴徒に襲撃された…』

「…何だと?」
「そんな…、中尾さんは無事なんですか?」
 『オルカ』は中尾宗治という男がリーダーの、半グレ集団だ。
 互いの主張する縄張りが隣接しているので松平組とは仲が悪いようだが、湊自身は中尾に窮地を救ってもらったこともあり、仲良くしてくれるといいのにと思っている。
 『オルカ』はヤクザではないので、わかりやすく代紋を掲げて事務所を構えてはいない。
 社会的な実態を持たないことで検挙されにくいのが半グレの強みらしいが、つまり今回メンバー以外には非公開の拠点を襲撃されたことになる。
『襲撃された時…人は…いなかった…』
 中尾はその場にはいなかったらしい。ほっとしたが、竜次郎は怪訝な顔のままだ。
「三十分前って…お前はこの情報どこから持ってきた」
『…暴徒がやって来た時…たまたまカメラで…見てた…』
「いや、それは普通におかしいだろ!」

 並外れた頭脳と知識を持つ八重崎のことだから、世界中のどこでも、起動しているモニターやカメラがあれば、そこに割り込んで盗撮盗聴することくらい朝飯前だろう。
 特に今の家電や電子機器はインターネットに接続して利用するものが多いので、干渉もしやすいはずだ。
 …何故、その世界規模のサイバーテロを起こせる技術でもって、わざわざ中尾の拠点を観察していたのかは甚だ謎だが。

『…襲撃者は…恐らく一般人…。誰の差し金かは…不明…』
「……不明っても、お前には大体想像はついてるんじゃねえのか」
『確証のないことは…言わない…』
「中尾さんはこのことをもう知ってるんでしょうか」
『…こっそり…知らせておいたから…大丈夫…R・Mの署名入りで…』
「R・M?って、俺のイニシャルじゃねえか…!」
『八重子…お肌が荒れちゃうからもう寝るわ…』
「あっ、おいコラ、八重崎てめえ…!」

 事態をややこしくしたまま、電話は切れた。

 既に止まった車内で、竜次郎は大きくため息をついて頭を抱える。
「…あいつは…何がしたいんだマジで…」
「わ、わからないけど、知らせてくれただけでもありがたいんじゃないかな?」
「そう…か?まあ、あいつがいらんことしなくても、この後の展開は変わらねえかもな」
「?どういう意味?」
 竜次郎は問いには答えず、運転席の組員に今の話を日守に伝えるよう指示を出し、すぐに湊の方に向き直った。
「とりあえず、今できることはなんもねえからな。俺たちは俺たちの、やるべきことをやろうぜ」
「やるべきこと…?」
 何かあっただろうか。
 首を傾げると、竜次郎は悪そうな顔でニヤリと笑う。

「もちろん、お前を可愛がったりとかそういうことだ」

 そして湊は、車を降りるなり寝室へと連行された。
しおりを挟む
感想 27

あなたにおすすめの小説

ノリで付き合っただけなのに、別れてくれなくて詰んでる

cheeery
BL
告白23連敗中の高校二年生・浅海凪。失恋のショックと友人たちの悪ノリから、クラス一のモテ男で親友、久遠碧斗に勢いで「付き合うか」と言ってしまう。冗談で済むと思いきや、碧斗は「いいよ」とあっさり承諾し本気で付き合うことになってしまった。 「付き合おうって言ったのは凪だよね」 あの流れで本気だとは思わないだろおおお。 凪はなんとか碧斗に愛想を尽かされようと、嫌われよう大作戦を実行するが……?

優しい檻に囚われて ―俺のことを好きすぎる彼らから逃げられません―

無玄々
BL
「俺たちから、逃げられると思う?」 卑屈な少年・織理は、三人の男から同時に告白されてしまう。 一人は必死で熱く重い男、一人は常に包んでくれる優しい先輩、一人は「嫌い」と言いながら離れない奇妙な奴。 選べない織理に押し付けられる彼らの恋情――それは優しくも逃げられない檻のようで。 本作は織理と三人の関係性を描いた短編集です。 愛か、束縛か――その境界線の上で揺れる、執着ハーレムBL。 ※この作品は『記憶を失うほどに【https://www.alphapolis.co.jp/novel/364672311/155993505】』のハーレムパロディです。本編未読でも雰囲気は伝わりますが、キャラクターの背景は本編を読むとさらに楽しめます。 ※本作は織理受けのハーレム形式です。 ※一部描写にてそれ以外のカプとも取れるような関係性・心理描写がありますが、明確なカップリング意図はありません。が、ご注意ください

【完結】※セーブポイントに入って一汁三菜の夕飯を頂いた勇者くんは体力が全回復します。

きのこいもむし
BL
ある日突然セーブポイントになってしまった自宅のクローゼットからダンジョン攻略中の勇者くんが出てきたので、一汁三菜の夕飯を作って一緒に食べようねみたいなお料理BLです。 自炊に目覚めた独身フリーターのアラサー男子(27)が、セーブポイントの中に入ると体力が全回復するタイプの勇者くん(19)を餌付けしてそれを肴に旨い酒を飲むだけの逆異世界転移もの。 食いしん坊わんこのローグライク系勇者×料理好きのセーブポイント系平凡受けの超ほんわかした感じの話です。

ウサギ獣人を毛嫌いしているオオカミ獣人後輩に、嘘をついたウサギ獣人オレ。大学で逃げ出して後悔したのに、大人になって再会するなんて!?

灯璃
BL
ごく普通に大学に通う、宇佐木 寧(ねい)には、ひょんな事から懐いてくれる後輩がいた。 オオカミ獣人でアルファの、狼谷 凛旺(りおう)だ。 ーここは、普通に獣人が現代社会で暮らす世界ー 獣人の中でも、肉食と草食で格差があり、さらに男女以外の第二の性別、アルファ、ベータ、オメガがあった。オメガは男でもアルファの子が産めるのだが、そこそこ差別されていたのでベータだと言った方が楽だった。 そんな中で、肉食のオオカミ獣人の狼谷が、草食オメガのオレに懐いているのは、単にオレたちのオタク趣味が合ったからだった。 だが、こいつは、ウサギ獣人を毛嫌いしていて、よりにもよって、オレはウサギ獣人のオメガだった。 話が合うこいつと話をするのは楽しい。だから、学生生活の間だけ、なんとか隠しとおせば大丈夫だろう。 そんな風に簡単に思っていたからか、突然に発情期を迎えたオレは、自業自得の後悔をする羽目になるーー。 みたいな、大学篇と、その後の社会人編。 BL大賞ポイントいれて頂いた方々!ありがとうございました!! ※本編完結しました!お読みいただきありがとうございました! ※短編1本追加しました。これにて完結です!ありがとうございました! 旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」

発情期のタイムリミット

なの
BL
期末試験を目前に控えた高校2年のΩ・陸。 抑制剤の効きが弱い体質のせいで、発情期が試験と重なりそうになり大パニック! 「絶対に赤点は取れない!」 「発情期なんて気合で乗り越える!」 そう強がる陸を、幼なじみでクラスメイトのα・大輝が心配する。 だが、勉強に必死な陸の周りには、ほんのり漂う甘いフェロモン……。 「俺に頼れって言ってんのに」 「頼ったら……勉強どころじゃなくなるから!」 試験か、発情期か。 ギリギリのタイムリミットの中で、二人の関係は一気に動き出していく――! ドタバタと胸きゅんが交錯する、青春オメガバース・ラブコメディ。 *一般的なオメガバースは、発情期中はアルファとオメガを隔離したり、抑制剤や隔離部屋が管理されていたりしていますが、この物語は、日常ラブコメにオメガバース要素を混ぜた世界観になってます。

【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】

紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。 相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。 超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。 失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。 彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。 ※番外編を公開しました(2024.10.21) 生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。 ※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。

結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした

BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。 実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。 オメガバースでオメガの立場が低い世界 こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです 強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です 主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です 倫理観もちょっと薄いです というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります ※この主人公は受けです

借金のカタに同居したら、毎日甘く溺愛されてます

なの
BL
父親の残した借金を背負い、掛け持ちバイトで食いつなぐ毎日。 そんな俺の前に現れたのは──御曹司の男。 「借金は俺が肩代わりする。その代わり、今日からお前は俺のものだ」 脅すように言ってきたくせに、実際はやたらと優しいし、甘すぎる……! 高級スイーツを買ってきたり、風邪をひけば看病してくれたり、これって本当に借金返済のはずだったよな!? 借金から始まる強制同居は、いつしか恋へと変わっていく──。 冷酷な御曹司 × 借金持ち庶民の同居生活は、溺愛だらけで逃げ場なし!? 短編小説です。サクッと読んでいただけると嬉しいです。

処理中です...