溺愛極道と逃げたがりのウサギ

イワキヒロチカ

文字の大きさ
172 / 188
極道とウサギの甘いその後+サイドストーリー

極道とウサギの甘いその後5ー4

しおりを挟む
「八重子、お前と話してると頭が痛くなる」

 そう吐き捨て、中尾は帰って行った。
 情報を得ることよりも、精神の均衡を保つことを優先したのだろう。
 八重崎は最初から中尾などいなかったかのような顔で、背負っている丸い耳のついた黒いリュックからタブレットを取り出している。
「ちなみに基武の『黙れ』はフリー素材として配布してる……イケボの声素材として人気……お陰様で一万ダウンロード突破……」
 八重崎の操作したタブレットから『黙れ』という三浦の声がした。
 その一万人は、この音声をダウンロードしてどうするのだろうか。
 八重崎は配信の音声がどうとか言っていたので、個人で作成する動画などに使うのかもしれない。
 普段あまり動画を観る機会はないが、どんなふうに使われているのか、少しだけ観てみたい気もする。
「あいつも……大変だな……」
 うっかり自分の声をフリー素材にされそうになった竜次郎は、三浦に心底同情しているようだ。

 話はかなり脱線してしまったが、八重崎のいるうちに色々聞いておいた方がいいだろう。
 湊は再生ボタンを連打してDJのようになっている八重崎に呼びかけた。
「白木組っていうのはどんな組なんですか?」
「画像……見る……?」
 タブレットを差し出されたので覗き込むと、屋内プールらしき場所で巨大な触手に巻き付かれる人相の悪い男達の阿鼻叫喚の映像が始まった。
 すぐに八重崎の細い指がそっと画面をスライドする。
「今のは……編集中の……先日開催された黒神会毎月恒例、ヤクザだらけの水泳大会~触手もあるよ~の動画……だった……」
「毎月恒例……」
「地獄絵図すぎんだろっていうか録画してんのかよ」

 気になることしかないが、あの巨大な触手は一体……。
 黒神会はプールでダイオウイカでも飼育しているのだろうか。

「幹部クラス……いわゆる直参が……毎月参加を義務付けられている……サバト……」
 竜次郎が心底嫌そうに唸る。
「こんなことまでして幹部でいてえって気持ちが理解できねえな」
「黒神会の傘下にいるからお縄にならないボロいシノギが……たくさんある……から……」

 不意に、八重崎が竜次郎をじっと見つめた。

「……なんだよ」
「松平組は……例外的に黒神会の会長と対等な立場……サバトにも参加しない……。それを……妬んでる組もある……」
 湊は驚いたが、竜次郎は把握していたようで、苦い顔で頷いている。
「ま、ただの逆恨みだがな」
「かつて全国のヤクザを拳一つでまとめ上げた……伝説のゴリラとの密約が……今も松平組をB級ホラーの触手から守っている……」
「………………ええと?」

 ヤクザとゴリラと触手。急にどういう世界観なのだろう。

「その伝説のゴリラは……黒神会会長の地上最強の嫁……」
「えっ、女性!?」
 八重崎がまたタブレットを差し出してくる。
 そこには、ショートボブの細身の女性と、恐らく若い頃の黒神会会長が表示されていた。
 女性の格好はボーイッシュで、黒神会会長に向かって忌々しげな表情を浮かべてはいるが、ゴリラもとい拳一つでヤクザをまとめ上げるような武闘派には見えない。
「そのゴリ…、女とうちの親父が博打勝負して、親父が勝ったから松平組は黒神会に吸収されてねえって話だろ」
「黒神会はそもそもそのゴリラが開祖みたいなもの……ゴリラとのかつての盟約を破りたくなくて残留してる組も多い……」
「そんなに凄い人だったんですね」
「白木組も……その一つ……」
「え……」
「組長はゴリゴリのタカ派……」
「タカ派?」
 タカ派とは、確か政治や金融の用語だったような気がするが、ヤクザの世界でもそのような分類があるのか。
「伝説のゴリラの名前が鷹乃だったからタカ派……」
「な、なるほど」

「ようするに……自分の推しと特別なエピソードを持つ松平金に……何年もジェラシーをこじらせている……」
 八重崎は、明らかに本人の了承のもとに撮られたものではない画像を見せてくれた。
 どこか高い場所から望遠レンズで写したのか、数人のスーツの男に囲まれた、スキンヘッドに髭を蓄えたいかにもヤクザらしい体格の年配の男性が写っており、その横に背の高い痩せた神経質そうな男が付き従っている。
 体格のいい方が貸元、つまり組長で、細い方が代貸の柳だそうだ。
 以前竜次郎が危険な男だと話してくれたが、確かに柳は写真で見ただけでも一筋縄でいかなさそうな雰囲気がある。

「八重子……三時のおやつの鐘がなる前に帰らなくちゃ…」

 唐突にそう言い出した八重崎は、タブレットをリュックにしまい、代わりに茶色の紙袋を取り出して湊に押し付けた。
「これ……お守り……肌身離さず持ってて……絶体絶命の時に開けて欲しい……」
「あ、ありがとうございます」
「肌身離さずってわりにはかさばるな」
 湊が他人から何かもらうのが嫌だったのだろう、眉を顰めた竜次郎が憎まれ口をたたく。
 折角の厚意にそんな言い方、と非難の視線を送ったものの、竜次郎の言う通りお守りというには大きいし、やけにずっしりと重たい。一体何が入っているのだろう。
 失礼な物言いを気にした様子もなく、八重崎はリュックの中から更に何かを取り出して竜次郎に渡した。

「そんな束縛系彼氏のガチ五郎には…オナホ型のクラッカーをプレゼント……。紐を引くとザー…もといカラーテープが飛び出します……。接着してあるので飛び散って汚れません……実用的……これで今夜はパーリナイ……してちょんまげ……」

「今夜とナイトがかぶってるしなんだこれ、本気でいらねええええ…!」

 竜次郎のツッコミの叫び声が事務所に響きわたった。
しおりを挟む
感想 27

あなたにおすすめの小説

結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした

BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。 実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。 オメガバースでオメガの立場が低い世界 こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです 強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です 主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です 倫理観もちょっと薄いです というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります ※この主人公は受けです

ノリで付き合っただけなのに、別れてくれなくて詰んでる

cheeery
BL
告白23連敗中の高校二年生・浅海凪。失恋のショックと友人たちの悪ノリから、クラス一のモテ男で親友、久遠碧斗に勢いで「付き合うか」と言ってしまう。冗談で済むと思いきや、碧斗は「いいよ」とあっさり承諾し本気で付き合うことになってしまった。 「付き合おうって言ったのは凪だよね」 あの流れで本気だとは思わないだろおおお。 凪はなんとか碧斗に愛想を尽かされようと、嫌われよう大作戦を実行するが……?

ウサギ獣人を毛嫌いしているオオカミ獣人後輩に、嘘をついたウサギ獣人オレ。大学で逃げ出して後悔したのに、大人になって再会するなんて!?

灯璃
BL
ごく普通に大学に通う、宇佐木 寧(ねい)には、ひょんな事から懐いてくれる後輩がいた。 オオカミ獣人でアルファの、狼谷 凛旺(りおう)だ。 ーここは、普通に獣人が現代社会で暮らす世界ー 獣人の中でも、肉食と草食で格差があり、さらに男女以外の第二の性別、アルファ、ベータ、オメガがあった。オメガは男でもアルファの子が産めるのだが、そこそこ差別されていたのでベータだと言った方が楽だった。 そんな中で、肉食のオオカミ獣人の狼谷が、草食オメガのオレに懐いているのは、単にオレたちのオタク趣味が合ったからだった。 だが、こいつは、ウサギ獣人を毛嫌いしていて、よりにもよって、オレはウサギ獣人のオメガだった。 話が合うこいつと話をするのは楽しい。だから、学生生活の間だけ、なんとか隠しとおせば大丈夫だろう。 そんな風に簡単に思っていたからか、突然に発情期を迎えたオレは、自業自得の後悔をする羽目になるーー。 みたいな、大学篇と、その後の社会人編。 BL大賞ポイントいれて頂いた方々!ありがとうございました!! ※本編完結しました!お読みいただきありがとうございました! ※短編1本追加しました。これにて完結です!ありがとうございました! 旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」

発情期のタイムリミット

なの
BL
期末試験を目前に控えた高校2年のΩ・陸。 抑制剤の効きが弱い体質のせいで、発情期が試験と重なりそうになり大パニック! 「絶対に赤点は取れない!」 「発情期なんて気合で乗り越える!」 そう強がる陸を、幼なじみでクラスメイトのα・大輝が心配する。 だが、勉強に必死な陸の周りには、ほんのり漂う甘いフェロモン……。 「俺に頼れって言ってんのに」 「頼ったら……勉強どころじゃなくなるから!」 試験か、発情期か。 ギリギリのタイムリミットの中で、二人の関係は一気に動き出していく――! ドタバタと胸きゅんが交錯する、青春オメガバース・ラブコメディ。 *一般的なオメガバースは、発情期中はアルファとオメガを隔離したり、抑制剤や隔離部屋が管理されていたりしていますが、この物語は、日常ラブコメにオメガバース要素を混ぜた世界観になってます。

俺がこんなにモテるのはおかしいだろ!? 〜魔法と弟を愛でたいだけなのに、なぜそんなに執着してくるんだ!!!〜

小屋瀬
BL
「兄さんは僕に守られてればいい。ずっと、僕の側にいたらいい。」 魔法高等学校入学式。自覚ありのブラコン、レイ−クレシスは、今日入学してくる大好きな弟との再会に心を踊らせていた。“これからは毎日弟を愛でながら、大好きな魔法制作に明け暮れる日々を過ごせる”そう思っていたレイに待ち受けていたのは、波乱万丈な毎日で――― 義弟からの激しい束縛、王子からの謎の執着、親友からの重い愛⋯俺はただ、普通に過ごしたいだけなのにーーー!!!

恋なし、風呂付き、2LDK

蒼衣梅
BL
星座占いワースト一位だった。 面接落ちたっぽい。 彼氏に二股をかけられてた。しかも相手は女。でき婚するんだって。 占い通りワーストワンな一日の終わり。 「恋人のフリをして欲しい」 と、イケメンに攫われた。痴話喧嘩の最中、トイレから颯爽と、さらわれた。 「女ったらしエリート男」と「フラれたばっかの捨てられネコ」が始める偽同棲生活のお話。

【完結済】俺のモノだと言わない彼氏

竹柏凪紗
BL
「俺と付き合ってみねぇ?…まぁ、俺、彼氏いるけど」彼女に罵倒されフラれるのを寮部屋が隣のイケメン&遊び人・水島大和に目撃されてしまう。それだけでもショックなのに壁ドン状態で付き合ってみないかと迫られてしまった東山和馬。「ははは。いいねぇ。お前と付き合ったら、教室中の女子に刺されそう」と軽く受け流した。…つもりだったのに、翌日からグイグイと迫られるうえ束縛まではじまってしまい──?! ■青春BLに限定した「第1回青春×BL小説カップ」最終21位まで残ることができ感謝しかありません。応援してくださった皆様、本当にありがとうございました。

強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない

砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。 自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。 ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。 とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。 恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。 ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。 落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!? 最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。 12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生

処理中です...