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極道とウサギの甘いその後+サイドストーリー
極道とウサギの甘いその後5ー4
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「八重子、お前と話してると頭が痛くなる」
そう吐き捨て、中尾は帰って行った。
情報を得ることよりも、精神の均衡を保つことを優先したのだろう。
八重崎は最初から中尾などいなかったかのような顔で、背負っている丸い耳のついた黒いリュックからタブレットを取り出している。
「ちなみに基武の『黙れ』はフリー素材として配布してる……イケボの声素材として人気……お陰様で一万ダウンロード突破……」
八重崎の操作したタブレットから『黙れ』という三浦の声がした。
その一万人は、この音声をダウンロードしてどうするのだろうか。
八重崎は配信の音声がどうとか言っていたので、個人で作成する動画などに使うのかもしれない。
普段あまり動画を観る機会はないが、どんなふうに使われているのか、少しだけ観てみたい気もする。
「あいつも……大変だな……」
うっかり自分の声をフリー素材にされそうになった竜次郎は、三浦に心底同情しているようだ。
話はかなり脱線してしまったが、八重崎のいるうちに色々聞いておいた方がいいだろう。
湊は再生ボタンを連打してDJのようになっている八重崎に呼びかけた。
「白木組っていうのはどんな組なんですか?」
「画像……見る……?」
タブレットを差し出されたので覗き込むと、屋内プールらしき場所で巨大な触手に巻き付かれる人相の悪い男達の阿鼻叫喚の映像が始まった。
すぐに八重崎の細い指がそっと画面をスライドする。
「今のは……編集中の……先日開催された黒神会毎月恒例、ヤクザだらけの水泳大会~触手もあるよ~の動画……だった……」
「毎月恒例……」
「地獄絵図すぎんだろっていうか録画してんのかよ」
気になることしかないが、あの巨大な触手は一体……。
黒神会はプールでダイオウイカでも飼育しているのだろうか。
「幹部クラス……いわゆる直参が……毎月参加を義務付けられている……サバト……」
竜次郎が心底嫌そうに唸る。
「こんなことまでして幹部でいてえって気持ちが理解できねえな」
「黒神会の傘下にいるからお縄にならないボロいシノギが……たくさんある……から……」
不意に、八重崎が竜次郎をじっと見つめた。
「……なんだよ」
「松平組は……例外的に黒神会の会長と対等な立場……サバトにも参加しない……。それを……妬んでる組もある……」
湊は驚いたが、竜次郎は把握していたようで、苦い顔で頷いている。
「ま、ただの逆恨みだがな」
「かつて全国のヤクザを拳一つでまとめ上げた……伝説のゴリラとの密約が……今も松平組をB級ホラーの触手から守っている……」
「………………ええと?」
ヤクザとゴリラと触手。急にどういう世界観なのだろう。
「その伝説のゴリラは……黒神会会長の地上最強の嫁……」
「えっ、女性!?」
八重崎がまたタブレットを差し出してくる。
そこには、ショートボブの細身の女性と、恐らく若い頃の黒神会会長が表示されていた。
女性の格好はボーイッシュで、黒神会会長に向かって忌々しげな表情を浮かべてはいるが、ゴリラもとい拳一つでヤクザをまとめ上げるような武闘派には見えない。
「そのゴリ…、女とうちの親父が博打勝負して、親父が勝ったから松平組は黒神会に吸収されてねえって話だろ」
「黒神会はそもそもそのゴリラが開祖みたいなもの……ゴリラとのかつての盟約を破りたくなくて残留してる組も多い……」
「そんなに凄い人だったんですね」
「白木組も……その一つ……」
「え……」
「組長はゴリゴリのタカ派……」
「タカ派?」
タカ派とは、確か政治や金融の用語だったような気がするが、ヤクザの世界でもそのような分類があるのか。
「伝説のゴリラの名前が鷹乃だったからタカ派……」
「な、なるほど」
「ようするに……自分の推しと特別なエピソードを持つ松平金に……何年もジェラシーをこじらせている……」
八重崎は、明らかに本人の了承のもとに撮られたものではない画像を見せてくれた。
どこか高い場所から望遠レンズで写したのか、数人のスーツの男に囲まれた、スキンヘッドに髭を蓄えたいかにもヤクザらしい体格の年配の男性が写っており、その横に背の高い痩せた神経質そうな男が付き従っている。
体格のいい方が貸元、つまり組長で、細い方が代貸の柳だそうだ。
以前竜次郎が危険な男だと話してくれたが、確かに柳は写真で見ただけでも一筋縄でいかなさそうな雰囲気がある。
「八重子……三時のおやつの鐘がなる前に帰らなくちゃ…」
唐突にそう言い出した八重崎は、タブレットをリュックにしまい、代わりに茶色の紙袋を取り出して湊に押し付けた。
「これ……お守り……肌身離さず持ってて……絶体絶命の時に開けて欲しい……」
「あ、ありがとうございます」
「肌身離さずってわりにはかさばるな」
湊が他人から何かもらうのが嫌だったのだろう、眉を顰めた竜次郎が憎まれ口をたたく。
折角の厚意にそんな言い方、と非難の視線を送ったものの、竜次郎の言う通りお守りというには大きいし、やけにずっしりと重たい。一体何が入っているのだろう。
失礼な物言いを気にした様子もなく、八重崎はリュックの中から更に何かを取り出して竜次郎に渡した。
「そんな束縛系彼氏のガチ五郎には…オナホ型のクラッカーをプレゼント……。紐を引くとザー…もといカラーテープが飛び出します……。接着してあるので飛び散って汚れません……実用的……これで今夜はパーリナイ……してちょんまげ……」
「今夜とナイトがかぶってるしなんだこれ、本気でいらねええええ…!」
竜次郎のツッコミの叫び声が事務所に響きわたった。
そう吐き捨て、中尾は帰って行った。
情報を得ることよりも、精神の均衡を保つことを優先したのだろう。
八重崎は最初から中尾などいなかったかのような顔で、背負っている丸い耳のついた黒いリュックからタブレットを取り出している。
「ちなみに基武の『黙れ』はフリー素材として配布してる……イケボの声素材として人気……お陰様で一万ダウンロード突破……」
八重崎の操作したタブレットから『黙れ』という三浦の声がした。
その一万人は、この音声をダウンロードしてどうするのだろうか。
八重崎は配信の音声がどうとか言っていたので、個人で作成する動画などに使うのかもしれない。
普段あまり動画を観る機会はないが、どんなふうに使われているのか、少しだけ観てみたい気もする。
「あいつも……大変だな……」
うっかり自分の声をフリー素材にされそうになった竜次郎は、三浦に心底同情しているようだ。
話はかなり脱線してしまったが、八重崎のいるうちに色々聞いておいた方がいいだろう。
湊は再生ボタンを連打してDJのようになっている八重崎に呼びかけた。
「白木組っていうのはどんな組なんですか?」
「画像……見る……?」
タブレットを差し出されたので覗き込むと、屋内プールらしき場所で巨大な触手に巻き付かれる人相の悪い男達の阿鼻叫喚の映像が始まった。
すぐに八重崎の細い指がそっと画面をスライドする。
「今のは……編集中の……先日開催された黒神会毎月恒例、ヤクザだらけの水泳大会~触手もあるよ~の動画……だった……」
「毎月恒例……」
「地獄絵図すぎんだろっていうか録画してんのかよ」
気になることしかないが、あの巨大な触手は一体……。
黒神会はプールでダイオウイカでも飼育しているのだろうか。
「幹部クラス……いわゆる直参が……毎月参加を義務付けられている……サバト……」
竜次郎が心底嫌そうに唸る。
「こんなことまでして幹部でいてえって気持ちが理解できねえな」
「黒神会の傘下にいるからお縄にならないボロいシノギが……たくさんある……から……」
不意に、八重崎が竜次郎をじっと見つめた。
「……なんだよ」
「松平組は……例外的に黒神会の会長と対等な立場……サバトにも参加しない……。それを……妬んでる組もある……」
湊は驚いたが、竜次郎は把握していたようで、苦い顔で頷いている。
「ま、ただの逆恨みだがな」
「かつて全国のヤクザを拳一つでまとめ上げた……伝説のゴリラとの密約が……今も松平組をB級ホラーの触手から守っている……」
「………………ええと?」
ヤクザとゴリラと触手。急にどういう世界観なのだろう。
「その伝説のゴリラは……黒神会会長の地上最強の嫁……」
「えっ、女性!?」
八重崎がまたタブレットを差し出してくる。
そこには、ショートボブの細身の女性と、恐らく若い頃の黒神会会長が表示されていた。
女性の格好はボーイッシュで、黒神会会長に向かって忌々しげな表情を浮かべてはいるが、ゴリラもとい拳一つでヤクザをまとめ上げるような武闘派には見えない。
「そのゴリ…、女とうちの親父が博打勝負して、親父が勝ったから松平組は黒神会に吸収されてねえって話だろ」
「黒神会はそもそもそのゴリラが開祖みたいなもの……ゴリラとのかつての盟約を破りたくなくて残留してる組も多い……」
「そんなに凄い人だったんですね」
「白木組も……その一つ……」
「え……」
「組長はゴリゴリのタカ派……」
「タカ派?」
タカ派とは、確か政治や金融の用語だったような気がするが、ヤクザの世界でもそのような分類があるのか。
「伝説のゴリラの名前が鷹乃だったからタカ派……」
「な、なるほど」
「ようするに……自分の推しと特別なエピソードを持つ松平金に……何年もジェラシーをこじらせている……」
八重崎は、明らかに本人の了承のもとに撮られたものではない画像を見せてくれた。
どこか高い場所から望遠レンズで写したのか、数人のスーツの男に囲まれた、スキンヘッドに髭を蓄えたいかにもヤクザらしい体格の年配の男性が写っており、その横に背の高い痩せた神経質そうな男が付き従っている。
体格のいい方が貸元、つまり組長で、細い方が代貸の柳だそうだ。
以前竜次郎が危険な男だと話してくれたが、確かに柳は写真で見ただけでも一筋縄でいかなさそうな雰囲気がある。
「八重子……三時のおやつの鐘がなる前に帰らなくちゃ…」
唐突にそう言い出した八重崎は、タブレットをリュックにしまい、代わりに茶色の紙袋を取り出して湊に押し付けた。
「これ……お守り……肌身離さず持ってて……絶体絶命の時に開けて欲しい……」
「あ、ありがとうございます」
「肌身離さずってわりにはかさばるな」
湊が他人から何かもらうのが嫌だったのだろう、眉を顰めた竜次郎が憎まれ口をたたく。
折角の厚意にそんな言い方、と非難の視線を送ったものの、竜次郎の言う通りお守りというには大きいし、やけにずっしりと重たい。一体何が入っているのだろう。
失礼な物言いを気にした様子もなく、八重崎はリュックの中から更に何かを取り出して竜次郎に渡した。
「そんな束縛系彼氏のガチ五郎には…オナホ型のクラッカーをプレゼント……。紐を引くとザー…もといカラーテープが飛び出します……。接着してあるので飛び散って汚れません……実用的……これで今夜はパーリナイ……してちょんまげ……」
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竜次郎のツッコミの叫び声が事務所に響きわたった。
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