幼なじみは絶対人質の許嫁

青香

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 俺はカイル。
 ラクラス村で、自衛団のリーダーをしている。

 今日は村に訪れる者がいないから、村外に出てパトロールをしている。
 この村は大自然にポツンと存在するため、とても空気が美味しい。
 天気も良いし、こうして歩いていると、すごく和む。

 あぁ、今日も平和だな。

 そんな風に思っていたのに、まったく。
 なんでこんな事になっているんだ。

 「うぇ~ん。離して~!」
 「静かにしないか!」

 ティナが筋肉モリモリの男の肩に担がれ、いつもの様に尻を平手打ちされている。

 「いた~い!お尻ぶたれた~」

 彼女は無様に泣き散らし、間抜けな声が森に響き渡る。

 ハァ。

 何で村の外に出ているんだ?
 危ないから一人で出るなと、いつも言っているのに。

 それに、今日は『お母さんに料理を教えて貰うんだ~!』って、はしゃいでいたじゃないか。
 益々ここに居る理由が分からない。

 そんな俺の考えをよそに、時間は進んでいく。

 「親方!どうしたんですか!?」
 「やめましょうよ!その子が何したって言うんですか?」

 ティナを人質に取る人物と同じく、筋肉モリモリの二人が、『親方』と呼ぶ存在を説得をしている。

 「近寄るじゃねぇ!こいつは俺の人質なんだ!」

 しかし、手にした斧を振り回して、二人を近寄らせようとしない。

 「斧。そして親方か」

 その二つの情報で思い出す。

 そういえば、門番をしているハッシュが言っていたな。

 『今日は木こりを雇って、薪を調達するみたいですよ。村長が言ってましたけど、もし見かけたら愛想良くしなさいと、カイルに伝えて下さい、と』

 恐らくあの三人が、雇った木こりだな。

 しかし失礼な話だ。
 今思い出しても、少し腹立たしい。
 何がって?
 まるで俺が、無愛想みたいに言うじゃないかって事だ。
 そりゃ村一番の賑やかし、リッキーに比べたら大人しいし、感情豊かではないだろう。
 だが、俺は一般的に普通だと思うぞ?

 考えを脱線させていると、親方達に動きがあった。

 「人質を奪おうってんなら、お前ら、ぶった斬ってやるぞ!」
 「わ、わかった。近づかないから落ち着ついてくれ!」

 斧を振りかざされ、木こり達に緊張感が走る。

 おっと、そうだった。
 今はそんな事を考えている場合ではない。
 早く解決しないと、怪我人が出てしまうな。
 しかし三人か。
 面倒だな。

 「すまない、迷惑をかけた。後は俺が引き受ける」

 背後から声をかけ、木こりの二人は振り向いた。

 「うん?アンタ誰だい?」
 「この村の自警団の一人、カイルと言う者だ」
 「この村の人かい。どういうわけか、親方が別人の様になってしまったんだ。何かわかりますか?」

 訳がわからず動揺する木こりは、希望に縋るように聞いてきた。
 狼狽える彼らを安心させるため、落ち着いた口調で伝える。

 「あぁ、任せてくれ。元に戻る方法は知っている」
 「そうか!頼んだよ」
 「あぁ」

 解決方法を知る人物の登場に、木こり達の表情から、少しだけ緊張が解ける。
 そしてカイルの後方に移動した。

 とりあえずこれで、大怪我をする可能性が減ったな。
 しかし三回連続か。
 気が滅入る。

 今回は、この場に三人の初顔がいる。
 つまり三回のやりとりが必然となってしまう。
 しかしここで、カイルは閃く。

 「そうだ!」

 思わず声に出してしまったが、良い事を閃いた!
 あの二人を遠ざけたら、一回で済むんじゃないか?
 もしそれでいけるなら、今後も使えるぞ?
 ヤバい!
 俺って閃きの天才かもしれん!

 早速行動に移すカイル。

 「あの、一ついいか?」
 「なんだい?カイルさん」

 俺は三十メートル離れた木を指差した。

 「少し離れててくれないか?あそこの大きな木の所まで」
 「わかった、そうしよう」

 素直に応じてくれ、二人は離れていく。

 よし、作戦成功だ!
 これでスキルが伝染する事がないぞ!
 何で今まで気がつかなかったんだ、俺は!
 今まで必ず、全員がかかるまで終わらないという固定観念が強すぎたんだ。
 フッ。
 まぁいい。
 さぁ、救出と行こうか!

 意気揚々と進む俺に、ティナが気付く。

 「カイル~!たすけて~!」
 「静かにしないかっ!」

 間延びした声に反応されて、再びお尻を叩かれるティナ。

 「いた~い!うわ~ん、またぶたれた~」

 お尻を摩り、痛がる彼女。

 『絶対人質』スキルの対象者になってしまった人は、彼女のお尻を平手打ちしたくなるそうだ。
 ただ、何の意味もなくするのは気が引けるらしく、彼女の行動に難癖をつけてやるらしい。
 大体は黙らせる口実に実行だな。

 などと真面目に解説してみたが、どんなスキルだよ!
 『お尻に平手打ちをしたくなるそうだ』って自分で言っててバカバカしいわ!
 まったく。
 まぁいい。
 さっさと片付けるか。

 キッと親方を睨みつけ言い放つ。

 「おい、その娘を離せ」
 「なんだ貴様?こいつは人質だ。離さんぞ!」

 お決まりのパターンが決まったが、ガタイの良い人間が言うと迫力があるな。
 手にした斧も、良い雰囲気を醸し出しているし、スキルの影響を受けた表情が相まって、最早悪役にしか見えない。
 しかし素人だな。
 武器を手にしているが、隙だらけだ。
 木こりなのだから、戦闘経験など無いのだから当然なのだが。

 「終わった後は覚えていないだろうが、一応伝えておく。多少痛いだろうが、我慢してくれ」
 「あぁ?貴様、何を言って」

 親方が喋る間に、いつもの要領で脚に力を込め爆発させる。

 「ウッ!」

 加速した拳がボディに突き刺さり、親方は崩れ落ちる。
 そして肩に担がれていたティナは、カイルが受け止めた。

 「カイル~」
 「大丈夫か?」

 俺の言葉に、ティナはポロッと涙を溢す。

 「お尻ぶたれたよ~」
 「そうだな。もう大丈夫だ。安心していいぞ」
 「うん、ありがとう」

 ティナを立たせて、全身を確認する。

 今回も大した怪我は無いみたいだ。
 まぁ、絶対人質スキルで守られているから当然なんだがな。

 どういう事かって?

 どうやらこのスキルには、人質に出血を伴う怪我をさせてはならない、と言う制約が存在するらしい。
 そのおかげで、今まで大した怪我はしてこなかったんだ。
 ほぼ毎回、お尻を打たれるくらい。
 そう考えると本当に、何の為のスキルなんだろうな。
 謎すぎる。

 俺はティナに質問した。

 「ティナ、何でこんな所に居るんだ?」
 「あ!えっとね」

 ティナは近くに落ちていたバックを取りに行く。
 あのバックは、去年ティナの誕生日に、俺があげたやつだ。
 使ってくれているんだな。
 フフッ。
 かなり嬉しい。
 しかし、あの中にここへ来た理由が詰まっているのか。

 それが何なのか興味を引いて見ていたが、俺は背後から聞こえた声に、焦って振り返った。

 「終わったのか~?親方は大丈夫なのか~?」
 「ダ、ダメだ!今は来たら、また」

 すでに遅かった。
 先頭の男の顔が、見る見る悪人ヅラに変化していく。
 そして一直線にティナを目指した。

 「人質だ!あれは俺の人質になってもらう!」
 「お、おい!?どうしたんだ!?」

 後に続く木こりの仲間が驚くのも、無理はないだろう。
 突然、別人の様になるのだから。

 ハァ。

 ため息をつく俺の横を、悪人ヅラが通って行く。
 なんで止めないのかって?
 それは、あのやりとりをしない限り、『絶対人質』スキルは解除されないからだ。

 仮に今、彼の意識を刈り取ったとしよう。
 その場合、気絶から目覚めたら、彼はすぐにティナを目指して走り出すだろう。
 それは過去の事例から、そうなのだと分かっている。
 そういうスキルなのだから、もう諦めるしか無い。

 「カイルさん、止めなくていいのか!?」
 「もう遅いんだ。アンタだけでもかからない様に、またあの位置に居てくれ。終わったら合図出すから」
 「わかった。すまんが頼む」

 ティナのスキルは説明していないが、最後の一人は色々察してくれた様だ。
 そそくさと離れ、遠くから見守っている。

 正直、あの男も対象になる気がする。
 かなり高い確率で、そんな気がする。
 むしろ、そうで無ければ終わらない気がする。
 そんな展開など望んでいないが、そうならないでくれと祈るしかない。

 俺がそんな嫌な気配を感じている頃に、ティナは捕まった。

 「カイル~!たすけて~!」
 「ハッハッハッ!人質を確保したぞ!ハーハッハッハッ!」

 今回は高笑いするタイプのやつか。
 お尻を打たれる前に、助けないとな。

 「おい、その娘を離せ」
 「なんだ貴様。こいつは人質だ。離さんぞ。ハーハッハッハッ!」

 高笑いと共に上に視線を移した隙に、いつもの腹パンをめり込ませる。
 その場に突っ伏しそうになる男を受け止め、そっと横に寝かせる。

 「ティナ。もう一人いるから、先に村に入ってくれ」
 「うん、わかった。ごめんね~」

 パタパタと走り、ティナが遠ざかって行く。
 これだけ距離があれば、もう大丈夫だろう。

 俺は最後の木こりに手を振り、大きな声で呼び掛けた。

 「もう大丈夫だ!仲間を介抱してやってくれ!」
 「わかった!そっちに行く!」

 生き残った一人が走り出す。
 その姿に、俺は額の汗を拭った。

 今回も終わったな。
 作戦のかいがあって、一人分やらなくて良かったから、少し楽が出来た。
 しかし恐ろしいスキルだ。
 強制力が絶対的だし、効果範囲広すぎだろ。

 そんな事を考えながら、親方の介抱に向かう。
 すると親方の足元に、ティナに贈ったバックが落ちているのが見えた。
 嫌な予感が走る。
 俺は慌てて、ティナが走って行った方向を確認した。

 「カイル~!忘れ物しちゃった~」
 「バッ!こっち来るんじゃ」

 急いで反対方向を見ると、案の定な状況が生まれていた。

 「人質!人質を寄越せぇ!」

 三人目の悪人ヅラ。

 いや、そうなる気はしたよ。
 ベッタベタな展開だけど、そうなって欲しくなくて、心の中で祈っていたんだよ俺は!
 これは俺が悪いのか?
 最後の最後で、油断した俺が悪いのか?
 色々考えながら、俺、頑張ったよ!?
 誰か『違うよ?』と言ってくれ!

 などとのたまっても、状況が変わる訳でもない。

 ハァァ。

 ちょっと長めの溜息くらいは許してくれ。

 「ティナ、あと一回するぞ」
 「えぇ?もう一回?やだなぁ」

 ティナは露骨に嫌そうな顔をする。

 それはそうだろうな。
 お尻を叩かれるリスクがあるのだから、当然嫌だろう。
 だが一つだけ、分かって欲しい。
 同じくらい、俺も嫌なんだって事をな。

 三回目なんで、時系列だけ説明する。
 まず男がティナを掴む。
 そしてティナが『助けて』を言う。
 それで俺が口上をたれる。
 最後に腹パン。
 解決、万々歳。

 呪われしパターン。
 俺は、あと何回コレを辿るのだろう。

 まぁいつものパターンと違うのは、門番のハッシュが騒ぎを聞きつけて、村の人を呼んできてくれた事か。
 おかげで木こり達の介抱が、容易に行えたから助かった。
 本気では打ち込んでいないから、その内目覚めるだろう。
 目覚めたら、事情を話して許しを請おう。

 村人が慌ただしくする中、ティナがバックを拾い上げ、俺に近づいて来た。

 「ごめんね?バックを忘れちゃったから、取りに戻ったんだけど、迷惑かけちゃったね」

 なんだ?
 珍しく間延びした口調じゃない。
 何処となく、いつもと雰囲気が違う気がする。
 あぁ、そうか。
 村人が沢山出張ってしまったから、責任を感じてしまったのかもしれない。
 『絶対人質』スキルのせいなのだから、ティナが悪い訳じゃないのにな。

 「気にしないでいい。無事、終わったしな」

 そう言うが、ティナは申し訳なさそうに「うん」と一言だけ返事をした。

 しおらしいな!
 もっとこう『ごめんね~』とか『そっか~』とか、えへへ~みたいな感じを出してくれよ!
 ティナがそんなだと、俺も調子が狂ってしまうぞ。

 「本当に、気にしないでいいからな」
 「うん」

 だから『うん』じゃねぇよ!
 ほかにも、こう、なんかあるだろう!
 それに何だ、この空気感!
 間が保たないだろう!
 何か話題は?
 あ、そうだ!
 結局バックに何が入ってるんだ?

 会話の糸口を見つける為にも、バックに注目する。

 「ティナ。そのバックに何が入ってたんだ?」
 「あ!コレをカイルに渡したかったの~」

 ティナはバックから、小さい巾着袋を取り出した。

 「はい!カイルにあげるね~」

 良かった。
 いつもの間延びした口調に戻ってくれた。
 この声が一番落ち着く。
 しかし、何をくれたんだ?

 ゴソゴソと袋を広げる。

 「カイル、甘いもの好きでしょ~?お母さんに教えてもらって、クッキー作ってみたの~」
 「そうなのか。ありがと、う?」

 袋から出て来たのは、ハート型にくり抜いたクッキー。
 それも赤やピンクに色付けされている。

 「可愛いでしょ~?私の気持ちを込めたの」
 「えっ?」

 ティナがニコッと笑う。
 そしてプルンとした唇が動こうとしている。

 ちょっと待てぇ!
 その続きを、ここで言わないでくれ!
 沢山の村人が見ているんだぞ!?
 俺を恥ずかしめてどうする!

 しかし空気を読まないティナは、カイルの目を見ながらハッキリと伝える。

 「カイル。大好きだよ?」
 「んまぁ!?」

 変な声と共に瞬時に赤面するカイル。
 あまりの恥ずかしさで、体がピキッと固まる。

 そんな姿を見て、村人が露骨にイジる。

 「まった見せびらかして。お熱いね?火傷しちまうわ」
 「もう誕生日待たずに、結婚しちゃえばいいじゃない」
 「ほら、カイルも好きだ~!って言ってやれよ」

 馬鹿野郎!
 恥ずかしくて、そんな事言えるか!
 俺だってティナの事は好きだ!
 可愛いし、良い匂いするし、柔らかいし、言うことねぇよ!
 だけど、こんな衆人環視のもとで言えるかぁ!
 何も悪い事してねぇのに、何でそんな、最大級の罰ゲームみたいなの受けなきゃいけないんだ!

 しかし村人は、更に囃し立てる。

 「ほら、ティナちゃん待ってるぞ?早く言え~」

 その言葉に、ティナへ視線をやる。
 するとティナは視線を外し、顔を紅潮させてモジモジした。
 そう、モジモジしたんだ。

 「可愛いすぎんだろぉ!!」

 俺は脱兎の勢いで逃げ出した。

 「あ!待ってよカイル~!」

 後を追いかけるティナを見て、村人は口々に言った。

 「ホント、ラブラブだねぇ」
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