幼なじみは絶対人質の許嫁

青香

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 俺の名はカイル。
 肉か魚、どちらが好きかと言われれば、肉派の長男だ。

 プリシラの荷物を持ち帰った後、俺は、汚れ一つ無い新品のような湯船に浸かり、ゆっくりと寛いでいる。
 浴室がここまで綺麗でなければ、この安らぎも半減していただろう。
 父のスキルには、本当に感謝すべきだな。

 しかし、温かいお湯ってやつは、何でこんなに癒されるんだろうな。
 一日の疲れが、スッとお湯に吸い取られる感覚。
 どんなに疲れようが、また明日も頑張れる気がする。
 あぁ、いい湯だ。

 フゥと恍惚の息を漏らし、浴槽に背中をつけ、天井を見上げるカイル。

 それにしても、今日は色々あったな。
 我が妹ながら、凄いとしか言いようがない。
 もう少しお淑やかというか、他人をボコボコにするような事が減ってくれたら嬉しいのだが、『暴虐』スキルがある限り、それは難しいのだろうな。
 あのスキルが無ければ、もっと普通の人生を歩めただろうに。

 そう思うと少し切ない。

 普通に同年代の友達を作ったり出来ないようだしな。
 まぁ、せめて家族だけでも、プリシラに寄り添い続けなければな。

 スッと目を閉じて、先程の出来事を思い出す。

 しかしプリシラには困ったものだ。
 もう良い年頃なのに、『お兄ちゃん?一緒にお風呂入ろう?』と、言ってくるんだからな。
 ダメだと言ったら『ブゥ』と膨れっ面していたっけ。
 そりゃ兄妹なのだから、小さい頃は一緒に入っていたさ。
 だが、プリシラに女性らしい性徴の兆しが見え始めたら、さすがに、な。
 あいつは兄妹だからと、あまり気にしていないんだろうが、女性だという事を自覚してもらわないといけない。

 しかし、いつかプリシラにも、良い相手が見つかって、結婚する時がくるんだろう。
 兄妹仲が良いだけに、その時の想像をすると、嬉しい半分、寂しい半分、だな。
 フッ。
 まるで父親みたいな心境だ。
 俺でこうなのだから、父さんは大号泣するだろうな。

 両手でお湯を掬い顔にかける。

 ふぅ。
 あ、そういえば、ティナは大丈夫なんだろうか。
 激しく胸を叩かれていたようだが。

 『ちぎれた』って言う程だから、痛かったんだろうな。
 大人を吹っ飛ばす事が出来る力で叩かれたんだし。
 明日、どんな具合か聞きたい所だが、女性特有の部位だけに、男の俺は聞きづらいな。
 かと言って、誰かに聞いてもらうわけにもいかないよな。

 想像を交え、どのように聞くか考える。

 『ティナ。大丈夫か?』
 分かりにくいか?
 あいつの事だから『何が?』って言われそうだな。
 やはり、単語は正確に入れたほうがいいかもしれない。

 『ティナ。おっぱいは大丈夫か?』
 うん、なんかセクハラっぽいな。
 それに、本人目の前にして、『おっぱい』という単語を使える気がしない。
 おっぱいの事ばっかり考えてる奴と思われてもアレだし、却下だな。

 『ティナ。胸は大丈夫か?」
 どうだろう。
 うぅむ。
 たぶん、これなら言えるだろうが。
 でも結局は、おっぱいの事を指してるだから一緒じゃないか?
 やはり単語はやめよう。
 ティナに不快感を与えて、嫌われたくないしな。

 『ティナ。妹がすまなかった。大丈夫だったか?』
 お、いいんじゃないか?
 さりげなく謝罪出来てるし、怪我がなかったかどうかも聞ける。
 単語もないから胸に意識が向いていないし、これがベストなんじゃないか?
 うんうん!
 よし!
 明日は、これで行こう。

 作戦が決まったところで、吐く息が熱い事に気付く。

 「少し、長く浸かり過ぎたな」

 体が熱い。
 のぼせる前に上がろうか。

 俺は湯船を出て、浴室を後にした。

 「はい、お兄ちゃん」
 「ん?あぁ、ありがとう」

 妹からタオルを受け取り、顔を拭う。

 プリシラは気が利くな。
 お風呂あがりに、タオルを用意して待っていてくれるなんて。
 いつか旦那さんにも、こうやってしてあげるんだろうな。
 フフッ。
 良いお嫁さんになるな。
 旦那さんが羨ましいよ。

 ん?
 ちょっと待てよ?

 「プリシラ!?」
 「なぁに?お兄ちゃん」

 プリシラはカイルの呼びかけに不思議そうな顔で応える。

 な、なんで居るんだよ!?
 え?
 何?
 何なの?
 てゆうか、前、隠さないと!

 急いで前をタオルで隠す。

 居ると思わなかったから、普通に股間を見せてしまった!
 こんな純粋無垢な可愛い妹に、なんて事をしてしまったんだ、俺は!

 「す、すまん。居ると思わなかったから、変な物を見せてしまった」
 「変な物?」

 妹は意味が分かっていない顔をする。

 失敗したぁ!
 意識してたの、俺だけだったのかぁ!
 言わなければ、この変な空気にならずに済んだのに!
 どうする?
 いや待て!
 気にしていないなら、堂々とすれば良い!
 そう、堂々と晒せば良いんだ!

 って、そんな事出来るかぁ!
 余計に事態が悪化するだろう!
 妹が引いたらどうすんだ!
 だが、どうする?
 どうしたらいいんだ?
 とりあえず、落ち着け。
 落ち着くんだ。
 そうだ!
 何も無かった事にしたら、乗り切れるかもしれん!

 カイルは平静を繕い、外れないように腰に巻いたタオルを固定し、澄ました表情を作る。

 「いや、何でもない。それよりどうしたんだ?こんな所で」

 いいぞ、俺!
 その調子だ!
 さりげなく話題を摺り替えたぞ?
 あとはプリシラの反応しだい。

 「あ!えっと」

 顔を赤くする妹。

 な、何!?
 なぜ突然恥じらう!
 まさかの時間差攻撃!?
 クッ!
 今頃俺の恥部を見た事に気づいて、恥ずかし始めたのか?

 これからの展開を容易に想像してしまうカイル。

 終わった。
 兄としての尊厳が。
 これからはプリシラに、『変なもの見せないで!お兄ちゃん最低!もう近寄らないで!』と、下卑た目で見られるのか。
 それは辛い。
 かなり辛い。
 あんなに懐いてくれているのに、もう近寄ってすらくれないのか。
 それは、めちゃくちゃ、辛い、ぞ。

 魂が抜けていくような、そんな感覚で立ち尽くすカイル。
 彼の頭の中は思考を止め、見える景色が真っ白になっていく。
 終いには、お花畑も見えてきた。
 その花畑で、妖精と追いかけっこを始めるカイル。

 『こっちよ~!カイル~!』
 『アハハハ!待ってよ~!』

 よく見たら、妖精はティナだ!
 あぁ、すごい楽しい。
 ずっとこうしていたい。
 空中を飛ぶティナも、可愛いなぁ。

 ショックのあまり、妄想の世界に行ってしまったカイルの精神を、プリシラの声が呼び戻す。

 「少しでも、お兄ちゃんを充電したくて」

 お花畑に『充電したくて』がこだまする。

 充電?
 充電ってなんだ?

 理解不能なワードに、妄想の世界は薄れていく。

 『カイル~!行かないで!私を置いていかないで~!』

 妖精のティナが、遠ざかる俺に涙している。
 好きな女性を泣かせるなんて、俺は最低だ。
 ごめんよ、妖精のティナ。
 でも、充電って何なんだ?

 カイルの意識が現実に戻ってくる。

 「充電って何だ?」

 意識を取り戻した後の第一声は、疑問系だった。
 その疑問をプリシラは説明する。

 「お兄ちゃんは私のパワーの源なの!近くに居ないと補充できないから、ここに居るんだよ?」
 「そうなのか」

 理解した風で頷くカイルだったが、脳内はフル回転していた。

 どういう意味!?
 俺から何かエネルギー的な物が出ているのか!?
 いや、出ている様子はないし、そんなわけない!
 俺のスキルは『一刀両断』だ。
 誰かに力を分け与えるような力は無いはず。

 説明を受けても理解が出来ない。
 もしかしたら、自分でも把握していない能力があるのかもしれないが、確認しようがない。
 困惑するカイルに、プリシラは一歩間合いを詰め、上目遣いでお願いする。

 「だから、抱きしめて良い?お兄ちゃん」

 なんの『だから』なのか、わからん!
 それにビショビショだし、お前が濡れるだろ!
 とりあえず拒否だ!

 「いや、今はダメだ。裸、だしな」
 「えぇ?ダメ?」

 いや、瞳を潤ませてもダメだぞ!
 というか服を着させてくれ!

 「その。服を着た後なら、いいぞ。必要なんだろう?」
 「うん!じゃあ待ってる!」

 プリシラは笑顔を俺に向けた。

 相変わらず、天使の様な笑顔だな。
 本当に可愛い。
 だがな、何故出て行かない!?

 「プリシラ」
 「なぁに?」
 「出ていくんだ」
 「何で?」
 「いいから!」
 「ブゥ!」

 妹は膨れっ面を見せながら、不服そうに脱衣所から出ていった。

 ふぅ。
 やっと体が拭けるな。
 まったく、湯冷めしてしまう所だ。

 プリシラの言葉を、今一度考え出す。

 しかし、エネルギーか。
 そんな物ある訳ない。
 きっと、俺に甘えたい口実何だろう。
 一人暮らしをしているのだから、家族が恋しいのだろうな。
 俺の為に街へ働きに行ってくれたのだから、後でたくさん甘えさせてやらないと。
 それが俺に出来る最適な行動、だな。

 俺は服を着て、脱衣所を後にした。
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