幼なじみは絶対人質の許嫁

青香

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 両親と団長が話しているのを遠目に、俺はプリシラに話しかけた。

 「なぁ、プリシラ」
 「なぁに?お兄ちゃん」

 相変わらず俺の体に、顔を頬擦りしている妹は、兄の呼びかけに顔を上げた。

 「この人達は、騎士団の人なのか?」
 「う~ん」

 プリシラはチラリと横目で集団を見、悩まし気に考えた。
 まるで知らない事を考察する様に。
 そして口にする。

 「たぶん」

 あやふやだな。
 知った顔とか、居ないのか?

 そんな事を思っていると、妹は団長と呼ばれていた男を指差した。

 「あの人間は、見た事があるよ?他は知らない」
 「そうか」

 見た事がある、か。

 妹の記憶に残る人物。
 プリシラが何度も会っているからこそ、覚えられているのだろう。
 団長。
 騎士団の中で最上位の存在。
 いわゆる上司ってやつか。

 「あの人と一緒に、仕事してるのか。しかし魔王って一体、何のーー」
 「お兄ちゃん」

 プリシラは、俺の話しを遮り呼び掛けた。

 「どうした?」
 「やっぱり、お兄ちゃんから離れたくない」

 そう言うと、俺をキツく抱きしめた。

 妹の言葉に、俺の心はキュッと締まった。
 まだ十五歳。
 本格的に仕事をするには、少し早い年齢だ。
 遊びたい盛り。
 それに、仕事で辛い事もあるのだろう。
 そんな無理を押してまで、一人暮らしをしながら働いている。
 辛そうな素振りは見せなかったが、本音が滲み出たのだろう。

 元はと言えば、俺が疲れた姿を見せたからだ。
 俺がもっと、兄として、しっかりしていたら。

 責任は全て俺にある。
 それを妹が背負う必要はない。

 「仕事、辞めてもいいんだぞ?」
 「お兄ちゃん」

 潤んだ瞳。
 やはり辛い事があるんだな。

 「俺が全て責任を取る。例え何があろうとな」
 「でも」

 プリシラは視線を落とした。
 何かを憂う様に。
 その姿に俺は気づいた。
 稼ぎが無くなる事を、懸念しているのだと。
 辞めてしまえば、貯えをする事ができなくなると。
 健気な妹。
 俺は泣きそうだった。

 「いざとなったら、俺が働く。だからプリシラが無理する必要はないんだ」

 そう。
 元は俺の問題なのだ。
 それにお金が必要なら、俺が働いたらいい。

 「だから、街に行かず、ここに居ればいい。離れたくないなら、ずっと側に居ていい」
 「お兄ちゃん」

 プリシラは頬を赤く染めた。
 とても嬉しそうに。
 その反応を見て、俺は確信した。

 やはり、そうするのが一番いい。
 妹の人生を、俺が邪魔してどうする。
 お金なら心配するな。
 俺には『一刀両断』スキルがある。
 いくらでも稼ぐ方法はあるはずだ。

 「プリシラ」
 「うん?」

 妹を安心させる為に、俺は、こう言い放った。

 「お前一人くらい、俺が養ってみせるさ!」
 「お兄!ちゃん」

 ボッと顔を紅潮させ、プリシラは俺の胸元に顔を埋めた。
 熱い吐息を感じる。

 この喜び様。
 やはり、これが一番良い解決法だな。

 しかし、仕事をするとなると、ティナを如何するべきか、考えなければな。
 守る為の人員。
 それを雇うお金も必要になる、か。
 ふむ。
 何処か、良い働き口があれば良いが。

 そんな思案をしていると、顔を埋めながら、プリシラが質問をしてきた。

 「お兄ちゃんは、プリと一緒に、大きいお家に住みたい?」

 唐突な質問だった。
 俺は生まれ育った実家しか知らない。
 だからこそ、安易に答えた。

 「そうだな。一度で良いから、そんな家に住んでみたいな」

 この村で、一番大きな村長の家。
 我が家の三倍はあるだろう。
 大きな食卓テーブルや、客人をもてなす応接室。
 なによりも、家族一人一人の自室がある事。
 俺も自分の部屋が欲しかったっけ。
 そんな子供の頃の記憶が懐かしい。
 しかし、何でそんな事を?

 「それが、どうかしたのか?」
 「うぅん。聞きたかったの」
 「そうか」

 質問の意図が分からないな。
 しかし、大きな家か。
 村長の家までとは言わないが、暖炉がある大きな部屋があったらいいな。
 そんな部屋で、家族皆んなで過ごすのは幸せだろうな。

 ティナが隣でほんわかと笑い、子供達がはしゃいでキャッキャッ言う。
 俺は『リッシュ』と『マリル』に揉みくちゃにされてな。
 フフッ。

 妄想レベルが上がっていく。

 「いっぱい作ったよ~!」
 「美味しそうだなぁ」
 「いただきまぁす!」

 ティナが作った夕食。
 それを食べようと、皆で手を合わせた所で、現実の時間が進んだ。

 「お兄ちゃん。プリはね?」
 「んぁ?」

 思わず変な声が出る。
 小さく咳払いをして、仕切り直す俺。

 「すまん、どうした?」
 「プリはね」

 プリシラは顔を上げ、俺の目を見る。
 その瞳は、何かを決心した、強い決意を感じた。

 「お仕事頑張る。お兄ちゃんの幸せの為に、プリは頑張る!」

 決意を宣言し、パァッと輝く笑顔を見せた。

 「お兄ちゃん?」

 俺は空を見上げていた。
 晴れ渡り、雲一つない青空。
 まるで、妹の清らかな心を表すような、どこまでも、どこまでも続く青い空だ。
 あぁ、とても綺麗だ。
 だけどおかしいな。
 雨など降ってないのに、頬を水滴が伝う。
 雨など。
 降ってないのに、な。

 うぉぉぉぉん!!

 なんて良い妹なんだぁぁぁ!
 『お兄ちゃんの幸せの為に』?
 俺がティナと一緒にいる為に、自ら犠牲になると言う事か?
 くぅぅ!!
 そんな事まで考えてくれるなんて!
 考えてくれるなんてっ!!
 うぅ!
 涙が止まらん!
 ティナと仲が悪そうに見えたが、本当はティナの事も気にかけてくれていたのか!?
 愛情の裏返し。
 そう言う事なのか!?
 そう言う事なのかぁぁぁ!?

 俺はプリシラの優しさ。
 そして、プリシラの自己犠牲の精神に感動して泣いた。
 ボロボロと溢れる涙。
 それはプリシラの頬に落ちた。

 「お兄ちゃん!?どうしたの?泣いてるの!?」

 突如降り注いだ涙に驚き、動揺する妹。
 しかし、俺は顔を下げる事が出来ない。
 そして想いが詰まり、声も出す事が出来なかった。
 そんな異常な兄の様子を、妹は心配する。

 「大丈夫!?お兄ちゃん!」

 動揺レベルが上昇していくのが分かる。
 このままでは、余計な心配をかけてしまう。
 そんな心労、かけるわけには行かない。
 俺は顔を見られないように、妹を強く抱きしめた。

 「あ!」

 プリシラは驚いて声を出したが、それを受け入れる。
 俺は声が震えないように息を整え、今の気持ちを言葉にした。

 「ありがとう、プリシラ」

 色々な意味を重ねた『ありがとう』だった。
 今まで発した中で、一番気持ちがこもった言葉だった。
 それを受け取ったプリシラ。

 「お兄ちゃんの為なら、プリは大丈夫だよ!お兄ちゃんの為なら」

 自己犠牲の女神。
 尊き存在。
 俺は思った。

 プリシラこそ、『世界一の妹』に相応しいと!
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