幼なじみは絶対人質の許嫁

青香

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 「カイル~!プリシラ~!」

 父ベイルが、手を振り呼んでいる。

 どうやら話し合いに、一段落ついたようだ。
 『魔王』とは何なのか。
 そして大人数での出迎えが、何を意味するのか。
 色々な疑問が解けている事だろう。
 しかし、向かう前に、しなければならない事がある。

 「プリシラ」
 「うん?」

 兄として、いや、家族として言っておかなければな。

 「無理はするな。約束だぞ?」
 「うん。約束する。いつか、お兄ちゃんと暮らす為に」
 「ん?」

 プリシラの言葉に若干のズレを感じた瞬間、手を引かれる。

 「ほら、お兄ちゃん行こ?お父さん達が呼んでる!」
 「あ、あぁ」

 ズレを擦り合わせる時間は無く、俺達は両親の元へ急いだ。

 再び働きに行く妹の後ろ姿。
 大人になりかけだが、まだ頼りない背中だ。
 今生の別れではないが、見送りの時間が近付いて来ていることに、寂しさが募っていった。

 え?

 『世界一の妹』決定戦、『イモワン』はどうなったか、だって?

 あれは中々の激戦だったな。

 『借り物兄競争』や、『ヌルヌル障害物』、『バンジーアタックピンポン』など五種目で争われた。
 押しつ押されつの展開。
 さすが決勝に残るだけ、ルシルちゃんの実力は凄まじい物があった。
 あの諦めない姿。
 危うく、俺も応援してしまいそうになった。
 しかし、しかしだ!
 俺は『エンジェルスマイル』プリシラの兄!
 それに、大会最高責任者でもある!
 ルシルちゃんには悪いが、最終種目『フリフリドレスダンス』で圧倒的に勝たせたさ!

 フフッ。

 そう、最初からルシルちゃんに勝ち目など無かったのだ。

 当然だ!
 プリシラ以上の妹など、存在する訳ない!

 贔屓して当たり前だ!
 プリシラこそ、世界一なのだ!

 そうだ!
 プリシラは、『イモワン』殿堂入りなのさ!
 最早大会に出場する事自体、馬鹿げている!

 例えどんな妹キャラクターが居ても、勝てるはずはない。
 俺の妹は『プリシラ』一択なのだぁ!

 宇宙にこだまする、俺の『なのだぁ!』
 この星に住む、全ての者に届く魂の叫び。

 フッ。

 今日を『カイル宣言の日』と制定してもいい。
 全世界の『妹』は祝日扱いとし、美味しいものを食べるのも良し。
 のんびりと休息を取るも良し。
 はたまた遠出して遊んできても良し。
 自由に過ごし、休日を満喫してくれ。
 俺が全ての資金を提供し、全ての責任を取るから、さ。

 「おい!カイル!カイル!」
 「お兄ちゃん?」
 「カイル?」

 あっちの世界に没入してしまい、家族の呼び掛けに反応が遅れてしまう。
 君達が結末を聞いたからだぞ?まったく。

 「すまん、少し考え事をしていた」
 「考え事?そうか、それならいいんだが」
 「母さんはてっきり、『脳内大会を実施して、それに関連付けて祝日を制定した』って妄想しているのかと思ったわ」

 正確すぎて怖いわ!
 なんなの?そんな能力あったっけ!?
 まるで心を読む、エスパーじゃないか!

 動揺で口角が震える。

 「妄想?俺はもう二十歳だ。母さん。そんな子供じみた発想はしないさ」
 「そうよね?馬鹿みたいな宣言とかしないわよね?」

 最早知っているとしか思えない。
 だが、俺は否定する。

 「あぁ。その宣言が何なのか良くわからんが」
 「え?カイル宣ーー」
 「知らん」
 「そぉ?」

 母の近くでは、変な妄想を抱かない事を誓った瞬間である。

 「それでは、行きましょう。プリシラ様」

 俺と母の会話の隙を見て、団長は出発を促した。
 その様子から、性急な用事があると伺える。

 「プリちゃん、気をつけてね」
 「プリシラ、怪我をするんじゃないよ?」

 その辺りの事情を伺っただろう両親は、妹を素直に見送ろうとしている。
 プリシラの身を案じる事から、荒事が待ち受けている事も分かる。
 それでもプリシラは、天使のような笑顔で応えた。

 「うん!終わったら、お土産持って帰ってくるね!」
 「あぁ。楽しみにしているよ」
 「母さん魚が食べたいわ」

 しっかりリクエストする辺り、ウチの母親も大したものだ。

 「魚?分かった!大っきい魚捕まえてくるね!」
 「楽しみだわぁ!」
 「行ってきまぁす!」
 「気をつけてね!」
 「うん!」

 そしてプリシラは、当たり前の様に馬車に足をかけた。
 某国の王族が乗る様な、豪華な設の馬車。
 フリフリのドレスが相まり、お姫様を彷彿とさせる。
 あれが魔王なわけない。
 どうみても、可愛らしいお姫様だ。

 そんなお姫様が馬車に乗り込み、開いた窓から、俺の様な下々の者に手を振っておられる。
 良い。
 最高だ。
 あんなお姫様、最高すぎる。
 妹でなければ。
 いや、何を考えているんだ!
 そう!あれは妹だ!

 「カイル?」

 何かを察する母の視線が刺さる。

 ぐっ!表情に出ていたか!?
 上手く躱せ!

 「いや、やはり離れ離れになるのは、少し寂しいな。それに心配だ」
 「そうね」

 俺の寂しそうな顔に、母は同調した。

 何とか誤魔化せたな。
 まぁ、寂しい感情は、本当なんだがな。

 馬車は遠ざかって行く。
 窓から身を乗り出し、手を振り続けていたプリシラの姿は、もう見えない。

 こうして十五歳の女の子は、親元を離れていった。
 彼女の家族は、それぞれの想いを胸に、馬車が見えなくなるまで見送り続けた。
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