幼なじみは絶対人質の許嫁

青香

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 沈黙を打破しようと、俺は悩みに悩んだ。
 思考が頭の中をグルグルと回り、訳が分からなくなるまで悩んだ。
 何が正解なのか、何が不正解なのか。
 そんな状態だったから、要らないことを口走ってしまい、後悔することになる。

 「お、お互いの体を洗い合うの、た、楽しそうですね」

 ティナの背中を洗う妄想をしたからだろう。
 その映像が脳内に焼き付き、変な事を言ってしまった。

 ガイナスは「グッ!」と声を漏らし、赤面する。
 それを見て、俺は失言を悟った。

 再び無言の空間が出来上がる。

 誰か、何とかしてくれ。

 この呪縛の様な動けない雰囲気に、そう願わざるを得なかった。

 「カイル君」

 しかし、流石は年上の大人だ。
 ガイナスが、ついに動き出す。

 しかし、いつもは呼び捨てのはず。
 『君』など、付けたことのない男が、弱々しく、そして伺う様に言った。

 「今日は、もう帰ってくれませんか?」

 年下の、それも娘と同年代の俺に、頼み込むガイナス。

 気持ちは分かる。
 弱味を握られ疲弊し、一旦この場を終わらせたいのだろう。

 しかしだな。
 忘れているのではないでしょうか?
 それは此方も、同じ思い。
 いや、それ以上なんです。

 俺だって、貴方の娘さんに、好きだと言った事を聞かれている。
 何なら、ウチの母親も聞いてた。
 おまけにキスしようとして、思いっきりキス顔を決めていた場面を見られているんだぞ?

 こう唇を突き出して、ムチュ~っと。

 くそ!それが如何に間抜けな事か!
 俺の方が、何倍も恥ずかしい!
 そうだ!俺の方が恥ずかしい思いをしてるんだからな!?
 ちくしょう!

 恥ずかしくて泣きそうだ。
 穴があったら入りたいとは、この事を指すのだろう。

 だが、そんな事を言っても仕方ない。
 せっかくガイナスさんが動いてくれたのだ。
 活かさない手はない。

 「分かりました。帰ります」
 「お願いします」

 『お願いします』って!
 あんた、普段はそんな事言わないだろう!
 しおらし過ぎだ!
 ちくしょう!調子が狂うな!

 普段の彼からは想像できない弱々しさ。
 『いいか?カイル。男って言うのはなーー』と、男らしさとは何かを説いてくれる人なのに。

 まぁ、あれだ。
 義父になる人だ。
 いろんな側面を知れて、良かったのかもしれない。
 こうやって、本当の家族というか、身内になっていくんだろう。

 たぶんな。

 そう自分に言い聞かせ、俺は自宅へと足を向けた。
 しかしながら、足取りが異様に重い。
 激戦を終えた兵士のようだ。

 精神的ダメージは甚大。
 だが、得られた物も大きい。

 ティナが泣くのを止める事が出来たし、思いがけず、俺の想いを伝えることが出来た。
 本当に、予想していなかった収穫だ。

 俺は、ティナが好きだ。
 彼女と、ずっと一緒に居たい。

 それを再確認出来た事は、俺にとって大きい。

 これで迷いなく進める。
 二ヶ月後に迫る、ティナの誕生日。
 彼女が二十歳になったら、結婚しよう。

 ティナと結婚する。
 今までは漠然とした事柄だったが、ハッキリと自覚し、決意した瞬間だった。

 バン!

 背後から、勢いよく開くドアの音が聞こえる。
 何かと思い振り返ると、ティナが此方に向かい走って来ていた。
 その顔には、悲しみや憂いの感情は無く、朗らかに見える。

 「カイル~!待って~」

 普段の間延びした口調。
 その声に、俺の心が落ち着くのを感じる。
 あの声には何か、不思議な力が宿っているんだろうか。

 先程感じていた精神の疲れが感じない。
 むしろ、ふわふわとして心地良い。
 そんな奇妙な感覚を身に感じながら、俺はティナに応えた。

 「どうした?」
 「カイル、あのね」

 少し息を切らした感じで話し出したが、息を整え言い直す。

 「あのね、カイル。ありがとう」

 ティナは俺の目を、ジッと見つめながら言った。
 いつもなら、赤面して視線をずらす俺だが、今回はそらす事なく、彼女の目を見つめ返した。

 「どうした?改まって」
 「さっき、分かったの。私にはーー。私も、カイルが必要なの」

 何を意図する発言なのか、容易に想像が出来た。
 俺は思う。

 ティナよ。
 そんな事を言われたら、再びキスをしたくなるじゃないか。

 聞こえるか?

 脳内議員達が『キスコール』を巻き起こしている。
 恋愛大臣なんて、興奮して何を言っているのか分からないくらいだ。
 俺も男なんだから、理性が爆発してもおかしくないんだからな?まったく。

 そんな事を考えるくらい、俺は冷静さを保っていた。

 「そうか。素直に嬉しい。お互い、必要な存在で良かった」
 「カイル」

 俺はティナの両肩を掴んだ。
 そして、言った。

 「二ヶ月後の誕生日。約束通り、結婚しよう」
 「カイル~」

 ティナの目元が緩み、嬉し涙が溜まりだす。

 「楽しみだ。ずっと一緒に居られるな?」
 「うんーー。うん!」

 ポロポロと溢れる涙。

 「泣くなよ。悲しいのか?」
 「違うよ!嬉しいの~!」
 「そうか」

 これは妄想の世界ではない。
 彼女の温もりや動き。
 紛れもない現実だ。

 だが、おかしい。
 明らかに、おかしい。
 いや、何となく察しはついてる。
 皆んなも、そうじゃないか?

 今は振り向く雰囲気ではないから、確認は出来ない。
 しかし、高確率でアレだろ。
 でなければ、言えるはずもないセリフが、ツラツラと流れる訳ない。

 しかしだ。
 本心だからな。
 何の問題もない、か。

 ん?

 何の問題もない?
 問題はあるだろう。
 このやりとり全て、見聞きされてるんだぞ?
 だが、今は。

 むしろ好都合だと、俺は続けた。
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