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暗くなった視界。
そんな中、ティナの手が、俺の顔に触れた。
輪郭に沿う様に、両手を使って。
視界が塞がった事で、触覚が鋭くなったようだ。
その手が、くすぐったく感じる。
「くすぐったいぞ?」
「カイル、喋らないで」
「ん?そうか、わかった」
何やら真面目な声色で言われ、大人しく従う。
いつまでこうしていれば、いいのだろうか。
そんな事を考えていた。
そして不意に、チュッと唇に柔らかい物を感じた。
今まで感じたことのないくらい、柔らかかったのを覚えている。
ティナの顔が、自身の顔近くにある存在感と共に。
たった一秒程の出来事。
まさかと思い、すぐさま目を開ける。
「良いって言うまで、目を開けないでってーー。言ったじゃない」
自らの唇を手で覆い、恥ずかしそうに顔を傾け、赤らめるティナの姿が、俺の目に映った。
何が起きたのか。
いや、頭では理解している。
しかし、信じられない。
俺は自身の唇を触った。
指の感触は、さっきの感触と違い、硬く感じる。
指じゃない。
じゃあ、さっきのアレは。
さっきの感触は!
喜びと嬉しさ。
そして驚き。
色々な感情が混じり、頭が爆発すると思うほど思考が巡る。
大丈夫なのだろうかと懸念する気持ちが強かったが、それよりも嬉しい気持ちが勝った。
「今の!?」
「お母さんがーー、していいって」
ニーナさんが?
「さっきお母さんがね?『お父さんは説得しておくから、決めてきなさい!』って、言ってくれたから」
「そうか」
なんだよ!決めてきなさいって!
何のゴーサインを出してるんだ!
まったく。
最高の指示だ。
ニーナさんに感謝しつつも、俺はガイナスさんが身を乗り出していた窓を見た。
そこには二人揃って、こちらを見ている夫婦の姿があった。
一人は微笑み、一人は泣いているのか怒っているのか、よく分からない様子だった。
あぁ、バッチリ見られていたんだな。
もはやそれは仕方の無い事。
ゴーサインを出したのだから、結末を見守るのは当然だろう。
俺は諦めの気持ちで我が家を見た。
何故かって?
それは確認する為に決まっているだろう。
こんなにも冷静なんだ。
母が見ているのは確実だが、一応な。
うちの両親の寝室にある窓。
そこには当たり前のように父と母がいた。
父はグーサイン。
母は音が出ない拍手を、俺に向けて贈っている。
つまり。
俺とティナの初キスは、両家の両親に見守られて達成された事になる。
これが世間一般では普通なのだろうか。
そんな訳ない。
こんな辱めは、誰も経験するはずも無い。
どう考えても、な。
冷静な思考が怖い。
『慈愛』が解けたら、どうなるのだろう。
そんな恐怖心すら、抱いても立ち消える。
俺はただ、進むしかない。
「婚約の誓い、みたいだな」
「え?そう、かな」
「あぁ」
とても幸せな気分だ。
だが、突然だったから、何というか。
心構えをしていなかったせいか、キスをした実感が薄いように感じる。
たしかに唇を重ねたのだが、少しだけ、納得していない自分がいた。
「ティナ。もう一度、していいか?」
本心ダダ漏れの俺は、キリッとした顔で願い出た。
積極的というか、何というか。
怖いもの知らずとは、こんな感じなのだろうか。
ティナは恥ずかしがる。
「は、恥かしいよぉ。でも、カイルがしたいなら」
モジモジしなからも、俺の要求に応えようとしてくれた。
そんな姿が愛らしく感じる。
彼女の両肩に手を添え、顔を近づけていく。
そっと瞳を閉じるティナに合わせて、俺も瞳を閉じる。
あの感触を、今度こそはしっかりと堪能しよう。
これぞ、キス。
これがキスなのだと、納得出来る物が欲しかった。
しかし、渾身の咆哮が俺の動きを止める。
「二回目は許さんぞぉぉ!!」
耳を突いたのは、ガイナスの咆哮だった。
「貴方、邪魔しちゃダメよ~?」
「ダメだ!我慢ならん!」
ガイナスが窓から飛び出し、勢い良く向かってくる。
『あと少し、あと少しなんだ。もう吐息が掛かる距離まで来ているんだぞ?行ってしまえ!カイル!』
俺の小型悪魔が囁く。
コイツの言う通り、あと少し顔を突き出せば、ティナの唇に届く。
あの感触を、もう一度確かめる事が出来る。
しかし。
『ダメだよ!義父になる人を怒らしても、良い事ないよ?ここは大人しく引き下がるんだ!カイル!」
俺の小型天使が諭す。
コイツの言う事も間違いではない。
ティナと結婚した後、義父との関係性を考えれば、引き下がるのもアリだ。
長年付き合っていく事になるのだから、良好な関係を気付く為にも、今は無理を押し通すべきではないかもしれない。
だが。
『これを逃したら、次のチャンスは二ヶ月後だぞ?それまで不完全なキスの感触を抱えて、悶々とした日々を送るのか?お前に耐えれるのか?今しかないんだぞ!』
小型悪魔よ。
お前の言う通りだ。
俺は今、確かめたいのだ!
あの感触が、本当にティナの唇だったのかをな!
でもな。
『やめておけ!いくらお前が、体を鍛えて戦闘に自信があったとしても、あの人は凄腕の元冒険者なんだぞ?きっとボコボコにされてしまう!』
小型天使の言う通りなんだよな。
戦う姿は見た事ないが、あの筋肉隆々な体を見たら『凄腕』を否定する理由がないんだよな。
それに将来の義父に、怪我をさせるわけにはいかないし。
大人しくしとくか。
でも、もしかしたら。
『大事な娘の婚約者に、そんな酷い事するわけないだろ!いいか?お前は許嫁から婚約者に昇格したんだ!ある程度の事は、許されるんだぜ?』
そうなのか?小型悪魔よ。
そう言われれば、そうかもしれない。
だって、結婚を約束したんだぞ?
言わば、もう夫婦みたいなもんだ。
そうだ、そうに違いない。
俺は、ティナの婚約者なのだ!
フフフッ!
もはや親御さんの了解など、得る必要はない!
そうだ!
俺は婚約者なのだ!
変な自信が湧き上がってくる。
もはや、キスして何が悪いと言う境地に達しかけていた。
だが、小型天使は諦めずに諭し続ける。
『ダメだよ!悪魔の囁きを聞いちゃダメ!』
そのせいで俺は行動不能に陥り、動けずに突っ立っていた。
『チッ!時間切れだ!根性なしの間抜けめ!もうこんなチャンスは二度と無い!お前は生涯を終えるまで、この先キス出来ないと思え!』
小型悪魔は、眼前に迫るガイナスを見て、罵るようにそう言い、消えていった。
そうだ。
俺は根性なしだ。
そうか。
もう、二度とキスは出来ないのか。
一生で一回きりのキスが、不完全燃焼とはな。
フッ。
根性なしの俺には、それがお似合いか。
達観したように、そう思った。
しかし、悲しい。
これから続く人生の中で、俺の思い出にはキスが更新されないのだ。
生涯を終えるまで、俺には不確かなキスの感触だけ。
だが、全て俺が悪い。
受け入れるしかない。
受け入れるしかーー。
そんな中、ティナの手が、俺の顔に触れた。
輪郭に沿う様に、両手を使って。
視界が塞がった事で、触覚が鋭くなったようだ。
その手が、くすぐったく感じる。
「くすぐったいぞ?」
「カイル、喋らないで」
「ん?そうか、わかった」
何やら真面目な声色で言われ、大人しく従う。
いつまでこうしていれば、いいのだろうか。
そんな事を考えていた。
そして不意に、チュッと唇に柔らかい物を感じた。
今まで感じたことのないくらい、柔らかかったのを覚えている。
ティナの顔が、自身の顔近くにある存在感と共に。
たった一秒程の出来事。
まさかと思い、すぐさま目を開ける。
「良いって言うまで、目を開けないでってーー。言ったじゃない」
自らの唇を手で覆い、恥ずかしそうに顔を傾け、赤らめるティナの姿が、俺の目に映った。
何が起きたのか。
いや、頭では理解している。
しかし、信じられない。
俺は自身の唇を触った。
指の感触は、さっきの感触と違い、硬く感じる。
指じゃない。
じゃあ、さっきのアレは。
さっきの感触は!
喜びと嬉しさ。
そして驚き。
色々な感情が混じり、頭が爆発すると思うほど思考が巡る。
大丈夫なのだろうかと懸念する気持ちが強かったが、それよりも嬉しい気持ちが勝った。
「今の!?」
「お母さんがーー、していいって」
ニーナさんが?
「さっきお母さんがね?『お父さんは説得しておくから、決めてきなさい!』って、言ってくれたから」
「そうか」
なんだよ!決めてきなさいって!
何のゴーサインを出してるんだ!
まったく。
最高の指示だ。
ニーナさんに感謝しつつも、俺はガイナスさんが身を乗り出していた窓を見た。
そこには二人揃って、こちらを見ている夫婦の姿があった。
一人は微笑み、一人は泣いているのか怒っているのか、よく分からない様子だった。
あぁ、バッチリ見られていたんだな。
もはやそれは仕方の無い事。
ゴーサインを出したのだから、結末を見守るのは当然だろう。
俺は諦めの気持ちで我が家を見た。
何故かって?
それは確認する為に決まっているだろう。
こんなにも冷静なんだ。
母が見ているのは確実だが、一応な。
うちの両親の寝室にある窓。
そこには当たり前のように父と母がいた。
父はグーサイン。
母は音が出ない拍手を、俺に向けて贈っている。
つまり。
俺とティナの初キスは、両家の両親に見守られて達成された事になる。
これが世間一般では普通なのだろうか。
そんな訳ない。
こんな辱めは、誰も経験するはずも無い。
どう考えても、な。
冷静な思考が怖い。
『慈愛』が解けたら、どうなるのだろう。
そんな恐怖心すら、抱いても立ち消える。
俺はただ、進むしかない。
「婚約の誓い、みたいだな」
「え?そう、かな」
「あぁ」
とても幸せな気分だ。
だが、突然だったから、何というか。
心構えをしていなかったせいか、キスをした実感が薄いように感じる。
たしかに唇を重ねたのだが、少しだけ、納得していない自分がいた。
「ティナ。もう一度、していいか?」
本心ダダ漏れの俺は、キリッとした顔で願い出た。
積極的というか、何というか。
怖いもの知らずとは、こんな感じなのだろうか。
ティナは恥ずかしがる。
「は、恥かしいよぉ。でも、カイルがしたいなら」
モジモジしなからも、俺の要求に応えようとしてくれた。
そんな姿が愛らしく感じる。
彼女の両肩に手を添え、顔を近づけていく。
そっと瞳を閉じるティナに合わせて、俺も瞳を閉じる。
あの感触を、今度こそはしっかりと堪能しよう。
これぞ、キス。
これがキスなのだと、納得出来る物が欲しかった。
しかし、渾身の咆哮が俺の動きを止める。
「二回目は許さんぞぉぉ!!」
耳を突いたのは、ガイナスの咆哮だった。
「貴方、邪魔しちゃダメよ~?」
「ダメだ!我慢ならん!」
ガイナスが窓から飛び出し、勢い良く向かってくる。
『あと少し、あと少しなんだ。もう吐息が掛かる距離まで来ているんだぞ?行ってしまえ!カイル!』
俺の小型悪魔が囁く。
コイツの言う通り、あと少し顔を突き出せば、ティナの唇に届く。
あの感触を、もう一度確かめる事が出来る。
しかし。
『ダメだよ!義父になる人を怒らしても、良い事ないよ?ここは大人しく引き下がるんだ!カイル!」
俺の小型天使が諭す。
コイツの言う事も間違いではない。
ティナと結婚した後、義父との関係性を考えれば、引き下がるのもアリだ。
長年付き合っていく事になるのだから、良好な関係を気付く為にも、今は無理を押し通すべきではないかもしれない。
だが。
『これを逃したら、次のチャンスは二ヶ月後だぞ?それまで不完全なキスの感触を抱えて、悶々とした日々を送るのか?お前に耐えれるのか?今しかないんだぞ!』
小型悪魔よ。
お前の言う通りだ。
俺は今、確かめたいのだ!
あの感触が、本当にティナの唇だったのかをな!
でもな。
『やめておけ!いくらお前が、体を鍛えて戦闘に自信があったとしても、あの人は凄腕の元冒険者なんだぞ?きっとボコボコにされてしまう!』
小型天使の言う通りなんだよな。
戦う姿は見た事ないが、あの筋肉隆々な体を見たら『凄腕』を否定する理由がないんだよな。
それに将来の義父に、怪我をさせるわけにはいかないし。
大人しくしとくか。
でも、もしかしたら。
『大事な娘の婚約者に、そんな酷い事するわけないだろ!いいか?お前は許嫁から婚約者に昇格したんだ!ある程度の事は、許されるんだぜ?』
そうなのか?小型悪魔よ。
そう言われれば、そうかもしれない。
だって、結婚を約束したんだぞ?
言わば、もう夫婦みたいなもんだ。
そうだ、そうに違いない。
俺は、ティナの婚約者なのだ!
フフフッ!
もはや親御さんの了解など、得る必要はない!
そうだ!
俺は婚約者なのだ!
変な自信が湧き上がってくる。
もはや、キスして何が悪いと言う境地に達しかけていた。
だが、小型天使は諦めずに諭し続ける。
『ダメだよ!悪魔の囁きを聞いちゃダメ!』
そのせいで俺は行動不能に陥り、動けずに突っ立っていた。
『チッ!時間切れだ!根性なしの間抜けめ!もうこんなチャンスは二度と無い!お前は生涯を終えるまで、この先キス出来ないと思え!』
小型悪魔は、眼前に迫るガイナスを見て、罵るようにそう言い、消えていった。
そうだ。
俺は根性なしだ。
そうか。
もう、二度とキスは出来ないのか。
一生で一回きりのキスが、不完全燃焼とはな。
フッ。
根性なしの俺には、それがお似合いか。
達観したように、そう思った。
しかし、悲しい。
これから続く人生の中で、俺の思い出にはキスが更新されないのだ。
生涯を終えるまで、俺には不確かなキスの感触だけ。
だが、全て俺が悪い。
受け入れるしかない。
受け入れるしかーー。
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