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第02話 侍女マリーの決意
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輿入れの行列は長くもなく、短くもなく。
国境を超えるまでメレ・グレン王国の国内では行列を見た民衆が諸手を挙げて行列に喜びの言葉を叫んで見送った。
「あのぅ…こう言っては何だけど、ホントに嫌われてるみたいね」
「ふふっ。そうね。厄介払いが出来てみんなが大満足ね」
「なんだかな…私にはそう見えないんだけど」
王都から国境の村までの日数は約60日。国境からル・サブレン王国の王都までは約40日かかる。
ミネルヴァーナに同行しル・サブレン王国に行く侍女は1人もいなかった。
メレ・グレン王国で、ミネルヴァーナの立場は王女でありながら決して高くはない。どちらかと言えば底辺の中の底辺に近い。
母親は側妃と言えど貧しい子爵家の令嬢で、実家からの支援など到底見込めない。
ミネルヴァーナのことを実子と認めたからにはそれなりの生活はしてもらわねば困ると父親の国王からは住まいなど与えられていたが、何人もいる側妃の中でとりわけ質素な生活をせざるを得なかったのである。
何故ならばミネルヴァーナにと支給される金銭は母親が見栄の為に使ってしまう。講師に支払う金すら母親のドレスや貴金属に変わっていく。文字の読み書きや知識を独学、しかも膨大な量があるとはいえ書庫で身に着けた王女はミネルヴァーナくらいだろう。
使用人が1人もいない側妃と王女など前代未聞。
余りの困窮ぶりに見かねた異母弟(第3王子カイネル)が使用人を回してはくれたが、ミネルヴァーナの母親が図に乗っては困るとそれも時折のこと。
生活費が支給される1週間前には小麦は一握りも残っておらず、芽を出したジャガイモの芽を抉り食べられる部分だけ湯がいて塩気のある庭の草を舐めジャガイモをで腹を満たした日もあった。
そんな暮らしをしていたこともあり、他国に嫁ぐからと生涯母国に帰る事も叶わぬ侍女を雇う事など出来ず、同行する護衛兵も含め半数は国境で、到着後は残った全員帰国の途につく従者と共に輿入れをする。
話しかけてきているのは、道中でル・サブレン王国の慣習などをミネルヴァーナに教えるためにベルセール公爵家に雇われているマリーである。
そのマリー、ル・サブレン王国に向け出立した10日目で自責の念に耐えられなくなった。
「マリー様。今日はどんなお話をしてくださいますの?」
「っっっ…」
「あの、マリー様?馬車酔いですか?」
「違うんです…私っ。実は…」
マリーはル・サブレン王国の慣習などをミネルヴァーナに教えるために雇われて同行したのではなく、ル・サブレン王国に到着をした後も身の回りの世話をしてベルセール公爵家にミネルヴァーナの様子を報告するために雇われているのだと告白した。
「そうだったの…でも安心をして?わたくし、身の回りの事は一通り出来ますのよ?あまり手間をかける事はないと思うのですが、仲良くして頂けると嬉しいですわ」
「見てたら解ります。だって洗顔も着替えも1人で済ませているし…食事だって文句もなく‥」
マリーは初日からミネルヴァーナには驚きしかなかった。
身に纏っているドレスは質素で布地も平民のそれと大差ない。
――これが王女様ですって?嘘でしょう?――
ベルセール公爵家から支給されたお仕着せのほうがまだ質が良い。
食事も「贅沢はさせるな」と命じられていて柔らかさもないパンに味付けも申し訳程度の冷えたスープ。移動中で馬車泊になる事もあるため、仕方がない事ではあったがミネルヴァーナは感謝こそすれ文句など1つも言わなかった。
だから驚いたのだ。
「え?野菜を庭で育てていたっ?!」
「だって食べるものがないんですもの。でも流石に小麦とかは無理でしたのよ?あ、野菜と言ってもシオカラ草とかスッパ草とかを庭を散歩して見つけたらこうやって掘って」
ミネルヴァーナは土を掘る仕草をする。しかもスコップなどではなく手で土を掘る仕草だ。
マリーも貧乏な男爵家の出であるが、小麦は流石に作れないし、雑草と呼ばれるシオカラ草やスッパ草は食べても害がないとは知っているが食べようとは思わない。
そこまで落ちぶれてもいなかったからである。
続いてゴリゴリと音はしないが、ミネルヴァーナの手振りは収穫した後の小麦を石臼で挽く手振り。マリーの知る王女様の生態とはかけ離れた所にミネルヴァーナは居たのだった。
マリーは聞いた話を鵜呑みにし色眼鏡で「贅沢姫」を見ていた事を恥じた。
「判らないことだらけでお手間をかける事も多いと思いますが、よろしくお願いいたします」
「あっ、あのっ!私相手にそんな丁寧な言い方は…」
「いいえ。マリー様はこの国の事をわたくしに教えてくださる先生ですもの」
「先生だなんて!!そんな大層な人間じゃないんです!様はやめてくださいっ」
「でしたらマリー様…いえマリーさんも改まった話し方は無し…でよろしいかしら?」
「そうして頂けると…えへっ。実は畏まった話し方は苦手で(てへっ♡)」
猜疑心と警戒心が取れたマリーはミネルヴァーナの事が誤解されている事を悲しく思ったが、ミネルヴァーナの言葉に何とも言えない気持ちになった。
「こう言っては何だけど…ル・サブレン王国に行くことになってとても嬉しかったの」
「そうなんですか?」
「えぇ、だって…やっと家族と離れられたんだもの」
「ミーちゃんっ」
マリーは堪らなくなってミネルヴァーナをギュッと抱きしめた。
その体はごつごつと骨ばっていて、マリーは「食わす!」と心に誓った。
国境を超えるまでメレ・グレン王国の国内では行列を見た民衆が諸手を挙げて行列に喜びの言葉を叫んで見送った。
「あのぅ…こう言っては何だけど、ホントに嫌われてるみたいね」
「ふふっ。そうね。厄介払いが出来てみんなが大満足ね」
「なんだかな…私にはそう見えないんだけど」
王都から国境の村までの日数は約60日。国境からル・サブレン王国の王都までは約40日かかる。
ミネルヴァーナに同行しル・サブレン王国に行く侍女は1人もいなかった。
メレ・グレン王国で、ミネルヴァーナの立場は王女でありながら決して高くはない。どちらかと言えば底辺の中の底辺に近い。
母親は側妃と言えど貧しい子爵家の令嬢で、実家からの支援など到底見込めない。
ミネルヴァーナのことを実子と認めたからにはそれなりの生活はしてもらわねば困ると父親の国王からは住まいなど与えられていたが、何人もいる側妃の中でとりわけ質素な生活をせざるを得なかったのである。
何故ならばミネルヴァーナにと支給される金銭は母親が見栄の為に使ってしまう。講師に支払う金すら母親のドレスや貴金属に変わっていく。文字の読み書きや知識を独学、しかも膨大な量があるとはいえ書庫で身に着けた王女はミネルヴァーナくらいだろう。
使用人が1人もいない側妃と王女など前代未聞。
余りの困窮ぶりに見かねた異母弟(第3王子カイネル)が使用人を回してはくれたが、ミネルヴァーナの母親が図に乗っては困るとそれも時折のこと。
生活費が支給される1週間前には小麦は一握りも残っておらず、芽を出したジャガイモの芽を抉り食べられる部分だけ湯がいて塩気のある庭の草を舐めジャガイモをで腹を満たした日もあった。
そんな暮らしをしていたこともあり、他国に嫁ぐからと生涯母国に帰る事も叶わぬ侍女を雇う事など出来ず、同行する護衛兵も含め半数は国境で、到着後は残った全員帰国の途につく従者と共に輿入れをする。
話しかけてきているのは、道中でル・サブレン王国の慣習などをミネルヴァーナに教えるためにベルセール公爵家に雇われているマリーである。
そのマリー、ル・サブレン王国に向け出立した10日目で自責の念に耐えられなくなった。
「マリー様。今日はどんなお話をしてくださいますの?」
「っっっ…」
「あの、マリー様?馬車酔いですか?」
「違うんです…私っ。実は…」
マリーはル・サブレン王国の慣習などをミネルヴァーナに教えるために雇われて同行したのではなく、ル・サブレン王国に到着をした後も身の回りの世話をしてベルセール公爵家にミネルヴァーナの様子を報告するために雇われているのだと告白した。
「そうだったの…でも安心をして?わたくし、身の回りの事は一通り出来ますのよ?あまり手間をかける事はないと思うのですが、仲良くして頂けると嬉しいですわ」
「見てたら解ります。だって洗顔も着替えも1人で済ませているし…食事だって文句もなく‥」
マリーは初日からミネルヴァーナには驚きしかなかった。
身に纏っているドレスは質素で布地も平民のそれと大差ない。
――これが王女様ですって?嘘でしょう?――
ベルセール公爵家から支給されたお仕着せのほうがまだ質が良い。
食事も「贅沢はさせるな」と命じられていて柔らかさもないパンに味付けも申し訳程度の冷えたスープ。移動中で馬車泊になる事もあるため、仕方がない事ではあったがミネルヴァーナは感謝こそすれ文句など1つも言わなかった。
だから驚いたのだ。
「え?野菜を庭で育てていたっ?!」
「だって食べるものがないんですもの。でも流石に小麦とかは無理でしたのよ?あ、野菜と言ってもシオカラ草とかスッパ草とかを庭を散歩して見つけたらこうやって掘って」
ミネルヴァーナは土を掘る仕草をする。しかもスコップなどではなく手で土を掘る仕草だ。
マリーも貧乏な男爵家の出であるが、小麦は流石に作れないし、雑草と呼ばれるシオカラ草やスッパ草は食べても害がないとは知っているが食べようとは思わない。
そこまで落ちぶれてもいなかったからである。
続いてゴリゴリと音はしないが、ミネルヴァーナの手振りは収穫した後の小麦を石臼で挽く手振り。マリーの知る王女様の生態とはかけ離れた所にミネルヴァーナは居たのだった。
マリーは聞いた話を鵜呑みにし色眼鏡で「贅沢姫」を見ていた事を恥じた。
「判らないことだらけでお手間をかける事も多いと思いますが、よろしくお願いいたします」
「あっ、あのっ!私相手にそんな丁寧な言い方は…」
「いいえ。マリー様はこの国の事をわたくしに教えてくださる先生ですもの」
「先生だなんて!!そんな大層な人間じゃないんです!様はやめてくださいっ」
「でしたらマリー様…いえマリーさんも改まった話し方は無し…でよろしいかしら?」
「そうして頂けると…えへっ。実は畏まった話し方は苦手で(てへっ♡)」
猜疑心と警戒心が取れたマリーはミネルヴァーナの事が誤解されている事を悲しく思ったが、ミネルヴァーナの言葉に何とも言えない気持ちになった。
「こう言っては何だけど…ル・サブレン王国に行くことになってとても嬉しかったの」
「そうなんですか?」
「えぇ、だって…やっと家族と離れられたんだもの」
「ミーちゃんっ」
マリーは堪らなくなってミネルヴァーナをギュッと抱きしめた。
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