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7:カミーユの選択
「ご自由にどうぞ、夫婦の寝所が空いておりますわ」
憐みの目でカミーユを見た後、ブランディーヌは食事室から出て行こうとした。
カミーユが立ち上がり、ブランディーヌの腕を掴んだ。
「す、直ぐに離れから食事を運ばせるから少しだけ待ってくれないか」
その声を聞いた家令も執事も額を指で強く押した。
そうでもしなければこの重いのに肌が八つ裂きにされそうな空気だけでなく、自身の頭部さえも大きくグワングワンと回って揺れている心地だったのだ。
家令は執事に目くばせをする。執事が小さく頷いた。
「旦那様、お言葉で御座いますが」
家令の言葉にカミーユの手がブランディーヌから離れた。
執事はそっとブランディーヌを部屋の外に連れ出した。
「なんだ?」
「旦那様は、シレリット様にご用意した分があると言われて喜べるのですか?」
「何を言ってるんだ。それはシレリット用だろう。回されても困るだけだ」
「では、奥様のお食事は如何なさいますか」
「それは離れに‥‥あっ!」
カミーユは胸元につけたナフキンを引き千切るように外すとブランディーヌの元に行こうとしたが、家令は大きく手を広げてカミーユの前に立ちはだかった。
「何をしている。どけ」
「旦那様、お連れ様とお食事中でございます。中座されるのであればご挨拶を」
「お連れ様って…リアは妹だろうが」
「お忘れで御座いますか?」
「忘れている?何を」
家令は手のひらを上にエミリアのほうを指した。
カミーユはその手とエミリア、家令を回すように眺めた。
「先程、旦那様は奥様に離縁に同意したと同義と受け取られる事をされたのですよ」
「そんな事はしていない」
「そうでしょうか。食事の予定のない者を突然招き入れる。極稀にそんな事もあるでしょう。ですが、お連れ様はどなたのお席に座って召し上がっておられるのです?」
「え‥ディーの席…」
「そうです。あの時奥様がどうぞと言った。これは社交辞令というもの。言葉の本質は別にございます。旦那様はお連れ様もご一緒にというのなら私共に連れの席を用意せよと命じねばなりません。主の席、夫人の席。これは誰にも譲ってはならないのです。なのに文面通りに旦那様はお連れ様を夫人の席に座らせた」
「それは、座る場所がなかったからで」
「では奥様は何処に座れと?その上、他者のため用意をした食事を離れから持って来させる。奥様にはこの上ない侮辱で御座います。正直申し上げて、我ら旦那様に御仕えする事はこの先、出来かねます」
「お前達、いい加減にしろよ。確かにディーに対しての態度は悪いと思っている。だから謝りに行く。だがエミリアだって家族なんだ。何処が悪いというんだ!」
「では、もう一度お名前を拝借致しますが、シレリット様でしたらどうでしょうか」
「そりゃシレリットはちゃんと学んで――いや!それはこれからの事なんだ」
家令の瞳は瞼で閉じられてカミーユを映さなくなった。
「ねぇ、お兄様ぁ。早く食べましょう?」
いつの間に来たのか。エミリアがカミーユの腕を引いて上目遣いで訴えかける。
廊下の先を見てももうブランディーヌの姿は見えない。
「ねぇ、お兄様ってばぁ」
「あ、あぁ。そうだな。温かいうちに食べないとな」
廊下の向こうは気になるが、カミーユはエミリアに腕を引かれるままもう一度椅子に座り直し、カトラリーを手に取った。
「でね、リアはね――」
目の前でエミリアが何かを話しているのは判るのだが言葉が全く耳に入ってこない。
後から謝りに行って、それから別に買ってあった土産を渡して、兎に角話をすればブランディーヌは解ってくれるはずだと自分で自分に言い聞かせる。
「お兄様ってば!」
「うわっ!」
耳元で大声が聞こえ、カミーユは腰が浮くほどに驚いた。
目の前に頬をまた膨らませたエミリアがカミーユを可愛い目で睨みつけていた。
「リアのお部屋はもうないんでしょう?だからいいでしょう?」
「あ、あぁいいよ…うん‥」
「やったぁ。今日もお兄様と一緒に寝られるのね」
「えっ?!」
「いつもと一緒で湯あみも一緒ね」
エミリアの言葉にカミーユは流石にここでそれは不味いと首を横に振った。
離れであればエミリアの体を洗うのに一緒に湯殿に入っていたが、洗い合いをするのは誤解を招くとカミーユは本宅で湯あみを済ませたあと離れに向かうようになっていた。
エミリアの体を洗う事は変わらないが、離れの湯殿でカミーユは服は着ていた。
使用人に見られれば言い訳は出来ないと考えたからだ。
寝台が同じなのもどうかとは思ったが、カミーユが全裸で眠る事は本宅の使用人も周知の事実だ。体に触れる湯殿と違って、寝台の上で何かをするわけではない。カミーユにとってそれはただの添い寝だった。
目の前のエミリアは「夫婦の寝所」にある寝台で一緒に寝るつもりになっている。
カミーユに取ってそれは譲歩できない事だった。それが例え可愛い異母妹であっても夫婦の寝所の寝台で寝て良いのは自分とブランディーヌだけなのだ。
「リア、すまない。やはり離れに帰ってくれないか」
「どうしてですの?やっぱり…リアは邪魔者なのね」
「邪魔ものだとか、そう言う事じゃないんだ」
「だってぇ。いいって言ったぁ。うわぁぁん。お兄様がリアを除け者にするぅ」
「違うんだよ。リア、泣かないで。ほ、ほら一緒に離れに行くから」
「どうしてぇ。リアもこっちで寝たいのぉ~。独りぼっちは嫌なのぉ。あぁぁん」
やはりエミリアに泣かれるとカミーユは強く言えなくなってしまう。
しかし、寝所を使う事だけは譲歩できなかった。
頭の中では今夜一晩だけだけだから、明日、シーツやマットなど寝具一式を取り換えるようにすることも考えたが、違うと直ぐに首を横に振った。
なんとかエミリアを宥めてエミリアは当主の部屋にある寝台を使ってもらった。
ただ、寝付くまでは側にいてくれというエミリアに付き添って月が空の真上に上がるまでエミリアに添い寝をした。
深夜、そっと寝台を抜け出し夫婦の寝所を覗いてみるが鎮まり帰って人の気配がない。一旦廊下に出てブランディーヌがいるはずの夫人の間の扉を小さくノックした。
「もう寝たのかな…」
時計を見れば日も変わって午前2時半である。
どうするべきかカミーユは迷った。出した結論は内鍵をされていれば使用人の部屋に行き、空いている寝台で眠る。内鍵がされていなければそっと隣に体を横たえようと思った。
カチっ
心臓が口から飛び出しそうなくらいに緊張をした瞬間だったが、ドアノブは回り静かに扉が開いた。
――良かった――
カミーユがほっと胸を撫でおろしたのも束の間。カミーユは数歩進んだ先で立ち尽くした。
――ディーが‥‥いない?――
カミーユは立ち尽くしたまま一睡もせずに夜明けを迎えた。
☆彡☆彡☆彡
次も1時間後の 21時10分公開 です(*^-^*)
憐みの目でカミーユを見た後、ブランディーヌは食事室から出て行こうとした。
カミーユが立ち上がり、ブランディーヌの腕を掴んだ。
「す、直ぐに離れから食事を運ばせるから少しだけ待ってくれないか」
その声を聞いた家令も執事も額を指で強く押した。
そうでもしなければこの重いのに肌が八つ裂きにされそうな空気だけでなく、自身の頭部さえも大きくグワングワンと回って揺れている心地だったのだ。
家令は執事に目くばせをする。執事が小さく頷いた。
「旦那様、お言葉で御座いますが」
家令の言葉にカミーユの手がブランディーヌから離れた。
執事はそっとブランディーヌを部屋の外に連れ出した。
「なんだ?」
「旦那様は、シレリット様にご用意した分があると言われて喜べるのですか?」
「何を言ってるんだ。それはシレリット用だろう。回されても困るだけだ」
「では、奥様のお食事は如何なさいますか」
「それは離れに‥‥あっ!」
カミーユは胸元につけたナフキンを引き千切るように外すとブランディーヌの元に行こうとしたが、家令は大きく手を広げてカミーユの前に立ちはだかった。
「何をしている。どけ」
「旦那様、お連れ様とお食事中でございます。中座されるのであればご挨拶を」
「お連れ様って…リアは妹だろうが」
「お忘れで御座いますか?」
「忘れている?何を」
家令は手のひらを上にエミリアのほうを指した。
カミーユはその手とエミリア、家令を回すように眺めた。
「先程、旦那様は奥様に離縁に同意したと同義と受け取られる事をされたのですよ」
「そんな事はしていない」
「そうでしょうか。食事の予定のない者を突然招き入れる。極稀にそんな事もあるでしょう。ですが、お連れ様はどなたのお席に座って召し上がっておられるのです?」
「え‥ディーの席…」
「そうです。あの時奥様がどうぞと言った。これは社交辞令というもの。言葉の本質は別にございます。旦那様はお連れ様もご一緒にというのなら私共に連れの席を用意せよと命じねばなりません。主の席、夫人の席。これは誰にも譲ってはならないのです。なのに文面通りに旦那様はお連れ様を夫人の席に座らせた」
「それは、座る場所がなかったからで」
「では奥様は何処に座れと?その上、他者のため用意をした食事を離れから持って来させる。奥様にはこの上ない侮辱で御座います。正直申し上げて、我ら旦那様に御仕えする事はこの先、出来かねます」
「お前達、いい加減にしろよ。確かにディーに対しての態度は悪いと思っている。だから謝りに行く。だがエミリアだって家族なんだ。何処が悪いというんだ!」
「では、もう一度お名前を拝借致しますが、シレリット様でしたらどうでしょうか」
「そりゃシレリットはちゃんと学んで――いや!それはこれからの事なんだ」
家令の瞳は瞼で閉じられてカミーユを映さなくなった。
「ねぇ、お兄様ぁ。早く食べましょう?」
いつの間に来たのか。エミリアがカミーユの腕を引いて上目遣いで訴えかける。
廊下の先を見てももうブランディーヌの姿は見えない。
「ねぇ、お兄様ってばぁ」
「あ、あぁ。そうだな。温かいうちに食べないとな」
廊下の向こうは気になるが、カミーユはエミリアに腕を引かれるままもう一度椅子に座り直し、カトラリーを手に取った。
「でね、リアはね――」
目の前でエミリアが何かを話しているのは判るのだが言葉が全く耳に入ってこない。
後から謝りに行って、それから別に買ってあった土産を渡して、兎に角話をすればブランディーヌは解ってくれるはずだと自分で自分に言い聞かせる。
「お兄様ってば!」
「うわっ!」
耳元で大声が聞こえ、カミーユは腰が浮くほどに驚いた。
目の前に頬をまた膨らませたエミリアがカミーユを可愛い目で睨みつけていた。
「リアのお部屋はもうないんでしょう?だからいいでしょう?」
「あ、あぁいいよ…うん‥」
「やったぁ。今日もお兄様と一緒に寝られるのね」
「えっ?!」
「いつもと一緒で湯あみも一緒ね」
エミリアの言葉にカミーユは流石にここでそれは不味いと首を横に振った。
離れであればエミリアの体を洗うのに一緒に湯殿に入っていたが、洗い合いをするのは誤解を招くとカミーユは本宅で湯あみを済ませたあと離れに向かうようになっていた。
エミリアの体を洗う事は変わらないが、離れの湯殿でカミーユは服は着ていた。
使用人に見られれば言い訳は出来ないと考えたからだ。
寝台が同じなのもどうかとは思ったが、カミーユが全裸で眠る事は本宅の使用人も周知の事実だ。体に触れる湯殿と違って、寝台の上で何かをするわけではない。カミーユにとってそれはただの添い寝だった。
目の前のエミリアは「夫婦の寝所」にある寝台で一緒に寝るつもりになっている。
カミーユに取ってそれは譲歩できない事だった。それが例え可愛い異母妹であっても夫婦の寝所の寝台で寝て良いのは自分とブランディーヌだけなのだ。
「リア、すまない。やはり離れに帰ってくれないか」
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「邪魔ものだとか、そう言う事じゃないんだ」
「だってぇ。いいって言ったぁ。うわぁぁん。お兄様がリアを除け者にするぅ」
「違うんだよ。リア、泣かないで。ほ、ほら一緒に離れに行くから」
「どうしてぇ。リアもこっちで寝たいのぉ~。独りぼっちは嫌なのぉ。あぁぁん」
やはりエミリアに泣かれるとカミーユは強く言えなくなってしまう。
しかし、寝所を使う事だけは譲歩できなかった。
頭の中では今夜一晩だけだけだから、明日、シーツやマットなど寝具一式を取り換えるようにすることも考えたが、違うと直ぐに首を横に振った。
なんとかエミリアを宥めてエミリアは当主の部屋にある寝台を使ってもらった。
ただ、寝付くまでは側にいてくれというエミリアに付き添って月が空の真上に上がるまでエミリアに添い寝をした。
深夜、そっと寝台を抜け出し夫婦の寝所を覗いてみるが鎮まり帰って人の気配がない。一旦廊下に出てブランディーヌがいるはずの夫人の間の扉を小さくノックした。
「もう寝たのかな…」
時計を見れば日も変わって午前2時半である。
どうするべきかカミーユは迷った。出した結論は内鍵をされていれば使用人の部屋に行き、空いている寝台で眠る。内鍵がされていなければそっと隣に体を横たえようと思った。
カチっ
心臓が口から飛び出しそうなくらいに緊張をした瞬間だったが、ドアノブは回り静かに扉が開いた。
――良かった――
カミーユがほっと胸を撫でおろしたのも束の間。カミーユは数歩進んだ先で立ち尽くした。
――ディーが‥‥いない?――
カミーユは立ち尽くしたまま一睡もせずに夜明けを迎えた。
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