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第10話 最初で最後の顔合わせ
しおりを挟む翌日は静かに過ぎた。
廊下を歩く従者の足音にですら部屋でビクビクと怯えていたトリスタンだったが、24時間経過すると「あれ?」何にも起きない事に安心する気持ちが増幅していた。
「そうだ、そうだよな。僕は何を心配してたんだろう」
従者は食事は運んで来てくれるし、今朝も「お召し物を交換いたしましょう」と囚人服に着替えるのかと思ったら何時も通りの布地もちゃんとした服だった。
ついでに朝に湯も浴びると言えば支度をしてくれた。
湯が不安も流してくれたのか、気持ちもサッパリした。
「婚約破棄なんて言ってしまったが、やっぱりパドマだな。冗談は冗談と受け止めてくれてたんだ。メイリーンの言葉を本当にするとか、心置きなく婚約破棄出来るなんていうから。ハハハ。なんだ~悩んで損したよ」
そんな事を思っていたが甘かったようだ。
夕方になり、国王が呼んでいるというのでトリスタンは軽い足取りで従者に先導されて国王の待つ部屋に向かったのだが、部屋には先客がいた。
「パドマっ!!」
国王の向かいにダーズ伯爵と並んでいるのはパドマだったのだ。
==良かった。昨日の事は余興だったと言いに来てくれたんだ==
宰相の娘も入学だった事を失念していて、あの場に居たとは思いもしなかったがパドマが一緒に弁明をしてくれれば事なきを得る。
トリスタンは軽い足取りのままに国王の隣に座ろうとしたのだが。
「何をしている。お前はそこに立っていろ」
「え?僕が‥‥ですか?ダーズ伯爵は座っているのに?」
「当たり前だ。お前の最愛も呼びにやっている。間もなく到着するからそこで待っていろ」
「最愛って‥‥(目の前にいるんだけど)」
おかしいな?と思いつつもトリスタンの中で過去の人となっているメイリーンの事は頭の片隅にも無かった。
それにトリスタンは国王が「呼びにやっている」と言うが誰の事を言っているのかさっぱりわからない。
==あ、もしかしてメイリーンの事か?でも??==
考えたがトリスタンはメイリーンの「屋敷」を知らないのだ。
「ちょっと家に寄ってもいい?」とデートの最中にメイリーンが言うので一緒に行くと言えば「すぐそこだから。待ってて」と言われて行った先は公園。
ベンチに座っていてくれと言って「家、あっちだから。すぐ戻るわね」と言ってメイリーンは植え込みの中に入っていく。小道を歩くよりも家までショートカットなん出来るんだろうなとトリスタンは思っていた。
メイリーンを連れて来るとしても、トリスタンも知らないメイリーンの家。連れて来られるはずがない。と思っていたら…。
15分ほど待たされて騒ぐ声が聞こえてきたので開かれたままの扉の先を見れば騎士に連行されてくるメイリーンの姿が見えた。
暴れたからか髪はザンバラで一昨日の化粧が擦れてしまったのか酷い顔だった。
「スタン様!酷いんです!いきなり腕を掴まれてっ!見てくださいっ!痣になっちゃったんですぅ」
藻掻いて騎士の掴んだ手を振り切ろうとするメイリーンは狂気にすら見えてトリスタンは数歩後ろに引いた。気持ちは遥か彼方まで引きっぱなしで押し寄せることはない。
なのにメイリーンは執拗にトリスタンの愛称を連呼するので部屋の空気が段々冷え込んでくる気さえする。
「揃ったようだから始めようか」
「え?」
メイリーンが騒いでいるままなのに国王はこんなにも五月蝿い金切声が聞こえないのか向かいに腰かけるダーズ伯爵とパドマに話しかけた。
パドマは呆けるトリスタンを見て、視線を合わせると入学式の帰りの時にみた笑顔よりも更に魅力的な笑みを浮かべた。
「苦労しましたのよ?なんせ時間がありませんもの。ワインカーニバルにも使用する腐ったワイン17トン。これだけあれば文字通り!溺れるくらいに浴びることが出来ますわ!」
「じゅ、じゅ、17トンっ?!」
「えぇ。ワインカーニバルは3日開催されてその時に使うワインは200トンほどですけれど、今回は再現ですのでコップ1杯の量を考えれば、17トン。十分に納得のできる再現が可能だと考えております」
パドマの言葉にメイリーンは動きを止めた。
ついでに喚くのもやめたが、ここで挑戦的な態度が取れるのはやはり強心臓なのだろう。
「へ、へぇ。良いわよ。納得できるまで付き合ってあげるわ!」
「良かった。ご両親から当時のお召し物も伺っておりますの。幸いに既製品で売れ残りも多かったので大量に手に入れて御座います。ご注意頂きたいのはリテイクの回数だけ浴びる事にもなりますがワインは腐っておりますので洗い流しても鼻腔内に10日程は香りが残るかと」
「え…腐った…ワイン?」
「はい。ワインカーニバルで使用するワインは腐ったり傷んだりで商品化できない物です。ですがご安心ください。例年にない腐り具合、そして使用するワインは来年開催されるワインカーニバルで使うものをご用意しておりますわ。17トンもあれば数万回は再現できると思いますので、納得が出来るまで!頑張りましょう」
==気にするところ、そこじゃない==
そして、一堂に会する機会はおそらく今日が最初で最後。
国王にも許可を貰わねばならず、場合によっては傷害罪に問われる可能性もあるので、事前承諾が必要なのだとワインの再現の次についてパドマは意気揚々と語り始めた。
廊下を歩く従者の足音にですら部屋でビクビクと怯えていたトリスタンだったが、24時間経過すると「あれ?」何にも起きない事に安心する気持ちが増幅していた。
「そうだ、そうだよな。僕は何を心配してたんだろう」
従者は食事は運んで来てくれるし、今朝も「お召し物を交換いたしましょう」と囚人服に着替えるのかと思ったら何時も通りの布地もちゃんとした服だった。
ついでに朝に湯も浴びると言えば支度をしてくれた。
湯が不安も流してくれたのか、気持ちもサッパリした。
「婚約破棄なんて言ってしまったが、やっぱりパドマだな。冗談は冗談と受け止めてくれてたんだ。メイリーンの言葉を本当にするとか、心置きなく婚約破棄出来るなんていうから。ハハハ。なんだ~悩んで損したよ」
そんな事を思っていたが甘かったようだ。
夕方になり、国王が呼んでいるというのでトリスタンは軽い足取りで従者に先導されて国王の待つ部屋に向かったのだが、部屋には先客がいた。
「パドマっ!!」
国王の向かいにダーズ伯爵と並んでいるのはパドマだったのだ。
==良かった。昨日の事は余興だったと言いに来てくれたんだ==
宰相の娘も入学だった事を失念していて、あの場に居たとは思いもしなかったがパドマが一緒に弁明をしてくれれば事なきを得る。
トリスタンは軽い足取りのままに国王の隣に座ろうとしたのだが。
「何をしている。お前はそこに立っていろ」
「え?僕が‥‥ですか?ダーズ伯爵は座っているのに?」
「当たり前だ。お前の最愛も呼びにやっている。間もなく到着するからそこで待っていろ」
「最愛って‥‥(目の前にいるんだけど)」
おかしいな?と思いつつもトリスタンの中で過去の人となっているメイリーンの事は頭の片隅にも無かった。
それにトリスタンは国王が「呼びにやっている」と言うが誰の事を言っているのかさっぱりわからない。
==あ、もしかしてメイリーンの事か?でも??==
考えたがトリスタンはメイリーンの「屋敷」を知らないのだ。
「ちょっと家に寄ってもいい?」とデートの最中にメイリーンが言うので一緒に行くと言えば「すぐそこだから。待ってて」と言われて行った先は公園。
ベンチに座っていてくれと言って「家、あっちだから。すぐ戻るわね」と言ってメイリーンは植え込みの中に入っていく。小道を歩くよりも家までショートカットなん出来るんだろうなとトリスタンは思っていた。
メイリーンを連れて来るとしても、トリスタンも知らないメイリーンの家。連れて来られるはずがない。と思っていたら…。
15分ほど待たされて騒ぐ声が聞こえてきたので開かれたままの扉の先を見れば騎士に連行されてくるメイリーンの姿が見えた。
暴れたからか髪はザンバラで一昨日の化粧が擦れてしまったのか酷い顔だった。
「スタン様!酷いんです!いきなり腕を掴まれてっ!見てくださいっ!痣になっちゃったんですぅ」
藻掻いて騎士の掴んだ手を振り切ろうとするメイリーンは狂気にすら見えてトリスタンは数歩後ろに引いた。気持ちは遥か彼方まで引きっぱなしで押し寄せることはない。
なのにメイリーンは執拗にトリスタンの愛称を連呼するので部屋の空気が段々冷え込んでくる気さえする。
「揃ったようだから始めようか」
「え?」
メイリーンが騒いでいるままなのに国王はこんなにも五月蝿い金切声が聞こえないのか向かいに腰かけるダーズ伯爵とパドマに話しかけた。
パドマは呆けるトリスタンを見て、視線を合わせると入学式の帰りの時にみた笑顔よりも更に魅力的な笑みを浮かべた。
「苦労しましたのよ?なんせ時間がありませんもの。ワインカーニバルにも使用する腐ったワイン17トン。これだけあれば文字通り!溺れるくらいに浴びることが出来ますわ!」
「じゅ、じゅ、17トンっ?!」
「えぇ。ワインカーニバルは3日開催されてその時に使うワインは200トンほどですけれど、今回は再現ですのでコップ1杯の量を考えれば、17トン。十分に納得のできる再現が可能だと考えております」
パドマの言葉にメイリーンは動きを止めた。
ついでに喚くのもやめたが、ここで挑戦的な態度が取れるのはやはり強心臓なのだろう。
「へ、へぇ。良いわよ。納得できるまで付き合ってあげるわ!」
「良かった。ご両親から当時のお召し物も伺っておりますの。幸いに既製品で売れ残りも多かったので大量に手に入れて御座います。ご注意頂きたいのはリテイクの回数だけ浴びる事にもなりますがワインは腐っておりますので洗い流しても鼻腔内に10日程は香りが残るかと」
「え…腐った…ワイン?」
「はい。ワインカーニバルで使用するワインは腐ったり傷んだりで商品化できない物です。ですがご安心ください。例年にない腐り具合、そして使用するワインは来年開催されるワインカーニバルで使うものをご用意しておりますわ。17トンもあれば数万回は再現できると思いますので、納得が出来るまで!頑張りましょう」
==気にするところ、そこじゃない==
そして、一堂に会する機会はおそらく今日が最初で最後。
国王にも許可を貰わねばならず、場合によっては傷害罪に問われる可能性もあるので、事前承諾が必要なのだとワインの再現の次についてパドマは意気揚々と語り始めた。
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