16番目の候補者

cyaru

文字の大きさ
15 / 89

第15話  買わせねぇよ?

しおりを挟む
「気持ちいいねぇ。良かったねぇ」
「グワァッ、グワァッ!」
「クワァークワァー」

王都を出る前の最後の水場。中心部の次に栄えている区画には旅人が溢れかえっていた。
旅に出る人、戻ってきた人。必ず通る城門関所になるので牛や馬などにも水や餌を与える場がある。

家鴨は珍しいらしく、商隊や劇団と一緒に旅をしている子供も集まって来てアルベルティナの傍で水を浴びる家鴨を囲んでいた。

「気持ちよさそうだなぁ」
「あら、タイタンさん。丁度良かった。少しこの子たちを見てて貰えます?」
「どうしたんだ?」
「そこの案内所で地図を買いたいなと思いまして」
「地図?どうしてまた…」
「タイタンさんとフェーベさんにはここまで馬車に乗せてもらいましたが、壁を出たら別行動です」
「べっ別行動?!」
「あれ?言いませんでしたっけ?」

聞いた。確かに聞いた。
アルベルティナは外郭の壁を出るまで馬車に乗せてくれとタイタンに告げたのは間違いない。

「で、でも女1人じゃ危険だ」
「大丈夫ですよ。1人じゃないです」
「誰かと…落ち合う予定が?」

タイタンの胸がツキンと痛んだ。
もう少し一緒にいたいと思うのは贅沢な悩みだろうか。
心のどこかで、家から出て貴族籍も無くなり路銀は僅か。今夜寝る場所も無く…きっと「もう少しご一緒させてください」と言いだしてくれる。そんな思いがあった。

だが、好いた男がいて実は駆け落ちでもする気だったんじゃないか。
だからこんなに明るく振舞えるのか。心にジワリと黒く澱んだ思いが広がった。

「落ち合う?そんな人がいたらわざわざタイタンさんにここまで運んで貰いませんよ。実を言うと私、もうすぐ18歳になるので、誕生日が来たらケーニス家を出るつもりだったんです。アパートメントも安くて借りるのに保証人不要な物件も当面働ける場も用意はしてたんですよ?」
「なんだって?!」
「だって18歳未満だと捜索されるでしょう?でも今回ケーニス伯爵から18歳になる前に家を堂々と出られる大儀面分を貰ったんです。それにほいほい縁切りの書類まで書いてくれるし超ラッキーですよね!平民には生まれた届も必要ないから18歳とか縛りもないんですよ。私ってツイてるぅ!」


「そうだね」と頷いて良いんだろうか。タイタンは悩んだ。

ラッキーですよねとタイタンの手を握るアルベルティナは家を出られた事が嬉しいだけで他意はないだろうが他意がない事が少し寂しくも感じた。

「だけどタイタンさんとフェーベさんが迎えに来たので…家を出られたのは良かったんですけど…うーん。あ!こうしましょう!」

握られた手に少し力が入り、アルベルティナは左右に握ったままの手を揺らした。
そしてパッと離れると、アルベルティナの手は顔の前で指を立てた。

「馬車に乗せたまでは良かったけれど、素養も何もないし平民を送り出すなんてどうなってるんだ?ともう一度お手数ですがケーニス家に戻ってください。私はいないけどケーニス家にはあと2人。適齢期のレディがいますので花嫁の選抜に参加できますよっ!」
「もしかして君は…花嫁の選別に出るつもりはなかったってこと?」


本当はお断りをせねばならなかったのにタイタンの独断で迎えてしまった。アルベルティナが自らどこかに立ち去ればなかった事になる。今なら誰にも勝手な判断をした事を知られることもない。

でも…。

タイタンの胸の内はざわめいた。


「なかったですよ?って言うか…出られないだろうなと思いました」
「出られない?どういう事だ?」
「物理的に無理なんです。王都から辺境伯領まで歩けって言われたんですよ?路銀も出す気はなかったと思います。それでどうやって行けと?ドア・TO・ドアじゃないんですから3、4か月歩ける人はいても、飲まず食わずで生きられる人はいませんもの」
「歩け?辺境伯領まで?」
「そうですよ。あ、売り切れる前に地図買わないと!すみません。この子たち少しお願――」
「ダメだ!」

タイタンは一度離れてしまったアルベルティナの手を掴み、地図を買いに行こうとする動きを制した。
しおりを挟む
感想 88

あなたにおすすめの小説

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

冷徹公爵の誤解された花嫁

柴田はつみ
恋愛
片思いしていた冷徹公爵から求婚された令嬢。幸せの絶頂にあった彼女を打ち砕いたのは、舞踏会で耳にした「地味女…」という言葉だった。望まれぬ花嫁としての結婚に、彼女は一年だけ妻を務めた後、離縁する決意を固める。 冷たくも美しい公爵。誤解とすれ違いを繰り返す日々の中、令嬢は揺れる心を抑え込もうとするが――。 一年後、彼女が選ぶのは別れか、それとも永遠の契約か。

月夜に散る白百合は、君を想う

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢であるアメリアは、王太子殿下の護衛騎士を務める若き公爵、レオンハルトとの政略結婚により、幸せな結婚生活を送っていた。 彼は無口で家を空けることも多かったが、共に過ごす時間はアメリアにとってかけがえのないものだった。 しかし、ある日突然、夫に愛人がいるという噂が彼女の耳に入る。偶然街で目にした、夫と親しげに寄り添う女性の姿に、アメリアは絶望する。信じていた愛が偽りだったと思い込み、彼女は家を飛び出すことを決意する。 一方、レオンハルトには、アメリアに言えない秘密があった。彼の不自然な行動には、王国の未来を左右する重大な使命が関わっていたのだ。妻を守るため、愛する者を危険に晒さないため、彼は自らの心を偽り、冷徹な仮面を被り続けていた。 家出したアメリアは、身分を隠してとある街の孤児院で働き始める。そこでの新たな出会いと生活は、彼女の心を少しずつ癒していく。 しかし、運命は二人を再び引き合わせる。アメリアを探し、奔走するレオンハルト。誤解とすれ違いの中で、二人の愛の真実が試される。 偽りの愛人、王宮の陰謀、そして明かされる公爵の秘密。果たして二人は再び心を通わせ、真実の愛を取り戻すことができるのだろうか。

【完結】妖精姫と忘れられた恋~好きな人が結婚するみたいなので解放してあげようと思います~

塩羽間つづり
恋愛
お気に入り登録やエールいつもありがとうございます! 2.23完結しました! ファルメリア王国の姫、メルティア・P・ファルメリアは、幼いころから恋をしていた。 相手は幼馴染ジーク・フォン・ランスト。 ローズの称号を賜る名門一族の次男だった。 幼いころの約束を信じ、いつかジークと結ばれると思っていたメルティアだが、ジークが結婚すると知り、メルティアの生活は一変する。 好きになってもらえるように慣れないお化粧をしたり、着飾ったりしてみたけれど反応はいまいち。 そしてだんだんと、メルティアは恋の邪魔をしているのは自分なのではないかと思いあたる。 それに気づいてから、メルティアはジークの幸せのためにジーク離れをはじめるのだが、思っていたようにはいかなくて……? 妖精が見えるお姫様と近衛騎士のすれ違う恋のお話 切なめ恋愛ファンタジー

悪役令嬢の末路

ラプラス
恋愛
政略結婚ではあったけれど、夫を愛していたのは本当。でも、もう疲れてしまった。 だから…いいわよね、あなた?

私が、良いと言ってくれるので結婚します

あべ鈴峰
恋愛
幼馴染のクリスと比較されて悲しい思いをしていたロアンヌだったが、突然現れたレグール様のプロポーズに 初対面なのに結婚を決意する。 しかし、その事を良く思わないクリスが・・。

7歳の侯爵夫人

凛江
恋愛
ある日7歳の公爵令嬢コンスタンスが目覚めると、世界は全く変わっていたー。 自分は現在19歳の侯爵夫人で、23歳の夫がいるというのだ。 どうやら彼女は事故に遭って12年分の記憶を失っているらしい。 目覚める前日、たしかに自分は王太子と婚約したはずだった。 王太子妃になるはずだった自分が何故侯爵夫人になっているのかー? 見知らぬ夫に戸惑う妻(中身は幼女)と、突然幼女になってしまった妻に戸惑う夫。 23歳の夫と7歳の妻の奇妙な関係が始まるー。

さよなら 大好きな人

小夏 礼
恋愛
女神の娘かもしれない紫の瞳を持つアーリアは、第2王子の婚約者だった。 政略結婚だが、それでもアーリアは第2王子のことが好きだった。 彼にふさわしい女性になるために努力するほど。 しかし、アーリアのそんな気持ちは、 ある日、第2王子によって踏み躙られることになる…… ※本編は悲恋です。 ※裏話や番外編を読むと本編のイメージが変わりますので、悲恋のままが良い方はご注意ください。 ※本編2(+0.5)、裏話1、番外編2の計5(+0.5)話です。

処理中です...