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第15話 買わせねぇよ?
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「気持ちいいねぇ。良かったねぇ」
「グワァッ、グワァッ!」
「クワァークワァー」
王都を出る前の最後の水場。中心部の次に栄えている区画には旅人が溢れかえっていた。
旅に出る人、戻ってきた人。必ず通る城門関所になるので牛や馬などにも水や餌を与える場がある。
家鴨は珍しいらしく、商隊や劇団と一緒に旅をしている子供も集まって来てアルベルティナの傍で水を浴びる家鴨を囲んでいた。
「気持ちよさそうだなぁ」
「あら、タイタンさん。丁度良かった。少しこの子たちを見てて貰えます?」
「どうしたんだ?」
「そこの案内所で地図を買いたいなと思いまして」
「地図?どうしてまた…」
「タイタンさんとフェーベさんにはここまで馬車に乗せてもらいましたが、壁を出たら別行動です」
「べっ別行動?!」
「あれ?言いませんでしたっけ?」
聞いた。確かに聞いた。
アルベルティナは外郭の壁を出るまで馬車に乗せてくれとタイタンに告げたのは間違いない。
「で、でも女1人じゃ危険だ」
「大丈夫ですよ。1人じゃないです」
「誰かと…落ち合う予定が?」
タイタンの胸がツキンと痛んだ。
もう少し一緒にいたいと思うのは贅沢な悩みだろうか。
心のどこかで、家から出て貴族籍も無くなり路銀は僅か。今夜寝る場所も無く…きっと「もう少しご一緒させてください」と言いだしてくれる。そんな思いがあった。
だが、好いた男がいて実は駆け落ちでもする気だったんじゃないか。
だからこんなに明るく振舞えるのか。心にジワリと黒く澱んだ思いが広がった。
「落ち合う?そんな人がいたらわざわざタイタンさんにここまで運んで貰いませんよ。実を言うと私、もうすぐ18歳になるので、誕生日が来たらケーニス家を出るつもりだったんです。アパートメントも安くて借りるのに保証人不要な物件も当面働ける場も用意はしてたんですよ?」
「なんだって?!」
「だって18歳未満だと捜索されるでしょう?でも今回ケーニス伯爵から18歳になる前に家を堂々と出られる大儀面分を貰ったんです。それにほいほい縁切りの書類まで書いてくれるし超ラッキーですよね!平民には生まれた届も必要ないから18歳とか縛りもないんですよ。私ってツイてるぅ!」
「そうだね」と頷いて良いんだろうか。タイタンは悩んだ。
ラッキーですよねとタイタンの手を握るアルベルティナは家を出られた事が嬉しいだけで他意はないだろうが他意がない事が少し寂しくも感じた。
「だけどタイタンさんとフェーベさんが迎えに来たので…家を出られたのは良かったんですけど…うーん。あ!こうしましょう!」
握られた手に少し力が入り、アルベルティナは左右に握ったままの手を揺らした。
そしてパッと離れると、アルベルティナの手は顔の前で指を立てた。
「馬車に乗せたまでは良かったけれど、素養も何もないし平民を送り出すなんてどうなってるんだ?ともう一度お手数ですがケーニス家に戻ってください。私はいないけどケーニス家にはあと2人。適齢期のレディがいますので花嫁の選抜に参加できますよっ!」
「もしかして君は…花嫁の選別に出るつもりはなかったってこと?」
本当はお断りをせねばならなかったのにタイタンの独断で迎えてしまった。アルベルティナが自らどこかに立ち去ればなかった事になる。今なら誰にも勝手な判断をした事を知られることもない。
でも…。
タイタンの胸の内はざわめいた。
「なかったですよ?って言うか…出られないだろうなと思いました」
「出られない?どういう事だ?」
「物理的に無理なんです。王都から辺境伯領まで歩けって言われたんですよ?路銀も出す気はなかったと思います。それでどうやって行けと?ドア・TO・ドアじゃないんですから3、4か月歩ける人はいても、飲まず食わずで生きられる人はいませんもの」
「歩け?辺境伯領まで?」
「そうですよ。あ、売り切れる前に地図買わないと!すみません。この子たち少しお願――」
「ダメだ!」
タイタンは一度離れてしまったアルベルティナの手を掴み、地図を買いに行こうとする動きを制した。
「グワァッ、グワァッ!」
「クワァークワァー」
王都を出る前の最後の水場。中心部の次に栄えている区画には旅人が溢れかえっていた。
旅に出る人、戻ってきた人。必ず通る城門関所になるので牛や馬などにも水や餌を与える場がある。
家鴨は珍しいらしく、商隊や劇団と一緒に旅をしている子供も集まって来てアルベルティナの傍で水を浴びる家鴨を囲んでいた。
「気持ちよさそうだなぁ」
「あら、タイタンさん。丁度良かった。少しこの子たちを見てて貰えます?」
「どうしたんだ?」
「そこの案内所で地図を買いたいなと思いまして」
「地図?どうしてまた…」
「タイタンさんとフェーベさんにはここまで馬車に乗せてもらいましたが、壁を出たら別行動です」
「べっ別行動?!」
「あれ?言いませんでしたっけ?」
聞いた。確かに聞いた。
アルベルティナは外郭の壁を出るまで馬車に乗せてくれとタイタンに告げたのは間違いない。
「で、でも女1人じゃ危険だ」
「大丈夫ですよ。1人じゃないです」
「誰かと…落ち合う予定が?」
タイタンの胸がツキンと痛んだ。
もう少し一緒にいたいと思うのは贅沢な悩みだろうか。
心のどこかで、家から出て貴族籍も無くなり路銀は僅か。今夜寝る場所も無く…きっと「もう少しご一緒させてください」と言いだしてくれる。そんな思いがあった。
だが、好いた男がいて実は駆け落ちでもする気だったんじゃないか。
だからこんなに明るく振舞えるのか。心にジワリと黒く澱んだ思いが広がった。
「落ち合う?そんな人がいたらわざわざタイタンさんにここまで運んで貰いませんよ。実を言うと私、もうすぐ18歳になるので、誕生日が来たらケーニス家を出るつもりだったんです。アパートメントも安くて借りるのに保証人不要な物件も当面働ける場も用意はしてたんですよ?」
「なんだって?!」
「だって18歳未満だと捜索されるでしょう?でも今回ケーニス伯爵から18歳になる前に家を堂々と出られる大儀面分を貰ったんです。それにほいほい縁切りの書類まで書いてくれるし超ラッキーですよね!平民には生まれた届も必要ないから18歳とか縛りもないんですよ。私ってツイてるぅ!」
「そうだね」と頷いて良いんだろうか。タイタンは悩んだ。
ラッキーですよねとタイタンの手を握るアルベルティナは家を出られた事が嬉しいだけで他意はないだろうが他意がない事が少し寂しくも感じた。
「だけどタイタンさんとフェーベさんが迎えに来たので…家を出られたのは良かったんですけど…うーん。あ!こうしましょう!」
握られた手に少し力が入り、アルベルティナは左右に握ったままの手を揺らした。
そしてパッと離れると、アルベルティナの手は顔の前で指を立てた。
「馬車に乗せたまでは良かったけれど、素養も何もないし平民を送り出すなんてどうなってるんだ?ともう一度お手数ですがケーニス家に戻ってください。私はいないけどケーニス家にはあと2人。適齢期のレディがいますので花嫁の選抜に参加できますよっ!」
「もしかして君は…花嫁の選別に出るつもりはなかったってこと?」
本当はお断りをせねばならなかったのにタイタンの独断で迎えてしまった。アルベルティナが自らどこかに立ち去ればなかった事になる。今なら誰にも勝手な判断をした事を知られることもない。
でも…。
タイタンの胸の内はざわめいた。
「なかったですよ?って言うか…出られないだろうなと思いました」
「出られない?どういう事だ?」
「物理的に無理なんです。王都から辺境伯領まで歩けって言われたんですよ?路銀も出す気はなかったと思います。それでどうやって行けと?ドア・TO・ドアじゃないんですから3、4か月歩ける人はいても、飲まず食わずで生きられる人はいませんもの」
「歩け?辺境伯領まで?」
「そうですよ。あ、売り切れる前に地図買わないと!すみません。この子たち少しお願――」
「ダメだ!」
タイタンは一度離れてしまったアルベルティナの手を掴み、地図を買いに行こうとする動きを制した。
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