16番目の候補者

cyaru

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第32話  1枚噛まない?

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タイタンだけが警戒を全開にする中、アルベルティナはクラークの隣を歩いて奥の部屋に入った。

「デザートは何が良いかな?」
「姫アップルよ」
「昨日も食べていたな。よし。店で一番完熟の姫アップルのシロップ浸けを持ってこい」

人払いの意味もあるのかクラークは部屋から従者を追い出した。

「お嬢ちゃんの夫は警戒心が強いなぁ」
「そうなの?」

隣のタイタンを見ればギッとクラークを睨みつけて片手は腰の剣にあてられていた。

「タイタンさん。大丈夫」
「だが!」
「大丈夫だってば。もしもの時はここを吹き飛ばすし、タイタンさんは隣にいるから大丈夫よ」
「吹き飛ばす?」
「簡単よ。半径200mも一緒に吹き飛ぶけど家は範囲外だから」

――気にするところが違うよな?――

「心配だったら手を握っててあげるわ。ホントに大丈夫だから」

アルベルティナはタイタンの手に手を重ねた。
タイタンは手の温もりに少しだけ警戒を解いた。

「小父さん、いえクラークさん。ビガー商会の会頭さん…で良いのよね」
「あぁ構わん。知っておったか」
「いいえ?でも見せてもらった通行手形。貴方が会頭だと言ってたから」
「言ってた?通行手形が?」
「えぇ。ここまではっきりと声が聞こえるのは珍しいけど、それだけ大事に扱ってたんでしょうね。馬鹿にされる事は多いけど…私、大事にしているものには気持ちが移るって知ってるから」


不思議そうな顔をされるのは慣れている。
この能力を最初に理解してくれたのは庭師のゼルバ。そしてゼルバの妻のマリーだ。

庭の木や草花の声が聞こえると言うと笑われたけれど、ゼルバとマリーだけは信じてくれた。

体が痛いと訴える根腐れを起こした薔薇、お腹が空いたと栄養不足で痩せた木。アルベルティナが声を聞いたおかげで早めの対処が出来た。

仲の良い使用人が意地悪をする使用人に母親の形見を隠された時に、形見の声を聞いて隠し場所を探し当てたこともある。

「お嬢ちゃんはモノの声を聞けるのか?」
「お嬢ちゃんじゃないわ。アルベルティナよ。姓はないけど」
「これはこれは。申し訳ない。アルベルティナ嬢はモノの声が聞こえるのか?」
「えぇ。聞こえるわ。でもなんでもって訳じゃないの。人間と同じよ。気まぐれだったり切羽詰まっていたり。話しかけても応えてくれない事もあるわ」
「なるほど。王都で同じ力を持つ女性に会った事がある。40年ほど前だがな。同じことを言っておったなぁ」
「嘘を言っても仕方ないわ。で?この部屋に呼んだのは魔石の事を聞きたいんでしょう?」

アルベルティナは先代夫人に何を頼もうとしたのかをクラークに語った。

登録所が管理している使用済みの魔石を小売業の継続とセットにせず、独立させてほしい事。
そして新たに機構でも当主権限での商会を起こしてもらい、そこで引き受けるようにすることを願い出るつもりであることを。

「ふむ。管理を登録所で纏めるでもなく、別にしろと?何故?」
「良く言えばリスクヘッジ。悪く言えば目晦ましね」
「ほぅ。面白い事を言う。しかし今まで使い道もなかったクズ石をどう使うというのだ」
「肥料よ。姫アップルなどの果樹園に撒くためなんだけど、クラークさん。ビガー商会の会頭としてこの話、1枚噛まない?ちょっと手を加えて隣国にも売って欲しいの」
「隣国?あの国は砂漠の国とまでは言わないが国のほぼ全土が砂地なんだぞ?」
「だからよ。不要な魔石を使った肥料はガラス肥料と言って一番効果が顕著なのが砂地なの」

アルベルティナは領主はリュシアンだが実権は先代夫人が持っている。
なので、登録所からクズになった魔石を現状の対応から方向転換し商会を立ち上げて肥料を作って売る。

クラークにはその肥料を更に改良し、隣国に出荷をする際の窓口にならないかと話を持ち掛けた。

「考えさせてほしい」
「どうして?」
「絶対的な量が足りない。今はだぶついているから何とでもなるが一過性の事業ではないのだから継続的に原材料は確保せねばならないだろう?」
「大丈夫。魔石があるのはこの国だけじゃないわ。隣国にもあるけどゴミとなった後は使い道がないから埋めて見えないようにしているだけ。クラークさんには隣国に肥料を売る窓口を開設してもらうほかに、買い取りの窓口も作って貰うわ。加工は辺境で行えばからの荷馬車は走らないし、守秘魔法を使って領界を超えた時に秘密は守られる。どう?」
「なるほど。スケーターやスケッタの駆動方法を外に漏らさないのと同様にするためにブランシル辺境伯家を巻き込むという訳か」
「巻き込むなんて人聞きが悪いわ。主導してもらうのよ?」
「それでアルベルティナの儲けは?」

アルベルティナは指を1本立てた。

「純利の10%でいいわ」

クラークは手を差し出した。
アルベルティナはクラークの手を握り握手を交わした。
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