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第25話 妻の不名誉を払拭するのも夫の務め
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「私が騙されていると?その根拠は?」
場を楽しんでいるとしか思えない。フライアがヴォーダンのお尻をキュっと抓るとアメリアに向けている顔は険しいのに、サっと向きを変えてフライアを見る顔は脂下がっている。
そして耳元で囁く。
「悪い噂、吹き飛ばしたらご褒美くれる?」
「ご褒美っ?!」
「うん。その胸元にあるハンカチが食べたいんだ」
「食べっ?!え?ハンカチを?!」
「戦線に送ってくれたハンカチ…もう食べちゃったんだ」
待て。落ち着いて考えよう。フライアの脳内が大混戦を起こしている。
そもそもでハンカチは食べる物なのか?
戦線に送ったハンカチ?送った覚えもないのに?
「考えておいて。でもね?ナディ。妻の不名誉を払拭するのも夫の務めなんだよ」
「え?知ってたの?」
「この世に僕が知らない事があるとすればナディの心のだけってことさ」
ツン!と指先で胸を突かれると「そうなのかな?」と思ってしまうが違う!違う!よく判らない自信満々なところはヴォーダンの専売特許だった!と思い返した時にはもうアメリアへの尋問が始まっていた。
「貴様、その男とはどこの誰だ」
「ファ…ファネン子爵家のエトガーです!その女は自身が閣下を騙し不貞行為をしているくせに、わたくしとエトガーが恋仲だと嫌がらせを続けたのです」
「1万歩譲ったとしてその話を誰から聞いた」
「誰って…皆言ってます!」
「皆が言うから正しいと?なんと愚かな。ではこの場にいる者に問う。先程この女が言った言葉。存じている者はおられるか!」
ザワっとどよめいたが、数人の夫人や当主が恐る恐る手を挙げた。
「噂がある事は知っている。では誰から聞いたのか。辿って行けば根源も明らかになろう。言えないのであればその程度の事。この場で私が愚弄されたという事実だけが残る。緑色のドレスのご夫人、誰から聞いたのか教えてはくれないか」
「わ、わたくしは…その…」
チラリと手を挙げなかった夫人を横目で見る。おそらくは正直に手を挙げたものの誰から聞いたかとなれば爵位が上の夫人。その夫人は手を挙げていないので名を出す事が出来ないのだ。
「誰から聞いたかも言えない話を広めるのも余興としては楽しいかも知れないが、私に関係する事を1つ正そう。嫌がらせを続ける傍らで我を騙していたと?」
「そうです!間違いありません!」
「だ、そうだ。王太子殿下。その点は証明して頂けるか?」
「え?王太子殿下?…何故王太子殿下が?」
やれやれと、王太子は取り囲む貴族を掻き分けて前に出てきた。その隣では王太子妃がアメリアを温度のない目で睨みつける。
「国と王太子の名に於いて証明をする。エスティバス少将がこの国に足を踏み入れたのはごく最近だ。正確にはリヒテン子爵令嬢と結婚をした暁の月、11日だ。それよりも前は入国の記録はない。私の発言に真偽を問いたいのであればブルグ王国陸軍本部に問い合わせることになる。が、それよりも…オレイト伯爵令嬢。君の発言が事実なのであれば国家も知らない事実を隠蔽した事になる。他国の軍関係者が秘密裏に入国をしていた事を何故報告しなかった」
「殿下、それもだが…そうだとすればわがブルグ王国陸軍の動きはオレイト伯爵家には完全掌握されていた事にもなる。大失態だ。それも知らずにメゼラ王国に利用された事にもなる。直ぐにでも帰国し軍法会議を開く。その際の証人として娘だけが知っていたとは思えない。当主であるオレイト伯爵並びにオレイト伯爵令嬢の召喚を求める。よろしいか」
アメリアは顔色が真っ青から真っ白になった。
嘘である事はアメリア自身が一番わかっているが、ここまで話が大事になるとは思わなかった。
軍法会議などそのワードだけで恐怖でしかない。
王太子の部下に襟元を掴まれて引き連れられてきた父親のオレイト伯爵が隣に転がり、小さく悲鳴を上げたアメリアは声を絞り出した。
「申し訳ございません!!全て!全て!わたくしも聞いた事なのです!信じ込まされていただけなのです!ファネン子爵家のエトガーから事あるごとに相談をされ、そう思い込んでしまいました!わたくしが実際に確認をした訳では御座いません!全て受け売りなのですっ!」
アメリアの返しに王太子は激怒した。
「今更それを知らぬ、聞いた事だと逃げられると思っているのか!お前は誰に物を言っている!これは我が国、メゼラ王国にとってどれだけの損害になるか!考える頭もないのか!」
フッと小さく笑ったヴォーダンは「なら証言の裏は取るべきだ」と言い、フライアに回してない方の腕を振り上げた。
「うわぁぁ!」
「きゃぁ!人が浮いたわ!」
「何が起きたの」
少し離れたところで悲鳴があがり上を見て見れば会場に集まる者達の遥か頭の上。高い天井に近い位置に1人の従者が浮いていた。
手足をバタ付かせているが、アメリアの隣にいるオレイト伯爵の上に落ちてきたのはエトガーだった。
「悪いね。僕の嗅覚は性能が良くてね。王宮に入って来る前からプンプンと残飯が腐った香りがしていたよ」
アメリアはこの場を乗り切るにはこれしかない!エトガーの髪を掴んだ。
「この男です!この男が私に吹聴していたんです!」
エトガーはアメリアの手を振り払い、這うようにしてフライアのドレスの裾を掴もうとしたが、ダンっ!大きく不気味な音がしてエトガーが手を踏まれ、大きな悲鳴を上げた。
「うがぁぁ!」
「ゴミが女神に触れようとするな…天誅が下るぞ。落とすのは僕だけどね?」
――もう下ってるんじゃ?――
場を楽しんでいるとしか思えない。フライアがヴォーダンのお尻をキュっと抓るとアメリアに向けている顔は険しいのに、サっと向きを変えてフライアを見る顔は脂下がっている。
そして耳元で囁く。
「悪い噂、吹き飛ばしたらご褒美くれる?」
「ご褒美っ?!」
「うん。その胸元にあるハンカチが食べたいんだ」
「食べっ?!え?ハンカチを?!」
「戦線に送ってくれたハンカチ…もう食べちゃったんだ」
待て。落ち着いて考えよう。フライアの脳内が大混戦を起こしている。
そもそもでハンカチは食べる物なのか?
戦線に送ったハンカチ?送った覚えもないのに?
「考えておいて。でもね?ナディ。妻の不名誉を払拭するのも夫の務めなんだよ」
「え?知ってたの?」
「この世に僕が知らない事があるとすればナディの心のだけってことさ」
ツン!と指先で胸を突かれると「そうなのかな?」と思ってしまうが違う!違う!よく判らない自信満々なところはヴォーダンの専売特許だった!と思い返した時にはもうアメリアへの尋問が始まっていた。
「貴様、その男とはどこの誰だ」
「ファ…ファネン子爵家のエトガーです!その女は自身が閣下を騙し不貞行為をしているくせに、わたくしとエトガーが恋仲だと嫌がらせを続けたのです」
「1万歩譲ったとしてその話を誰から聞いた」
「誰って…皆言ってます!」
「皆が言うから正しいと?なんと愚かな。ではこの場にいる者に問う。先程この女が言った言葉。存じている者はおられるか!」
ザワっとどよめいたが、数人の夫人や当主が恐る恐る手を挙げた。
「噂がある事は知っている。では誰から聞いたのか。辿って行けば根源も明らかになろう。言えないのであればその程度の事。この場で私が愚弄されたという事実だけが残る。緑色のドレスのご夫人、誰から聞いたのか教えてはくれないか」
「わ、わたくしは…その…」
チラリと手を挙げなかった夫人を横目で見る。おそらくは正直に手を挙げたものの誰から聞いたかとなれば爵位が上の夫人。その夫人は手を挙げていないので名を出す事が出来ないのだ。
「誰から聞いたかも言えない話を広めるのも余興としては楽しいかも知れないが、私に関係する事を1つ正そう。嫌がらせを続ける傍らで我を騙していたと?」
「そうです!間違いありません!」
「だ、そうだ。王太子殿下。その点は証明して頂けるか?」
「え?王太子殿下?…何故王太子殿下が?」
やれやれと、王太子は取り囲む貴族を掻き分けて前に出てきた。その隣では王太子妃がアメリアを温度のない目で睨みつける。
「国と王太子の名に於いて証明をする。エスティバス少将がこの国に足を踏み入れたのはごく最近だ。正確にはリヒテン子爵令嬢と結婚をした暁の月、11日だ。それよりも前は入国の記録はない。私の発言に真偽を問いたいのであればブルグ王国陸軍本部に問い合わせることになる。が、それよりも…オレイト伯爵令嬢。君の発言が事実なのであれば国家も知らない事実を隠蔽した事になる。他国の軍関係者が秘密裏に入国をしていた事を何故報告しなかった」
「殿下、それもだが…そうだとすればわがブルグ王国陸軍の動きはオレイト伯爵家には完全掌握されていた事にもなる。大失態だ。それも知らずにメゼラ王国に利用された事にもなる。直ぐにでも帰国し軍法会議を開く。その際の証人として娘だけが知っていたとは思えない。当主であるオレイト伯爵並びにオレイト伯爵令嬢の召喚を求める。よろしいか」
アメリアは顔色が真っ青から真っ白になった。
嘘である事はアメリア自身が一番わかっているが、ここまで話が大事になるとは思わなかった。
軍法会議などそのワードだけで恐怖でしかない。
王太子の部下に襟元を掴まれて引き連れられてきた父親のオレイト伯爵が隣に転がり、小さく悲鳴を上げたアメリアは声を絞り出した。
「申し訳ございません!!全て!全て!わたくしも聞いた事なのです!信じ込まされていただけなのです!ファネン子爵家のエトガーから事あるごとに相談をされ、そう思い込んでしまいました!わたくしが実際に確認をした訳では御座いません!全て受け売りなのですっ!」
アメリアの返しに王太子は激怒した。
「今更それを知らぬ、聞いた事だと逃げられると思っているのか!お前は誰に物を言っている!これは我が国、メゼラ王国にとってどれだけの損害になるか!考える頭もないのか!」
フッと小さく笑ったヴォーダンは「なら証言の裏は取るべきだ」と言い、フライアに回してない方の腕を振り上げた。
「うわぁぁ!」
「きゃぁ!人が浮いたわ!」
「何が起きたの」
少し離れたところで悲鳴があがり上を見て見れば会場に集まる者達の遥か頭の上。高い天井に近い位置に1人の従者が浮いていた。
手足をバタ付かせているが、アメリアの隣にいるオレイト伯爵の上に落ちてきたのはエトガーだった。
「悪いね。僕の嗅覚は性能が良くてね。王宮に入って来る前からプンプンと残飯が腐った香りがしていたよ」
アメリアはこの場を乗り切るにはこれしかない!エトガーの髪を掴んだ。
「この男です!この男が私に吹聴していたんです!」
エトガーはアメリアの手を振り払い、這うようにしてフライアのドレスの裾を掴もうとしたが、ダンっ!大きく不気味な音がしてエトガーが手を踏まれ、大きな悲鳴を上げた。
「うがぁぁ!」
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――もう下ってるんじゃ?――
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