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第07話   恐怖のブルーチーズ

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行くアテがないわけではない。ロミオスは門番に「開けろ」と暫く吠えていたが、次第に門番がロミオスを見る目に恐怖が宿って来ると足早にその場を立ち去った。

「くそっ!こんな事ならジュリの所に着替えを置いておくんだった」

何度か宿泊をした事はあるもののジュエリットの住まいはお世辞にも綺麗とは言えない。部屋のある場所だが部屋の中もゴミを掻き分けねばならない。

他の子息よりは小遣いも多く貰っていたが、1週間ほどで使い果たし時間で貸してくれる「専用部屋」も借りる事が出来なくなり、そんな時はジュエリッタの部屋で済ませる事が多かった。

ただ、寝台も衣類で埋もれていたり、うっかり歩くと「そこはテーブル!」と注意をされる。付き合う期間はそれなり長かったけれど、泊まった回数が少ないのは小さな虫が飛んでいるし、隣の部屋の話し声も筒抜け。時間に関係なく奇声をあげる住人もいたりと、とても貴族であるロミオスが寛げる部屋ではなかったからである。

服など置いておけばどんな香りが染みつくか判らない。
ポケットの中に虫がいるかもと思いながら確認するのもゾッとする。

だが、今は背に腹はかえられない。
今日は食事も朝食だけで昼食は出なかったから腹も空いた。なにより下着姿なのでじろじろとロミオスを変質者のように遠目で見る人の視線が痛くて堪らない。

ようようジュエリットの部屋に辿り着くが、いつもなら鍵も閉めない癖に施錠されていてドアが開かない。

ドンドン!!「おい!」ドンドン!!

扉を叩き、ジュエリットを呼びまた扉を叩く。
何度目かで扉は開いたが、そこにはあられもない姿でジュエリットが立っていた。

「なに?眠いんだけど」
「眠いってもう午後だぞ?」
「午後に眠くちゃいけないの?ていうか!あたしのこと置いて行っちゃった癖に!ここまで歩くの大変だったんだからね!」


ジュエリットの機嫌は最悪だったが、ロミオスも下着姿でここまで歩き体の冷えもだが心も冷えた。

面倒臭そうにするジュエリットだが、勝手知ったる何とやら。ロミオスは食べても腹が痛くならない食料を漁り、洗っていない食器や食べ物を包んでいた包装紙を掻き分けて調理台にスペースを作ると簡単な料理を作り始めた。

「珍しいわね。明日は雪かも」
「俺だってやる時はやるさ。それはそうと…俺が着られそうな服はないか?」
「服ゥ?!そんなのないし」
「なら買ってきてくれよ。金は後で渡すからさ」
「うっわ…面倒臭い事頼むのね。趣味じゃないとか言わないでよ?」
「言うわけないだろ。行ってる間に飯、作っておくからさ。一緒に食おう」


ジュエリットが出掛けるとロミオスは調理の手を止めて部屋の中を物色し始めた。
後で払うと言ったが金など持っているはずがない。今日に限らずロミオスは明日も明後日も金など一切持っていない。何をするかと言えばジュエリットが貯めている金を拝借するのだ。

「へぇ…結構貯めてるな。ウリしてたとは聞いたが儲かるもんだな」

全部を盗ってしまうとジュエリットにバレてしまう。ロミオスは札を1枚抜き取ると下着の中に入れ、何食わぬ顔でまた調理をし始め、ジュエリットの帰りを待った。


「買って来たけど…これでいい?」
「いいよ。ジュリの見立てなんだ。気に入るに決まってる」
「何…気持ち悪いくらいご機嫌じゃない」
「どうでもいいだろ、食おうぜ」

料理と言っても簡単なパスタ。使えそうな食材を使っての料理だった。

「ん…美味しい。料理上手なんだ。知らなかったわ」
「俺は何でも出来る男だからな」
「で?今日は一体どうしたの?」

いつもなら何処かで落ち合って酒場で酒を飲んだり、ダーツやポーカーをしたり。その後に金がある時は時間貸しの部屋に行くがない時はジュエリットの部屋。それが流れだった。

が、今は追い出される訳には行かない。
ロミオスは嘘を吐いた。

「父上にジュリの事。認めてもらったんだ。でもさ…あの女の家が業突く張りでさ。参ったよ」
「へぇ…でもどうして下着姿なの?」
「あぁ、婚約中に買ったものがなんだかんだと言うから ”くれてやるよ!”って置いて来た」
「えぇーっ?服まで置いていけって言うの?酷くない?」
「そうでもしなきゃ侯爵家なんて金が回らないんだろ。案外ケチなんだぜ」
「なんかムカツクー!!ロミーそれでいいの?」
「よくはないけどさ。関りになるの面倒じゃん」
「あたしは許せない!人の男をこんな格好で放り出して!目にもの見せてくれるわ!」


ジュエリットは貴族ではないが、ウリもしていてその中にはロミオスが知らないだけでロミオスの友人も顧客の1人。ジュエリットの客は男に限らず女もいる。金になるならなんでもやるのがジュエリット。

勿論今もロミオスが知らないだけで今も客を取っていてその中には腹の大きな妊婦の好きな変態もいる。本番はないものの「母性を強く感じる」との事で胎動を感じさせてやったり、胸くらいならリクエストにも応える。

――ロミーに酷い事をするならこっちはこっちはでやらせてもらうわ――

生きるためなら嘘も平気な顔で吐く。
ジュエリットは顧客を使って閨話のようにマリアナの悪評を広めようとほくそ笑んだ。


「ところで、これ、やっぱ美味いな」
「ん?…あれ?待って。チーズなんか買ってたかな」
「あったぞ?でもこのブルーチーズ。溶かすかスライスか迷ったけどスライスで正解だった」
「ブルーチーズ?そんな高価なもの買うわけないわ」
「だからあったって」
「どこに?」
「調理台の上の棚」


ジュエリットは気が付いた。
それはブルーチーズではない。何年か前?いや何カ月?兎に角最近ではないが以前使っていた布巾である。何かを溢して、いや、吐瀉物だったかも知れない。もう何を拭いたかも覚えていないが、拭き取って丸め、あとで洗おうと思い気が付けば今になっていただけで間違いなく食品ではない。

部分的に食品だったかも知れないが。

「あいたた…ちょっとお腹が張ったからこの辺にしとくわ」
「美味いのに。じゃ、お前の分も貰うぞ」

その日の真夜中。ロミオスが原因不明の腹痛で共同不浄の1つを占拠したのは言うまでもない。
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