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第19話 東西南北、そして膝
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トラフ家の食事室はとても広い。
お誕生日席に座るとカトラリーの音すら聞こえない‥‥とまではいかないが対面で1セットあたり10人が食事ができる。
住み込みの使用人もいるが、領民もやって来て朝食を一緒にするのが日課で、夕食も時折領民が家族を連れてやって来る。
決して裕福ではないので、シチューなど大量に作った方がいい時は大家族の食卓になる。
そして、家屋よりも広いのが土地。領そのものは国内で4番目に小さいけれど広い土地ではイノシシやシカが捕獲できた時はみんなで屋外BBQをしたりするのだ。
小さい領、そして貧しいからこそ皆が協力する。
それがトラフ領だった。
「いつもの食卓はどうしたんだ?みんなは?」
「我々は先に頂きましたので」
ケルマデックが食事室に入って真っ先に発した言葉は、もう使う事もないだろうと納屋にしまったテーブルセットが設置されていたからだった。
テーブルは両親がよく使っていたもので、母親が亡くなってからは父親が1人で使っていた。母親が生きていれば投資詐欺に引っ掛かる事もなかったかも知れないが、今更たらればを言っても仕方がない。
そして椅子の配置は向かい合わせではなくマリアナが南面でケルマデックが東面。
手が触れられる距離である事は間違いない。
「旦那様、そろそろ来られますよ」
「あ、あぁ…」
先に腰を下ろそうとするとプエールが「違います」という。
ケルマデックに椅子に座るまでのエスコートをしろと言うのだ。
「出来ないよ」
「出来ます」
「やり方を教えてもらったのも何年前の話だ!無理だって」
「旦那様、ここまで来て下さった女性は過去にいません!」
グッと拳を握り、胸元で力を入れてガッツポーズをするプエール。ケルマデックは思った。
――過去と言うほど、お前は長く勤めてないだろう――
しかし、そんな事をしている間にもマリアナがララに連れられて食堂にやって来てしまった。
「さぁ!旦那様、出番ですよ!」
プイっと持ち場に戻ったプエール。
申し合わせていたのかララも入り口まで来てマリアナに「お待ちください」と声をかけている。
ケルマデックはドキドキしながらゆっくりとマリアナの元に歩いていくとスッと手を差し出した。
「ご案内します」
「ありがとうございます」
ケルマデックの手にマリアナの手が添えられると、ついつい…ケルマデックはキュっと握ってしまった。
――ファァァ♡なんて柔らかくて小さい手なんだろう――
そして、マリアナは添えた手から感じ取れる働き者の手である証。固くなった手のひらに制御できる気が全くしなかった。
――凄い!なんて可愛い肉球なの!――
ペンではなく鍬や鋤を振るい、力仕事も率先して行うケルマデックの手は豆がなんども潰れて固くもなっているが、手のひらの肉が盛り上がっていたのだ。
そして隣を歩くのだが気になるのはくせ毛。
ふっと隣を見て見上げてしまう。
――やだっ。ほんとにくせ毛なんだわ。クルンって巻いてる――
そして見られている事に気が付き、ケルマデックがマリアナを見ると上目使いのマリアナがそこにいた。潤んだ瞳に映るのはケルマデック。
――自分の顔を彼女の瞳に見るなんて!死んでもいい!――
椅子まで来ても見つめ合う2人が着席をする事もない。
プエールはお邪魔虫になるのを覚悟で「コホン」咳を1つ。
「い、椅子に・・・」
「はい」
しかし問題が起きた。ケルマデックがマリアナの手を離さない。
椅子を引くにも押すにも先ずはマリアナの手を離すほうが先なのだが離れないのだ。
「コホン!!コホン!!」プエールの咳も二度目なら役に立たない。遂にララの出番がやって来た。
「お嬢様、北と西にも椅子を持ってきますのでお好きなお席に」
この時、マリアナは思ってしまった。
――膝はないの?――
女性はドレスのスカート部分で隠れるけれど、男性はスラックス。
無駄なく労働で鍛え上げられた筋骨隆隆な体格とその太もも。捨てておけるはずがない。
手のひらの肉球を感じた今「我慢しなくちゃ」なんて制御も欲望に忠実な本能が邪魔をする。
東西南北そして膝。
――究極のロシアンルーレットだわ。当たりを引けるかしら――
大きな間違いをしている。夕食の席に「膝」が許されるのは幼少期に限られる。その事に気が付いたマリアナは「くっ!なんてはしたない事を!」顔を背けてしまった。
――あ、顔を…そうだよな。もっと美丈夫に生まれたかった(ぐすん)――
やっと手が離れ、マリアナを無事に着席をさせた後も、目が合うとさりげなく視線を外す2人。行動と気持ちが全く伴わず、静かな夕食となったのだった。
その頃、ケルマデックの寝台のある私室では使用人達が「急げ!急げ!」とケルマデックの寝台を解体していた。正式な婚約となっている2人。
婚前交渉を行ったところで何の問題もない。
寝室となる部屋は唯一使っていない広い部屋。そちらに解体をした寝台を組み直す。俗にいう撤去移設である。残念ながら新品を買う金がないのがトラフ家の哀しい現実。
しかし、何時かはこの日の為に!と領民の女性陣で仕立てた大きく広いシーツの出番がやって来た。
「花びらでも寝台と床に散らしておく?」
粋な計らいかと思ったが、現在領内に咲いているのはドクダミ草。
白い部分は花びらではなく実は葉っぱで花となると中心に突き出した部分で花なのに華がない。なによりドクダミ草は香りが酷い。
演出をする事が嫌がらせになってしまうので却下されたのだった。
お誕生日席に座るとカトラリーの音すら聞こえない‥‥とまではいかないが対面で1セットあたり10人が食事ができる。
住み込みの使用人もいるが、領民もやって来て朝食を一緒にするのが日課で、夕食も時折領民が家族を連れてやって来る。
決して裕福ではないので、シチューなど大量に作った方がいい時は大家族の食卓になる。
そして、家屋よりも広いのが土地。領そのものは国内で4番目に小さいけれど広い土地ではイノシシやシカが捕獲できた時はみんなで屋外BBQをしたりするのだ。
小さい領、そして貧しいからこそ皆が協力する。
それがトラフ領だった。
「いつもの食卓はどうしたんだ?みんなは?」
「我々は先に頂きましたので」
ケルマデックが食事室に入って真っ先に発した言葉は、もう使う事もないだろうと納屋にしまったテーブルセットが設置されていたからだった。
テーブルは両親がよく使っていたもので、母親が亡くなってからは父親が1人で使っていた。母親が生きていれば投資詐欺に引っ掛かる事もなかったかも知れないが、今更たらればを言っても仕方がない。
そして椅子の配置は向かい合わせではなくマリアナが南面でケルマデックが東面。
手が触れられる距離である事は間違いない。
「旦那様、そろそろ来られますよ」
「あ、あぁ…」
先に腰を下ろそうとするとプエールが「違います」という。
ケルマデックに椅子に座るまでのエスコートをしろと言うのだ。
「出来ないよ」
「出来ます」
「やり方を教えてもらったのも何年前の話だ!無理だって」
「旦那様、ここまで来て下さった女性は過去にいません!」
グッと拳を握り、胸元で力を入れてガッツポーズをするプエール。ケルマデックは思った。
――過去と言うほど、お前は長く勤めてないだろう――
しかし、そんな事をしている間にもマリアナがララに連れられて食堂にやって来てしまった。
「さぁ!旦那様、出番ですよ!」
プイっと持ち場に戻ったプエール。
申し合わせていたのかララも入り口まで来てマリアナに「お待ちください」と声をかけている。
ケルマデックはドキドキしながらゆっくりとマリアナの元に歩いていくとスッと手を差し出した。
「ご案内します」
「ありがとうございます」
ケルマデックの手にマリアナの手が添えられると、ついつい…ケルマデックはキュっと握ってしまった。
――ファァァ♡なんて柔らかくて小さい手なんだろう――
そして、マリアナは添えた手から感じ取れる働き者の手である証。固くなった手のひらに制御できる気が全くしなかった。
――凄い!なんて可愛い肉球なの!――
ペンではなく鍬や鋤を振るい、力仕事も率先して行うケルマデックの手は豆がなんども潰れて固くもなっているが、手のひらの肉が盛り上がっていたのだ。
そして隣を歩くのだが気になるのはくせ毛。
ふっと隣を見て見上げてしまう。
――やだっ。ほんとにくせ毛なんだわ。クルンって巻いてる――
そして見られている事に気が付き、ケルマデックがマリアナを見ると上目使いのマリアナがそこにいた。潤んだ瞳に映るのはケルマデック。
――自分の顔を彼女の瞳に見るなんて!死んでもいい!――
椅子まで来ても見つめ合う2人が着席をする事もない。
プエールはお邪魔虫になるのを覚悟で「コホン」咳を1つ。
「い、椅子に・・・」
「はい」
しかし問題が起きた。ケルマデックがマリアナの手を離さない。
椅子を引くにも押すにも先ずはマリアナの手を離すほうが先なのだが離れないのだ。
「コホン!!コホン!!」プエールの咳も二度目なら役に立たない。遂にララの出番がやって来た。
「お嬢様、北と西にも椅子を持ってきますのでお好きなお席に」
この時、マリアナは思ってしまった。
――膝はないの?――
女性はドレスのスカート部分で隠れるけれど、男性はスラックス。
無駄なく労働で鍛え上げられた筋骨隆隆な体格とその太もも。捨てておけるはずがない。
手のひらの肉球を感じた今「我慢しなくちゃ」なんて制御も欲望に忠実な本能が邪魔をする。
東西南北そして膝。
――究極のロシアンルーレットだわ。当たりを引けるかしら――
大きな間違いをしている。夕食の席に「膝」が許されるのは幼少期に限られる。その事に気が付いたマリアナは「くっ!なんてはしたない事を!」顔を背けてしまった。
――あ、顔を…そうだよな。もっと美丈夫に生まれたかった(ぐすん)――
やっと手が離れ、マリアナを無事に着席をさせた後も、目が合うとさりげなく視線を外す2人。行動と気持ちが全く伴わず、静かな夕食となったのだった。
その頃、ケルマデックの寝台のある私室では使用人達が「急げ!急げ!」とケルマデックの寝台を解体していた。正式な婚約となっている2人。
婚前交渉を行ったところで何の問題もない。
寝室となる部屋は唯一使っていない広い部屋。そちらに解体をした寝台を組み直す。俗にいう撤去移設である。残念ながら新品を買う金がないのがトラフ家の哀しい現実。
しかし、何時かはこの日の為に!と領民の女性陣で仕立てた大きく広いシーツの出番がやって来た。
「花びらでも寝台と床に散らしておく?」
粋な計らいかと思ったが、現在領内に咲いているのはドクダミ草。
白い部分は花びらではなく実は葉っぱで花となると中心に突き出した部分で花なのに華がない。なによりドクダミ草は香りが酷い。
演出をする事が嫌がらせになってしまうので却下されたのだった。
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