殿下、今回も遠慮申し上げます

cyaru

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2回目の人生

ゲパン伯爵家の謎

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学園に入学し最初の長期休暇。ゆっくりと過ごし週に3回セレイナの屋敷に通う。
2週目を終えた所で、夕刻レオンから手紙が届く。
マリーがヴィオレッタの着替えを手伝いながら問う。

「どうなされたんでしょうね?」
「離宮に来いと言っていたのに、何時まで経っても来ないから催促かしら」
「はぁ…困った殿下ですねぇ。ですが色々と聞こえてきます。大丈夫でしょうか」
「あぁ、アンジェ様の事ね。放っておけばいいわ。話が広がるほどに好都合よ」
「ですが‥‥あれでも次期国王ですし、何よりお嬢様が嫁がれるお方です。旦那様も奥様もかなりご立腹ですよ」

マリーは何も知らない。知っているのは4歳でレオンの婚約者となったヴィオレッタが20歳になればレオンに嫁ぐという事。そしてレオンには年の離れた弟がいるが年齢的にレオンが王位を継ぐだろうという事である。
ヴィオレッタと違って「今を生きる生粋の侍女」であるマリーは何も知らない。
それでいいとヴィオレッタは思っている。

コンコン

「お嬢様、エルザです。よろしいでしょうか」

扉の向こうからの声に、急ぎ襟口を直してマリーが「出来ましたよ。今日も最高のお嬢様です」と満面の笑み。一礼をして扉に向かいエルザを迎える。

「なにかあったのかしら?」
「はい」

目くばせをするエルザにヴィオレッタは静かに頷き、マリーに茶を頼む。
レオンからの手紙をペーパーナイフで開封をしながら、報告を聞く。

「お嬢様、ジェシーですが殺されました」

思わず途中まで進んだペーパーナイフが止まる。直ぐに残りを切り始めるが少し手が震える。
高等部になり少しした頃に偵察ではないが用があって街に行った際にジェシーを見かけた事を思い出す。

「貴女は何も変わらないのね」

それはヴィオレッタの見たジェシーへの感想である。
仕事が終わるころのようで腰に巻いた厚手のエプロンを器用に丸めると待っていた破落戸のような男の腕に飛びつき路地に消えて行った。
貴族と違い、しがらみも制約もゆるい市井の人々は恋にも性にも開放的である。
昨日と今日で夫(妻)が変わる事も当たり前だと聞き、少し羨ましくも思った。



「確認はしたのかしら」
「はい。家族が警備隊へ捜査の依頼を行っています」
「捜査の依頼?」
「はい、見つかった遺体には一部臓器がなく、彼女は妊娠をしていたのにと騒ぎになっています」
「妊娠…」

ふとあの路地に消えて行った破落戸が相手なのだろうかと考えたが関係ないと打ち消す。
ユーダリスの語った1回目のジェシーの本当の最期は事実なのだろう。遺体の損傷と結び合わせれば想像もしたくない。

「エルザ、あなたから見てだけれど犯人は捕まると思う?」
「無理でしょうね。この系統のイカレポンチは相応の証拠があっても現行犯でない限り無理でしょう」
「あら?男性だと判るの‥‥ふふっ」
「そうですね。あくまでも主観ですが女性ではかなりの力技になりますので」

遠回しに高位貴族や王族などの特権階級だとエルザは語る。
32歳になるエルザは帝国の出身である。ヴィオレッタが生まれ4歳で婚約となった時に母の兄から「盾になる」と付けられた侍女。帝国の暗部を請け負う家の出である。
常識では考えられない経験を幼少期から積んでよくぞ壊れないでいたものだと思ったが、平然と出来る事が既に壊れていると本人は笑う。

アレクセイ第二王子殿下と似て非なるのは、「趣味」か「仕事」の違いなのだろうか。


「それから、ゲパン伯爵ですがイストン地方の代理領主で間違い御座いません。現在レオン王太子殿下とよく行動をされている令嬢ですが、表立っての記載事項に不備は御座いません。が、噂は御座います。噂は引き続き調査を致しますが、側妃のレクシー様の遠戚と言う事で王都に住まいを移し学園に編入したのは間違いありません」

「誘拐されて見つかったご本人様と言う事?」

「いいえ。誘拐という事実は御座いません。アンジェという令嬢は現在のゲパン伯爵の実の娘ではなく養女です。伯爵の弟とその妻の子供で数年前に起こった洪水で両親が死亡したため伯爵が引き取り養女として教育、今に至っております。噂というのはその亡くなった伯爵の弟夫妻についてです」

「その夫妻の実の子ではないという事かしら」
「噂ですのでその辺りは何とも言えませんが、夫人の不貞という噂が御座います」
「引き続き調査をして頂戴」
「畏まりました。それからジルが夕刻には少し報告があると今朝言伝がございました」
「そう。ユーダリス様の‥‥わかったわ」

アンジェの出自についてはユーダリスは憶測だったのだろう。
彼なりにかも知れないとヴィオレッタは嘲笑した。

エルザが退室した後、レオンからの手紙を封筒から取り出す。
おそらく便箋をバラの花束が入った箱に暫く入れていたものを使ったのだろう。
柔らかい香りが便箋から漂ってくる。
そういう細かい気遣いをするのは前の人生でも同じだった。

内容は離宮にヴィオレッタが来なかった事が寂しかったという事と、王妃が改良をしているというヴィレローズがどうやら完成間近らしく庭園で茶会を開くので来て欲しいというものだった。

そう言えば、あの発言をされる2年ほど前に全てではないが何割かは深紅の花びらの先端だけが白くなったものが蕾をつけた。それからはその花を重点的に受粉させたのだった。

もうその時期なのかと思うとバラを思い浮かべ懐かしい気持ちにもなる。
返事は明日にでもと引き出しに手紙を仕舞い、セレイナの屋敷へ出かけた。





発声練習が終わり今日の課題をクリアしたと褒めるセレイナとお茶をする。
セレイナの侍女とマリーは気が合うようで、主の許しを得て孫自慢に花を咲かせる。
そこに来客があった。

「やっと来たわ。臆病者のナイトが」

セレイナの侍女に先導されて部屋に入ってきたのはカイゼルだった。
いけないと思いつつも胸は高鳴ってしまう。ちらりとマリーを見ると驚いた表情をしているが、セレイナの侍女に「奥様のひ孫様でございます」と説明を受けると納得した表情になる。

しかし穏かになったマリーの顔が般若の如く歪むのに時間はかからない。
ヴィオレッタの顔を見るなり、飛び掛からんばかりの勢いで近づいたと思ったら椅子に座るヴィオレッタの前にカイゼルは跪いた。

「コルストレイ侯爵令嬢っ…もう我慢はしないで頂きたい」
「ど、どうされましたの?突然に…」
「こんな事はあってはならない。貴女が傷つく事など絶対にあってはならないッ」
「ですから、どうされたのです?」
「私は‥‥殿下の側近候補を辞する事にした。人目もはばからずに執務もおろそかに‥」
「側近候補を辞するだなどと…」
「当たり前だ!昼間から貴女と言う婚約者がいながらあのような女を側に置くなど主ではないっ」

カイゼルは熱のこもった目でヴィオレッタを見上げる。
だが、この場で手を取る事はない。側近候補を辞するというほどに怒りはあってもなし崩しに自分の想いを打ち明けて良いかどうかはまだ判断がつくようだ。

「カイゼル様、わたくしの為に怒ってくださっているのですか」
「そうだっ‥‥えっ??いや…あの…そうなんだが…」
「お気持ちは受け取りましたわ。その姿勢ではお茶も楽しめません。ね?カイゼル様」

ヴィオレッタに立つように促されて改めて周りを見るカイゼルは先ほどの勢いは何処に行ったかと思うほどに意気消沈する。
生温かい目の中に、マリーだけ「何という事を!」という批難を含んだ目に気が付いたカイゼルは慌てて姿勢を正し頭を下げる。

「あと一息なのにねぇ…誰に似たのやら。まぁお座りなさいな」
「すみません。ひいお義祖母様…」

お茶を飲んで一息ついたカイゼルは再度謝罪を口にして頭を下げると

「ケルスラーとも話をした。もう側近候補として支える気持ちにはなれない」

誰も批判はしない。ヴィオレッタも褒める所がないとレオンに対しては考えている。
だが、加速していく流れは濁流になりつつあるのも感じる。そろそろ流れに逆らえなくなるだろう。

帰る時間になり、マリーは外に待つ馬車に荷物を運び入れる。
セレイナの侍女は茶器を片付けていく。セレイナは気を利かせたのだろうか庭に出た。
カイゼルと2人だけのサロン。

「カイゼル様があのように取り乱すなど、珍しいものを拝見いたしました」
「すまない。忘れてくれ。君の事となると抑えが利かない」
「えっ?それは…」
「いや、その‥‥ハハッ、殿下の事をどうのこうのと言えないな」

ヴィオレッタは耳まで赤くして少し俯く目の前の男が愛しくて堪らない気持ちを必死で抑えた。
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