お前は保険と言われて婚約解消したら、女嫌いの王弟殿下に懐かれてしまった

cyaru

文字の大きさ
10 / 24

第10話  パットン家の厄災~後編~

しおりを挟む
パットン伯爵家の災難はこれで終わらなかった。

3日後、エミリオの処遇をどうするか夫婦で話し合った結果、騎士団は退団しパットン伯爵の実弟のいる北の領地に奉公人として当面行かせよう。そう考えていたのだが…。

夕刻になり、重苦しい空気の中パットン伯爵夫妻とエミリオの弟、アンドリューが夕食を取っていると先触れのない客がパットン伯爵家にやって来た。


「借りたものは返して頂かないと、こちらも出る所に出る事になりますが?」


破落戸を従えたインテリ風の男は小さなケースをポケットから取り出し、パットン伯爵夫妻に見せた。


「こ、これは・・・」
「えぇ。本物ですよ?お宅のご子息の騎士章。偽物だと思うのなら裏にある通し番号を騎士団に照会して頂いても結構ですよ?こちらで致しましょうか?」


借用書も一緒に提示する男。ここまで乗り込んできてハッタリとは思えない。
パットン伯爵はエミリオの借りた350万と今日までの利息35万、そして18時までに間に合わなかった遅延利息の他に、金融商会で金を借りていた事はなかった事にしてくれと、アンドリューの授業料に充てるはずだった金から少し上乗せして支払った。


「これでお宅とは無関係。約束してくれ」
「勿論。こっちは払うものを払ってくれればそれでいいんです。またご入用がありましたらご用命も賜りますよ」


いやらしい笑みを浮かべて金融商会の取り立ては帰ってくれた。
パットン伯爵の手元にはエミリオの書いた借用書の原本と騎士章、そして支払った金の受け取り証が残った。



が‥‥悲劇は翌朝も続いた。
今度はエミリオが手付を打ってしまった宝石の代金を回収するために宝飾品店の店主が強面の男達と訪れた。


「750万っ?!」
「えぇ。品物は手付も売って貰っていますし、お連れ様が昨日の午前中に引き取りに来られました。残金はこちらに請求をしてくれとの事でしたので。残りはお直し代、物品税も含めて500万です。これでもかなりこちらは勉強した価格なんですよ」


宝飾品店は王家ご用達ではないものの、堅実な商売をするし、品物も原石の目利きが素晴らしいと高位貴族がこぞって利用している店でパットン伯爵夫妻も店主の顔は知っていた。

わざわざ店主が来ているのだから品物を売ってもいないのに売ったとは言わないだろう。

何より店主の言う「お連れ様」がクラリッサではない女性であるのも明らかだった。クラリッサとは10日前に婚約解消が成立しているし、宝飾品店の店主は貴族以上に貴族の家族構成などを知っている。

もしクラリッサの事を指しているのなら「モルス家のご令嬢」「モルス伯爵令嬢」または「クラリッサ様」と名指しをする。お連れ様と言うのは貴族名鑑に名前がない人間の事、つまり平民を指していた。

「あのバカが・・・」
「あなた、どうするの?」
「どうもこうもないだろう」

パットン家に自由に出来る金は昨夜金融商会の男に支払ったので100万もない。現金が全くないのかと言えばあるにはある。

しかしそれば手を付けてはいけない領地の種苗や農具を購入するための金。月末までにはこの金で買い揃えなければ今期の収穫は種苗も肥料もないのだから見込めなくなる。

「待ってもらう事は出来ないだろうか。金は払う。それは間違いないんだ」
「御冗談を。こちらは手付を打たれた時点で3日後と猶予も差し上げているんです。品物だって開店時間にやって来て早々に受け取られていますし、その後はご来店頂けずこちらから出向いたのです。本来なら昨日お支払いいただいているのですよ?なのに待てとは…」


店主の言う言葉の意味も解る。3日後と言うのは貴族は屋敷にはある程度の現金は置いておくが全てではない。王宮の資産管理課に預けている。

入用の分だけ引き出せばいいのだが、その手続きは即日ではない。午前中に手続きをすれば翌日。午後に手続きをすれば翌々日。なので3日後と店は伝えるのだ。

だが、問題もあった。
1週間前に慰謝料で物納となった領地がある。家同士で話が出来ているので詮索はされないが他家に領地を譲渡する場合は資産管理課に預けている金は2、3か月凍結されて引き出せなくなるのだ。

だからこそ、アンドリュー用の現金と、種苗などを買う金を引き出して金庫に入れておいたのだ。


「くっ‥‥わかりました。少しお待ちください」
「あなた!!まさか…」
「仕方ないだろう」


パットン伯爵は一旦部屋から退出すると金庫のある部屋に行き、金庫を開けた。
「はぁー・・・」言いようのない絶望と喪失感で溜息も凍りそう。

札に指が触れて一瞬戸惑ったが、この金に手をつけなければ支払う金が無かった。今期の主力農作物は収穫を諦めるしかない。作付けの農作物を変更し、遅撒きの野菜に変更もせねばならない。

王宮に届け出た品種と異なるものを栽培するにはまた申請して認可を受ける所からやり直しだが、収穫がズレて収益の入る月もズレるので他の支払いも全て見直しをせねばならなくなった。

パットン伯爵は店主に金を支払ったが、今度は手元に領収書だけが残った。
家の存続すら危うくなる買い物をしたのに品物は手元にない。戻せと言ったところで相手は平民。貴族が平民に恵んだものを戻せとは言えるはずもなかった。


「もうないだろうな…」
「だといいんだけど…ごめんなさい。私があの時・・・」
「今更だ。お前だけが悪いんじゃない。クラリッサが何度も訴えてきた時に対処しなかった私が悪いんだ」
「だけどアンドリューの後期授業料・・・どうしましょう」
「退学するしかない。どうあがいても資産は凍結解除されるまで動かせないし期日はその前に来るんだ」



エミリオの弟、アンドリューは「こうなると思ったよ」と項垂れる両親に小さく言葉を返した。

婚約の解消の話の時点で傷口を最小限に抑えただけ。傷口がない訳ではないのだ。

「むしろ、後期を払われてた方が最悪だったからね。あはは」

努めて明るく笑顔を向けたアンドリューはそれだけ言うと部屋に籠ってしまった。
しおりを挟む
感想 61

あなたにおすすめの小説

あなたが「消えてくれたらいいのに」と言ったから

ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
「消えてくれたらいいのに」 結婚式を終えたばかりの新郎の呟きに妻となった王女は…… 短いお話です。 新郎→のち王女に視点を変えての数話予定。 4/16 一話目訂正しました。『一人娘』→『第一王女』

婚姻契約には愛情は含まれていません。 旦那様には愛人がいるのですから十分でしょう?

すもも
恋愛
伯爵令嬢エーファの最も嫌いなものは善人……そう思っていた。 人を救う事に生き甲斐を感じていた両親が、陥った罠によって借金まみれとなった我が家。 これでは領民が冬を越せない!! 善良で善人で、人に尽くすのが好きな両親は何の迷いもなくこう言った。 『エーファ、君の結婚が決まったんだよ!! 君が嫁ぐなら、お金をくれるそうだ!! 領民のために尽くすのは領主として当然の事。 多くの命が救えるなんて最高の幸福だろう。 それに公爵家に嫁げばお前も幸福になるに違いない。 これは全員が幸福になれる機会なんだ、当然嫁いでくれるよな?』 と……。 そして、夫となる男の屋敷にいたのは……三人の愛人だった。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

白い結婚を告げようとした王子は、冷遇していた妻に恋をする

夏生 羽都
恋愛
ランゲル王国の王太子ヘンリックは結婚式を挙げた夜の寝室で、妻となったローゼリアに白い結婚を宣言する、 ……つもりだった。 夫婦の寝室に姿を見せたヘンリックを待っていたのは、妻と同じ髪と瞳の色を持った見知らぬ美しい女性だった。 「『愛するマリーナのために、私はキミとは白い結婚とする』でしたか? 早くおっしゃってくださいな」 そう言って椅子に座っていた美しい女性は悠然と立ち上がる。 「そ、その声はっ、ローゼリア……なのか?」 女性の声を聞いた事で、ヘンリックはやっと彼女が自分の妻となったローゼリアなのだと気付いたのだが、驚きのあまり白い結婚を宣言する事も出来ずに逃げるように自分の部屋へと戻ってしまうのだった。 ※こちらは「裏切られた令嬢は、30歳も年上の伯爵さまに嫁ぎましたが、白い結婚ですわ。」のIFストーリーです。 ヘンリック(王太子)が主役となります。 また、上記作品をお読みにならなくてもお楽しみ頂ける内容となっております。

【完結】「お前とは結婚できない」と言われたので出奔したら、なぜか追いかけられています

22時完結
恋愛
「すまない、リディア。お前とは結婚できない」 そう告げたのは、長年婚約者だった王太子エドワード殿下。 理由は、「本当に愛する女性ができたから」――つまり、私以外に好きな人ができたということ。 (まあ、そんな気はしてました) 社交界では目立たない私は、王太子にとってただの「義務」でしかなかったのだろう。 未練もないし、王宮に居続ける理由もない。 だから、婚約破棄されたその日に領地に引きこもるため出奔した。 これからは自由に静かに暮らそう! そう思っていたのに―― 「……なぜ、殿下がここに?」 「お前がいなくなって、ようやく気づいた。リディア、お前が必要だ」 婚約破棄を言い渡した本人が、なぜか私を追いかけてきた!? さらに、冷酷な王国宰相や腹黒な公爵まで現れて、次々に私を手に入れようとしてくる。 「お前は王妃になるべき女性だ。逃がすわけがない」 「いいや、俺の妻になるべきだろう?」 「……私、ただ田舎で静かに暮らしたいだけなんですけど!!」

本日、貴方を愛するのをやめます~王妃と不倫した貴方が悪いのですよ?~

なか
恋愛
 私は本日、貴方と離婚します。  愛するのは、終わりだ。    ◇◇◇  アーシアの夫––レジェスは王妃の護衛騎士の任についた途端、妻である彼女を冷遇する。  初めは優しくしてくれていた彼の変貌ぶりに、アーシアは戸惑いつつも、再び振り向いてもらうため献身的に尽くした。  しかし、玄関先に置かれていた見知らぬ本に、謎の日本語が書かれているのを見つける。  それを読んだ瞬間、前世の記憶を思い出し……彼女は知った。  この世界が、前世の記憶で読んだ小説であること。   レジェスとの結婚は、彼が愛する王妃と密通を交わすためのものであり……アーシアは王妃暗殺を目論んだ悪女というキャラで、このままでは断罪される宿命にあると。    全てを思い出したアーシアは覚悟を決める。  彼と離婚するため三年間の準備を整えて、断罪の未来から逃れてみせると……  この物語は、彼女の決意から三年が経ち。  離婚する日から始まっていく  戻ってこいと言われても、彼女に戻る気はなかった。  ◇◇◇  設定は甘めです。  読んでくださると嬉しいです。

【完結済】結婚式の夜、突然豹変した夫に白い結婚を言い渡されました

鳴宮野々花@書籍4作品発売中
恋愛
 オールディス侯爵家の娘ティファナは、王太子の婚約者となるべく厳しい教育を耐え抜いてきたが、残念ながら王太子は別の令嬢との婚約が決まってしまった。  その後ティファナは、ヘイワード公爵家のラウルと婚約する。  しかし幼い頃からの顔見知りであるにも関わらず、馬が合わずになかなか親しくなれない二人。いつまでもよそよそしいラウルではあったが、それでもティファナは努力し、どうにかラウルとの距離を縮めていった。  ようやく婚約者らしくなれたと思ったものの、結婚式当日のラウルの様子がおかしい。ティファナに対して突然冷たい態度をとるそっけない彼に疑問を抱きつつも、式は滞りなく終了。しかしその夜、初夜を迎えるはずの寝室で、ラウルはティファナを冷たい目で睨みつけ、こう言った。「この結婚は白い結婚だ。私が君と寝室を共にすることはない。互いの両親が他界するまでの辛抱だと思って、この表面上の結婚生活を乗り切るつもりでいる。時が来れば、離縁しよう」  一体なぜラウルが豹変してしまったのか分からず、悩み続けるティファナ。そんなティファナを心配するそぶりを見せる義妹のサリア。やがてティファナはサリアから衝撃的な事実を知らされることになる────── ※※腹立つ登場人物だらけになっております。溺愛ハッピーエンドを迎えますが、それまでがドロドロ愛憎劇風です。心に優しい物語では決してありませんので、苦手な方はご遠慮ください。 ※※不貞行為の描写があります※※ ※この作品はカクヨム、小説家になろうにも投稿しています。

処理中です...