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第10話 パットン家の厄災~後編~
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パットン伯爵家の災難はこれで終わらなかった。
3日後、エミリオの処遇をどうするか夫婦で話し合った結果、騎士団は退団しパットン伯爵の実弟のいる北の領地に奉公人として当面行かせよう。そう考えていたのだが…。
夕刻になり、重苦しい空気の中パットン伯爵夫妻とエミリオの弟、アンドリューが夕食を取っていると先触れのない客がパットン伯爵家にやって来た。
「借りたものは返して頂かないと、こちらも出る所に出る事になりますが?」
破落戸を従えたインテリ風の男は小さなケースをポケットから取り出し、パットン伯爵夫妻に見せた。
「こ、これは・・・」
「えぇ。本物ですよ?お宅のご子息の騎士章。偽物だと思うのなら裏にある通し番号を騎士団に照会して頂いても結構ですよ?こちらで致しましょうか?」
借用書も一緒に提示する男。ここまで乗り込んできてハッタリとは思えない。
パットン伯爵はエミリオの借りた350万と今日までの利息35万、そして18時までに間に合わなかった遅延利息の他に、金融商会で金を借りていた事はなかった事にしてくれと、アンドリューの授業料に充てるはずだった金から少し上乗せして支払った。
「これでお宅とは無関係。約束してくれ」
「勿論。こっちは払うものを払ってくれればそれでいいんです。またご入用がありましたらご用命も賜りますよ」
いやらしい笑みを浮かべて金融商会の取り立ては帰ってくれた。
パットン伯爵の手元にはエミリオの書いた借用書の原本と騎士章、そして支払った金の受け取り証が残った。
が‥‥悲劇は翌朝も続いた。
今度はエミリオが手付を打ってしまった宝石の代金を回収するために宝飾品店の店主が強面の男達と訪れた。
「750万っ?!」
「えぇ。品物は手付も売って貰っていますし、お連れ様が昨日の午前中に引き取りに来られました。残金はこちらに請求をしてくれとの事でしたので。残りはお直し代、物品税も含めて500万です。これでもかなりこちらは勉強した価格なんですよ」
宝飾品店は王家ご用達ではないものの、堅実な商売をするし、品物も原石の目利きが素晴らしいと高位貴族がこぞって利用している店でパットン伯爵夫妻も店主の顔は知っていた。
わざわざ店主が来ているのだから品物を売ってもいないのに売ったとは言わないだろう。
何より店主の言う「お連れ様」がクラリッサではない女性であるのも明らかだった。クラリッサとは10日前に婚約解消が成立しているし、宝飾品店の店主は貴族以上に貴族の家族構成などを知っている。
もしクラリッサの事を指しているのなら「モルス家のご令嬢」「モルス伯爵令嬢」または「クラリッサ様」と名指しをする。お連れ様と言うのは貴族名鑑に名前がない人間の事、つまり平民を指していた。
「あのバカが・・・」
「あなた、どうするの?」
「どうもこうもないだろう」
パットン家に自由に出来る金は昨夜金融商会の男に支払ったので100万もない。現金が全くないのかと言えばあるにはある。
しかしそれば手を付けてはいけない領地の種苗や農具を購入するための金。月末までにはこの金で買い揃えなければ今期の収穫は種苗も肥料もないのだから見込めなくなる。
「待ってもらう事は出来ないだろうか。金は払う。それは間違いないんだ」
「御冗談を。こちらは手付を打たれた時点で3日後と猶予も差し上げているんです。品物だって開店時間にやって来て早々に受け取られていますし、その後はご来店頂けずこちらから出向いたのです。本来なら昨日お支払いいただいているのですよ?なのに待てとは…」
店主の言う言葉の意味も解る。3日後と言うのは貴族は屋敷にはある程度の現金は置いておくが全てではない。王宮の資産管理課に預けている。
入用の分だけ引き出せばいいのだが、その手続きは即日ではない。午前中に手続きをすれば翌日。午後に手続きをすれば翌々日。なので3日後と店は伝えるのだ。
だが、問題もあった。
1週間前に慰謝料で物納となった領地がある。家同士で話が出来ているので詮索はされないが他家に領地を譲渡する場合は資産管理課に預けている金は2、3か月凍結されて引き出せなくなるのだ。
だからこそ、アンドリュー用の現金と、種苗などを買う金を引き出して金庫に入れておいたのだ。
「くっ‥‥わかりました。少しお待ちください」
「あなた!!まさか…」
「仕方ないだろう」
パットン伯爵は一旦部屋から退出すると金庫のある部屋に行き、金庫を開けた。
「はぁー・・・」言いようのない絶望と喪失感で溜息も凍りそう。
札に指が触れて一瞬戸惑ったが、この金に手をつけなければ支払う金が無かった。今期の主力農作物は収穫を諦めるしかない。作付けの農作物を変更し、遅撒きの野菜に変更もせねばならない。
王宮に届け出た品種と異なるものを栽培するにはまた申請して認可を受ける所からやり直しだが、収穫がズレて収益の入る月もズレるので他の支払いも全て見直しをせねばならなくなった。
パットン伯爵は店主に金を支払ったが、今度は手元に領収書だけが残った。
家の存続すら危うくなる買い物をしたのに品物は手元にない。戻せと言ったところで相手は平民。貴族が平民に恵んだものを戻せとは言えるはずもなかった。
「もうないだろうな…」
「だといいんだけど…ごめんなさい。私があの時・・・」
「今更だ。お前だけが悪いんじゃない。クラリッサが何度も訴えてきた時に対処しなかった私が悪いんだ」
「だけどアンドリューの後期授業料・・・どうしましょう」
「退学するしかない。どうあがいても資産は凍結解除されるまで動かせないし期日はその前に来るんだ」
エミリオの弟、アンドリューは「こうなると思ったよ」と項垂れる両親に小さく言葉を返した。
婚約の解消の話の時点で傷口を最小限に抑えただけ。傷口がない訳ではないのだ。
「むしろ、後期を払われてた方が最悪だったからね。あはは」
努めて明るく笑顔を向けたアンドリューはそれだけ言うと部屋に籠ってしまった。
3日後、エミリオの処遇をどうするか夫婦で話し合った結果、騎士団は退団しパットン伯爵の実弟のいる北の領地に奉公人として当面行かせよう。そう考えていたのだが…。
夕刻になり、重苦しい空気の中パットン伯爵夫妻とエミリオの弟、アンドリューが夕食を取っていると先触れのない客がパットン伯爵家にやって来た。
「借りたものは返して頂かないと、こちらも出る所に出る事になりますが?」
破落戸を従えたインテリ風の男は小さなケースをポケットから取り出し、パットン伯爵夫妻に見せた。
「こ、これは・・・」
「えぇ。本物ですよ?お宅のご子息の騎士章。偽物だと思うのなら裏にある通し番号を騎士団に照会して頂いても結構ですよ?こちらで致しましょうか?」
借用書も一緒に提示する男。ここまで乗り込んできてハッタリとは思えない。
パットン伯爵はエミリオの借りた350万と今日までの利息35万、そして18時までに間に合わなかった遅延利息の他に、金融商会で金を借りていた事はなかった事にしてくれと、アンドリューの授業料に充てるはずだった金から少し上乗せして支払った。
「これでお宅とは無関係。約束してくれ」
「勿論。こっちは払うものを払ってくれればそれでいいんです。またご入用がありましたらご用命も賜りますよ」
いやらしい笑みを浮かべて金融商会の取り立ては帰ってくれた。
パットン伯爵の手元にはエミリオの書いた借用書の原本と騎士章、そして支払った金の受け取り証が残った。
が‥‥悲劇は翌朝も続いた。
今度はエミリオが手付を打ってしまった宝石の代金を回収するために宝飾品店の店主が強面の男達と訪れた。
「750万っ?!」
「えぇ。品物は手付も売って貰っていますし、お連れ様が昨日の午前中に引き取りに来られました。残金はこちらに請求をしてくれとの事でしたので。残りはお直し代、物品税も含めて500万です。これでもかなりこちらは勉強した価格なんですよ」
宝飾品店は王家ご用達ではないものの、堅実な商売をするし、品物も原石の目利きが素晴らしいと高位貴族がこぞって利用している店でパットン伯爵夫妻も店主の顔は知っていた。
わざわざ店主が来ているのだから品物を売ってもいないのに売ったとは言わないだろう。
何より店主の言う「お連れ様」がクラリッサではない女性であるのも明らかだった。クラリッサとは10日前に婚約解消が成立しているし、宝飾品店の店主は貴族以上に貴族の家族構成などを知っている。
もしクラリッサの事を指しているのなら「モルス家のご令嬢」「モルス伯爵令嬢」または「クラリッサ様」と名指しをする。お連れ様と言うのは貴族名鑑に名前がない人間の事、つまり平民を指していた。
「あのバカが・・・」
「あなた、どうするの?」
「どうもこうもないだろう」
パットン家に自由に出来る金は昨夜金融商会の男に支払ったので100万もない。現金が全くないのかと言えばあるにはある。
しかしそれば手を付けてはいけない領地の種苗や農具を購入するための金。月末までにはこの金で買い揃えなければ今期の収穫は種苗も肥料もないのだから見込めなくなる。
「待ってもらう事は出来ないだろうか。金は払う。それは間違いないんだ」
「御冗談を。こちらは手付を打たれた時点で3日後と猶予も差し上げているんです。品物だって開店時間にやって来て早々に受け取られていますし、その後はご来店頂けずこちらから出向いたのです。本来なら昨日お支払いいただいているのですよ?なのに待てとは…」
店主の言う言葉の意味も解る。3日後と言うのは貴族は屋敷にはある程度の現金は置いておくが全てではない。王宮の資産管理課に預けている。
入用の分だけ引き出せばいいのだが、その手続きは即日ではない。午前中に手続きをすれば翌日。午後に手続きをすれば翌々日。なので3日後と店は伝えるのだ。
だが、問題もあった。
1週間前に慰謝料で物納となった領地がある。家同士で話が出来ているので詮索はされないが他家に領地を譲渡する場合は資産管理課に預けている金は2、3か月凍結されて引き出せなくなるのだ。
だからこそ、アンドリュー用の現金と、種苗などを買う金を引き出して金庫に入れておいたのだ。
「くっ‥‥わかりました。少しお待ちください」
「あなた!!まさか…」
「仕方ないだろう」
パットン伯爵は一旦部屋から退出すると金庫のある部屋に行き、金庫を開けた。
「はぁー・・・」言いようのない絶望と喪失感で溜息も凍りそう。
札に指が触れて一瞬戸惑ったが、この金に手をつけなければ支払う金が無かった。今期の主力農作物は収穫を諦めるしかない。作付けの農作物を変更し、遅撒きの野菜に変更もせねばならない。
王宮に届け出た品種と異なるものを栽培するにはまた申請して認可を受ける所からやり直しだが、収穫がズレて収益の入る月もズレるので他の支払いも全て見直しをせねばならなくなった。
パットン伯爵は店主に金を支払ったが、今度は手元に領収書だけが残った。
家の存続すら危うくなる買い物をしたのに品物は手元にない。戻せと言ったところで相手は平民。貴族が平民に恵んだものを戻せとは言えるはずもなかった。
「もうないだろうな…」
「だといいんだけど…ごめんなさい。私があの時・・・」
「今更だ。お前だけが悪いんじゃない。クラリッサが何度も訴えてきた時に対処しなかった私が悪いんだ」
「だけどアンドリューの後期授業料・・・どうしましょう」
「退学するしかない。どうあがいても資産は凍結解除されるまで動かせないし期日はその前に来るんだ」
エミリオの弟、アンドリューは「こうなると思ったよ」と項垂れる両親に小さく言葉を返した。
婚約の解消の話の時点で傷口を最小限に抑えただけ。傷口がない訳ではないのだ。
「むしろ、後期を払われてた方が最悪だったからね。あはは」
努めて明るく笑顔を向けたアンドリューはそれだけ言うと部屋に籠ってしまった。
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