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第01話 父、嵌められて
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「くそっ!まただ!今日はツイてねぇな」
タバコの煙で視界も悪い賭博場。
パプンキン子爵家の当主オートンは手持ちのカードをテーブルに叩きつけた。
もう一勝負して負けを取り戻したい所だったが生憎上着とスラックスのポケットの中や持ってきたカバンの中には、何をどう探しても数枚の銅貨があるだけで気付けのエールさえ注文できない。
そんなオートンの両肩に手を乗せて話しかける男がいた。
ウッペラス伯爵家の当主キオザだった。
「負けてるなぁ」
「五月蝿ぇ。放っとけ。あと一勝負出来たら店の売り上げ全部持って帰れるんだが、今日の所はこれで勘弁してやらァ!」
「へぇ。そうか?なら貸してやる。勝負してみろよ」
「え?貸してくれんのかィ?」
「あぁいいとも。幾らだ?金貨2枚、いや5枚貸そうか?」
太っ腹のキオザ。ほどほどに酔っ払ってポーカーを楽しんでいたオートンも流石に金貨となると酔いも覚める。
負けてしまえば借りた金を返すことが出来ない。
なんせ売れるものはもうパプンキン家にはないのだ。
家は借家だし、なんなら明日の朝に食べるパンすら買う金がない。
今日だって死んだ母親の形見を売った金と娘のホリーが妻の薬代にと髪を売ってきた金、合わせて銀貨5枚を増やそうと思って賭博場に来たのだが、全部スってしまったのだ。
オートンの頭の中で「勝てばいいんだよ」と悪魔が囁くが、天使は「無理だ」と悪魔の口を塞ぐ。
「大丈夫だよ。オートンなら次は勝てるさ。博打ってのはそう言うものだろう?負けた事しかないなんてないさ。勝ったことだって何度もあるじゃないか」
「お、おぅ…でも…」
「勝負の前に怖気づいていちゃ勝負にならねぇだろう?」
「だけど、もし!もしだ!負けてしまったら‥返せねぇんだよ」
「なぁんだ。そんな事を気にしていたのか。そうか…オートンは義理堅いし律儀な男だからな。ならこうしないか?」
キオザはオートンの耳元で囁いた。
最初は驚いて目を丸くしたオートンだったが、話を聞くうちに「どっちに転んでもラッキーじゃないか」とキオザから金貨を5枚借りてチップに替えてしまった。
カードが配られ始めた時、キオザがディーラーに目くばせしたのも気が付かずに…。
★~★
オートンが金を借りてまで博打をしたその2か月後。
ホリーとオートンは神父と共に墓地に居た。
かつては炭鉱で賑わったタウニー領は閉山が始まってからは寂れる一方。
オートンは子爵という爵位がありながらも領地もなく、王都に屋敷もない。
爵位だけの男爵、子爵などその辺に掃いて捨てるほどいる。その中の1人だった。
家族を養うために炭鉱夫として働いていたが閉山に伴い僅かな退職金を握らされて失職。
炭鉱夫は危険度の高い仕事のため給金も破格に良かったのだが、実入りが大きい分しっかりと締めないと出て行くのも多い。日頃から酒におぼれ、博打に興じて来た。
酒をやめろ、博打をやめろと言うと大声で怒鳴ったり食器を割ったり。
典型的なDV夫。
DVに妻が耐えたのは妊娠していたから。
妻はホリーを生んだ時に産褥で亡くなり、先ほど埋葬を終えたのは継母。炭鉱夫をしながら乳飲み子を育てることが出来ずオートンは娼婦をしていた継母と再婚をした。
継母は再婚する前には娼婦を辞めた。若いころから娼婦をしていたからか子供が産めない体になっていた継母はホリーの事を実の娘のように可愛がり、時に厳しく育てて来た。
ホリーが継母の事を実の母でない事を知ったのは12歳の時。継母から聞かされた。
事実を告げられた後も継母の愛が変わることなかったし、ホリーも母親であることは変わらないと姉妹のように母娘は仲が良かった。
しかし、娼婦時代に貰った病気は継母の体を蝕み、馬や牛など家畜を専門としている獣医にしか診てもらう事は出来なかったが余命幾ばくと告げられていて、ここ半年は痛みとの戦いだった。
ホリーが髪を売ってまで用立てた金は薬は薬でも治癒の為ではなく死に逝く継母の痛み止め。せめて命の火が消えるまでは穏やかにとの願いを込めた金だった。
「すまない…俺はもう博打からは足を洗う。約束する」
「今頃約束されたって…母さんはもう帰らないわ」
ホリーはもう実の父とも思いたくなかった。
血を分けた父よりも、全くの他人なのに惜しみない愛を注いでくれた継母の方がホリーにとっては唯一の家族だった。
とぼとぼと墓地から歩いて家に戻った2人だが、玄関先に豪奢な馬車が停車しているのが遠目に見えた。
「何かしら…あんな立派な馬車‥ウチに用があると思えないんだけど」
ポツリと呟くホリーだったが、オートンはすっかり忘れていた約束を思い出し真っ青になった。
「ホ、ホリー。逃げよう」
「え?父さん。どうしたの?」
「どうしたのじゃねぇ!!逃げよう!逃げられるところまで逃げよう!」
踵を返し、ホリーの腕を掴んだオートンだったが慣れない事はするものじゃない。
滅多に走る事もなかったし長年狭い炭鉱ではゆっくりと足元を確認しながらだったので素早く右、左と交互に足を出す走りに足がもつれて盛大に転び、ホリーも巻き添えを食って転んでしまった。
「なんなのよ!痛ったぁい!!」
「すまない!ホリー!!」
ホリーはその時初めて、自分が賭け事に使った金、金貨5枚の借金のカタに遠く離れた王都にある侯爵家に嫁がされることを知った。
それもただの侯爵家ではない。
呪われ侯爵として王家ですら社交を全面的に免除し「顔を見せるな」と命じたブレッドマン侯爵家の当主ジンジャーの元に嫁がされることを知ったのだった。
タバコの煙で視界も悪い賭博場。
パプンキン子爵家の当主オートンは手持ちのカードをテーブルに叩きつけた。
もう一勝負して負けを取り戻したい所だったが生憎上着とスラックスのポケットの中や持ってきたカバンの中には、何をどう探しても数枚の銅貨があるだけで気付けのエールさえ注文できない。
そんなオートンの両肩に手を乗せて話しかける男がいた。
ウッペラス伯爵家の当主キオザだった。
「負けてるなぁ」
「五月蝿ぇ。放っとけ。あと一勝負出来たら店の売り上げ全部持って帰れるんだが、今日の所はこれで勘弁してやらァ!」
「へぇ。そうか?なら貸してやる。勝負してみろよ」
「え?貸してくれんのかィ?」
「あぁいいとも。幾らだ?金貨2枚、いや5枚貸そうか?」
太っ腹のキオザ。ほどほどに酔っ払ってポーカーを楽しんでいたオートンも流石に金貨となると酔いも覚める。
負けてしまえば借りた金を返すことが出来ない。
なんせ売れるものはもうパプンキン家にはないのだ。
家は借家だし、なんなら明日の朝に食べるパンすら買う金がない。
今日だって死んだ母親の形見を売った金と娘のホリーが妻の薬代にと髪を売ってきた金、合わせて銀貨5枚を増やそうと思って賭博場に来たのだが、全部スってしまったのだ。
オートンの頭の中で「勝てばいいんだよ」と悪魔が囁くが、天使は「無理だ」と悪魔の口を塞ぐ。
「大丈夫だよ。オートンなら次は勝てるさ。博打ってのはそう言うものだろう?負けた事しかないなんてないさ。勝ったことだって何度もあるじゃないか」
「お、おぅ…でも…」
「勝負の前に怖気づいていちゃ勝負にならねぇだろう?」
「だけど、もし!もしだ!負けてしまったら‥返せねぇんだよ」
「なぁんだ。そんな事を気にしていたのか。そうか…オートンは義理堅いし律儀な男だからな。ならこうしないか?」
キオザはオートンの耳元で囁いた。
最初は驚いて目を丸くしたオートンだったが、話を聞くうちに「どっちに転んでもラッキーじゃないか」とキオザから金貨を5枚借りてチップに替えてしまった。
カードが配られ始めた時、キオザがディーラーに目くばせしたのも気が付かずに…。
★~★
オートンが金を借りてまで博打をしたその2か月後。
ホリーとオートンは神父と共に墓地に居た。
かつては炭鉱で賑わったタウニー領は閉山が始まってからは寂れる一方。
オートンは子爵という爵位がありながらも領地もなく、王都に屋敷もない。
爵位だけの男爵、子爵などその辺に掃いて捨てるほどいる。その中の1人だった。
家族を養うために炭鉱夫として働いていたが閉山に伴い僅かな退職金を握らされて失職。
炭鉱夫は危険度の高い仕事のため給金も破格に良かったのだが、実入りが大きい分しっかりと締めないと出て行くのも多い。日頃から酒におぼれ、博打に興じて来た。
酒をやめろ、博打をやめろと言うと大声で怒鳴ったり食器を割ったり。
典型的なDV夫。
DVに妻が耐えたのは妊娠していたから。
妻はホリーを生んだ時に産褥で亡くなり、先ほど埋葬を終えたのは継母。炭鉱夫をしながら乳飲み子を育てることが出来ずオートンは娼婦をしていた継母と再婚をした。
継母は再婚する前には娼婦を辞めた。若いころから娼婦をしていたからか子供が産めない体になっていた継母はホリーの事を実の娘のように可愛がり、時に厳しく育てて来た。
ホリーが継母の事を実の母でない事を知ったのは12歳の時。継母から聞かされた。
事実を告げられた後も継母の愛が変わることなかったし、ホリーも母親であることは変わらないと姉妹のように母娘は仲が良かった。
しかし、娼婦時代に貰った病気は継母の体を蝕み、馬や牛など家畜を専門としている獣医にしか診てもらう事は出来なかったが余命幾ばくと告げられていて、ここ半年は痛みとの戦いだった。
ホリーが髪を売ってまで用立てた金は薬は薬でも治癒の為ではなく死に逝く継母の痛み止め。せめて命の火が消えるまでは穏やかにとの願いを込めた金だった。
「すまない…俺はもう博打からは足を洗う。約束する」
「今頃約束されたって…母さんはもう帰らないわ」
ホリーはもう実の父とも思いたくなかった。
血を分けた父よりも、全くの他人なのに惜しみない愛を注いでくれた継母の方がホリーにとっては唯一の家族だった。
とぼとぼと墓地から歩いて家に戻った2人だが、玄関先に豪奢な馬車が停車しているのが遠目に見えた。
「何かしら…あんな立派な馬車‥ウチに用があると思えないんだけど」
ポツリと呟くホリーだったが、オートンはすっかり忘れていた約束を思い出し真っ青になった。
「ホ、ホリー。逃げよう」
「え?父さん。どうしたの?」
「どうしたのじゃねぇ!!逃げよう!逃げられるところまで逃げよう!」
踵を返し、ホリーの腕を掴んだオートンだったが慣れない事はするものじゃない。
滅多に走る事もなかったし長年狭い炭鉱ではゆっくりと足元を確認しながらだったので素早く右、左と交互に足を出す走りに足がもつれて盛大に転び、ホリーも巻き添えを食って転んでしまった。
「なんなのよ!痛ったぁい!!」
「すまない!ホリー!!」
ホリーはその時初めて、自分が賭け事に使った金、金貨5枚の借金のカタに遠く離れた王都にある侯爵家に嫁がされることを知った。
それもただの侯爵家ではない。
呪われ侯爵として王家ですら社交を全面的に免除し「顔を見せるな」と命じたブレッドマン侯爵家の当主ジンジャーの元に嫁がされることを知ったのだった。
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