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第27話 ボヤと毒矢
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「クリスタ。バターは?ジャムが良いか?」
「朝からパンを何個食べさせる気?」
焼き立てだ!と差し出してくるがもう7個目。小ぶりなパンは全部ウォルスのお手製とは言えサラダまで胃袋に収まりきるだろうか。ミルクで流し込もうにも半分飲んだら注がれるので一向にグラスの量が減らない。
「じゃぁミルクにするか?味変すると俺はまだいけるぞ?珈琲混ぜるか?ココアがいいか?朝だから、そうだ!搾りたてのオレンジか?」
「もう!静かに食べさせて!」
ウォルスはクリスタに付きっきりで世話を焼いてしまう。
搾りたてを飲ませてあげようと手に取ったオレンジからはグラスに間違いなく搾りたてが手から注がれていた。
「ルベルスに戻ったら俺が何もかもするからな」
「しなくていいの!」
「したいんだよ。俺は俺の事は出来るからさ。着飾りたいんだよ。俺の手で」
通常の子息が考えるような着飾ると、ウォルスの着飾るは似て非なる物。
衣服を縫製する事は出来ないけれど、自分の色の入ったドレスを贈るだけでなく自らの手で着付けまでさせる。服の隅々まで穴が開くほどウォルスが目視で確認し、縫い目も全て指を這わせてチェック。
背中のファスナーが引っかかれば別の服。
おかげで朝からクリスタは5回も着替えた。
――着せ替え人形の気持ちがなんとなる解るわ――
明日にはルベルス領に出立をするのだからこの先はずっと一緒なのに何処に行くにも付いてくる。
姿が見えないと思えば…。
「出てきなさい!いるんでしょう?そこに!」
「バレたか」
「うわぁぁー!どこから出てくるのよ!」
「後ろ。足首を後ろから見ると萌えるよな。横も前も捨てがたいが」
「どっ、どっ、何処見てるのよ!」
「クリスタの全部だが?」
柱の陰に隠れているかと思えば、後ろから抱きしめられ耳元で囁かれる。
「もう!暑苦しいの!離れてぇぇぇ」
「暑い時には熱いものを飲むと良い。汗も俺が余すところなく拭きとってやる。安心して汗を掻け」
「掻くかぁぁーっ!!拭かせないから!」
ウォルスの相手をするだけで息切れをしてしまうけれど、何故かエクルドール侯爵はウォルスの奇行を咎める事も無い。
それには理由があった。
王太子からクリスタが通行手形を渡されて今日で2週間目。
何事もなく過ごしていたが異変があったのが10日目。今から4日前である。
侯爵家に食料や消耗品などを納品している商会でボヤ騒ぎがあった。
火の気が全くない場所で夜間に見回りをしている騎士団が見つけてボヤで済んだが、ボヤ騒ぎのどさくさに紛れて商会の倉庫が荒らされていた。
倉庫は翌日貴族の家に配達をする荷物が家ごとに纏められていて、朝になれば荷車の荷台に載せればすぐに運べる品。
子爵家や伯爵家に納品する荷物は袋が裂かれたり、引っ張り出したりしていたのにエクルドール侯爵への荷物は全くの手つかず。
しかしよく知らベてみると小麦の袋には小さな穴が幾つか開けられていて、穴の周囲の小麦が凝固していた。何かの液体を注入したのである。成分については騎士団で調べて貰っているが犯人はまだ捕縛をされていない。
そして3日前だ。
商会の倉庫のボヤ騒ぎがあり、騎士団では見回りを強化したが次に異変があったのはエクルドール侯爵家だった。
周囲は高い塀に囲まれているので侵入はかなり難しい。塀を登る前に堀を渡らねばならないし長い梯子を抱えていれば夜間でも目立ってしまう。
侵入したのは人間ではなく矢だった。
騎士団の見回り時間も知った上で、堀の向こう側から鏃に毒をたっぷり沁み込ませた布を巻きつけ、敷地の中に向かって矢を放ったのである。
火矢でなかったのは、どうしても明るさが出るので長い塀の向こう側まで見回りの騎士が行ってしまっても見つかりやすいからだと考えられた。
毒だと気がついたのは塀を超えられず堀に落ちた矢で堀に生息していたフナが何匹も浮いていたのを通いの使用人が見つけた。
そして放たれた矢は井戸を狙っていたと見えて何十本も井戸の周囲に散乱していた。
井戸そのものは使用しない時は落下防止に蓋がなされるので、矢が入り込んではいないが問題なのは侯爵家の敷地の中の何処に井戸があるのかを知っていたということ。
しかも、敷地の中には5か所井戸があるが、食事を作ったりする時に使用する井戸だけが狙われて、洗濯であったり、非常用の井戸の周囲の方が塀の高さもなく狙いやすいであろうに狙われていなかった。
「井戸の場所は知っているが、使用しない時に蓋をする事を知らない者、か」
「義父上、あとは騎士団の見回り時間も知っている者、俺、舐められてんなァ」
「ひと先ずは家の者には伝えて――」
「不要ですね。俺がいる間はクリスタに指一本触れさせねぇし」
――ここにいるの、クリスタだけじゃないんだが?――
エクルドール侯爵はクリスタ以外には注意を徹底する事をウォルスに聞き入れて貰った。
ウォルスの暑苦しいお世話はそんな原因があったのだった。
「朝からパンを何個食べさせる気?」
焼き立てだ!と差し出してくるがもう7個目。小ぶりなパンは全部ウォルスのお手製とは言えサラダまで胃袋に収まりきるだろうか。ミルクで流し込もうにも半分飲んだら注がれるので一向にグラスの量が減らない。
「じゃぁミルクにするか?味変すると俺はまだいけるぞ?珈琲混ぜるか?ココアがいいか?朝だから、そうだ!搾りたてのオレンジか?」
「もう!静かに食べさせて!」
ウォルスはクリスタに付きっきりで世話を焼いてしまう。
搾りたてを飲ませてあげようと手に取ったオレンジからはグラスに間違いなく搾りたてが手から注がれていた。
「ルベルスに戻ったら俺が何もかもするからな」
「しなくていいの!」
「したいんだよ。俺は俺の事は出来るからさ。着飾りたいんだよ。俺の手で」
通常の子息が考えるような着飾ると、ウォルスの着飾るは似て非なる物。
衣服を縫製する事は出来ないけれど、自分の色の入ったドレスを贈るだけでなく自らの手で着付けまでさせる。服の隅々まで穴が開くほどウォルスが目視で確認し、縫い目も全て指を這わせてチェック。
背中のファスナーが引っかかれば別の服。
おかげで朝からクリスタは5回も着替えた。
――着せ替え人形の気持ちがなんとなる解るわ――
明日にはルベルス領に出立をするのだからこの先はずっと一緒なのに何処に行くにも付いてくる。
姿が見えないと思えば…。
「出てきなさい!いるんでしょう?そこに!」
「バレたか」
「うわぁぁー!どこから出てくるのよ!」
「後ろ。足首を後ろから見ると萌えるよな。横も前も捨てがたいが」
「どっ、どっ、何処見てるのよ!」
「クリスタの全部だが?」
柱の陰に隠れているかと思えば、後ろから抱きしめられ耳元で囁かれる。
「もう!暑苦しいの!離れてぇぇぇ」
「暑い時には熱いものを飲むと良い。汗も俺が余すところなく拭きとってやる。安心して汗を掻け」
「掻くかぁぁーっ!!拭かせないから!」
ウォルスの相手をするだけで息切れをしてしまうけれど、何故かエクルドール侯爵はウォルスの奇行を咎める事も無い。
それには理由があった。
王太子からクリスタが通行手形を渡されて今日で2週間目。
何事もなく過ごしていたが異変があったのが10日目。今から4日前である。
侯爵家に食料や消耗品などを納品している商会でボヤ騒ぎがあった。
火の気が全くない場所で夜間に見回りをしている騎士団が見つけてボヤで済んだが、ボヤ騒ぎのどさくさに紛れて商会の倉庫が荒らされていた。
倉庫は翌日貴族の家に配達をする荷物が家ごとに纏められていて、朝になれば荷車の荷台に載せればすぐに運べる品。
子爵家や伯爵家に納品する荷物は袋が裂かれたり、引っ張り出したりしていたのにエクルドール侯爵への荷物は全くの手つかず。
しかしよく知らベてみると小麦の袋には小さな穴が幾つか開けられていて、穴の周囲の小麦が凝固していた。何かの液体を注入したのである。成分については騎士団で調べて貰っているが犯人はまだ捕縛をされていない。
そして3日前だ。
商会の倉庫のボヤ騒ぎがあり、騎士団では見回りを強化したが次に異変があったのはエクルドール侯爵家だった。
周囲は高い塀に囲まれているので侵入はかなり難しい。塀を登る前に堀を渡らねばならないし長い梯子を抱えていれば夜間でも目立ってしまう。
侵入したのは人間ではなく矢だった。
騎士団の見回り時間も知った上で、堀の向こう側から鏃に毒をたっぷり沁み込ませた布を巻きつけ、敷地の中に向かって矢を放ったのである。
火矢でなかったのは、どうしても明るさが出るので長い塀の向こう側まで見回りの騎士が行ってしまっても見つかりやすいからだと考えられた。
毒だと気がついたのは塀を超えられず堀に落ちた矢で堀に生息していたフナが何匹も浮いていたのを通いの使用人が見つけた。
そして放たれた矢は井戸を狙っていたと見えて何十本も井戸の周囲に散乱していた。
井戸そのものは使用しない時は落下防止に蓋がなされるので、矢が入り込んではいないが問題なのは侯爵家の敷地の中の何処に井戸があるのかを知っていたということ。
しかも、敷地の中には5か所井戸があるが、食事を作ったりする時に使用する井戸だけが狙われて、洗濯であったり、非常用の井戸の周囲の方が塀の高さもなく狙いやすいであろうに狙われていなかった。
「井戸の場所は知っているが、使用しない時に蓋をする事を知らない者、か」
「義父上、あとは騎士団の見回り時間も知っている者、俺、舐められてんなァ」
「ひと先ずは家の者には伝えて――」
「不要ですね。俺がいる間はクリスタに指一本触れさせねぇし」
――ここにいるの、クリスタだけじゃないんだが?――
エクルドール侯爵はクリスタ以外には注意を徹底する事をウォルスに聞き入れて貰った。
ウォルスの暑苦しいお世話はそんな原因があったのだった。
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