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公爵家の教育
執事に多少の学問は教えて貰っていたとしても、執事は家庭教師ではない。
公爵領では家庭教師を雇うにも金がないのが現状だった。
しかし公爵領で年老いた執事はシルヴェーヌに出来る限りのことを教えた。
「なんでもそうですが、経験に勝るものはないのです。例えばこの本にある小川の【潺】も川にはいろんな表情があるのです。雪解け水がちょろちょろと流れてくる、浅い川べりをサラサラ流れる、本当に微かに音がしたかもわからないほど潺々と流れる。全て【潺】なのですよ」
答えは一つではなく幾つもあるもの、答えは1つだけれど導くためには幾通りも道筋があるもの。執事は座学で学ぶだけでなく、目に見えるもの、耳に聞えるもの、手に触れるもの、味や肌に感じるものと身近なものを使ってシルヴェーヌに学問を教えた。
マナーや所作も他国ではあるが講師をしていたという高齢の女性が楽しみながらシルヴェーヌに教えてくれた。
「お茶はね、湯の温度や蒸らし方、その日の天気色んな条件で変わって来るけれど、一番は感謝して楽しんで飲む事。苦労して茶葉を作った人、お日様、雨や風、そして花粉を運んでくれる虫に感謝しながら楽しんで飲む物よ」
「優雅に見せる必要なんてないの。相手に対しての今できる自分の感謝の気持ちを表せばいいの。会ってくれてありがとうってね」
その甲斐あってか、シルヴェーヌの所作やマナーはほぼ完ぺきで11歳でそのレベルに達している者などほぼいない状態。座学についても学園の高等部を首席レベルに近いくらいに達していた。
しかし公爵夫人のリベイラが連れてきた家庭教師たちは皆シルヴェーヌに眉を顰めた。
初回に持ってきた幼児用の問題を解いてしまったりクリアすると粗探しを始める。
「どうして間違うの。こんなの10歳になるまでに出来て当たり前よ」
「ごめんなさい」
バシッ!
「返事が違います。申し訳ございませんでしたでしょう?言ってごらんなさい」
「申し訳ございませんでした」
「心がこもってないわ。やり直し」
「申し訳ございませんでした」
バシッ!
「誰に対して、何に申し訳ないの?それも判らないのに軽々しく口にしないっ!」
「算術が解けず…先生に迷惑をかけました。申し訳ございません」
「あのね、貴女はバカなの。いい?この程度の問題も解けないバカなの。もっと敬う気持ちを込めてもう一度謝りなさい」
講師は機嫌のよい時は間違っても何が悪かったのかを優しく説く時もあったが、大半はイライラしていてシルヴェーヌにきつくあたった。
時に3時間ずっと謝罪だけで、如何に自分が愚かで教えを理解しない愚鈍な人間なのかを言わされるだけの授業である事もあった。雇われている家庭教師は全て公爵夫人のリベイラの友人達で夫の浮気や息子が嫁ばかりを贔屓してこちらを顧みてくれないと嘆く者ばかり。
家庭教師は罰としてシルヴェーヌの手の甲をポインターで何度も打ち据えた。しかし、痣になり残れば問題視される事を恐れた公爵夫人のリベイラは家庭教師に注意をした。
「見える所に躾をしてどうするの」
コルセットなどを締めれば継ぎ目になる脇腹や背、頭頂部など人に見えない部分、見えたとしても隠す事が出来たり、ドレスを着る事でどうしても痕になるのだと言い訳が出来る部位に限定をしただけで、その行為が問題だという注意はしなかった。
「シルヴェーヌ、こちらにいらっしゃい」
「はい」
「はぁ~。あのね。ちゃんと呼んだ人の名を言わないと」
「申し訳ございません。お継母様」
「あぁ、いやだ。いやだ。痒くなってきたわ。あなたに母と呼ばれる筋合いはなくてよ。声と一緒に虱でも飛んできてるんじゃないかしら」
シルヴェーヌはワンピースに隠れるように小さな手をギュッと握りしめた。
継母であるリベイラの娘が昔着ていたというワンピースは確かに貰ったが、箱をあければ虫がわいており穴だらけだった。縫い目かと思えばそれこそ虱で熱湯をかけたり何度も洗ったりで色落ちはしたけれど虫はいない。
王都の人たちは体を拭くという習慣がない。蒸し暑い日もあった公爵領で育ったシルヴェーヌは夜中に1人で湯を沸かして桶に入れ体を洗うのが日課だった。
――あなた達よりよっぽど綺麗にしてるもの!――
声を大に言いたいが、言えばどうなるか判っているだけに黙るより方法がない。
呼ばれたのは家庭教師もしている友人たちとの茶会の席。
ここで、どれだけ習得をしたのかを見てやるというのだ。
粗が無ければ粗を作ってシルヴェーヌを吊るし上げるだけの席。
それでもシルヴェーヌには席に着くより他になかった。
11歳の少女には抗う術がない。公爵領にいた時の執事はもう退職してしまったし侍女代わりの女性達は公爵領で現地採用。王都には来ていない。
ここにはシルヴェーヌを助けてくれる者など誰一人いないのだ。
「さぁ召し上がって。最高級の茶葉よ。感想を聞きたいわ」
周りの大人たちの目は半月を描いてシルヴェーヌを注視する。
震える手を膝の上でギュっと握って笑顔で手を伸ばそうとすればヒシリ!と音がして茶器に入った茶が揺れた。所作を教えている女性がポインターでテーブルの上を叩いたのだ。
「何をニヤニヤと。卑しいわね。生まれ乍らの公爵令嬢でもない貴女のニヤついた顔なんか誰も望んでいないの。貴女が今!ここですべきは何?立って御覧なさい」
立ち上がれば全員が「まぁ」と声を揃え姿勢が悪い、手の位置が悪い、髪型がなっていないと口々に悪い点を並べ始めた。そして最後には【注意をする事ばかりで茶がぬるくなった】と夕食抜きの罰を与えられる。
やっと解放をされたと思っても終わりではない。
気分屋の継母であるリベイラが部屋にやってきて、「おさらい」をするのだ。
公爵領では家庭教師を雇うにも金がないのが現状だった。
しかし公爵領で年老いた執事はシルヴェーヌに出来る限りのことを教えた。
「なんでもそうですが、経験に勝るものはないのです。例えばこの本にある小川の【潺】も川にはいろんな表情があるのです。雪解け水がちょろちょろと流れてくる、浅い川べりをサラサラ流れる、本当に微かに音がしたかもわからないほど潺々と流れる。全て【潺】なのですよ」
答えは一つではなく幾つもあるもの、答えは1つだけれど導くためには幾通りも道筋があるもの。執事は座学で学ぶだけでなく、目に見えるもの、耳に聞えるもの、手に触れるもの、味や肌に感じるものと身近なものを使ってシルヴェーヌに学問を教えた。
マナーや所作も他国ではあるが講師をしていたという高齢の女性が楽しみながらシルヴェーヌに教えてくれた。
「お茶はね、湯の温度や蒸らし方、その日の天気色んな条件で変わって来るけれど、一番は感謝して楽しんで飲む事。苦労して茶葉を作った人、お日様、雨や風、そして花粉を運んでくれる虫に感謝しながら楽しんで飲む物よ」
「優雅に見せる必要なんてないの。相手に対しての今できる自分の感謝の気持ちを表せばいいの。会ってくれてありがとうってね」
その甲斐あってか、シルヴェーヌの所作やマナーはほぼ完ぺきで11歳でそのレベルに達している者などほぼいない状態。座学についても学園の高等部を首席レベルに近いくらいに達していた。
しかし公爵夫人のリベイラが連れてきた家庭教師たちは皆シルヴェーヌに眉を顰めた。
初回に持ってきた幼児用の問題を解いてしまったりクリアすると粗探しを始める。
「どうして間違うの。こんなの10歳になるまでに出来て当たり前よ」
「ごめんなさい」
バシッ!
「返事が違います。申し訳ございませんでしたでしょう?言ってごらんなさい」
「申し訳ございませんでした」
「心がこもってないわ。やり直し」
「申し訳ございませんでした」
バシッ!
「誰に対して、何に申し訳ないの?それも判らないのに軽々しく口にしないっ!」
「算術が解けず…先生に迷惑をかけました。申し訳ございません」
「あのね、貴女はバカなの。いい?この程度の問題も解けないバカなの。もっと敬う気持ちを込めてもう一度謝りなさい」
講師は機嫌のよい時は間違っても何が悪かったのかを優しく説く時もあったが、大半はイライラしていてシルヴェーヌにきつくあたった。
時に3時間ずっと謝罪だけで、如何に自分が愚かで教えを理解しない愚鈍な人間なのかを言わされるだけの授業である事もあった。雇われている家庭教師は全て公爵夫人のリベイラの友人達で夫の浮気や息子が嫁ばかりを贔屓してこちらを顧みてくれないと嘆く者ばかり。
家庭教師は罰としてシルヴェーヌの手の甲をポインターで何度も打ち据えた。しかし、痣になり残れば問題視される事を恐れた公爵夫人のリベイラは家庭教師に注意をした。
「見える所に躾をしてどうするの」
コルセットなどを締めれば継ぎ目になる脇腹や背、頭頂部など人に見えない部分、見えたとしても隠す事が出来たり、ドレスを着る事でどうしても痕になるのだと言い訳が出来る部位に限定をしただけで、その行為が問題だという注意はしなかった。
「シルヴェーヌ、こちらにいらっしゃい」
「はい」
「はぁ~。あのね。ちゃんと呼んだ人の名を言わないと」
「申し訳ございません。お継母様」
「あぁ、いやだ。いやだ。痒くなってきたわ。あなたに母と呼ばれる筋合いはなくてよ。声と一緒に虱でも飛んできてるんじゃないかしら」
シルヴェーヌはワンピースに隠れるように小さな手をギュッと握りしめた。
継母であるリベイラの娘が昔着ていたというワンピースは確かに貰ったが、箱をあければ虫がわいており穴だらけだった。縫い目かと思えばそれこそ虱で熱湯をかけたり何度も洗ったりで色落ちはしたけれど虫はいない。
王都の人たちは体を拭くという習慣がない。蒸し暑い日もあった公爵領で育ったシルヴェーヌは夜中に1人で湯を沸かして桶に入れ体を洗うのが日課だった。
――あなた達よりよっぽど綺麗にしてるもの!――
声を大に言いたいが、言えばどうなるか判っているだけに黙るより方法がない。
呼ばれたのは家庭教師もしている友人たちとの茶会の席。
ここで、どれだけ習得をしたのかを見てやるというのだ。
粗が無ければ粗を作ってシルヴェーヌを吊るし上げるだけの席。
それでもシルヴェーヌには席に着くより他になかった。
11歳の少女には抗う術がない。公爵領にいた時の執事はもう退職してしまったし侍女代わりの女性達は公爵領で現地採用。王都には来ていない。
ここにはシルヴェーヌを助けてくれる者など誰一人いないのだ。
「さぁ召し上がって。最高級の茶葉よ。感想を聞きたいわ」
周りの大人たちの目は半月を描いてシルヴェーヌを注視する。
震える手を膝の上でギュっと握って笑顔で手を伸ばそうとすればヒシリ!と音がして茶器に入った茶が揺れた。所作を教えている女性がポインターでテーブルの上を叩いたのだ。
「何をニヤニヤと。卑しいわね。生まれ乍らの公爵令嬢でもない貴女のニヤついた顔なんか誰も望んでいないの。貴女が今!ここですべきは何?立って御覧なさい」
立ち上がれば全員が「まぁ」と声を揃え姿勢が悪い、手の位置が悪い、髪型がなっていないと口々に悪い点を並べ始めた。そして最後には【注意をする事ばかりで茶がぬるくなった】と夕食抜きの罰を与えられる。
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