王子妃だった記憶はもう消えました。

cyaru

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元王太子は執事になった

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王都にある王宮は現在混沌としていた。国王、王妃、そして廃妃となったと言っても側妃だったベラが毒を盛られてしまった。本来なら毒味役がいて然るべきだったが、毒を盛られた食事会は国王が指示したもの。国王は敢えて毒味役を置かなかった。


食材も十分にチェックされたものを使用していた。
毒の濃度はかなり濃く、もはや毒だけで作ったデザートだったと言ってよいほどだったが、ディオンと側妃が食べなかったデザートに数日すると蟻が寄ってきた。

表面に触れた蟻は山になって死骸となっていたが、生物の生存本能なのか、それとも蟻の習性なのか。内部に到達した蟻は列を成して小さな粒となった【品】を巣に持ち帰っていた。

毒はラズベリーに似た【デスキラー】という実のソースだと判った。
デスキラーは時折市場でも間違って売られる事があるが、小指の先よりも小さな実一つで成獣の熊が即死する猛毒を持っていた。

だが、厨房に残されていたソースはシェフが大さじにすくってそのまま飲み込んでも何もなかった。そしてシェフと料理補佐が証言をした。

「ソースが多いです」

デザートは隣国で最近売り出されたバニラアイスでこれを作るために氷室から大量の氷を使用したものだった。本来なら半分ほどにかかっているソースが満遍まんべんなくかけられていた。

「配膳の時に上からさらにソースをかけたのか」

国王だけ、両陛下だけ、若しくは特定の誰か、はたまた全員を狙ったのかもわからない。
給仕に関わった全員が調べられた。
だが、誰にも怪しいところはなく、金に困っている者もいなかった。

「あのぅ…」

1人のメイドが恐る恐る手をあげた。食事の給仕係となってもうすぐ1年になる子爵家からきた行儀見習いだった。

「どうした」
「関係ないかも知れないんですけど、前菜を準備していた時に側妃様が来られたんです。マクスウェル殿下は朝食にもバニラアイスを食べたので別のにして欲しいと仰られて」

「だが、前菜を準備という事は食事会の前だろう」
「そうなんですけど…だから関係ないかもって」
「ならば関係ないな」

結果給仕、調理関係者は全員1つの棟に集められ、嫌疑が晴れるまでは拘束されることになった。




一向に犯人の目星がつかないままでも時間は流れていく。

両陛下とベラを蝕む強い毒性は手足の麻痺と声を出す事が全く出来ない状態と侍医から伝えられ、命の危機は脱したが公務などを行う事は到底無理な話だった。

「陛下の名代を立ててはどうか」
「立てると言っても‥‥ディラン殿下は不在だぞ」

ディランはその時、王妃の離宮のある地に出向いていたため王宮にはいなかった。
その時、声が上がった。

「非常時なのだ。マクスウェル殿下を一時的に王位につけ、その補佐を議会で行なえば良いのではないか?殿下はまだ3歳にもなられていない。決済なども出来ないのは判っているが、いつまでも玉座が空席というのは他国にも攻め込まれる隙を見せるだけだ」


声をあげたのはアレンス侯爵家のカールストンだった。
今は辞しているが、過去に第二王子ディオンの側近だった男で侯爵家を継いで当主になっていた。

「我がアレンス侯爵家としては何れいずれは即位されるマクスウェル殿下の生母ダリア様と共にお支えする事を誓う。勿論現陛下のご健康が回復次第マクスウェル殿下には立太子をして頂く事となる。他国に対する暫定的な王位とお考え頂きたい」

「だが、王妃殿下のご名代となるものがいない。それはどうする」

「簡単な事。側妃ダリア様に代行頂ければよい。マクスウェル殿下はまだ幼い。母であるダリア様とご一緒なら謁見なども顔を見せる程度は泣かずに堪える事も出来よう」

こうして、王都では非常時の応急措置だと暫定的に幼いマクスウェルが即位し、それを支えるのが議会。王妃の代行は側妃のダリアと決定がされた。

国民に、国王自らが主宰した食事会で国王、王妃が毒に倒れたなど公表も出来なかった事もある。議会も【暫定的で一時的なもの】として、戴冠式なども行わず他国との謁見のみという事で折り合いがついた。





〇●〇●〇

「何故貴方がここに…」クロヴィスは絶句した。

離宮に来て2か月。いまわしいクディエ公爵夫妻、ディオンとアデライドが姿を見せなくなって、やっとシルヴェーヌも余程でなければ就寝と昼寝以外で寝台に横になる事も無くなった時だった。

王宮から王妃の離宮を管理するハリスが高齢で代わりの者がいつかは赴任してくるとは判ってはいたが、「王妃の命令書」を持参し、現れたのは【元王太子】のセレスタンだった。

未だ記憶が回復する兆しが見えないシルヴェーヌの前に立ち、王族ではなく臣下としての礼をセレスタンは取った。シルヴェーヌはセレスタンの顔を見ても何の反応も無かった。

それに安堵したのかはセレスタンのみぞ知る。
セレスタンは礼をしてこうべを垂れながらも口角を上げた。


「私は、貴女様が憂いなく過ごせるようにするのが課せられた務めにて」


そしてもう1人、身の回りの世話をしてくれるリーネという侍女も赴任してきた。
こちらも「王妃の命令書」を提示した。

「リーネと申します。よろしくお願いいたします」

静かな声でリーネが挨拶をして頭を下げる。
クロヴィスは何も言わず2人をただ射抜くように見つめていた。

「私達は夫婦ですので、使用人用の部屋は1つで結構です」

多くない荷物を2人で使用人用の棟にある粗末な部屋に運び入れていく。
すっかりその背が見えなくなった頃、クロヴィスはハリスに問うた。

「彼を誰だが知っていますか」
「勿論。妃殿下のお子様ですから幼少期より存じ上げております」
「どう思います」
「危険…でしょうね。何を企んでいるかは現時点ではわかりませんが注意するに越した事はないでしょう」

クロヴィスとハリスは同意見だった。
暫定とは言え、書面には王妃の名として「ダリア」の署名があった。
書類上は何の問題も無いが人間に問題がある。

クロヴィスはシルヴェーヌと過ごす時間が増えた。
執事と言えど何を考えているのかわからないセレスタンが入り込んだ以上、シルヴェーヌから目を離す事は出来なくなったのだ。




いつも夜遅くまで書庫で書類に目を通すセレスタンにクロヴィスは話し掛けた。

「殿下、ここに来た目的はなんですか」
「クロヴィス殿、私の事はセレスタンと。王子、王太子であったのは過去の事。今、私の事を殿下と呼ぶ者など一人として存在しません」

「では、セレスタン殿。ここに来た目的はなんですか」
「目的?そんなものは御座いません。私は命令に従いこちらに赴いたまで。理由や目的がおありなら側妃殿下、いえ暫定王妃殿下のダリア様にお伺い頂ければと」

「彼女…リーネ殿とはいつから?」
「これは野暮な事を聞かれるのですね?彼女とは結婚したばかりです。彼女は私にとってはなくてはならない存在なのです。結ばれるのは当然でしょう」


しかし、そんな心配は杞憂なのか。セレスタンとリーネの働きぶりはいたって真面目で申し分なかった。セレスタンはクロヴィスに対しても紳士的で側近であった時には見た事も無いほど穏やかだった。
3カ月、半年経っても仕事ぶりに特に変わった様子は見受けられなかった。

しかし、クロヴィスはセレスタンの言葉を文面通りには受け取らなかった、
セレスタンが【何かを探している】気配を感じ取っていたからだ。
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