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第22話 贅沢とは対極の食事
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窓の外を見ればロベルトが覗いている。
目が合うとサッと屈んで隠れるがバレバレである。
中の様子が気になるロベルトに構っている暇はコーディリアにはない。
プロテウスもロベルトと目が合うと「やれやれ」と困った表情を浮かべた。
「領内には宿屋もありませんので、滞在されるのであれば部屋を用意いたしますが、お連れの方は?」
「1人で来ました。途中まで馬も一緒だったんですが付いてこられなくなったので」
――馬が付いてこられない?――
一体どんな道を通ったのか。不思議がるコーディリアにプロテウスは正直に答えた。
「真っすぐ来たんです」
「真っすぐ‥」
「えぇ。街道を通るとくねくねとしているでしょう?」
道は山を確かにクネクネとらせん状にはなっているけれど、真っすぐが想像を超えていた。
「途中で川は3本。深さはありましたけど泳げるので。山も登りはきついですが下るときはあっという間ですから」
ゼウスにも似た笑顔を向けるプロテウスだったが、よく見れば腕まくりした腕は傷だらけ。
文字通り、本当に真っすぐやってきた。
――確かにそれだと馬は付いてこられないわね――
だからだろうか。
ネプトヌス公爵からの書簡は水に濡れて乾いただけなので、開くと破れるし丁寧に剥がしながら開いてもインクが滲んで文字が書かれていたであろう痕跡しかなかった。
「アハハ…(棒)」
笑って誤魔化すしかなかった。
滞在は2週間。プロテウスはコーディリアの部屋を使う事になり、コーディリアは暫くゼウスと1つの部屋を使う。
ゼウスは大喜びで毎日がピクニック気分だと燥いだ。
「それで事業なんですけども、昨年の羊毛出荷量が152トンですよね。実は羊毛の話が持ち上がったのには綿花栽培がバッタの蝗害にあいまして、前年比で65%の減産になるんです。麻も15%の減産と試算が出ていまして供給に見合う量が確保できない事が判りまして」
「バッタですか。昨年は例年とは違う場所に雨が多く降りましたものね。広範囲に水が行き渡ったことで大繁殖してしまったんですね」
「えぇ。農作物も被害は甚大です。なかなか野菜がないなら肉を食べろ、魚を食べろとはなりませんからね。肉と魚だけでは栄養も偏ってしまいますし」
プロテウスはウーラヌス領の地図を広げると狭い領地に見えて実は実際の面積はかなり広いと力説。羊の放牧で食べきれないチモシーを出荷してみないかとコーディリアに話を持ち掛けた。
「平地で考えれば少ない面積ですが、山を面で見れば広大な土地ですからね」
「まぁ、面で見ればそうですが傾斜がきついので収穫をするのにも若い領民は出稼ぎに出ていますし高齢者ではとても運べないんです」
牛や馬の飼い葉にもなるチモシーだが、こちらも被害を受けている。
幸いにもウーラヌス領はマージカル王国でも高い山に囲まれているので蝗害を受ける事もない。山肌にそって牧草が生えているので羊を放牧しているのだ。
羊が食べきれない牧草は刈り取って乾燥させて出荷はしているけれど、傾斜のある場所なので勿体ないと思いつつもほとんどは枯れるまで放置をしているのが現状。
プロテウスの言うように捨て置く分がもし、収穫できる、売れるのであれば領民の生活はかなり潤う。喉から出が出るような良い話である。
ただ今はテーブルの上で地図を広げての話。
机上の空論になり兼ねないので明日からゼウスが羊番をする際にはプロテウスも一緒に行き、実際の放牧地を見てチモシーの生育状況を調査する事になった。
「調査次第では滞在が延長になるかも知れませんが、宿代はお支払いしますので」
「いえ、お金を頂くような家でもありませんのでお気遣いなく」
「そういう訳には参りません。日々の食事もありますしこれは必要経費です。お互いが対等である証でもありますので受け取ってください」
「それがですね、見ての通り貧しい領ですので食事と言っても満足できる質と量をお約束も出来ないのです。日によっては雑穀パンとチーズ、ミルクのみになることも御座いますし」
「雑穀パンですか。大好物ですよ。そこにチーズとミルクまであるなんて。贅沢な食事です」
――贅沢とは対極なのに。なんていい人なの――
オール小麦でプロテウスのパンだけは供給したくてもその小麦が貴重品であり、隣の領地から買い付けて運ぶにも日数がかかってしまう。
早速その日の夜から雑穀パンが登場したのだがプロテウスは「美味しい、美味しい」と文句は言わなかった。
「何よりこのチーズが絶品です。こんな旨いチーズなんて初めてだ。特産品ですか?」
「いえ、乳牛も少ないのでヤギチーズなんです」
「なんとヤギの!道理で旨いはずだ。これが毎日なんて」
お世辞だと解っていても嬉しいもの。
領民も公爵家の人間に褒められるとなれば作るのにも精が出る。
その上、翌日からはゼウスと共に視察に行ったついでにプロテウスはウーラヌスラビットも捕獲し、毒抜きをして捌いて持ち帰るので、食卓はより賑やかなものになった。
食事の時間が終わるとゼウスは籠にチーズと干し肉、そしてカップに入ったスープを持ってロベルトに届ける。
「おじさん。拗ねてないで仲間に入れてって言いなよ」
「嫌だね。誰がアイツなんかと」
「みんな仲良くしなきゃだめって牧師さんも言ってるよ?」
「いいよ。僕にはゼウスがいるからな。仲良くしようぜ」
「うーん…だったら仲間に入れてって言わないと」
「無理。あいつがいるから無理だな」
頑ななロベルトにゼウスもお手上げだった。
目が合うとサッと屈んで隠れるがバレバレである。
中の様子が気になるロベルトに構っている暇はコーディリアにはない。
プロテウスもロベルトと目が合うと「やれやれ」と困った表情を浮かべた。
「領内には宿屋もありませんので、滞在されるのであれば部屋を用意いたしますが、お連れの方は?」
「1人で来ました。途中まで馬も一緒だったんですが付いてこられなくなったので」
――馬が付いてこられない?――
一体どんな道を通ったのか。不思議がるコーディリアにプロテウスは正直に答えた。
「真っすぐ来たんです」
「真っすぐ‥」
「えぇ。街道を通るとくねくねとしているでしょう?」
道は山を確かにクネクネとらせん状にはなっているけれど、真っすぐが想像を超えていた。
「途中で川は3本。深さはありましたけど泳げるので。山も登りはきついですが下るときはあっという間ですから」
ゼウスにも似た笑顔を向けるプロテウスだったが、よく見れば腕まくりした腕は傷だらけ。
文字通り、本当に真っすぐやってきた。
――確かにそれだと馬は付いてこられないわね――
だからだろうか。
ネプトヌス公爵からの書簡は水に濡れて乾いただけなので、開くと破れるし丁寧に剥がしながら開いてもインクが滲んで文字が書かれていたであろう痕跡しかなかった。
「アハハ…(棒)」
笑って誤魔化すしかなかった。
滞在は2週間。プロテウスはコーディリアの部屋を使う事になり、コーディリアは暫くゼウスと1つの部屋を使う。
ゼウスは大喜びで毎日がピクニック気分だと燥いだ。
「それで事業なんですけども、昨年の羊毛出荷量が152トンですよね。実は羊毛の話が持ち上がったのには綿花栽培がバッタの蝗害にあいまして、前年比で65%の減産になるんです。麻も15%の減産と試算が出ていまして供給に見合う量が確保できない事が判りまして」
「バッタですか。昨年は例年とは違う場所に雨が多く降りましたものね。広範囲に水が行き渡ったことで大繁殖してしまったんですね」
「えぇ。農作物も被害は甚大です。なかなか野菜がないなら肉を食べろ、魚を食べろとはなりませんからね。肉と魚だけでは栄養も偏ってしまいますし」
プロテウスはウーラヌス領の地図を広げると狭い領地に見えて実は実際の面積はかなり広いと力説。羊の放牧で食べきれないチモシーを出荷してみないかとコーディリアに話を持ち掛けた。
「平地で考えれば少ない面積ですが、山を面で見れば広大な土地ですからね」
「まぁ、面で見ればそうですが傾斜がきついので収穫をするのにも若い領民は出稼ぎに出ていますし高齢者ではとても運べないんです」
牛や馬の飼い葉にもなるチモシーだが、こちらも被害を受けている。
幸いにもウーラヌス領はマージカル王国でも高い山に囲まれているので蝗害を受ける事もない。山肌にそって牧草が生えているので羊を放牧しているのだ。
羊が食べきれない牧草は刈り取って乾燥させて出荷はしているけれど、傾斜のある場所なので勿体ないと思いつつもほとんどは枯れるまで放置をしているのが現状。
プロテウスの言うように捨て置く分がもし、収穫できる、売れるのであれば領民の生活はかなり潤う。喉から出が出るような良い話である。
ただ今はテーブルの上で地図を広げての話。
机上の空論になり兼ねないので明日からゼウスが羊番をする際にはプロテウスも一緒に行き、実際の放牧地を見てチモシーの生育状況を調査する事になった。
「調査次第では滞在が延長になるかも知れませんが、宿代はお支払いしますので」
「いえ、お金を頂くような家でもありませんのでお気遣いなく」
「そういう訳には参りません。日々の食事もありますしこれは必要経費です。お互いが対等である証でもありますので受け取ってください」
「それがですね、見ての通り貧しい領ですので食事と言っても満足できる質と量をお約束も出来ないのです。日によっては雑穀パンとチーズ、ミルクのみになることも御座いますし」
「雑穀パンですか。大好物ですよ。そこにチーズとミルクまであるなんて。贅沢な食事です」
――贅沢とは対極なのに。なんていい人なの――
オール小麦でプロテウスのパンだけは供給したくてもその小麦が貴重品であり、隣の領地から買い付けて運ぶにも日数がかかってしまう。
早速その日の夜から雑穀パンが登場したのだがプロテウスは「美味しい、美味しい」と文句は言わなかった。
「何よりこのチーズが絶品です。こんな旨いチーズなんて初めてだ。特産品ですか?」
「いえ、乳牛も少ないのでヤギチーズなんです」
「なんとヤギの!道理で旨いはずだ。これが毎日なんて」
お世辞だと解っていても嬉しいもの。
領民も公爵家の人間に褒められるとなれば作るのにも精が出る。
その上、翌日からはゼウスと共に視察に行ったついでにプロテウスはウーラヌスラビットも捕獲し、毒抜きをして捌いて持ち帰るので、食卓はより賑やかなものになった。
食事の時間が終わるとゼウスは籠にチーズと干し肉、そしてカップに入ったスープを持ってロベルトに届ける。
「おじさん。拗ねてないで仲間に入れてって言いなよ」
「嫌だね。誰がアイツなんかと」
「みんな仲良くしなきゃだめって牧師さんも言ってるよ?」
「いいよ。僕にはゼウスがいるからな。仲良くしようぜ」
「うーん…だったら仲間に入れてって言わないと」
「無理。あいつがいるから無理だな」
頑ななロベルトにゼウスもお手上げだった。
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