あなたが教えてくれたもの

cyaru

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第39話  惨劇の劇場

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「忘れ物はない?ハンカチは持った?」

「お姉ちゃん。大丈夫だよ。僕が忘れてもオベロンおじさんが持ってるってば」

「お兄様こそ忘れん坊なのよ。忘れた事に暴れる迷惑暴れん坊なんだから」

ついつい世話をやいてしまう。
オベロンとトリトンの話もほぼまとまり、ネプトヌス公爵家とウーラヌス伯爵家の事業の提携でウーラヌス伯爵領の領民の生活は大きく変わる。

羊毛フェルト事業と並行して行われる事業は、これまで抱えていた「ハネ製品」の在庫も一掃するものである。同時に乾燥させたチモシーも出荷をするので若い年代が出稼ぎに行かなくても領内で得られる収入で家族も養っていける。

色々な事が決まって、コーディリアとオベロンがウーラヌス領に戻る日も近い。
それはゼウスとの別れの日が近くなっている事でもある。

残された時間を考えると、必要以上の世話をしてしまうコーディリアだった。


「行ってきまーす」

ネプトヌス公爵家に馬車を出してもらい、オベロンとゼウスが劇場に出発をすると途端に屋敷の中が静かになる。子供が1人いるかいないかなのにここまで違う者なのだろうか。

「私の息子が戻ってくれば雰囲気もまた違うんだろうけどね」

現在はトリトンの妻の実家に子供たちも出向いている。
年齢はゼウスの方が2歳ほど年上なので、戻ってくれば仲良くするだろうしゼウスはお兄ちゃん風を吹かせるかも知れない。

「こっそりと付いていくか?」プロテウスはそう言ったけれど、コーディリアは大人しく屋敷で帰りを待つことにした。

のだが…。

「ちゃんと座って観劇出来るかしら」
「開演前にお兄様はお小水に連れて行ってくれたかしら」
「あれもこれもと観劇しながら食べる菓子を買ってないかしら」

やっぱり心配は尽きない。

「庭でも散歩するか?特に見頃の花はないから単に歩くだけになるが気分転換にはなるぞ」

「そうですね。そうします」

「では…エスコートさせて頂けますか?」

プロテウスは片手を背に、前かがみにお辞儀をしてコーディリアにもう片方の手を差し出した。

「ムッフッフ♡いい感じですわね。あなた」
「うむ。これで夫婦生活も復活だな」
「は?」

扉の陰に隠れてネプトヌス公爵夫妻が様子を伺うのもプロテウスにはバレバレ。
夫妻の後ろからそっと近づいたトリトン。

「父上、母上。覗き見とは趣味が悪いですよ」

声をかけると夫婦揃ってビクッと体を揺らした。



何事もなく、ゼウスとオベロンが帰宅する筈だったがネプトヌス公爵家の中が騒がしくなったのはそれから3時間後。時間としてはゼウスとオベロンの見る歌劇がクライマックスを迎える頃だった。

「大変です!旦那様!旦那さまーっ!!」

文字通り転がるようにして屋敷に第1報を持ち込んだのはゼウス達から遅れる事1時間後に商店街へ夫人が薔薇の肥料を買った時に借りていた木箱を劇場の裏手にある生花店に返却に向かった従者だった。

「どうしたんだ?」

「暴漢です!たっ!立て籠もりッ!!劇場に暴漢が!立て籠もって!それでっ!ゼウス坊ちゃんが斬られたと!」

「なんだと?!落ち着いて!ゆっくりでいい。誰か!水を持ってきてくれ!」


ネプトヌス公爵の大きな声が屋敷に響く。
庭の散策から戻って茶を飲んでいたコーディリアとゼウスの耳にも従者の声は聞こえてきた。

ガチャッ…。コーディリアの手から茶器が落ちてテーブルの上に淹れていた茶が水溜まりを作った。

「待っててくれ。詳細を聞いてくる」

「わ、私も…」

「ここにいるんだ。きっと何かの間違いだよ。落ち着いて。先ずは座って」

コーディリアをサロンの椅子に座らせて、「大丈夫」軽くハグをして肩を抱くとプロテウスは両親の元に急いだ。

従者の衣類が汚れているのは急いで知らさねばと縺れる足で何度も転びながら駆けこんできたからだろう。
メイドの持ってきた水を一気に飲み干して、息を吐くと先ほどよりは落ち着きを取り戻した従者が先ずは聞き込んだ情報を口にした。

「女が乱入したようです。貴族のブースに押し入ってハットン侯爵家のご子息と奥様が先ず斬られ、次にオっオベロン様とゼウス坊ちゃんのブースにっ!」

「なんでまた…セキュリティの兵士は何をしてたんだ!」

「それが最後の見せ場近くなので、劇が終われば引けていく客の誘導をする準備に入り手薄になった隙をついて忍び込んだと」

「それで!ゼウスは、オベロン殿は無事なのか!?」

「それが‥ハットン侯爵家と逆のブースにいたエルケス伯爵家の奥方様によればオベロン様を庇ってゼウス様が斬られたと‥」

「何という事だ!10にもならない子供に刃を向けるなど鬼畜の仕業だ!」

「い、今もゼウス坊ちゃんとオベロン様のブースに立て籠っていて・・騎士団には要請を出す声が聞こえましたが私が知るのはそこまでです。早く知らせないとと思いまして」

「解った。直ぐに劇場に向かう!馬車の用意を!医者の手配を頼むっ!」

「旦那様!馬車の用意は出来ています!お急ぎを!」

両親のいる部屋の入り口で話を聞いたプロテウスはコーディリアの待つ部屋に戻った。

真っ青な顔をしてガタガタと震えるコーディリアを抱きしめ、「大丈夫」と声をかけるがプロテウス自身も自分の言葉には自信も責任も持てない。無責任な言葉だと思いながらももう一度「大丈夫」と声をかけた。

立て籠もりであれば逃げることはほぼ不可能だ。
何が目的でこんな騒ぎを起こしたのか。

それもさることながらオベロンとゼウスの現在はどうなのか。
プロテウス自身が落ち着くためにコーディリアを抱きしめたのだった。
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