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問題児の第三王子
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「辛気臭い顔を見ながら茶を飲んでも味はするものだな」
「お目汚し、申し訳ございません」
視線を向けずとも判る。
第三王子チェザーレ付の従者たちは「また始まった」とチェザーレの向かいに腰掛けるオリオス伯爵家の令嬢ヴィアナに首を垂れる。
何時もの事である。
だが、棘のある言葉は何度聞いても慣れるものではない。
それでもヴィアナは表面的には受け流す。
5年前に結ばれた婚約は第三王子チェザーレの矜持を深く傷つけたのだろう。
従者たちはそう思わねばやっていられない。
だが、この日はもう一つおまけがあった。
バシャッ
まだ残暑も続いていた事から、茶はぬるかった。
だが、そのぬるい茶は勢いをつけてヴィアナの髪や顔、ドレスを濡らした。
「汗が酷いな。見苦しい」
ぽたぽたと落ちる雫にヴィアナはまた答えた。
「お目汚し、申し訳ございません」
その答えも気に食わなかったのか、チェザーレは手にした茶器を放り投げた。
茶器は床に当たり、砕けた。
「興が削がれた。今日の茶会はここまでだ」
チェザーレが足早に茶会の席を後にすると、従者たちはぺこりと頭を下げてその背を追い掛けて行く。
「お嬢様、大丈夫で御座いますか?直ぐに駆け付けられず申し訳ございません」
「いいのよ。このくらい暑い日だもの。涼をとってくださったのよ」
前回の茶会でもチェザーレは早足で隣を歩くヴィアナの足音が五月蠅いと難癖をつけた。日傘を持ってすぐ後ろを歩いていた侍女が続く暴言にヴィアナの前に立った。
「侍女如きが己の隣に立つとは不敬だ」
そう言ってチェザーレは侍女を手打ちにしようとした。
騒ぎに気が付いた護衛騎士により、その場は何とか収拾をつけた事だった。
今年に入るとチェザーレのヴィアナに対する嫌がらせは度を超えたものになっていた。報告を聞いた国王も王妃も、そして兄となる2人の王子もチェザーレには頭を抱えていた。
第三王子チェザーレとオリオス伯爵家の令嬢ヴィアナの婚約が結ばれたのは5年前。
サウスノア王国の成人は15歳。
チェザーレが前の年に成人し16歳、ヴィアナは成人になる年だった。
チェザーレには後ろ盾となる者が国王しかいない。
チェザーレの母親である側妃ルミアは出自は男爵令嬢である。
王妃は第二王子を出産したあと8年の間、子には恵まれなかった。
【王子が2人しかいないのは由々しき問題だ】
【御身に何かがあれば、誰が!どう責任を取るのだ!】
サウスノア王国で王位を継げるのは男児のみ。
第一王子は13歳、第二王子は11歳となったが、それぞれ10歳までは隣国のウエストノア王国に預けられていた。10歳を過ぎたので大丈夫だろうと帰国した途端に嘔吐や強い眩暈で施政を行う事もままならない。
日増しに高まる声に国王は数人の身綺麗な令嬢を側妃として迎えたのである。
医療がノア大陸の中でも最も遅れた国であるサウスノアは新生児の死亡率が非常に高かった。生後1年までに死亡する子供の割合は3割。残った子供も10歳を迎える子供はその中でも半分。その年に100人産まれて15歳の成人を迎える事が出来る者は35人という割合である。
それは王族に限らす貴族、平民に至るまで割合は同じだった。
原因も解っている。
【水】だ。
サウスノア王国の真水は金属汚染をされていてまともな水は空から降って来る雨水くらい。源流域で唯一の産業である鉱山で採掘をすればするほど硫黄を多く含む鉱石であるため、河川が出発地点から汚染されているためだ。
川の水は飲めたものではなく、魚すら住んでいない。
山間部に住む者が比較的寿命が長いのは、川は川でも支流となる川の水を生活用水として使っているためである。金のある者達は遠くからこの水を金を出して買い、運んでくるのだか樽にいれた水が王都に到着するのは早くても2カ月後。それでも生きるためには腐った水を煮沸して飲むしかなかった。
鉱山を閉鎖すれば20年ほどで改善するだろうと学者たちは見解を示した。
だが、出来なかった。
唯一の産業を取りやめる事は国として成り立たなくなる。
産出を止めて農作を始めてもノア大火山は活火山である。大規模な噴火がないだけで小規模な噴火は繰り返している。その噴石が飛んでくるのも、噴煙が流れてくるのもサウスノア王国でとても農業は出来なかった。噴煙は晴れている日でも太陽を隠してしまうからである。
ノア大陸で鉄、ニッケル、すず、銅などの産出の9割はサウスノア王国から採れる。他の3国では肉を焼くフライパンも騎士の剣も賄えるほど鉄は取れない。
サウスノアは鉱山からの鉱石を輸出する事で、一番儲けている国であるが一番病んでいる国でもあった。
「困ったものだな。オリオス伯爵家は何と言ってきた?」
国王は死んだ魚のような目をして、気落ちした声で従者に問うた。
「先程…抗議分を陛下にと預かっております」
「そうだろうな…何通目になるか」
「今年に入ってからは28通目。通算では100を超えまして101となりました」
「はぁ~」と長く溜息を吐いて、王妃は天井を見上げた。
「もうダメね。伯爵を取りなす言葉も見つからないわ」
だが、2人の王子は首を傾げる。
第一王子は12歳、第二王子は10歳もチェザーレと年の差はあるが、2人の王子から見てチェザーレの言動がちぐはぐに思える事も多々あるのだ。
仲が悪そうに見えて、ヴィアナ嬢はそれなりな頻度でチェザーレの部屋を非公式に訪れている。突然訪れた事にチェザーレが怒りだす事もなく部屋に通し、「また始まった」と従者が言い出すのは30分ほど経過をした後。
扉は開いた部屋で2人は向かい合って話をする時は、距離も近いという報告もあるのだ。怒り出すのはそろそろヴィアナが帰る頃と決まっている。
「どうも芝居臭いんだよな」
「兄さんもそう思うかい?僕もだ」
訝しむ2人の王子だが、国王は自分が伯爵に頭を下げるといい茶会の事件は収まった。
しかし、翌週、伯爵夫妻も招いた夕食会でチェザーレはヴィアナの頬を打った事で当然伯爵は激怒する。国王も王妃も目の前で起こった惨事に第三王子チェザーレの有責で婚約破棄をするしかなくなった。
婚約をして5年2か月と11日。
チェザーレ21歳、ヴィアナ20歳の婚約は破棄となった。
☆彡☆彡☆彡
次話以降の予約投稿はこうなっています (*´▽`*)
第四話 18時10分
第五話 19時10分
第六話 20時10分
第七話 21時10分
第八話 22時10分
第九話 23時10分 ←無念っ!チェザーレ魔法使いには成れずの巻
明るい所で、休憩を取りながら読んで頂けると嬉しいです(*^-^*)
「お目汚し、申し訳ございません」
視線を向けずとも判る。
第三王子チェザーレ付の従者たちは「また始まった」とチェザーレの向かいに腰掛けるオリオス伯爵家の令嬢ヴィアナに首を垂れる。
何時もの事である。
だが、棘のある言葉は何度聞いても慣れるものではない。
それでもヴィアナは表面的には受け流す。
5年前に結ばれた婚約は第三王子チェザーレの矜持を深く傷つけたのだろう。
従者たちはそう思わねばやっていられない。
だが、この日はもう一つおまけがあった。
バシャッ
まだ残暑も続いていた事から、茶はぬるかった。
だが、そのぬるい茶は勢いをつけてヴィアナの髪や顔、ドレスを濡らした。
「汗が酷いな。見苦しい」
ぽたぽたと落ちる雫にヴィアナはまた答えた。
「お目汚し、申し訳ございません」
その答えも気に食わなかったのか、チェザーレは手にした茶器を放り投げた。
茶器は床に当たり、砕けた。
「興が削がれた。今日の茶会はここまでだ」
チェザーレが足早に茶会の席を後にすると、従者たちはぺこりと頭を下げてその背を追い掛けて行く。
「お嬢様、大丈夫で御座いますか?直ぐに駆け付けられず申し訳ございません」
「いいのよ。このくらい暑い日だもの。涼をとってくださったのよ」
前回の茶会でもチェザーレは早足で隣を歩くヴィアナの足音が五月蠅いと難癖をつけた。日傘を持ってすぐ後ろを歩いていた侍女が続く暴言にヴィアナの前に立った。
「侍女如きが己の隣に立つとは不敬だ」
そう言ってチェザーレは侍女を手打ちにしようとした。
騒ぎに気が付いた護衛騎士により、その場は何とか収拾をつけた事だった。
今年に入るとチェザーレのヴィアナに対する嫌がらせは度を超えたものになっていた。報告を聞いた国王も王妃も、そして兄となる2人の王子もチェザーレには頭を抱えていた。
第三王子チェザーレとオリオス伯爵家の令嬢ヴィアナの婚約が結ばれたのは5年前。
サウスノア王国の成人は15歳。
チェザーレが前の年に成人し16歳、ヴィアナは成人になる年だった。
チェザーレには後ろ盾となる者が国王しかいない。
チェザーレの母親である側妃ルミアは出自は男爵令嬢である。
王妃は第二王子を出産したあと8年の間、子には恵まれなかった。
【王子が2人しかいないのは由々しき問題だ】
【御身に何かがあれば、誰が!どう責任を取るのだ!】
サウスノア王国で王位を継げるのは男児のみ。
第一王子は13歳、第二王子は11歳となったが、それぞれ10歳までは隣国のウエストノア王国に預けられていた。10歳を過ぎたので大丈夫だろうと帰国した途端に嘔吐や強い眩暈で施政を行う事もままならない。
日増しに高まる声に国王は数人の身綺麗な令嬢を側妃として迎えたのである。
医療がノア大陸の中でも最も遅れた国であるサウスノアは新生児の死亡率が非常に高かった。生後1年までに死亡する子供の割合は3割。残った子供も10歳を迎える子供はその中でも半分。その年に100人産まれて15歳の成人を迎える事が出来る者は35人という割合である。
それは王族に限らす貴族、平民に至るまで割合は同じだった。
原因も解っている。
【水】だ。
サウスノア王国の真水は金属汚染をされていてまともな水は空から降って来る雨水くらい。源流域で唯一の産業である鉱山で採掘をすればするほど硫黄を多く含む鉱石であるため、河川が出発地点から汚染されているためだ。
川の水は飲めたものではなく、魚すら住んでいない。
山間部に住む者が比較的寿命が長いのは、川は川でも支流となる川の水を生活用水として使っているためである。金のある者達は遠くからこの水を金を出して買い、運んでくるのだか樽にいれた水が王都に到着するのは早くても2カ月後。それでも生きるためには腐った水を煮沸して飲むしかなかった。
鉱山を閉鎖すれば20年ほどで改善するだろうと学者たちは見解を示した。
だが、出来なかった。
唯一の産業を取りやめる事は国として成り立たなくなる。
産出を止めて農作を始めてもノア大火山は活火山である。大規模な噴火がないだけで小規模な噴火は繰り返している。その噴石が飛んでくるのも、噴煙が流れてくるのもサウスノア王国でとても農業は出来なかった。噴煙は晴れている日でも太陽を隠してしまうからである。
ノア大陸で鉄、ニッケル、すず、銅などの産出の9割はサウスノア王国から採れる。他の3国では肉を焼くフライパンも騎士の剣も賄えるほど鉄は取れない。
サウスノアは鉱山からの鉱石を輸出する事で、一番儲けている国であるが一番病んでいる国でもあった。
「困ったものだな。オリオス伯爵家は何と言ってきた?」
国王は死んだ魚のような目をして、気落ちした声で従者に問うた。
「先程…抗議分を陛下にと預かっております」
「そうだろうな…何通目になるか」
「今年に入ってからは28通目。通算では100を超えまして101となりました」
「はぁ~」と長く溜息を吐いて、王妃は天井を見上げた。
「もうダメね。伯爵を取りなす言葉も見つからないわ」
だが、2人の王子は首を傾げる。
第一王子は12歳、第二王子は10歳もチェザーレと年の差はあるが、2人の王子から見てチェザーレの言動がちぐはぐに思える事も多々あるのだ。
仲が悪そうに見えて、ヴィアナ嬢はそれなりな頻度でチェザーレの部屋を非公式に訪れている。突然訪れた事にチェザーレが怒りだす事もなく部屋に通し、「また始まった」と従者が言い出すのは30分ほど経過をした後。
扉は開いた部屋で2人は向かい合って話をする時は、距離も近いという報告もあるのだ。怒り出すのはそろそろヴィアナが帰る頃と決まっている。
「どうも芝居臭いんだよな」
「兄さんもそう思うかい?僕もだ」
訝しむ2人の王子だが、国王は自分が伯爵に頭を下げるといい茶会の事件は収まった。
しかし、翌週、伯爵夫妻も招いた夕食会でチェザーレはヴィアナの頬を打った事で当然伯爵は激怒する。国王も王妃も目の前で起こった惨事に第三王子チェザーレの有責で婚約破棄をするしかなくなった。
婚約をして5年2か月と11日。
チェザーレ21歳、ヴィアナ20歳の婚約は破棄となった。
☆彡☆彡☆彡
次話以降の予約投稿はこうなっています (*´▽`*)
第四話 18時10分
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