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国も離宮もお手入れが大変
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早朝、変な物を見たと思ったが夢ではなかったようだ。
風通しの良い食堂には若い芽がでた木から不要な葉まで窓から食卓に届けてくる。
怖くて外観を見る事が出来ないなどと言ってはいられない。
軽めの朝食を済ませた後、まだ足の付け根の真ん中になにか異物があるような気がして膝を折ったような歩き方になりながらも、シャルノーは食堂にチェザーレを残し外に出ようとした。
「何処に行くんだ」
「外です」
侍女のタチアナがまだ朝だとと言うのに日傘を持っている時点で察する事は出来ないものか。とカトラリーや食器を下げに来たアシュリーとナージャはチェザーレの方を向こうともしない。
離宮の主人はシャルノー。女主人は家を守る。これはノア大陸のどの国でも同じだ。
その為、アシュリーとナージャは「こちら様の分はどうされますか」とシャルノーに問う。
シャルノーの夫なのだから立場は上かと思いきや、たった1日でアシュリーとナージャだけでなくタチアナもアリッサも、そしてキャシーもシャルノー派である。
昨晩この廃屋のような屋敷に宿泊をした男性従者は全てシャルノーがイーストノア王国から連れて来たものばかり。夜が明けて、一区切りすれば長い隊列で共に旅をした従者とイーストノア王国に戻ろうとしたが、誰一人やってこない。それも想定の範囲なのか従者たちは荷馬車から道具を運び入れ始めていた。
チェザーレは数は揃っているので気が付かないが、この廃屋のような屋敷に現在いる人間は総勢で115人。そのうちチェザーレを含めてサウスノア王国の人間は侍女達5人とチェザーレの6人だけだ。
ホルストすら昨夜は寝る場所がなく暗闇の中ランプの灯りを頼りに帰ったのだ。
チェザーレは月のない夜で、噴煙が星明りも隠した中、忍び込んだのでこの「離宮」の概要を知らない。知っていて暢気に食後の珈琲を飲んでいるのなら、額を思い切り握ってみようかと思う次第だ。
だが、食堂をシャルノーが出る前に、吹き込んでくる風にチェザーレが違和感を感じた。
それは何故か。
【窓がない】のだ。ガラスがないのではない。窓枠しかないのだ。
「何故窓がないのだ?!」
「外されているからです」
「外され‥‥って簡単に言うな。ここは離宮だろう?改修してたはずだ!」
「回収だから窓を外したのでしょう?何処かに転用されたのでは?だから改修ではなく回収が正しいと思いますわよ?」
「そんなバカな!」
「バカもアホウも御座いません。よろしければ外観を一緒に堪能します?」
「行く。一緒に行くぞ」
食堂から廊下に出たチェザーレは一緒に行くとさっき言ったばかりなのに、玄関ホールに向かって走り出した。
「なんだこれはぁぁ!」
「玄関ホール…としたものでしょうね」
チェザーレは窓から侵入したので知らなかったが、シャルノーは取り敢えず玄関は玄関だからと入り驚いた。まず、所々床が抜けている。通る目印なのか「何故火山灰の塊がここに?」とまるで縁石のように「歩ける場所」を誘導するように置かれている。
「そっちは歩かないでください。床が腐っているので抜け――」
バギッ!! 「うわぁぁ!」
従者が声を掛けたが遅かった。
屋敷の東側に行こうとしたチェザーレが床を踏み抜いたのだ。
見事に嵌っている。
腐っているのは床だけではない。壁も壁紙が剥がれているだけではなく虫が下地の板も食ってしまい大きな穴が開いている。
天井も剥がれ落ちそうになって、少しの衝撃で落ちてきそうな天井板はいくつもある。玄関ホールは外から見て塔のようになっていて吹き抜けかと思ったが、間違いではなかった。
相当に高さのある場所なので、ゆらゆらと風で揺れている天井板が落ちてくれば「痛たたた」では済まないだろう。
外に出てみるとなかなかに壮観だった。
「手を付けなくていいところがないって逆に凄いですわ」
タチアナのさし掛けた日傘の下でシャルノーは楽しそうに笑った。
その笑顔を見てチェザーレは久しく忘れていた胸の痛みを感じた。
「これは酷い。すまない…沢山謝らないといけない事ばかりだ」
チェザーレはシャルノーに頭を下げたが、顔を上げた時にはもう目の前にシャルノーはいなかった。タチアナがさし掛けた日傘を探してキョロキョロすると裏手に回るべく去った後だった。
慌てて追いかけるが、シャルノーが見上げている先を見てチェザーレは茫然とした。
東側の裏は火事があったのだろうか。焼け焦げていてその上に蔦が灰を被りながら這っていた。蔦を見てもわかる通り火事も昨日今日の話ではない。
遠い記憶を思い出したが、それは確かチェザーレの曾祖母、つまり国王の祖母が幼い頃に離宮の一部が燃えたという話を王妃からきいたような気がした。
しかし、当時の王妃が「思い出のある離宮だから」と取り壊しをせずに放置をされたままになったのだ。直しもせずに放置した思い出は当時の国王が王妃だけと言っていたのに側妃を迎え寵愛したのだ。
離宮でしか住まう事を許さなかった王妃。側妃は西半分で余生を過ごしたのだろう。
――そんな曰く付きの離宮を宛がうなんて――
チェザーレは文句を言ってやろうとその場を立ち去ろうとした。
しかし、そんなチェザーレをシャルノーが呼び止めた。
「お待ちなさいな。殿下」
くすくすと手を軽く握って口元に当てて笑うシャルノーだが目は笑っていない。
「素敵な離宮をありがとうございました」
思いもよらない言葉にチェザーレは困惑した。
これのどこか「素敵」だと言うのか理解も出来ない。
「手を入れる事が多いのはこの国も同じ。暇をせずに済みそうですもの。これ以上に楽しい事が他にありましょうか?」
「楽しいって?!これが?やせ我慢はするな。これは我が国の恥だ!君の国になんと申し開きをする!」
「そのままを言えばよろしいのでは?」
「そんな事をすれば戦争になる!」
「この程度で戦争をしていたら‥‥」
ククッと小さく笑うシャルノーを見てチェザーレは背筋に一太刀凍りついた刃を当てられた気分になった。
「この国はもうどこにもなかったでしょうね?フフフ」
言い返す言葉もない。愚鈍なチェザーレにも言葉の意味は解る。
子供の嫌がらせにも似た取るに足らない事にいちいち付き合ってはいられないと言われたのだ。
「取り敢えず、殿下」
チェザーレはシャルノーの声にびくりと飛び上がりそうになった。
「殿下のなされている事業。お伺いすると致しましょうか」
「じ、事業?」
「えぇ。先程も申しましたでしょう?手を入れる事が多い…と」
「そうだが、まだここにきて1日だ。ゆっくりしてもいいのではないか?」
「おかしなことを仰るのね?殿下はご存じかしら?」
「何をだ」
またククッとシャルノーが小さく笑う。
チェザーレは感じた事がないほど心臓の拍動が早くなった。
「時間は誰にでも平等ですが、有限、つまり限りがありますの」
細めたシャルノーの目に、チェザーレは心臓を鷲掴みにされた気分だった。
風通しの良い食堂には若い芽がでた木から不要な葉まで窓から食卓に届けてくる。
怖くて外観を見る事が出来ないなどと言ってはいられない。
軽めの朝食を済ませた後、まだ足の付け根の真ん中になにか異物があるような気がして膝を折ったような歩き方になりながらも、シャルノーは食堂にチェザーレを残し外に出ようとした。
「何処に行くんだ」
「外です」
侍女のタチアナがまだ朝だとと言うのに日傘を持っている時点で察する事は出来ないものか。とカトラリーや食器を下げに来たアシュリーとナージャはチェザーレの方を向こうともしない。
離宮の主人はシャルノー。女主人は家を守る。これはノア大陸のどの国でも同じだ。
その為、アシュリーとナージャは「こちら様の分はどうされますか」とシャルノーに問う。
シャルノーの夫なのだから立場は上かと思いきや、たった1日でアシュリーとナージャだけでなくタチアナもアリッサも、そしてキャシーもシャルノー派である。
昨晩この廃屋のような屋敷に宿泊をした男性従者は全てシャルノーがイーストノア王国から連れて来たものばかり。夜が明けて、一区切りすれば長い隊列で共に旅をした従者とイーストノア王国に戻ろうとしたが、誰一人やってこない。それも想定の範囲なのか従者たちは荷馬車から道具を運び入れ始めていた。
チェザーレは数は揃っているので気が付かないが、この廃屋のような屋敷に現在いる人間は総勢で115人。そのうちチェザーレを含めてサウスノア王国の人間は侍女達5人とチェザーレの6人だけだ。
ホルストすら昨夜は寝る場所がなく暗闇の中ランプの灯りを頼りに帰ったのだ。
チェザーレは月のない夜で、噴煙が星明りも隠した中、忍び込んだのでこの「離宮」の概要を知らない。知っていて暢気に食後の珈琲を飲んでいるのなら、額を思い切り握ってみようかと思う次第だ。
だが、食堂をシャルノーが出る前に、吹き込んでくる風にチェザーレが違和感を感じた。
それは何故か。
【窓がない】のだ。ガラスがないのではない。窓枠しかないのだ。
「何故窓がないのだ?!」
「外されているからです」
「外され‥‥って簡単に言うな。ここは離宮だろう?改修してたはずだ!」
「回収だから窓を外したのでしょう?何処かに転用されたのでは?だから改修ではなく回収が正しいと思いますわよ?」
「そんなバカな!」
「バカもアホウも御座いません。よろしければ外観を一緒に堪能します?」
「行く。一緒に行くぞ」
食堂から廊下に出たチェザーレは一緒に行くとさっき言ったばかりなのに、玄関ホールに向かって走り出した。
「なんだこれはぁぁ!」
「玄関ホール…としたものでしょうね」
チェザーレは窓から侵入したので知らなかったが、シャルノーは取り敢えず玄関は玄関だからと入り驚いた。まず、所々床が抜けている。通る目印なのか「何故火山灰の塊がここに?」とまるで縁石のように「歩ける場所」を誘導するように置かれている。
「そっちは歩かないでください。床が腐っているので抜け――」
バギッ!! 「うわぁぁ!」
従者が声を掛けたが遅かった。
屋敷の東側に行こうとしたチェザーレが床を踏み抜いたのだ。
見事に嵌っている。
腐っているのは床だけではない。壁も壁紙が剥がれているだけではなく虫が下地の板も食ってしまい大きな穴が開いている。
天井も剥がれ落ちそうになって、少しの衝撃で落ちてきそうな天井板はいくつもある。玄関ホールは外から見て塔のようになっていて吹き抜けかと思ったが、間違いではなかった。
相当に高さのある場所なので、ゆらゆらと風で揺れている天井板が落ちてくれば「痛たたた」では済まないだろう。
外に出てみるとなかなかに壮観だった。
「手を付けなくていいところがないって逆に凄いですわ」
タチアナのさし掛けた日傘の下でシャルノーは楽しそうに笑った。
その笑顔を見てチェザーレは久しく忘れていた胸の痛みを感じた。
「これは酷い。すまない…沢山謝らないといけない事ばかりだ」
チェザーレはシャルノーに頭を下げたが、顔を上げた時にはもう目の前にシャルノーはいなかった。タチアナがさし掛けた日傘を探してキョロキョロすると裏手に回るべく去った後だった。
慌てて追いかけるが、シャルノーが見上げている先を見てチェザーレは茫然とした。
東側の裏は火事があったのだろうか。焼け焦げていてその上に蔦が灰を被りながら這っていた。蔦を見てもわかる通り火事も昨日今日の話ではない。
遠い記憶を思い出したが、それは確かチェザーレの曾祖母、つまり国王の祖母が幼い頃に離宮の一部が燃えたという話を王妃からきいたような気がした。
しかし、当時の王妃が「思い出のある離宮だから」と取り壊しをせずに放置をされたままになったのだ。直しもせずに放置した思い出は当時の国王が王妃だけと言っていたのに側妃を迎え寵愛したのだ。
離宮でしか住まう事を許さなかった王妃。側妃は西半分で余生を過ごしたのだろう。
――そんな曰く付きの離宮を宛がうなんて――
チェザーレは文句を言ってやろうとその場を立ち去ろうとした。
しかし、そんなチェザーレをシャルノーが呼び止めた。
「お待ちなさいな。殿下」
くすくすと手を軽く握って口元に当てて笑うシャルノーだが目は笑っていない。
「素敵な離宮をありがとうございました」
思いもよらない言葉にチェザーレは困惑した。
これのどこか「素敵」だと言うのか理解も出来ない。
「手を入れる事が多いのはこの国も同じ。暇をせずに済みそうですもの。これ以上に楽しい事が他にありましょうか?」
「楽しいって?!これが?やせ我慢はするな。これは我が国の恥だ!君の国になんと申し開きをする!」
「そのままを言えばよろしいのでは?」
「そんな事をすれば戦争になる!」
「この程度で戦争をしていたら‥‥」
ククッと小さく笑うシャルノーを見てチェザーレは背筋に一太刀凍りついた刃を当てられた気分になった。
「この国はもうどこにもなかったでしょうね?フフフ」
言い返す言葉もない。愚鈍なチェザーレにも言葉の意味は解る。
子供の嫌がらせにも似た取るに足らない事にいちいち付き合ってはいられないと言われたのだ。
「取り敢えず、殿下」
チェザーレはシャルノーの声にびくりと飛び上がりそうになった。
「殿下のなされている事業。お伺いすると致しましょうか」
「じ、事業?」
「えぇ。先程も申しましたでしょう?手を入れる事が多い…と」
「そうだが、まだここにきて1日だ。ゆっくりしてもいいのではないか?」
「おかしなことを仰るのね?殿下はご存じかしら?」
「何をだ」
またククッとシャルノーが小さく笑う。
チェザーレは感じた事がないほど心臓の拍動が早くなった。
「時間は誰にでも平等ですが、有限、つまり限りがありますの」
細めたシャルノーの目に、チェザーレは心臓を鷲掴みにされた気分だった。
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