王子妃シャルノーの憂鬱

cyaru

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シャルノー。倒れる

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シャルノーの「お手伝い」が効果を見せて来た。

倦怠感や虚脱感、下痢に嘔吐を訴える者が少なくなり、遂に今月は「水」を持ち帰った者達の中に生後2か月から1歳半の子供をもつ親で、子供を失ったものは一人もいなかった。

「快挙です。見てください。この数字を!」

ホルストが頬だけではなく顔を紅潮させて数字の書かれた紙をシャルノーに見せた。

「まだ3か月。これだけでは効果が出たとも快挙とも言えませんわね」
「いいえ、今まで…殿下の事業で医薬品や水を貰っていたもので、子供が亡くならなかった月はなかったんです。月齢に問わずですよ?始めた月は変わらずでしたが翌月が半分、そして今月がゼロです。ゼロ!」

「でも2歳1か月、3歳10か月…5歳、6歳にも複数人、神に召された命があるわ。これではダメなのよ。確かにたった3カ月だから奇跡的な数字かも知れない。だけどそれは王都で殿下の班に水や薬を貰いに来ることが出来た者だけ。この数字に満足をしてはいけないのよ」

「厳しいなぁ。シャルノー妃殿下は欲深いんですよ。これ以上を望むのは贅沢ですよ」


ピクリとシャルノーの眉が動く。
しかし、今日は何時になく気分が悪いのだ。自分の体調管理の甘さを感じたのは先月の事だ。気のせいかと思ったがどうもそうではなさそうだ。

微熱が続き、体が怠かったのだ。

「鍛え方が足らなかったかしら?」

そう感じたシャルノーはバルコニーの床にぶら下がって懸垂をしてドリスに叱られた。
仕方なく指たて腕立て伏せをしていて、キャシーが泡を吹いて倒れた。
ならばヨガをしよう!と両足のふくらはぎを首の後ろに引っ掛けて手を突き、腰を浮かせていると、それをみたナージャが立ったまま意識を失ってしまった。


シャルノーは首を傾げた。ストレッチでの懸垂も腕立て伏せも回数はいつもと変わらず。流石に自己新記録に挑戦しようとすれば数週間前からの予備運動も必要になるので、そこまでは要求をしていないが、いつも通りなのだ。

「微熱だけなのかしら…」

食欲はある。嘔吐も下痢もない。ただ体の怠さと微熱が続いていたのだ。
そして今日は朝から下腹部がシクシクと嫌な動きをするような痛みを感じていた。

いつもなら気にならないホルストの声がキンキンと頭に響いて癇に障る。
それも少し前から感じる事はあったが、微熱のせいだろうと体調の悪さを他人の責任にしてはいけないと耐えていた。

「妃殿下?大丈夫ですか?顔が真っ青ですが…」
「え、えぇ。大丈夫。ごめんなさい。ちょっと横になるわ。今日はもう1人にしてくれるかしら」

ホルストは直ぐに従者に侍女のキャシーかタチアナを呼んできてくれと伝えて、やってきたキャシーに見たままを話し、その日は帰っていった。

「姫様、大丈夫ですか?」
「うぅ…ドリス…お腹が痛いわ…朝食が同じだった者を調べて…」

だが、シャルノーと同じ物を食べたもので不調を訴える者はいない。
ドリスは暢気に王宮での執務を終えてやってきたチェザーレに王宮の侍医に来てもらえないかと頼んだ。


「シャルノーが?いったいどうしたというんだ」
「それが判らないので、侍医を呼べますかと聞いています」
「わかった。直ぐに来てもらえるように手配する。それで容態はどうなんだ」
「それが判らないので、侍医に診てもらおうとしているんです」
「そうだった。そうだったな。じゃ、行ってくる。待っててくれ」

ドリスはふと思いついて、シャルノーに問うた。

「姫様…月のお勤めですが…先月、今月は…」
「ないわ…元々不順だし…半年ない事もあるじゃない」
「そうなんですが…」

今までと違う事がある。3カ月前に輿入れした初夜。
シャルノーとチェザーレには子が出来ても不思議ではない事実があった。

――まさかね…1回だったと言うし、早かったと言うし――

このような場合、回数は関係ないが速さはもっと関係がない。
だが、ドリスは出産経験はあるが遠い過去の話だ。
シャルノーよりもさらに年上の息子をもつドリス。
少ない回数で早撃ち出来る夫ではなく、その点は未経験だった。
ちなみに、その夫は12年前に亡くなっている。


やってきた侍医の診察は切迫早産。

「せっぱ?セパク?な、なんて言った?」
「殿下、切迫早産です。ご懐妊をされておられますが、流産の可能性もある危険な状態です。余程に無理をされたのではありませんか?」

「ま、待ってくれ…懐妊て…懐妊って‥」
「時期的には初夜から数日間のお子様でしょうか」
「えぇぇっ?!」


シャルノーは安静にと侍医の診断により、しばらくは床の住人となった。

チェザーレの驚きは尋常ではなかった。
驚き過ぎて、壁に思い切り当たるし木に向かって話かけたり、膝を抱きかかえて虫を黙って見ていたり。

「悪阻はなかったですよね…気が付きませんでした」

ナージャもアシュリーもいつもと変わらない食事量で残した物もない。
元々、珈琲よりは白湯を好んで飲んでいたシャルノーである。
だからこそ気が付かなかったのかも知れないが、事実としてシャルノーには悪阻がなかった。
なかったからこそ、無理をして明け方まで働き、ストレッチと称して他者が驚くような運動をしてしまったのだ。


「殿下、御子が出来ました。これで無事に生まれればお務めは終了で御座いますね」
「うん…あ、あの‥‥いや…」
「なんで御座いますか?」
「うん…親になるんだなって…なんだか実感がなくて…すまない」
「殿下は謝ってばかり。間違いなく殿下の御子ですので張り切って執務をなさってくださいませ」
「わかった‥‥あ、あの…」
「なんで御座いますか?」
「今日は…廊下で寝るよ」
「いつもですわよね?」
「そうなんだが…また…見舞いに来る」

チェザーレは立ち上がると静かに立ち上がり、扉を開けて一旦止まった。
振り返るとシャルノーに向かって声を掛けた。

「ありがとう…シャルノー」

シャルノーはにっこりと笑った。一呼吸おいて「はい。殿下も。ありがとうございました」と返した。


だが、チェザーレは夜、1人になると言いようのない恐怖に襲われた。
父親になるという今まで経験をした事も、経験談を聞いた事もない物体になるのだ。自分にそっくりな子供が生まれたらどうしようかと鏡を見て俯く。言い知れない恐怖に襲われた。

あっという間にシャルノーの懐妊は誰もが知る事になる。
ぼーっとする事も多くなったチェザーレは昼間、王宮の中庭の噴水で縁に腰を下ろし、ポツリと呟いた。

「ヴィアナだったら…」

誰が聞いているかもわからない王宮の庭園。
その言葉が後日、とんでもない事件を引き起こす事になるとは思いもしなかった。
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