王子妃シャルノーの憂鬱

cyaru

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チェザーレのお土産

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「樽を転がすというのは驚きましたよ」
「そうかしら?ワインなんかは樽も寝かせているじゃない」

シャルノーは、水が満載の行きの樽と空になった帰りの樽。これを荷馬車の荷台を長い長い廊下に見立て、転がす事で馬を使わなくて済むように考えた。

問題はあった。
水が満載の樽が王都で空になる。空の樽で王都が埋もれても困る。
あとは勾配である。一本道で上りが、下りが続くわけではない。長い上り坂を馬が荷馬車を引くのも大変だが、更に下り坂は危険が増す。一旦加速が付けば馬すら引きずられてしまうからだ。
なによりそんなに馬を用意することは出来ない。

そこで考えたのだ。労働としてそこに住まう者を雇う。従者は言ってみれば管理者、指導者だ。イーストノア王国側の領主は比較的イーストノア王国びいきでもあった。労働になるのならと領主も許可をくれたのだ。その他に土地を借用として賃料を払ったのも良かったかも知れない。

あとは運び方である。
平坦なところでは荷台を連結させるが、長い登坂も幾つかの荷馬車を並べる。
てこの原理で樽を転がすのだ。荷台そのものがシーソーのように動くのもあるが、そこに人間が更に板を差し込んで手助けをする。

現金として賃金を払うより、「水」を対価にしても人々は働いてくれた。
おまけもある。綺麗な水を飲む事で王都に近くなればなるほど、働いてくれる者は増えたのだ。

右に傾いた荷馬車は空の樽を左に転ばせる。

右向き、左向きという一方方向の「向き」だけでなく左右方向という「方向」で移動経路を考えたのだ。これは王都を出る前に辻馬車を見て思いついた。

王都行き、辺境行きとあるが1台が両方を担っている。
これを利用すればいいと考えた。
幸いに空の樽は水が満載の樽より軽い。王都への「上り線」を優先し「下り線」は上りが通過するまで進路を開ければいい。

まだ改良の余地はあるし、それを改良する頃にはパイプも通っているだろう。
シャルノーは兄2人の手腕と頭脳を信じている。

シャルノーがサウスノア王国に出立して直ぐ第一王子のフェルナンドはトテポロ帝国行きの艦船に乗り込む手筈だ。そこでパイプとなる鋼管の購入という大型の商談を纏めてくる。

第二王子のリンドベルトはそれまでに水圧と継ぎ目の問題を解決すればいい。




ホルストが帰ると、チェザーレとシャルノー2人の茶会になった。
シャルノーはチェザーレがこっそりと席に着く前、小さな箱をチェストの上に置いたのを見逃さなかった。

「殿下、お茶請けを持って来てくださったのでは?」
「あ、うん…そうなんだけど…。その前にいいかな?」
「なんで御座いましょう」
「声を荒げてしまってすまない。つい…カッとなって」
「人ですもの。熱くなる事も寒くなる事もありますわよ。フェルナンドお兄様は【馬が埋まった】とか【ラブレター!カレンダー!ナナナナヤブレター】とか寒いダジャレを言った後、1人で赤面しておりますわ」

――それちょっと違う――

チェザーレはシャルノーなりに慰めてくれているのか、気を使ってくれているのか。
席を立って買ってきた菓子の箱を手に取ると、テーブルの上に置いた。

「王都で流行っているそうなんだ…一緒にどうかと思って」
「あら?殿下がわたくしと一緒に?」
「も、勿論。シャルノー以外に誰がいるというんだ」
「まぁ、殿下と言う肩書は魅力的ですから、羽虫は飛び回っているのでは?」
「ないない。俺の周りには蠅すら飛んでない」
「昨夜はやぶ蚊に刺されたようですが」

まだ瞼の上が少し熱を持っているがご愛敬である。

「沢山あってね。何が好きだろうと迷ったんだ。どれも丁度一口の大きさで…店内の挿絵は手で抓んで口に入れている少女の絵だったが、大きくバツがついていた。やはり手づかみは五月蠅い者もいるからな」


はて?と考える。
シャルノーは公の場ではしないが、イーストノア王国の王宮内で「私人」である時は木に登って木の実を食べていたし、ブドウもプチっと千切ってパクリと手で食べていた。
兄2人と姉と城の見張り塔で4人が並んでスイカを食べて種の飛ばし合いをした事もある。

「わたくし、私人である時にまで厳格なマナーは求めませんわよ。誰だって息抜きは必要ですもの。毎日いっぱいいっぱいですと何時か転びます。少なくとも殿下が粗相をされてもわたくしは私人の時なら見ない事にしますし、公人の時であれば、粗相を粗相と見せないように致しますわ」

「そ、粗相‥‥」

チェザーレは初夜の夜。壁に張り付けられて心と体の分離を実感した。
それまで気持ちで体は管理できる、抑制できると思っていたが違った。
自分の体すら制御できないのだ。思っているより自分の心は弱い。

この先王子として暫く時間を過ごし、その後は臣籍降下をする。
シャルノーなら立派に隣に立ってくれるだろうし、ずっと気を張り詰めていなくていいのだと言われて少し心が軽くなった。

「どれがいいかな…箱の綺麗な開け方も教えて貰ったんだ」

菓子の入った箱を紙のように広げると、そこには一口サイズで色とりどりの菓子が並んでいた。

「まぁ‥‥こんなに沢山。いったいどうなさるの?」
「どうなさるって、一緒に食べるに決まっているじゃないか」
「ふふふ。ご冗談を」
「冗談などではない。一緒に食べようと本当に思って選んだんだ!」
「殿下、お戯れが過ぎますわ。茶請けは茶請けでもユーモアが茶請け。それも楽しゅうございますわね」
「だから!違うって。ユーモアじゃ――――え?あれ?」

1つを手で掴んで自分の口に持って行こうとしたが、あり得ない感触が手のひらにある。

「それ、菓子のサンプルでしてよ?確かに流行ってはいるようですが」
「あ、アハッ‥‥アハハハ…ユーモアで流してくれると助かる。アハハハ」

掴んだ菓子は異国のエクレール。
羞恥という稲妻の直撃を受けたチェザーレだった。
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