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第10話 愛人のお誘い
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両親から見合い話を受けてみないか、会ってみるだけでも会ってみないかと言われてリーゼロッテは考えた。
オッペル男爵家のデルモントは王都住まいではなく領地に屋敷もあって王都にあるのは販売所。年に2、3回は顔を出すそうだが基本は領地から動くことはない。
デルモントの情報はソフィーから盛に盛られた情報しかない気がするが、両親はこのまま王都に居てもリーゼロッテにもベルカム子爵家にとっても良い事はないと思うと言い切った。
リーゼロッテが自主奉仕に出た後、数回茶会に出向いた母は回数を追うごとに向かい風が強くなっているのを感じているし、会場でも疎外感を味わう事が多くなったという。
まだ数回だろう。そうは思っても高位貴族から目を付けられたら良い事がないのは火を見るよりも明らか。
表立っての悪評を流している訳ではないけれど、遠回しにベルカム子爵家と取引をするのなら系列も合わせてタッカス侯爵家は取引を見直すと言われればどちらに付くのが得策か。
両親はリーゼロッテがデルモントとの話を前向きに受けるのであれば王都の家を売り払って田舎の子爵領に引くという。それからは王都の残っている取引先の他に王都とは逆方向にある隣国の各領地に売り込みをかけて領の特産物を販売する。
――それが最善なんだろうなぁ――
貴族に生まれれば愛とか恋とかそんな気持ちもなく絵姿と釣書だけで結婚をする夫婦は多い。
アンセルとリーゼロッテのような大恋愛の末に結婚をする夫婦の方が珍しいのだ。
リーゼロッテの両親ですら母親は王都住まいの準男爵家の出自だが、父は母と結婚するまで領地住まいの田舎貴族。母親の両親が1代限りの爵位で高齢だったので娘が遠くに行くのが心配だろうと父が王都に出てきたのだ。
今、住んでいる屋敷は休眠となった伯爵家が丁度売りに出ていたので格安で買った物。
立地がそんなに良いわけではないので売って領地に行く旅費と領地に家を建てる額に見合うだろう。
今更アンセルとの仲が元に戻るとなってもリーゼロッテは受け入れる気持ちが半分もなかった。
それでもまだアンセルの事を完全に嫌いになれない。
それが恋愛の後遺症なのかも知れないと心の奥に大好きだった、愛していたからこそジクジクと膿を出すような痛みをリーゼロッテは感じた。
「デルモント様かぁ…どんな人なんだろう」
両親には少し考えてみるとリーゼロッテは告げたが、3日考えて丁度礼拝に通いの下男が家族で来ているのを見つけて「見合いをしてみる」との伝言を託した。
見合いをしてみて、合わないと思えば両親と一緒に領地で静かに暮らせばいいし領地には幼い頃に数回行ったことがあるだけだが、領民の中にいいなと思える人がいればその時に考えればいい。
きっと両親はベルカム子爵家をリーゼロッテが継ぐ頃になってもタッカス侯爵家がまだちょっかいを出して来るかも知れない事を憂慮して切り離そうとしているのだとしか思えなかった。
「もう放っておいてくれたらいいのに。そしたら…10年後には忘れられるかも知れないのに」
こんなにも不誠実な男だったのだと自分に言い聞かせ、諦めを付けようと思えば思うほどに楽しかった頃の思い出が蘇り、どちらが本当のアンセルなのかリーゼロッテの心は大きく乱れた。
★~★
苛立ちを抱えても、不安があっても世話になっている教会に必要以上の面倒をかけてはならないとバザーのファブリックフラワーとコサージュ作りに勤しんでいると修道士がリーゼロッテを呼んだ。
「どうされました?」
「はい。ベルカムさんに会いたいと面会を希望されている方が来られているんです」
「面会?私に?両親ではなく?」
「はい。ベルカムさんの場合はご両親と一緒に自主奉仕の申し込みをされましたのでご両親が面会に来ても会うか会わないかを問う事はありませんが…」
どうにもはっきりしない修道士の言葉から面会を希望しているのは両親ではない事は明らか。
ミーシャなど友人には自主奉仕に行くと告げているし、ミーシャたちが礼拝に来た時にお互いを見つければ小さく手を振る。
声を掛けても叱られることはないけれど、神への奉仕中なので邪魔をしてはいけないとミーシャたちも駆け寄ってきて話をした事はない。だから余程の用件でも無ければ面会に来ることもないし、のっぴきならない状況なら先に両親が来るだろう。
リーゼロッテは「誰なのか?」と修道士に問う。
「はい。ウッサム伯爵家のアンセルと言う方です」
リーゼロッテは動きを止めてつつも感覚としては全身がビクッと跳ねた気がした。
会うか、会わないか。会わない方がいい気もするが家の商売の事もあり「どういうつもりだ」と言ってやりたい気持ちの方が強かった。
噂が噂ではなく本当にタッカス侯爵家のアンネマリーと良い仲になったのなら「別れる」と言ってくれれば良かった話だ。曖昧どころか病気を偽り、見舞にも来るなと拒絶しておいて嫌がらせなんて何の冗談だろうと思うのだ。
「解りました。会います。どちらです?」
「中庭です」
「ありがとうございます」
ペコリと頭を下げてリーゼロッテは中庭に向かった。心の中には色んな感情が渦巻いている。
もしかすると「気の迷いだった。すまない」と心からの謝罪をしてくれれば許してしまうかも知れない自分も心の中にいる。
歩みを進め、中庭で待つアンセルの姿を見た時リーゼロッテは向けてくる笑顔に絆されそうになった。
腹は立っているけれど、交際する中で大喧嘩をした事もあった。
その延長戦のようなものと位置付ければ腹は立ってもやっぱり許してしまうとリーゼロッテもアンセルに笑顔を向けた。
「アンセルっ!」
弾んだ声がリーゼロッテの口から零れ、早足になって距離を詰めていく。
――ごめんって謝ってくれれば――
チョロいと思われたって、謝ってくれればそれでいい。
そんなリーゼロッテの気持ちはアンセルの一言目であっさりと無に帰した。
「リゼ。こんなところにいたなんて。探したんだぞ?どうして連絡の1つもくれなかったんだ。探すにも当てもないから苦労したじゃないか。まぁ説教は今度にするとしてだな。今日は良い話を持ってきたんだ」
まるでリーゼロッテが居場所も連絡せずに教会に自主奉仕をする事を選らんだ事が悪い事のように告げたアンセルは謝罪の言葉もない。
「行くところがあってついでに寄ってみて当たりだったよ」
「ついでって…」
一瞬で心が冷え切ったリーゼロッテにアンセルは得意げに言い放った。
「リゼ。愛人にならないか?」
「は?何言ってるのよ、いきなり…先ずは謝罪――」
「そんな事はどうでもいいよ。アンネマリーは愛人を持つことも許してくれる。別れずに済むし働かなくていいんだ。良い話だろう?」
――この人、誰?――
アンセルの愛人となればこんな良い事があると捲し立てるアンセルをリーゼロッテはこれが自分が好きで好きで堪らなかった男なんだろうかとまるで第三者のように吐く言葉とその表情を見た。
「な?良い話だろう?」
リーゼロッテが考えている通りの答えを返すとしか思っていないアンセルの頬が小気味よい音を立てた。
「馬鹿にしないで!二度と会いたくないわ!」
リーゼロッテはアンセルに背を向けてその場を去った。
オッペル男爵家のデルモントは王都住まいではなく領地に屋敷もあって王都にあるのは販売所。年に2、3回は顔を出すそうだが基本は領地から動くことはない。
デルモントの情報はソフィーから盛に盛られた情報しかない気がするが、両親はこのまま王都に居てもリーゼロッテにもベルカム子爵家にとっても良い事はないと思うと言い切った。
リーゼロッテが自主奉仕に出た後、数回茶会に出向いた母は回数を追うごとに向かい風が強くなっているのを感じているし、会場でも疎外感を味わう事が多くなったという。
まだ数回だろう。そうは思っても高位貴族から目を付けられたら良い事がないのは火を見るよりも明らか。
表立っての悪評を流している訳ではないけれど、遠回しにベルカム子爵家と取引をするのなら系列も合わせてタッカス侯爵家は取引を見直すと言われればどちらに付くのが得策か。
両親はリーゼロッテがデルモントとの話を前向きに受けるのであれば王都の家を売り払って田舎の子爵領に引くという。それからは王都の残っている取引先の他に王都とは逆方向にある隣国の各領地に売り込みをかけて領の特産物を販売する。
――それが最善なんだろうなぁ――
貴族に生まれれば愛とか恋とかそんな気持ちもなく絵姿と釣書だけで結婚をする夫婦は多い。
アンセルとリーゼロッテのような大恋愛の末に結婚をする夫婦の方が珍しいのだ。
リーゼロッテの両親ですら母親は王都住まいの準男爵家の出自だが、父は母と結婚するまで領地住まいの田舎貴族。母親の両親が1代限りの爵位で高齢だったので娘が遠くに行くのが心配だろうと父が王都に出てきたのだ。
今、住んでいる屋敷は休眠となった伯爵家が丁度売りに出ていたので格安で買った物。
立地がそんなに良いわけではないので売って領地に行く旅費と領地に家を建てる額に見合うだろう。
今更アンセルとの仲が元に戻るとなってもリーゼロッテは受け入れる気持ちが半分もなかった。
それでもまだアンセルの事を完全に嫌いになれない。
それが恋愛の後遺症なのかも知れないと心の奥に大好きだった、愛していたからこそジクジクと膿を出すような痛みをリーゼロッテは感じた。
「デルモント様かぁ…どんな人なんだろう」
両親には少し考えてみるとリーゼロッテは告げたが、3日考えて丁度礼拝に通いの下男が家族で来ているのを見つけて「見合いをしてみる」との伝言を託した。
見合いをしてみて、合わないと思えば両親と一緒に領地で静かに暮らせばいいし領地には幼い頃に数回行ったことがあるだけだが、領民の中にいいなと思える人がいればその時に考えればいい。
きっと両親はベルカム子爵家をリーゼロッテが継ぐ頃になってもタッカス侯爵家がまだちょっかいを出して来るかも知れない事を憂慮して切り離そうとしているのだとしか思えなかった。
「もう放っておいてくれたらいいのに。そしたら…10年後には忘れられるかも知れないのに」
こんなにも不誠実な男だったのだと自分に言い聞かせ、諦めを付けようと思えば思うほどに楽しかった頃の思い出が蘇り、どちらが本当のアンセルなのかリーゼロッテの心は大きく乱れた。
★~★
苛立ちを抱えても、不安があっても世話になっている教会に必要以上の面倒をかけてはならないとバザーのファブリックフラワーとコサージュ作りに勤しんでいると修道士がリーゼロッテを呼んだ。
「どうされました?」
「はい。ベルカムさんに会いたいと面会を希望されている方が来られているんです」
「面会?私に?両親ではなく?」
「はい。ベルカムさんの場合はご両親と一緒に自主奉仕の申し込みをされましたのでご両親が面会に来ても会うか会わないかを問う事はありませんが…」
どうにもはっきりしない修道士の言葉から面会を希望しているのは両親ではない事は明らか。
ミーシャなど友人には自主奉仕に行くと告げているし、ミーシャたちが礼拝に来た時にお互いを見つければ小さく手を振る。
声を掛けても叱られることはないけれど、神への奉仕中なので邪魔をしてはいけないとミーシャたちも駆け寄ってきて話をした事はない。だから余程の用件でも無ければ面会に来ることもないし、のっぴきならない状況なら先に両親が来るだろう。
リーゼロッテは「誰なのか?」と修道士に問う。
「はい。ウッサム伯爵家のアンセルと言う方です」
リーゼロッテは動きを止めてつつも感覚としては全身がビクッと跳ねた気がした。
会うか、会わないか。会わない方がいい気もするが家の商売の事もあり「どういうつもりだ」と言ってやりたい気持ちの方が強かった。
噂が噂ではなく本当にタッカス侯爵家のアンネマリーと良い仲になったのなら「別れる」と言ってくれれば良かった話だ。曖昧どころか病気を偽り、見舞にも来るなと拒絶しておいて嫌がらせなんて何の冗談だろうと思うのだ。
「解りました。会います。どちらです?」
「中庭です」
「ありがとうございます」
ペコリと頭を下げてリーゼロッテは中庭に向かった。心の中には色んな感情が渦巻いている。
もしかすると「気の迷いだった。すまない」と心からの謝罪をしてくれれば許してしまうかも知れない自分も心の中にいる。
歩みを進め、中庭で待つアンセルの姿を見た時リーゼロッテは向けてくる笑顔に絆されそうになった。
腹は立っているけれど、交際する中で大喧嘩をした事もあった。
その延長戦のようなものと位置付ければ腹は立ってもやっぱり許してしまうとリーゼロッテもアンセルに笑顔を向けた。
「アンセルっ!」
弾んだ声がリーゼロッテの口から零れ、早足になって距離を詰めていく。
――ごめんって謝ってくれれば――
チョロいと思われたって、謝ってくれればそれでいい。
そんなリーゼロッテの気持ちはアンセルの一言目であっさりと無に帰した。
「リゼ。こんなところにいたなんて。探したんだぞ?どうして連絡の1つもくれなかったんだ。探すにも当てもないから苦労したじゃないか。まぁ説教は今度にするとしてだな。今日は良い話を持ってきたんだ」
まるでリーゼロッテが居場所も連絡せずに教会に自主奉仕をする事を選らんだ事が悪い事のように告げたアンセルは謝罪の言葉もない。
「行くところがあってついでに寄ってみて当たりだったよ」
「ついでって…」
一瞬で心が冷え切ったリーゼロッテにアンセルは得意げに言い放った。
「リゼ。愛人にならないか?」
「は?何言ってるのよ、いきなり…先ずは謝罪――」
「そんな事はどうでもいいよ。アンネマリーは愛人を持つことも許してくれる。別れずに済むし働かなくていいんだ。良い話だろう?」
――この人、誰?――
アンセルの愛人となればこんな良い事があると捲し立てるアンセルをリーゼロッテはこれが自分が好きで好きで堪らなかった男なんだろうかとまるで第三者のように吐く言葉とその表情を見た。
「な?良い話だろう?」
リーゼロッテが考えている通りの答えを返すとしか思っていないアンセルの頬が小気味よい音を立てた。
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