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第13話 物語の添え物
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修道士が申し訳なさそうにコサージュを縫うリーゼロッテに話しかけた。
「あの…また来てるんですけど」
「また?!」
アンセルはまたやってきた。
余程に暇なのだろうかと思ってみるがリーゼロッテはもう会うつもりがない。
何が嬉しくて「愛人になれ」なんて言う男の戯言に時間を割かねばならないのか。いい加減バザーの日も近づいてきたのにファブリックフラワーは予定の8割で追い込み中。
コサージュは62個まで出来たがもう少し数を増やしたいところだ。
それに明日はオッペル男爵家のデルモントとの見合いの日だ。
断られるだろうし、自分が望まれる要素が全くない、無駄足になる見合いと考えているリーゼロッテは3時間ほどは作業が出来ないなと見繕っていた。
両親が領地に出立するのは3週間後。
立地があまり良くない屋敷でも早々に買い手がついたのは僥倖だ。
ただ、屋敷は解体をするそうなので両親は現在家の中にあった家財道具を買い取り屋などに来てもらって処分をしている途中。
――だからまた来たのかしら――
屋敷が無くなれば王都に住むことはないので、遠い領地に行ってしまったら連絡をしようにも返事が返って来るのは2、3か月後となりアンセルとしては具合が悪いのでリーゼロッテに王都に留まって欲しいと思っているのかも知れないと考えてみる。
リーゼロッテは無駄足となる見合いだが、その後は両親と共に領地に向かおうと考えてもいた。
「どうします?帰って貰いますか?」
「そうですね。でも理由がないです。会いたくないってだけじゃダメですよね」
「構いませんよ。ベルカムさんは自主奉仕でここに居ますから意に添わない面会は教会で断ることが出来ます」
――へぇ。そういうオプションも込みの値段だったのね――
道理で自主奉仕をする際に納める寄付金の額が二度見、三度見をする数字だったはずだ。
ちなみに修道女とする場合はその金額の5倍と言われて「家を売っても足らない」とリーゼロッテは思った事だった。
修道士がアンセルの元に話をしに行くと大きな声が廊下を伝って聞こえてくる。
「リゼ!どうして会ってくれないんだ!僕たちはあんなに愛し合っていたじゃないか!」
――その関係を壊したのは貴方よ――
リーゼロッテは言葉を発する事なく黙々と作業を続けるが、その間も修道士の「お引き取りください」段々と荒ぶってくる声に上から被せるようにアンセルの愛の言葉が聞こえてくる。
「少しで良いんだ!話を聞いてくれよ!リゼの為を思っての話なんだ!聞えているんだろう!顔を見せてくれよ!」
リーゼロッテの隣でマルコが小さく呟く。
「ウッザ」
リーゼロッテはついマルコのつぶやきに失笑してしまった。
★~★
アンセルは焦っていた。
昨日、リーゼロッテに頬を張られそれっきりになり、ならば!とベルカム子爵家に向かったのだが、そこで見た光景は幾つかの買い取り屋がベルカム子爵家から買い取った荷物を運び出している場だった。
既にベルカム子爵夫妻は屋敷には住んでおらず、不動産商会の善意で宿屋で手続きが終わるまで宿泊していると道行く人に言われてしまった。
尚も尋ねてみれば騎士団がこの土地を買い取り、中間隊舎を建設する予定だと言われた。
ベルカム子爵家のある区画は高位貴族と低位貴族の丁度中間地点にあり、有事が起きた際にはどちらにも出動する時間が短縮が出来る。
不動産を扱う商会も前々からこの付近で空いた土地があればと話を受けていて、ベルカム子爵が家を売ると聞いて即座に話を纏めたのだという。
「そんな。じゃぁベルカム子爵家はどうなるんだ?!」
「そんな事知らないよ」
通りかかっただけの男に詳細が判る筈もない。
ただ貴族が屋敷や土地を売るとなればそれなりに話題にはなるし、飛ぶ鳥を落とす勢いの真逆で突然業績が落ち込み失墜したベルカム子爵家が「何時飛ぶのか」と悪意に満ちた賭けまで行われているので面白半分にわざわざ屋敷の前を通っている者も多くいる。男はその中の1人に過ぎなかった。
――だから、そこまでしなくていいと言ったんだ――
ベルカム子爵家の取引先に圧力をかけたのはタッカス侯爵家だが、アンセルとリーゼロッテの関係は低位貴族になればほとんどの者が知っている。但し殆どと言っても2人と同年代だが、いずれはその年代が当主となる。
当然アンネマリーとも同年代であるため、正式な婚約発表の前に場を調えておく必要があった。
簡単な筋書きである。
業績不振に陥ったベルカム子爵家が借金を清算するために王都の屋敷を売り払った。領地に戻るのか王都に仮住まいを用意するのかはベルカム子爵家が判断をする事。
ベルカム子爵令嬢と婚約関係にあったウッサム伯爵家のアンセルはベルカム子爵家の経営難を理由に婚約は白紙。その後にアンネマリーと懇意になった。
時系列や事実はどうでもいいのだ。醜聞の好きな貴族たちが好き勝手な事を言わぬように作り上げた真実に添うようにベルカム子爵家を追い込めばいいだけ。
結果としてベルカム子爵家は王都の屋敷を目論み通り売ったのだからタッカス侯爵家は蚊帳の外で高みの見物が出来る。
アンセルはアンネマリーに言った。
「綺麗に別れた事にすればいいんだから家の経営まで追い込むことはない」と。
しかしアンネマリーは「あら?」とおどけた顔をした。
「都落ちをするまでが物語の添え物よ?」
不動産商会は屋敷を売れば多額の現金を手にしているベルカム子爵夫妻がどの宿に宿泊しているのか防犯のために教えてくれることはない。
親を説き伏せる事が出来ないのなら本丸であるリーゼロッテを落とすしかない。
勿論ベルカム子爵夫妻への言い訳などでっち上げばかりで三文芝居でもそこまでお粗末な芝居はしないお涙頂戴物語を語るつもりだった。
営業中にアンネマリーに見初められてウッサム伯爵家を潰すと脅されて仕方なく。そう言うつもりだった。
なのに肝心のリーゼロッテは今日は出て来てくれなかった。
領地に行くのか何処に行くのか行き先も判らないのに追いかける事も出来ない。何より何時出立するかも判らないのに張り込めるはずもない。
急いでリーゼロッテを取り込んでおく必要はないのだが、正式に婚約が結ばれれば身動きも出来なくなる。
焦ったアンセルは明日もう一度教会に出直そうとその場を去ったのだった。
「あの…また来てるんですけど」
「また?!」
アンセルはまたやってきた。
余程に暇なのだろうかと思ってみるがリーゼロッテはもう会うつもりがない。
何が嬉しくて「愛人になれ」なんて言う男の戯言に時間を割かねばならないのか。いい加減バザーの日も近づいてきたのにファブリックフラワーは予定の8割で追い込み中。
コサージュは62個まで出来たがもう少し数を増やしたいところだ。
それに明日はオッペル男爵家のデルモントとの見合いの日だ。
断られるだろうし、自分が望まれる要素が全くない、無駄足になる見合いと考えているリーゼロッテは3時間ほどは作業が出来ないなと見繕っていた。
両親が領地に出立するのは3週間後。
立地があまり良くない屋敷でも早々に買い手がついたのは僥倖だ。
ただ、屋敷は解体をするそうなので両親は現在家の中にあった家財道具を買い取り屋などに来てもらって処分をしている途中。
――だからまた来たのかしら――
屋敷が無くなれば王都に住むことはないので、遠い領地に行ってしまったら連絡をしようにも返事が返って来るのは2、3か月後となりアンセルとしては具合が悪いのでリーゼロッテに王都に留まって欲しいと思っているのかも知れないと考えてみる。
リーゼロッテは無駄足となる見合いだが、その後は両親と共に領地に向かおうと考えてもいた。
「どうします?帰って貰いますか?」
「そうですね。でも理由がないです。会いたくないってだけじゃダメですよね」
「構いませんよ。ベルカムさんは自主奉仕でここに居ますから意に添わない面会は教会で断ることが出来ます」
――へぇ。そういうオプションも込みの値段だったのね――
道理で自主奉仕をする際に納める寄付金の額が二度見、三度見をする数字だったはずだ。
ちなみに修道女とする場合はその金額の5倍と言われて「家を売っても足らない」とリーゼロッテは思った事だった。
修道士がアンセルの元に話をしに行くと大きな声が廊下を伝って聞こえてくる。
「リゼ!どうして会ってくれないんだ!僕たちはあんなに愛し合っていたじゃないか!」
――その関係を壊したのは貴方よ――
リーゼロッテは言葉を発する事なく黙々と作業を続けるが、その間も修道士の「お引き取りください」段々と荒ぶってくる声に上から被せるようにアンセルの愛の言葉が聞こえてくる。
「少しで良いんだ!話を聞いてくれよ!リゼの為を思っての話なんだ!聞えているんだろう!顔を見せてくれよ!」
リーゼロッテの隣でマルコが小さく呟く。
「ウッザ」
リーゼロッテはついマルコのつぶやきに失笑してしまった。
★~★
アンセルは焦っていた。
昨日、リーゼロッテに頬を張られそれっきりになり、ならば!とベルカム子爵家に向かったのだが、そこで見た光景は幾つかの買い取り屋がベルカム子爵家から買い取った荷物を運び出している場だった。
既にベルカム子爵夫妻は屋敷には住んでおらず、不動産商会の善意で宿屋で手続きが終わるまで宿泊していると道行く人に言われてしまった。
尚も尋ねてみれば騎士団がこの土地を買い取り、中間隊舎を建設する予定だと言われた。
ベルカム子爵家のある区画は高位貴族と低位貴族の丁度中間地点にあり、有事が起きた際にはどちらにも出動する時間が短縮が出来る。
不動産を扱う商会も前々からこの付近で空いた土地があればと話を受けていて、ベルカム子爵が家を売ると聞いて即座に話を纏めたのだという。
「そんな。じゃぁベルカム子爵家はどうなるんだ?!」
「そんな事知らないよ」
通りかかっただけの男に詳細が判る筈もない。
ただ貴族が屋敷や土地を売るとなればそれなりに話題にはなるし、飛ぶ鳥を落とす勢いの真逆で突然業績が落ち込み失墜したベルカム子爵家が「何時飛ぶのか」と悪意に満ちた賭けまで行われているので面白半分にわざわざ屋敷の前を通っている者も多くいる。男はその中の1人に過ぎなかった。
――だから、そこまでしなくていいと言ったんだ――
ベルカム子爵家の取引先に圧力をかけたのはタッカス侯爵家だが、アンセルとリーゼロッテの関係は低位貴族になればほとんどの者が知っている。但し殆どと言っても2人と同年代だが、いずれはその年代が当主となる。
当然アンネマリーとも同年代であるため、正式な婚約発表の前に場を調えておく必要があった。
簡単な筋書きである。
業績不振に陥ったベルカム子爵家が借金を清算するために王都の屋敷を売り払った。領地に戻るのか王都に仮住まいを用意するのかはベルカム子爵家が判断をする事。
ベルカム子爵令嬢と婚約関係にあったウッサム伯爵家のアンセルはベルカム子爵家の経営難を理由に婚約は白紙。その後にアンネマリーと懇意になった。
時系列や事実はどうでもいいのだ。醜聞の好きな貴族たちが好き勝手な事を言わぬように作り上げた真実に添うようにベルカム子爵家を追い込めばいいだけ。
結果としてベルカム子爵家は王都の屋敷を目論み通り売ったのだからタッカス侯爵家は蚊帳の外で高みの見物が出来る。
アンセルはアンネマリーに言った。
「綺麗に別れた事にすればいいんだから家の経営まで追い込むことはない」と。
しかしアンネマリーは「あら?」とおどけた顔をした。
「都落ちをするまでが物語の添え物よ?」
不動産商会は屋敷を売れば多額の現金を手にしているベルカム子爵夫妻がどの宿に宿泊しているのか防犯のために教えてくれることはない。
親を説き伏せる事が出来ないのなら本丸であるリーゼロッテを落とすしかない。
勿論ベルカム子爵夫妻への言い訳などでっち上げばかりで三文芝居でもそこまでお粗末な芝居はしないお涙頂戴物語を語るつもりだった。
営業中にアンネマリーに見初められてウッサム伯爵家を潰すと脅されて仕方なく。そう言うつもりだった。
なのに肝心のリーゼロッテは今日は出て来てくれなかった。
領地に行くのか何処に行くのか行き先も判らないのに追いかける事も出来ない。何より何時出立するかも判らないのに張り込めるはずもない。
急いでリーゼロッテを取り込んでおく必要はないのだが、正式に婚約が結ばれれば身動きも出来なくなる。
焦ったアンセルは明日もう一度教会に出直そうとその場を去ったのだった。
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