すべては、あなたの為にした事です。

cyaru

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過去の言動に泣いた女

「上手い具合にヒタヒタになってるじゃないか」
「よく言いますねぇ。あ、これは今年のワインですがどうぞ」

金融商会の男から手渡された書類に目を通し、注がれたワインを舌で転がすのはエルブレヴィットだった。

元々がレ・ナニル王国でも3本の指に入ると言われた資産家だったオランド伯爵家である。オリーブ商会を解体した金を元手にエルブレヴィットは金融を扱う商会を立ち上げた。

悪徳金融商会と言われているのはそのうちの一部でいつでも切り捨てられる。

「そんなに金を貯め込んで、国でも買うつもりですか?」

金融商会の男はエルブレヴィットに問うた。

「国?そんな面倒なもの誰が買うか。これはな。俺の可愛いルシーにパンケーキを焼いて貰うためだ」
「随分と高価なパンケーキなんですね。アハハ」
「あぁ、ルシーじゃないとダメだからな。金に糸目をつける気はない」

「ですが…貴方もキツイお方ですね。レスピナ侯爵家からは家からも個人からも金を出させる。そして…ガルレロ侯爵家。ここも事業費の大半を融資しているでしょう?他にも箸にも棒にもかからないような貴族にも金を貸し‥。本当に国が買えてしまいますよ」

フフっと鼻で笑ったエルブレヴィットのグラスのワインが揺れる。





男がオランド伯爵家に到着した時、エルブレヴィットは来客中だった。
隣の部屋に通されて庭の草木を愛でていたのだが…。


「お願いです。あと2カ月、いえ1か月でいいのです。待ってくれませんか」
「困りますねぇ。お宅には既に半年の猶予を与えてませんでした?延滞利息もなしで」
「そうなんですが…そうなんですが!お願いします」

年若い当主になりたての青年とその妻がエルブレヴィットの前で床に跪いて額を擦りつけながら懇願していた。青年の父は平民で事業を起こし、男爵になってから青年に家を継がせた。

青年は妻に言われるがまま豪華な結婚式を行うために男爵家が興した商会を担保に借金をしたのだ。

「成り上がり者…格下貴族」

エルブレヴィットは呟いた。
青年はハッとして顔を上げる。隣の妻も顔を上げた。
平民からの成り上がり者だと言われている自分の事だと思ったのだ。

だが、違った。

「奥さんの方には、聞き覚え…いやこの場合は言い覚えというのかな?あるのでは?」
「わ、私?…私?‥‥いいえっ!そんな事は決して!」
「そうですっ!妻は私が成り上がり者だと言われる事に何時も腹を立てています」
「おや?おかしいな‥‥学園生時代はそんな記憶が薄れるほど前の時代ではないはずだが」

エルブレヴィットはテーブルに置いたインク瓶を逆さに向けて絨毯の上に液体の黒いインクをボタボタと落とす。

青年の隣にいた妻は一瞬で顔色を失った。

「もっ!申し訳ございませんっ!!」
「どうしたんだ?!」

青年の妻は学園生時代にブリジットの取り巻きをしていた。
そこで散々にルシェルやナタリー達に因縁を付けていた。インクをブリジットにかけてルシェルに罪を被せたのは青年の妻だった。

予定ではその後も順風満帆の筈だった。
だが卒業をするとブリジットは伯爵家や子爵家の出である取り巻きを切り捨てた。


「貴女達、もう近寄らないでくれる?」
「そんな!ブリジット様」
「わたくしは高位貴族の侯爵家。貴女達とは出席する夜会も違えば…王家に挨拶をする順序も違うのよ。何時までも学園生気分でぞろぞろと…成長なさったらどう?」


落ちぶれたレスピナ侯爵家のオレリアン。
その最愛と呼ばれたブリジット。
どちらにも縋れないと彼女たちは途方に暮れた。


集客力のあるオリーブ商会を解体する時に、エルブレヴィットは婚約解消を条件に彼女たちの婚約者の家に、利益率の高い部門を買い取らないかと話を持ち掛けた。

婚約を解消すると同時に令嬢側に瑕疵があったとなればどんな噂が立つか。貴族の婚約は「契約」であり契約違反は厳しいペナルティが与えられる。彼女たちの家は一気に傾いた。
土壇場を過ぎてから取り巻きだった彼女たちは現実を知ったのだ。

それでも夢を見てしまった。父親が頭を下げてやっと取り付けた結婚。
生涯に一度だと見栄を張って足らない分を借金してまで豪華な結婚式を挙げた。
令嬢は自分を見限ったブリジットへの当てつけもあった。

その時の借金が今、我が身に降りかかったのだ。


「あれは…あれは…ブリジット様がそうしろと…私はただ従っただけで…」
「一体…何をしたんだっ!」
「本当にごめんなさい!申し訳ない事をしましたっ」

突っ伏す青年の妻にエルブレヴィットは顔色一つ変えずソファに座ったまま見下ろした。

「情けは人の為ならず…知っているか?」
「は、はい、情けをかけてもその人の為にはならないと…ですがっ!お情けをくださいませ!」

「話にならんな。そこの男は意味を知っているか」
「は、はい…かけた情けはその人の為ではなくいずれ返るだろう自分のため…」

「そう言う事だ。学園に高い授業料を払ってもその程度。取り巻き生活にいそしんだ結果だ。そんな奴に情けをかけて、男!お前なら何かが自分に返って来ると思うか?まぁ奥方殿、借金はしらばっくれても無駄だ。これだから下民低位貴族は嫌なのよ!だったか?本当…選民思考はないが返済日を伸ばしてやっても返さない愚民は嫌になるな?」

「違うんです!違うんですぅぅ!」

隣で泣きじゃくる妻を見る青年の目は冷え切っている。
諦めを付けた表情になると青年はエルブレヴィットを見た。

「1カ月だけ待って頂けますか」
「ほぅ?半年待った上にまだ待てと?俺は犬扱いのようだな」
「いいえ。では3日。3日で構いません」
「3日待ってどうする?またこうやって泣き落としか?」
「爵位を売ってきます。こんな女でも選んでしまったのは自分です。責任を取りたいと思います」

「いや!嫌よ!爵位が無くなれば平民になっちゃう!絶対に嫌っ!」
「大丈夫。爵位を売る前に離縁する。実家に戻ればいい」
「実家…ダメっ!実家には私の居場所はもうないの!」
「君の為にした結婚式での借金だ。離縁も君の為にする事だ。爵位に拘る君への僕から最後の贈り物だよ」

歩く事すら出来なくなった妻の腕を掴んで引きずりながら青年は帰って行った。




エルブレヴィットは金融商会の男に微笑んだ。

「さっきの男。平民になる直前で拾ってこい」
「お邪魔虫を離縁した後で?ま、男爵って爵位は使い道もありますからね」
「バカか。あの年で即決する意気込みを買うんだ」
「へぇへぇ。手駒は多い方が楽しいってね」
「言ってろ」

エルブレヴィットは残ったワインを飲み干した。
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