元伯爵令嬢の嫁ぎ先は醜男と名高い辺境伯様です

cyaru

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★斬ったばかりに切り捨てられた男

クックックと喉を鳴らし、靴音が遠ざかっていく。


先ほどまで鉄格子越しに面会に来ていたのは弟のエドワードだった。
ヒラリと紙を数枚僕に見せると【愚か者には藁すら掴む資格がない】と言われた。

ツリピオニーを斬りつけ、負傷させた事で僕は犯罪者となってしまった。
それを見越していたのか、いや、とっくに見限られていたんだと思う。
その証拠に、さっき認可されたと言われた僕の廃嫡、貴族籍抹消の届けは10日前の日付だった。


多分、婚約を解消したと言った時点で僕はまだ公爵家の嫡男のままだっただろう。
10日前と言えばまだ屋敷の部屋の中にいた頃だ。

執事に手持ちの宝飾品を売りたいから換金してくれる店を探せと命じたんだった。
何時だったか、それが10日前‥‥いやその前日だったか。

執事は僕が物心ついた時から仕えてくれている従順な人間だった。
幼い頃からの蓄えを切り崩していたここ数か月の間、僕を何度も窘めてくれた。

『このお金はこの先、坊ちゃまに必要になる金です。手をつけるのはお止めください』

あの時、その言葉をちゃんと聞いていればこんな牢に入れられる事もなかったはずだが、それに手をつけないと殿下に金が渡せなかったのだ。

エキドゥナにドレスを買ってやる時も宝飾品を買ってやる時も、5人で旅行に出かける時も執事にはツリピオニーが相手だと僕は偽ってきた。
彼は馬鹿正直に今まで買ったドレスや宝飾品を婚約者ではなくなったツリピオニーに戻してもらって売れば僕が蓄えに手をつけることはないだろうと思ったんだろう。

恐らくあの書面の日付は僕がツリピオニーに買ったとした仕立て屋や宝飾品店で父が確認をして、僕を見限った日。

学業があまり得意ではなかった僕だって家名や格下であっても貴族である者の名を勝手に使う事は重罪で場合によっては家が取り潰しになる事だって判っていた。
過去には侯爵家の令嬢が騎士爵の子息の名を使って侯爵家は取り潰しになった事例もある。

ボルテスとオークルを思い返せば買い物をする時は全て自分の名前で請求書を回すように言っていた。【親父に婚約者用に買ったと言えばいい】と言って彼らは型紙などが残るドレスは買わず、帽子や靴、バッグなどの小物か宝飾品をよく買っていた。上手い事やったなと今になって笑いが出た。


エドワードがいるから父は…両親は‥‥いや公爵家は僕を切り捨てたのだ。

恨む気にはなれない。もし僕が当主だったら例えそれが血を分けた子供だとしても同じ事をするだろう。公爵家となれば家だけで済む問題ではないからだ。
何万と言う領民もある日突然【領主が変わりました】【税率が変わりました】【ここから出て行ってください】と言われても逆らう事が出来ないからだ。


死罪が廃止されたこの国で貴族であったものが罪人として生きていくのは死ぬよりも難しい。既に無くなったと思われる家名だけではなく、名前も奪われる。

単に平民に落ちて3年を経過すれば罪を犯しても平民と同じ処罰となるから平民であれば懲役というものがあるが、貴族だったものには適用されない。


身の回りのことを全てしてもらっていた人間には絶望しかない罰だ。そのため大抵のことは慰謝料と言う金で解決をするのである。ツリピオニーの名を使って買い物をしたりしたことを父は金で解決したのだ。

だが、斬りつけて負傷させてしまった事は金では解決できなかった。
いや、しなかったのだ。その数日前に切り捨てた僕に使う金などなかっただけだ。
ファータ伯爵家に僕が出向いたのはイレギュラーだったんだろう。

僕は数日のうちに魔導士により【自死禁止】の魔術が全身に刻印をされる。
一目で罪人だと誰でも判別が出来る刻印は貴族だった者が罪人となった証だ。

不可抗力で致命傷となる傷はその魔力で致命傷とならないまでに治癒され塞がれてしまうし、傷口が塞がらない場合は【この程度では死なない】とされる時だ。

犯罪を犯そうとしても強制的に抑制をされてしまい、飢えても食べ物を盗む事は出来ない。人に危害を加えられてもその逆はあり得ないのだ。寿命が尽きる日を今日か明日かと願う日々が始まるのだ。

そんな者達は貴族に囲われることが多い。毒味である。
自分に仕掛けられた毒を判別する場合もあるが、他者に仕掛けようとする毒の効き目を試される場合もある。寿命まで死ねないのだから程度を見て毒を調合出来るからと重宝される。

痛みと飢え、偏見に死ぬまで悩み苦しむ事だけが許される。


公爵家に切り捨てられた僕だけれど、まだ救いはある。
第一王子とエキドゥナだ。下男でもいい。エキドゥナの側に居られれば幸せだ。
それにこうなってしまった原因は元はと言えば第一王子が僕に金の無心をするからだ。
今まで散々金も渡してきたのだし第一王子も僕の事は恩赦の対象にしてくれるだろう。




★~★

もう何日が過ぎただろう。罪人の刻印はされないものの誰も来ない。
食事を運んでくる牢番には第一王子に伝えてくれと何度も頼んでいる。

何度目かの夜を過ごし、する事のない昼間を過ごしていた日。

【面会だ】素っ気ない牢番の声。

目の前に現れた殿下にやっと助けに来てくれたのだと思った。


『殿下、ここから出してください。殿下になら出来るでしょう?』

『堕ちたものだな‥‥公爵家次期当主ともあろう者が』


冷たい氷が背を伝っていくような冷えた言葉に鉄格子を掴んだ手の力が弛んだ。
だが、その背に隠れるようにこちらを伺うエキドゥナを見ると胸が高鳴った。


『エキドゥナ!会いたかった。もっと顔を見せて』

『やだ…汚い…。それに臭い。もう行こうよぅ』

『そうだな。しつこい頼みだったから来ては見たが‥以後は他人の迷惑を考える事だな』

『えっ…殿下…』


殿下の手がエキドゥナの腰に回され何か耳元で楽しそうな話をしながら去っていくと更に数日後、ボルテスとオークルが面会に来たが2人とも着ている服は今まで見た事もないような粗末なもので靴も革靴ではなく木の靴だった。素足の僕が言える事ではないが。

しかし、2人の話は僕を更に絶望させるには十分すぎた。
それぞれの家から廃嫡をされ貴族籍を抜かれたボルテスとオークルは来週から平民街で働きに出るのだと言う。貴族である事が最終日である今日、僕に面会に来たのだと言った。

2人は僕の事件を聞いて第一王子と距離を置いたという。

『金がありませんって言ったら、用なしだと言われたよ。こっちから願い下げだ』

『おかげで家からも見放されたけど…』

オークルは言葉を噤んだ。その先は言わずとも判っている。


――あのままなら、自分も罪人になるところだった――


そう言いたいのだろう。貴族であったものが平民になるのは厳しいが罪人よりははるかにマシである。何より彼らには罪人である刻印はされないのだ。
これから3年間大人しく身を潜めてボルテスとオークルは生活をするだろう。

『俺らには何も出来ないけど、頑張れよ』


2人はそう言って鉄格子の前から消えていった。
1人残された僕は声をあげて泣いた。悲しくて泣くのではない。悔しいのだ。

『頑張れって…何を頑張ればいいんだよッ!!』

力任せに床の石に拳を叩きつける。
この先、僕に待ち受ける処遇を知っている2人は遠回しに【自分を頼るのはやめてくれ】と言ったのだ。刻印がある者と一緒に居れば仕事を失い、信用を失い、住む家も追い出される。


頼みの綱と思った第一王子もエキドゥナももう僕の事など考えてもくれていない。
いったい僕は何のために、誰のために、どうしてここに居るんだ。

3日後、僕の全身に幾何学模様の刻印が施され、全ての名前を奪われた。
そのまま放り出された僕が歩くと、人が道を作ってくれる。そして色んな方向から石と共に罵る言葉が飛んでくるのに耐えかねた僕は走り出し、河原に転がり落ちた。

名前だけは思い出せないけれど、女性を斬りつける場面ははっきりと覚えている。

河原に寝転がって空を眺めていると町娘だろうか。数人が喋りながら通り過ぎて行く。


『聞いた?プリング公爵家の兄貴の方の話』

『聞いた。聞いた。名前の通りよね』

『名前と家名の区切る位置変えたらまさに!って感じよね』

『ブルー・スプリング‥‥アオハルって。学園生の時に目を覚ませってやつね』

『遅咲きは狂うって言うじゃない。顔は良かったのにね。頭がダメだった』

『男娼館にでも行ったらいるかな?』

『えぇ~?!罪人の刻印されてるって話よ。男娼にもなれないでしょ』


遠くなっていく声に僕は空を見ていた目を閉じた。
少年の気持ちのままで現実を見なかったバカな男がいたんだなと僕は思った。
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