元伯爵令嬢の嫁ぎ先は醜男と名高い辺境伯様です

cyaru

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♡水利権で蛇が出る

窓の外を見れば降り積もる雪。真っ白な世界。
本当に外の世界からは切り離された地だと実感をします。

シュンシュンと薪ストーブの上に置いたケトルは室内の乾燥を防ぐために湯気を上げ、窓に近づけばひんやりとした空気が足元に纏わりつきます。


雪の季節は1年12カ月のうちの5カ月になると言います。
最初の1カ月は各家に浄化装置(濾過ろか装置)を設置し、道路わきにもある側溝も手を入れた事で道が凍ることなく雪の舞う中、領民の往来もありましたが土も冷え切ってしまったのでしょう。
今では調理や湯あみの湯が流れる時だけ側溝に湯気を上げながら水の音がします。



そんな日々を過ごす中、ヴィル様付の執事さんであるフレイドさんがわたくしの名を呼びました。

『奥様、旦那様がお呼びで御座います』

『あら?どうしたのかしら…お茶の時間はまだ早いですわね』

王都で結婚式を挙げて5カ月目。この辺境の地で結婚式を挙げて2カ月目。
蜜月とも言える期間で御座いますが、ヴィル様の甘えん坊癖も爆発しているのです。



15分ほど前にやっとヴィル様のお膝から抜け出し、侍女さんとお茶をしようと思っておりましたがフレイドさんを寄越すとなれば大事なご用件かも知れません。

ヴィル様はこの雪の間に王宮に出した計画書に基づいて領民の皆さんに事業の割り振りをするのです。雪融けになれば一斉に動き始めるため、細かい事までこの動けない間に決めてしまうのだとか。

雪が融ければわたくしの提案した農業計画も実践してくださるという事なのでその件かも知れません。


『ヴィル。どうしましたか?』

『あぁピオニー。やっと顔が見れた』

――いえ、15分前までご一緒でしたわ――


フレイドさんをちらりと見ると、指でこめかみをグイグイと押しております。
あとで湿布薬をお渡ししましょう。

『ピオニー。やっと返事が来たよ。こんな雪の日に持ってこなくてもいいのにな。本当に空気の読めない国王だ。一度王都を焼け野原にしたほうが理解が進むというものだ』

それって本格的な戦になってしまいます。断固阻止させて頂きます。
20代前半の若さで未亡人になるかもなんて悩みたくありませんし、誰も望みません。却下ですよ?



国王とは隣国の国王陛下の事です。このシュヴァイン領は国内へはヨルディス川の、そして隣国カスタードにはヴァニラ川の源流地点でもあるのです。南北に分かれた水はそれぞれ途中で支流と合流して大河となり海に流れていきますが、出発地点はシュヴァイン領なのです。

そしてシュヴァイン領は山ばかりではありますが、山が保水した水は地下水脈を通ってそれぞれの国の井戸から民の飲料水や生活用水になっているのです。

シュヴァイン領に住まう者だけが水質保全に努めても限界があります。
ですが、河川を汚すという事ではなく山の保全などをシュヴァイン領が放棄をしてしまえば、地下水脈を通る水も今のような水質を保てなくなります。川だけでなく見えない地下を通る水の水質を一番に守るのはシュヴァイン領。

ですが、現在両国ともシュヴァイン領に対しては何の援助もしていないのです。
ですからわたくしはヴィル様を通じ両国のトップに【水利権】を突きつけたのです。

河川の流水を直接支配する権利を主張。判りやすく言えば、【水が欲しけりゃ金出しな】って事です。


それまでこの辺境の領民の【自主的】な行動で水質は保全されてきたわけです。
両国はそれに甘えてきたと言っても良いでしょう。

この国の国王陛下から辺境に確かに交付金は出ておりますがそれはあくまでも【国防】についてであり水質保全に対してではないのです。

今回、各家に浄化装置(濾過ろか装置)を付けたり最終的に河川に流れ込む側溝もこれからは更に整備を進めていきますし、雪が融ければ山に付いても間伐や植林をして手を入れていきます。
それにはどんな綺麗ごとを言っても【金】が必要なのです。
確かに放っておいても川に水は流れていきます。それを堰き止めるにはダムを作るしかありません。建設するとなれば貯水用のダムなど国家予算の数年分でも足らないでしょうし、そうなれば領民が愛するこの地のどこかが永久的にに水の底に沈むという事です。

何十年、何百年先、医学も科学も発展すればそれも必要になるかも知れませんが、今はダムまでは必要ありません。書物で読んだ海の向こうの大陸では貯水ダムも存在しますが、管理保全にも金がかかる上に年々ダムに貯まる汚泥の処理にも困るとか。技術がない時に手を出すものではないのです。

両国の陛下も馬鹿ではありませんから、水については勉強をされています。
なので面倒だと思ったでしょうけども、返答をくれたのです。




ソファに座って手渡された手紙を呼んでいると、ソファの背もたれを乗り越えてわたくしを後ろから包み込むように座るヴィル様。そんな面倒な座り方をせずとも隣が空いておりますのに。

『(クンクン)ピオニーの髪の匂いっていい匂いがするな』

『ヴィルも同じシャンプー&トリートメントです。一緒に湯あみをしたでしょう?』

『何時間前の事を言ってるんだ?』

『ご自分の腕や脚も同じ香りです……もう!手紙を読んでいるんですから髪の毛を口に入れるのはやめなさいってば!』

『マーキングだ。気にするな』

『雪で御屋敷から出る事もありませんのに、マーキングは必要ありません』


クンクンはそのうち髪から首筋におりてきます。慣れましたがくすぐったいです。
ですが、今日は読んでいる手紙の2枚目に差し掛かると、ヴィル様が【ここだ】と指を指されます。

『隣国カスタードは協定を結ぶ事に付いては同意したとある。あとはその協定の内容だが‥‥ちょっと待ってくれ。ジェームズからも書簡が来ているんだ』


――それを先に出しなさい!――


テーブルに広げて置かれた国王陛下からの書簡には、利用料は金銭として払えないがヤムズ公爵領にある山の採掘権を辺境伯に委ねると書かれております。
石灰がとれる山ですから魅力的ではありますが、山を削る石灰採掘は永久的なものではありません。採掘量にもよりますが20~30年と言ったところでしょうか。既にヤムズ公爵が採掘もしていますので下手をすれば10年も石灰はとれないかも知れません。

カスタード国からは毎年30億の保全費用が支給されるとあります。国防で頂く交付金が5千万ですから、カスタード国の国王陛下には重要性がよくお判り頂けていると言ってよいでしょう。合格です。


『ヤムズ公爵って‥‥王妃様の御実家ではありませんか?』

『そうだな。いよいよジェームズも王妃と実家の切り離しを始めたようだ』

『切り離しって…でもご実家には国庫から融資をされてましたよね?』

『そうだ。ヤムズ公爵はかなり以前から‥‥そうだな第一王子が生まれる前からだが婚姻を解消して王妃を戻せと国王に進言していたんだ』

『そうなのですか?!初めて知りました』

『知らなくていい事もあるんだが…そういう話だ』

『では深くは知ってはいけない‥‥と?』

『俺の母親が先王の妹だった事は知っているよな?』

『はい。なので国王陛下とは従兄弟同士なのですよね』

『あぁ。政略結婚と言われた結婚だ。結果的に親父が一目惚れして恋愛結婚のようなものだが、本当のところは先王が辺境という王都から離れた地に母上を逃がしたんだ』

『逃がしたって…お家騒動があったという事ですか?』

『いや。原因はジェームズだ』


ますます聞きたくない話です。
ですがヴィル様は辺境伯夫人として知っておくべきと言っている気がします。

わたくしは水利権で辺境の地が優位である事を望みましたが、藪をつついて蛇を出してしまったのでしょうか。
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