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歪み過ぎた愛
ジェームズという男は面倒な男だ。
かつてジェームズには心から愛する女性がいた。
弟のようにジェームズを可愛がった叔母、名をシェルリーナと言う。
ジェームズの父の末妹で、ヴィルトの母である。
シェルリーナとジェームズの年の差は16歳もあった。
シェルリーナは傾国の美女とも言われるほどの美貌の持ち主で多才。
ハープを奏でれば誰もが立ち止まり目を閉じて懐かしい日々に涙を流し、歌を口ずさめば鳥ですら鳴かなくなると言われたほどだった。刺繍も舞踊も難なくこなし、幾多の国の王族、皇族からの婚姻の申し込みが後を絶たなかった。
年を取ってから生まれた王女に先々王も殊更甘く、遠くに嫁がせたくないと人目に触れぬよう王宮に囲った。
あくまでも兄の子、父が兄に王冠を渡し、その王冠を渡される者。
一線を引いての接し方しかしなかったシェルリーナのジェームズへ対しての思いはあくまでも【甥】への思いしかなかったが、ジェームズは違った。
厳しい王子教育が4歳から始まったジェームズは王子教育の辛さから逃げるようにシェルリーナへの依存度を高めてしまっていた。
異変を最初に感じたのは6歳の時。ジェームズの乳母だった。
毎夜、シェルリーナとでなければ嫌だと従者を困らせた。子供の我儘でそのうち収まるからと週に何度かシェルリーナの宮で寝泊まりをするようになった。
教育中や王妃に付いての視察時には何の問題もないのに一緒にいる時に限っての粗相。
【しっかりなさいませ】と構う姿に、ねっとりとシェルリーナを見つめる目を感じた乳母は早めにシェルリーナからジェームズを引き離す事をジェームズの父である王太子(先王)に進言した。
しかし、幼い王子に対して不敬であると立腹した王太子(先王)は乳母を追放し別の者に代えてしまった。
次にジェームズの異変を感じ取ったのは侍女の1人。
子供がぬいぐるみなどを抱いて寝るのはよくある事だが、ジェームズが抱いて寝ていたのはシェルリーナの下着だった。最初は見間違いかと思ったが同じものではなく宮に行くたびに入れ替えているのだと判り、その先を憂いた侍女は侍女頭に相談をした。
下着の確認をした侍女頭と共に王太子(先王)に進言したが、【あり得ない】と一蹴し、2人を遠方にある滅多に使用しない別荘付として左遷をした。
世間では嫁き遅れと言われる24歳になったシェルリーナはジェームズの父が即位した事により、かねてより婚姻の打診があった隣国の皇子との縁談話が急速に進んだ。8歳のジェームズは焦ったのだろう。
隣国の皇子にシェルリーナには恋焦がれた男がいて既に純潔も捧げていると吹聴したのだ。
8歳とは言え、王太子と言う立場にあるジェームズの言葉に嘘偽りはないかと問いただした隣国の皇子にジェームズは頷いた。縁談は当然流れた。
兄である国王(ジェームズの父)はシェルリーナを問いただしたが、身に覚えがないと涙ながらに訴えた。そこでやっと気が付いたのだ。乳母や侍女からの進言が嘘ではなかった事に。
幼いながらにも狂気を感じた国王(ジェームズの父)は学園生時代の親友であったシュヴァイン辺境伯にシェルリーナを守って欲しいとその身を預ける事を決めた。
年齢的にも妻帯者でない高位貴族は三男以降で、王女が嫁ぐには不向きだったという事もある。
シュヴァイン辺境伯は血気盛んな男で20歳まで婚約者がいたが【田舎には行きたくない】という婚約者の意をくんで婚約を解消して以降女性の気配は微塵もない男だった。
物理的に遠い地に離せばジェームズも忘れるだろう。
そう思ったのだ。
シュヴァイン辺境伯はヴィルトの父でもあるが、決して美丈夫ではなかった。
傾国の美女と言われたシェルリーナとは【美女と野生動物】と揶揄される事もあったが、お互いがお互いを最愛として2年後ヴィルトが生まれた。
ジェームズの思いは幼き日の憧れとして終わったと誰もが思っていた。
年に数回王都にやって来る辺境伯夫妻を笑顔で迎え、その息子であるヴィルトをジェームズは弟のように可愛がったからだ。
だが、違っていた。
ジェームズの愛は歪み、捩じれてしまった。
女性を二度と愛せなくなっただけでなく、誰も信用せず、利己主義とも言える言動が目立つようになった。それは公爵令嬢である王妃を娶っても変わらず、王妃にとの間に子を1人もうけたが王妃の事は不要な魔力の受け皿として扱い、それはその後召し上げた同じ爵位の公爵令嬢の側妃に対しても変わらなかった。
最愛のシュヴァイン辺境伯夫人が儚くなってからは特に酷くなり、その執着はヴィルトに向けられるようになった。唯一ヴィルトだけがその面影は無くとも最愛の女性の血を引いているとなれば殊の外気にかけるようになった。
王妃からツリピオニーをどうだと言われた時に、病気を持っているかも知れない娼婦を買うよりは安全だと思いツリピオニーを研究がてらと言い含めて辺境に送った。
数か月前、ヴィルトが石灰を探していると従者から聞いた、そして水利権についての書簡が届いた。
ジェームズは迷わず王妃の実家が持つ山の権利をヴィルトに委ねると決めた。
ヤムズ公爵領で採れる石灰などもうたかが知れている。
この機会にヤムズ公爵家から王妃を完全に切り離し、公爵家を潰す。いい加減公費で面倒をみてきたのだ。誰も文句は言わないだろう。
側妃の実家が持つ山からも石灰が産出される。小出しにする事でヴィルトが自分を頼ってきてくれるという思いだけがジェームズの庇護欲をかき立たせる。
こちらも順番に財産を剥ぎ取る事で国王としての私財が増える。側妃もまた不要な魔力の受け皿でしかない。
妃の実家が2つとも没落をすれば、ヴィルトの子供に王位を譲るのも悪くはない。
卑しい血が混じった王子2人よりも、気高く高貴な彼女の血を受け継ぐ者が自分の後継となるに相応しい。
その時に、妃2人と王子2人をこの手で葬ればヴィルトの心は自分に向くだろうか。
天に召された時、ヴィルトを王父にした自分を彼女は抱きしめてくれるだろうか。
国王ジェームズは歪んでいる。
ヴィルトはジェームズの心の内を全て知っているわけではないしを告げらてもいない。
それでも異様とも言える執着を感じ取っている。だからこそ距離を取っているのだ。
『すまない…気持ち悪い話だっただろう?』
『いえ、まぁ…はいと言っていいのかどうか…面倒で重い話ではありましたね』
『俺もジェームズとは距離を置くようにしているんだが…』
『男色…という事ではないのですよね‥‥なので余計に…』
『いやいや、男色だけだとしても俺は遠慮するぞ?』
『幼少期からの抑圧なんでしょうか‥‥わたくしはこの辺境で伸び伸び育てたいと思いますがヴィルもやはり早期から教育は必要だと思います?』
『子供が興味を持てば年齢は関係ないと思うが、興味のない事まで押し付けるのはどうかと考えるな。よく言うだろう。器用さと稽古と好きのそのうちで、好きこそものの上手なりけれって』
『あら?ヴィル。東方のセンノリキュウがお好きでしたの?』
『だから!男色じゃないって』
水利権に付いてジェームズ陛下は抜きに出来ませんが、面倒な従兄弟関係だという事は判りましたわ。石灰の代替品もありますし、冬の間にわたくしも対策を練る事に致しましょう。
かつてジェームズには心から愛する女性がいた。
弟のようにジェームズを可愛がった叔母、名をシェルリーナと言う。
ジェームズの父の末妹で、ヴィルトの母である。
シェルリーナとジェームズの年の差は16歳もあった。
シェルリーナは傾国の美女とも言われるほどの美貌の持ち主で多才。
ハープを奏でれば誰もが立ち止まり目を閉じて懐かしい日々に涙を流し、歌を口ずさめば鳥ですら鳴かなくなると言われたほどだった。刺繍も舞踊も難なくこなし、幾多の国の王族、皇族からの婚姻の申し込みが後を絶たなかった。
年を取ってから生まれた王女に先々王も殊更甘く、遠くに嫁がせたくないと人目に触れぬよう王宮に囲った。
あくまでも兄の子、父が兄に王冠を渡し、その王冠を渡される者。
一線を引いての接し方しかしなかったシェルリーナのジェームズへ対しての思いはあくまでも【甥】への思いしかなかったが、ジェームズは違った。
厳しい王子教育が4歳から始まったジェームズは王子教育の辛さから逃げるようにシェルリーナへの依存度を高めてしまっていた。
異変を最初に感じたのは6歳の時。ジェームズの乳母だった。
毎夜、シェルリーナとでなければ嫌だと従者を困らせた。子供の我儘でそのうち収まるからと週に何度かシェルリーナの宮で寝泊まりをするようになった。
教育中や王妃に付いての視察時には何の問題もないのに一緒にいる時に限っての粗相。
【しっかりなさいませ】と構う姿に、ねっとりとシェルリーナを見つめる目を感じた乳母は早めにシェルリーナからジェームズを引き離す事をジェームズの父である王太子(先王)に進言した。
しかし、幼い王子に対して不敬であると立腹した王太子(先王)は乳母を追放し別の者に代えてしまった。
次にジェームズの異変を感じ取ったのは侍女の1人。
子供がぬいぐるみなどを抱いて寝るのはよくある事だが、ジェームズが抱いて寝ていたのはシェルリーナの下着だった。最初は見間違いかと思ったが同じものではなく宮に行くたびに入れ替えているのだと判り、その先を憂いた侍女は侍女頭に相談をした。
下着の確認をした侍女頭と共に王太子(先王)に進言したが、【あり得ない】と一蹴し、2人を遠方にある滅多に使用しない別荘付として左遷をした。
世間では嫁き遅れと言われる24歳になったシェルリーナはジェームズの父が即位した事により、かねてより婚姻の打診があった隣国の皇子との縁談話が急速に進んだ。8歳のジェームズは焦ったのだろう。
隣国の皇子にシェルリーナには恋焦がれた男がいて既に純潔も捧げていると吹聴したのだ。
8歳とは言え、王太子と言う立場にあるジェームズの言葉に嘘偽りはないかと問いただした隣国の皇子にジェームズは頷いた。縁談は当然流れた。
兄である国王(ジェームズの父)はシェルリーナを問いただしたが、身に覚えがないと涙ながらに訴えた。そこでやっと気が付いたのだ。乳母や侍女からの進言が嘘ではなかった事に。
幼いながらにも狂気を感じた国王(ジェームズの父)は学園生時代の親友であったシュヴァイン辺境伯にシェルリーナを守って欲しいとその身を預ける事を決めた。
年齢的にも妻帯者でない高位貴族は三男以降で、王女が嫁ぐには不向きだったという事もある。
シュヴァイン辺境伯は血気盛んな男で20歳まで婚約者がいたが【田舎には行きたくない】という婚約者の意をくんで婚約を解消して以降女性の気配は微塵もない男だった。
物理的に遠い地に離せばジェームズも忘れるだろう。
そう思ったのだ。
シュヴァイン辺境伯はヴィルトの父でもあるが、決して美丈夫ではなかった。
傾国の美女と言われたシェルリーナとは【美女と野生動物】と揶揄される事もあったが、お互いがお互いを最愛として2年後ヴィルトが生まれた。
ジェームズの思いは幼き日の憧れとして終わったと誰もが思っていた。
年に数回王都にやって来る辺境伯夫妻を笑顔で迎え、その息子であるヴィルトをジェームズは弟のように可愛がったからだ。
だが、違っていた。
ジェームズの愛は歪み、捩じれてしまった。
女性を二度と愛せなくなっただけでなく、誰も信用せず、利己主義とも言える言動が目立つようになった。それは公爵令嬢である王妃を娶っても変わらず、王妃にとの間に子を1人もうけたが王妃の事は不要な魔力の受け皿として扱い、それはその後召し上げた同じ爵位の公爵令嬢の側妃に対しても変わらなかった。
最愛のシュヴァイン辺境伯夫人が儚くなってからは特に酷くなり、その執着はヴィルトに向けられるようになった。唯一ヴィルトだけがその面影は無くとも最愛の女性の血を引いているとなれば殊の外気にかけるようになった。
王妃からツリピオニーをどうだと言われた時に、病気を持っているかも知れない娼婦を買うよりは安全だと思いツリピオニーを研究がてらと言い含めて辺境に送った。
数か月前、ヴィルトが石灰を探していると従者から聞いた、そして水利権についての書簡が届いた。
ジェームズは迷わず王妃の実家が持つ山の権利をヴィルトに委ねると決めた。
ヤムズ公爵領で採れる石灰などもうたかが知れている。
この機会にヤムズ公爵家から王妃を完全に切り離し、公爵家を潰す。いい加減公費で面倒をみてきたのだ。誰も文句は言わないだろう。
側妃の実家が持つ山からも石灰が産出される。小出しにする事でヴィルトが自分を頼ってきてくれるという思いだけがジェームズの庇護欲をかき立たせる。
こちらも順番に財産を剥ぎ取る事で国王としての私財が増える。側妃もまた不要な魔力の受け皿でしかない。
妃の実家が2つとも没落をすれば、ヴィルトの子供に王位を譲るのも悪くはない。
卑しい血が混じった王子2人よりも、気高く高貴な彼女の血を受け継ぐ者が自分の後継となるに相応しい。
その時に、妃2人と王子2人をこの手で葬ればヴィルトの心は自分に向くだろうか。
天に召された時、ヴィルトを王父にした自分を彼女は抱きしめてくれるだろうか。
国王ジェームズは歪んでいる。
ヴィルトはジェームズの心の内を全て知っているわけではないしを告げらてもいない。
それでも異様とも言える執着を感じ取っている。だからこそ距離を取っているのだ。
『すまない…気持ち悪い話だっただろう?』
『いえ、まぁ…はいと言っていいのかどうか…面倒で重い話ではありましたね』
『俺もジェームズとは距離を置くようにしているんだが…』
『男色…という事ではないのですよね‥‥なので余計に…』
『いやいや、男色だけだとしても俺は遠慮するぞ?』
『幼少期からの抑圧なんでしょうか‥‥わたくしはこの辺境で伸び伸び育てたいと思いますがヴィルもやはり早期から教育は必要だと思います?』
『子供が興味を持てば年齢は関係ないと思うが、興味のない事まで押し付けるのはどうかと考えるな。よく言うだろう。器用さと稽古と好きのそのうちで、好きこそものの上手なりけれって』
『あら?ヴィル。東方のセンノリキュウがお好きでしたの?』
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