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♡ヴィルも歩けば壁に当たる
『ですから、雪融けを迎えましたら陛下に進言くださいませっ』
『だが、石灰をと差し出してきたのなら金がないのかも知れないだろう?』
『そこをやりくりするのが財政です。国防に付いては安い金で丸投げなのですからどこかに無駄がある筈です。王都もそこまでインフラが整備されている訳ではありませんし、国土は3分の1。人口はほぼ半分のクレタ皇国でも税率はこの国の半分。それで十分に国は回っているんです。石灰を取り尽くせば山は無くなります。そうしたら次は何処に?という話にもなります。臣下と言えど勝手に国王が所有権を動かして良いものではないんです。カスタード国と同額にしろとは申しません。国防として5千万なのなら、水質保全と合わせて2億でも3億でもいいのですよ』
『ま、まぁちょっと茶でも飲もう。今朝もこの雪の中‥‥なんとウサギ肉が届いていたぞ』
『あら?では今夜の夕食は豪華になりそうですわね』
かの日助けたスノーウルフの群れはこの雪の中、冬場にはなかなか獲れないウサギなどを玄関に置いていってくれるのです。助かりますが玄関を開けて毎朝掃除をしている侍女さんは扉を開ける時には鉢合わせしないようにとガクブルなのだそうです。
『本日は焼きたてのスコーンで御座いますよ。色々とジャムもあります』
侍女さんがワゴンに載せて運んできてくれるのですが‥‥
クンクン‥‥フンフン‥‥?おや?何かがおかしいです。
『どうなさいました?お茶はルイボスティーに致しましょうね』
――それは良いんだけど…クンクン…何だろう…この匂い――
わたくしは焼きたてのスコーンに限らずお菓子は大好きなのです。
皿に取り分けられたスコーンは温かくてまだフワフワですが‥‥。
『うっ‥‥』
凄く嫌な感じなのです。ヴィルを見るとマーマレードジャムを付けて食べていますので味におかしいところも香りが変だとも感じていないようです。
ですが‥‥焼きたてのスコーンの香りは大好きですし、ルイボスティーも確かに癖はありますが好きなお茶です。なのに香りが‥‥今までにない違和感を感じるのです。
『どうした?具合が悪いのか?顔色が悪いぞ』
ヴィルがガタンと立ち上がり、目の前のルイボスティーが茶器から零れます。
額に手を当ててくださり【熱はないようだが…】と声が聞こえます。
しかし、ヴィルが先程までスコーンを手にしていたからでしょうか。額に触れた手から香る匂いに吐き気が襲ってきました。流石にヴィルに吐瀉は出来ませんので手で覆い、床が汚れるよりはとドレスを掴んだのですが…。
『うぅぅ~…』
『大丈夫か!おいっ!医者を呼べっ!それからテーブルにある物には触れるな!』
『はいっ!』
バタバタと使用人さんも動き始めるのですが、風に乗って色んな匂いが鼻に付き、また吐き気が襲います。
『奥様っ。こちらを‥‥旦那様、奥様を寝台にそっと運んでくださいませ』
あぁ、ごめんなさい。風邪かしら…。数日前から微熱はあったように思いましたが大したことはないと放っておいたわたくしが一番いけないのですね。
お医者様がわたくしに掛布をかけてくださいます。
枕元にはこの年になって恥ずかしいのですが洗面器。本当に皆さんに申し訳ないですわ。
『先生…ピオニーはっ!』
『大丈夫ですよ』
『大丈夫って!突然吐いたんですよ?今もこんなにぐったりしてる。何の病気ですか』
『病気ではありませんよ。ご懐妊です』
『病気じゃな――――え?今、何と?』
『ですから、病気ではありません。ご懐妊です。予定日はそうですね…最終月経から数えて‥ひぃふぅ…初夏ですね。討伐の時期でしょうからお戻りになられる頃にはお子様を抱けると思いますよ』
『えぇっと…待て。今頭の中を整理している…初夏…お子様?お子様??』
ヴィル様は完全にテンパっていると言ってよいでしょう。
指を数えて手を振り上げて、今度はその手を大きく振って体の前に後ろにブンブンと前後させたかと思えば部屋を歩いて壁にぶつかり、また逆に歩いてテーブルをひっくり返し、転んで尻もちをつかれました。
『お館様、大丈夫ですか?尻の打撲もついでに診察しましょうか?』
『いや、今、頭の中にコスモスが咲き乱れているから後にしてくれ』
『旦那様、一先ず立ち上がりましょうか』
『いや、七転び八起きは得意だが、これは王手飛車取りなのか』
ヴィル様、全く意味が通じませんよ?支離滅裂になっておられます。
『ヴィル?』
パッとわたくしと目が合ったヴィル様はまるで幼子のように寝台に駈け寄ってきます。
わたくしの手を握って、口をはくはくさせておりますが、声が遅れている訳ではなく言葉が出ないようです。
『ヴィル、赤ちゃんだそうです』
『(こくこく)』
『ヴィルもお父様になるのですね』
『(こくこく)』
『ヴィルに似た可愛い子供かしら』
『(ブンブン!@首を横振り)』
『何か言ってくださいませ』
『‥‥オニー…ピオ‥‥うぅっ…ふぅっ…』
可愛い目から涙がポロポロと零れております。
お父様だけでなく、ヴィル様まで泣き虫になってしまったんでしょうか。
『ありがっ‥‥ありがと…ありがとう…ふぐっ…』
『ふふふ。ヴィル。わたくしも‥‥ありがとう』
『うん…うん…』
まだ安定期でもありませんが、その知らせはあっという間に領民の皆さんに伝わったのだとか。
雪の降る中、使用人さんは大喜びで領内を回ったと言います。
ヴィル様が討伐に出る頃には少しだけお腹も出ているのかしら?その日から寝台の隣でヴィル様はまるで番犬いえ、番イノシシのように添い寝になったのです。
『お腹が大きくても馬には乗れるかしら』
『何を言ってるんだ!ちゃんと寝台で横になってないとダメだ』
『妊娠中の運動不足はダメだと先生も仰っていたでしょう?』
『ピオニーは息をする運動だけでいい。歩くなんて以ての外だ』
『旦那様、奥様、双方とも不合格です。先ず旦那様。妊婦さんは適度に運動する事は大事です。ですが奥様、騎乗などは以ての外。重い物を持つのもダメです。散策でのミニスコップは許容範囲ですがツルハシ、シャベル、崖登りに全力疾走は禁止で御座います』
『そうですよ。悪阻の時期は食べられるものを食べられるだけ時間を問う事もありませんが、悪阻が収まればお食事にも制限を付けさせて頂きます。今のように野草を何でも試食されるのは禁止です。三食をバランスよく。よろしいですね』
『野草を何でもって‥‥ピオニー!聞いてないぞ』
『言ってませんもん(ぷいっ)』
『お転婆は封印してくれ。我が妻♡』
優しいお顔になったヴィル様の手がそっとお腹を撫でました。
『だが、石灰をと差し出してきたのなら金がないのかも知れないだろう?』
『そこをやりくりするのが財政です。国防に付いては安い金で丸投げなのですからどこかに無駄がある筈です。王都もそこまでインフラが整備されている訳ではありませんし、国土は3分の1。人口はほぼ半分のクレタ皇国でも税率はこの国の半分。それで十分に国は回っているんです。石灰を取り尽くせば山は無くなります。そうしたら次は何処に?という話にもなります。臣下と言えど勝手に国王が所有権を動かして良いものではないんです。カスタード国と同額にしろとは申しません。国防として5千万なのなら、水質保全と合わせて2億でも3億でもいいのですよ』
『ま、まぁちょっと茶でも飲もう。今朝もこの雪の中‥‥なんとウサギ肉が届いていたぞ』
『あら?では今夜の夕食は豪華になりそうですわね』
かの日助けたスノーウルフの群れはこの雪の中、冬場にはなかなか獲れないウサギなどを玄関に置いていってくれるのです。助かりますが玄関を開けて毎朝掃除をしている侍女さんは扉を開ける時には鉢合わせしないようにとガクブルなのだそうです。
『本日は焼きたてのスコーンで御座いますよ。色々とジャムもあります』
侍女さんがワゴンに載せて運んできてくれるのですが‥‥
クンクン‥‥フンフン‥‥?おや?何かがおかしいです。
『どうなさいました?お茶はルイボスティーに致しましょうね』
――それは良いんだけど…クンクン…何だろう…この匂い――
わたくしは焼きたてのスコーンに限らずお菓子は大好きなのです。
皿に取り分けられたスコーンは温かくてまだフワフワですが‥‥。
『うっ‥‥』
凄く嫌な感じなのです。ヴィルを見るとマーマレードジャムを付けて食べていますので味におかしいところも香りが変だとも感じていないようです。
ですが‥‥焼きたてのスコーンの香りは大好きですし、ルイボスティーも確かに癖はありますが好きなお茶です。なのに香りが‥‥今までにない違和感を感じるのです。
『どうした?具合が悪いのか?顔色が悪いぞ』
ヴィルがガタンと立ち上がり、目の前のルイボスティーが茶器から零れます。
額に手を当ててくださり【熱はないようだが…】と声が聞こえます。
しかし、ヴィルが先程までスコーンを手にしていたからでしょうか。額に触れた手から香る匂いに吐き気が襲ってきました。流石にヴィルに吐瀉は出来ませんので手で覆い、床が汚れるよりはとドレスを掴んだのですが…。
『うぅぅ~…』
『大丈夫か!おいっ!医者を呼べっ!それからテーブルにある物には触れるな!』
『はいっ!』
バタバタと使用人さんも動き始めるのですが、風に乗って色んな匂いが鼻に付き、また吐き気が襲います。
『奥様っ。こちらを‥‥旦那様、奥様を寝台にそっと運んでくださいませ』
あぁ、ごめんなさい。風邪かしら…。数日前から微熱はあったように思いましたが大したことはないと放っておいたわたくしが一番いけないのですね。
お医者様がわたくしに掛布をかけてくださいます。
枕元にはこの年になって恥ずかしいのですが洗面器。本当に皆さんに申し訳ないですわ。
『先生…ピオニーはっ!』
『大丈夫ですよ』
『大丈夫って!突然吐いたんですよ?今もこんなにぐったりしてる。何の病気ですか』
『病気ではありませんよ。ご懐妊です』
『病気じゃな――――え?今、何と?』
『ですから、病気ではありません。ご懐妊です。予定日はそうですね…最終月経から数えて‥ひぃふぅ…初夏ですね。討伐の時期でしょうからお戻りになられる頃にはお子様を抱けると思いますよ』
『えぇっと…待て。今頭の中を整理している…初夏…お子様?お子様??』
ヴィル様は完全にテンパっていると言ってよいでしょう。
指を数えて手を振り上げて、今度はその手を大きく振って体の前に後ろにブンブンと前後させたかと思えば部屋を歩いて壁にぶつかり、また逆に歩いてテーブルをひっくり返し、転んで尻もちをつかれました。
『お館様、大丈夫ですか?尻の打撲もついでに診察しましょうか?』
『いや、今、頭の中にコスモスが咲き乱れているから後にしてくれ』
『旦那様、一先ず立ち上がりましょうか』
『いや、七転び八起きは得意だが、これは王手飛車取りなのか』
ヴィル様、全く意味が通じませんよ?支離滅裂になっておられます。
『ヴィル?』
パッとわたくしと目が合ったヴィル様はまるで幼子のように寝台に駈け寄ってきます。
わたくしの手を握って、口をはくはくさせておりますが、声が遅れている訳ではなく言葉が出ないようです。
『ヴィル、赤ちゃんだそうです』
『(こくこく)』
『ヴィルもお父様になるのですね』
『(こくこく)』
『ヴィルに似た可愛い子供かしら』
『(ブンブン!@首を横振り)』
『何か言ってくださいませ』
『‥‥オニー…ピオ‥‥うぅっ…ふぅっ…』
可愛い目から涙がポロポロと零れております。
お父様だけでなく、ヴィル様まで泣き虫になってしまったんでしょうか。
『ありがっ‥‥ありがと…ありがとう…ふぐっ…』
『ふふふ。ヴィル。わたくしも‥‥ありがとう』
『うん…うん…』
まだ安定期でもありませんが、その知らせはあっという間に領民の皆さんに伝わったのだとか。
雪の降る中、使用人さんは大喜びで領内を回ったと言います。
ヴィル様が討伐に出る頃には少しだけお腹も出ているのかしら?その日から寝台の隣でヴィル様はまるで番犬いえ、番イノシシのように添い寝になったのです。
『お腹が大きくても馬には乗れるかしら』
『何を言ってるんだ!ちゃんと寝台で横になってないとダメだ』
『妊娠中の運動不足はダメだと先生も仰っていたでしょう?』
『ピオニーは息をする運動だけでいい。歩くなんて以ての外だ』
『旦那様、奥様、双方とも不合格です。先ず旦那様。妊婦さんは適度に運動する事は大事です。ですが奥様、騎乗などは以ての外。重い物を持つのもダメです。散策でのミニスコップは許容範囲ですがツルハシ、シャベル、崖登りに全力疾走は禁止で御座います』
『そうですよ。悪阻の時期は食べられるものを食べられるだけ時間を問う事もありませんが、悪阻が収まればお食事にも制限を付けさせて頂きます。今のように野草を何でも試食されるのは禁止です。三食をバランスよく。よろしいですね』
『野草を何でもって‥‥ピオニー!聞いてないぞ』
『言ってませんもん(ぷいっ)』
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優しいお顔になったヴィル様の手がそっとお腹を撫でました。
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