元伯爵令嬢の嫁ぎ先は醜男と名高い辺境伯様です

cyaru

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△遠方より客来たる

『旦那様、よろしいでしょうか?』

『どうしたフレイド。もう少しで区切りがつく、待ってくれ』

『はい、承知致しました』


ツリピオニーの悪阻が始まりそろそろ1か月半。相変わらずセロリ、パセリ、キュウリだけをぼりぼり、ムシャムシャと食べているが医師が言うには一過性のもので、悪阻が落ち着けば今度は爆発的な食欲になる女性もいるという。

食べられない期間もあるのに、それを乗り越えたら食べたいのに抑制するんだそうだ。女性は凄いなと本当に感心と感服をしてしまう。男の俺は一体何が出来るだろうか。

そう思いつつ、間違いがないか確認をして印を押す。


『終わったぞ。どうしたんだ』

『はい、お客様が見えられております』

『客?この時期に?どこから』

『王都から徒歩で来られたようです』


今が一番雪も降るし、一晩で積る高さもある時期だ。吹雪になる事もある。
こんな時期に歩いて王都から来るなどと余程の緊急事態かと思ったが、それならば早馬のような扱いになるはずだ。

ツリピオニーの妊娠の事は王都に住まう義両親であるファータ伯爵家にも知らせたから、娘が心配で義弟殿でも来られたんだろうか。それとも雪融け時の搬入の件でエドワード殿だろうか。

俺自身にはこの時期に歩いてこの辺境まで来るような友人はいない。
学園生時代の友人は確かにいるが、皆、街道が通行可能になった頃に先ぶれをだしてから来る者ばかりだ。


誰だろうと思い、応接室に通したというので出向いてみれば…。

『殿下っ!どうされたのです!まさか王都でなにか?!』


そこにいたのは第二王子ルフトベル殿下だった。
供として一緒に来た兵士は別室で休んでいるというが、まだ10歳。どんなに急いでも子供の足なら2週間はかかっただろう。途中兵士に背負ってもらったとしても10日いや、12日はかかったはずだ。
途中は降り積もった雪を掘って一晩を明かしたりせねばならない。凍傷など負傷する事もある。いったい王都で何があったと言うのだ。


『ヴィルト先生。奥様がご懐妊と聞いて馳せ参じました』

『いやいや、馳せ参じって…立場が逆で御座います。畏れ多い』

『これを届けたくて‥‥今までで一番良い出来だと自負しています』


武術の心得を教えたからか殿下は俺に対して偉ぶった風もなく師として話をしてくれる。
そして殿下が今までで一番良い出来だというのはプリザーブドフラワーだ。

王宮には毎日沢山の花が飾られるが、数日で枯れてしまい処分されていく。
なので殿下は王子として恥ずかしいと何度も側妃殿下に叱られながらも生けられていた花が捨てられる前にこうやってプリザーブドフラワーにして王宮の使用人に配ったり、馬車の中に飾ったりしているのだ。


『王子なのに恥ずかしいんだけど』

『殿下、とても嬉しいです。妻も喜びます。以前も申しましたがこうやって物を大事にする。特に王宮に飾られる花は笑顔に、朗らかにという意味もあって飾られる事も多くその花を選んだ者達の気持ちも一緒に咲いているのを愛でるのです。恥ずかしい事などではありませんよ』

『今日は奥方はどうされている?』


まだ10歳の殿下は悪阻という物をご存じないのだ。心配をさせるわけにも行かず俺はぶっちゃけ適当に誤魔化した。そうしないと現在ツリピオニーはキュウリを一心不乱に齧っているからだ。見られるわけにはいかない。

『妻は妊娠初期ですので、今は横になって――』

『ヴィルぅ!どこですのヴィルぅ~』


滝のような汗が一気に流れた。背中は今、大洪水だ。
完全にツリピオニーも気が弛んでいるのだろう。こんな時期に客が来ている事の方があり得ないのだ。


『あはっ!ヴィルト先生はヴィルって呼ばれてるんですね』

『アハハ…いや、その…お恥ずかしい』

『ですが、元気そうなお声です。良かった』


扉の向こうでフレイドの声とツリピオニーの声がする。おそらく来客中だと言われているのだろう。息を飲むような音まで聞こえてくる。
足音がしない事から、そーっとリビングに戻ったのだろう。


『ヴィルト先生‥‥実は話があってきました。贈り物はすみません。こじつけです』

『そうではないかと。贈り物でしたら雪融けを待ってから討伐に出るまでの期間でも大丈夫ですからね。ですがこの雪の中、10日以上も無理をしてくるとなれば余程の事でしょうかね?』

『はい。私の憶測も入っています。なので全てが正解、事実とは言えないのですが少しでも早く耳に入れたほうが良いと判断をして‥‥兵には無理を言いました』


ルフトベル殿下は聡明な方だ。年齢が若いと言って見くびってはならない。
幾つかの事から総合的に判断をして考えを述べる人間なのだ。


『まず、父上です。父上はヴィルト先生のお子さんを次の国王にと議会を招集しました。そして奥方の出産を王宮で行うよう指示を出しています。ただ議会の招集は止められませんが、典医や薬師、魔導士は辺境の地から王都への移動は母体に負担が大きいと反対をしています』

『なるほど。ご安心ください。妻は産後それなりの時期になるまでこの地からは動かす事はありません。何かあれば私が単身で王都に出向くよう考えています。議会は‥‥陛下の意見が承認されることはないでしょう。もう長い間王家と辺境伯家の間に取り交わされた確約がありますから』

『それを聞いて安心しました。実は母上も王都にヴィルト先生の奥方を迎え入れようと動いている節があります。お婆様が遠回しにそんな事を言っていました。公爵家で夫人を預かるのが負担だとか…。母上は父上とは結果的にヴィルト先生の御子に次の王位をと考えていますが、目的は違います。母上はヴィルト先生の御子に全てを押し付けて、私と共に隣国で生活をしようと王宮を抜け出す事を目論んでいます』

『殿下はどうなされる。側妃殿下と共に?』

『‥‥いや‥‥母上には悪いと思うが…そうなれば母上は公爵家に戻って貰おうと思う』

『なるほど。その折はこのシュヴァイン家は殿下をお守り致しましょう。何なりと申しつけください』

『そうならないように‥‥何とかしてみるつもり』

『何とかしてみるとは?』

『場合によっては‥‥即位も考えてる。だけど―――』


ルフトベル殿下は手を固く握り膝の上でその拳が小刻みに震えている。
国王となった時、一番先にすべき事の大きさに迷っているのだろう。


『ヴィルト先生…いや、シュヴァイン辺境伯として返事が聞きたいっ』

『何なりと』

『そっ…即位をした私を‥‥摂政として支えてくれないだろうかっ!』

『殿下。私には荷が重いかと…国防もありますし』

『そっか…そうだよね…なら!』

『なら?!』

『奥方に頼むまでだね』


えぇっ?間違いなくツリピオニーは二つ返事でOKしてしまいますよ!殿下ぁ!

俺の冷や汗はもう濁流のようになって渦を巻いてしまった。
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