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最終話の前に●彼らの行く末●あの3人
『ねぇ。何処まで歩くのよ』
『もうすぐだ。もうすぐ民家があるはずだ』
何日も歩いて山を越え、川に腰まで浸りながら渡り切り、民家に黙って侵入して食べ物を盗んで飲み食いし元第一王子ペデベストとエキドゥナがたどり着いたのはシュヴァイン辺境領にほど近い場所だった。
何もする事がない王宮での毎日にも辟易していたが、母親の実家であるヤムズ公爵家では伯父や義伯母から口を開けば文句ばかりを言われた。
母親にどうにかしてくれと頼んでも何もしてくれない。数日のうちに母親は今までのような発言力など皆無である事を知った。むしゃくしゃして義伯母の部屋から宝飾品を盗み出しペデベストはエキドゥナと馬を拝借して公爵家から逃げ出した。
馬がある時は良かった。宝飾品も全部を売らず小出しにして売ろうと思ったが金になると思って買い取りに持って行っても【見栄えはいいがガラス玉】と言われ結局全部を売っても2日分の宿代にもならなかった。足元を見られたのか、それとも困窮していた公爵家から持ち出したから本当にガラス玉だったか。ペデベストとエキドゥナにそれを知る術はなかった。
『お前がこれは金になると言ったじゃないか』
『偽物だなんて思わなかったし。それを言うなら殿下だって見抜けなかったでしょ』
手癖が悪そうだとエキドゥナを見て、価値がある物は実家に全ておいていたヤムズ公爵夫人のほうが上手だっただけである。
2人が公爵家を逃げ出した日。ブルースも領界近くで釈放をされた。
反省の色が全くなく、これ以上ブルースに対しての食事も勿体ないとヴィルトは判断したのだ。
過去に行った事は忘れてしまっているからそこを追及しても仕方がない。しかし自分が助かるために他者を、しかもツリピオニーに子狼を押し付け、その場に留まるどころか逃げ出したブルースを許す事は出来なかった。
許しはしないが、せめて一言謝罪の言葉でもあれば甘いと言われようと薄暗い地下牢でその生涯が終わるまで食事は出してやろうと思ったのだ。
だが謝罪の言葉はなく、何度問うても【自己弁護】ばかりだった。
かまう時間すら惜しいとヴィルトはブルースを領界に釈放した。腸は煮えくりかえるが刻印があるので殺す事も出来ない。刻印がある者に対し絞首刑をしようとしても縄が切れるし斬首刑にしようとしても刃が折れるのだ。それほどまでに魔術師の魔力は強かった。
と、言ってもかつてこの魔法の魔法陣を考え出した魔術師、いや魔法騎士は惚れぬいた女性の言いなりになり全ての血を吸い尽くされた挙句儚くなったと言い伝えられている。
雪融けだったのが幸いして平原を彷徨い、草の露で喉を潤し冬眠から覚めて活動し始めた獣が食い漁った残骸を火を起こして腹を満たす。
盗みすら出来ないブルースがまだ冷たい川に入り、岩淵に追い込んだ魚を逃がしてしまった時、背後から声を掛けられた。
『ブルース!ブルースじゃないか』
『あの‥‥誰ですか?』
『やだ…刻印持ちってホントに消されちゃうんだ。やっばい』
首を傾げるブルースだが、ペデベストとエキドゥナは下心を持ってブルースを利用しようと考えた。記憶を失ったブルースは2人に従えば金が貰えると考えた。
『おい、食い物持って来いよ』
『どうやって?』
『金、あるんだろ?』
『いえ、持ってないです』
『うっそ。どうやって食べてんの?』
『魚を獲ったり‥‥獣が残していった食べ残しを食べたり…』
一方的な主従関係で結ばれた2人と1人はそれから数日、ブルースが傷だらけになりながらも捕まえたウサギなどで腹を満たし、行き先のない旅をつづけた。
『金になる事ってねぇのか?』
ペデベストの言葉にブルースはそう言えばとあの冒険者たちが言っていた事を話した。スノーウルフの子供を捕まえて貴族に売ればその先はどんなに豪遊しても尽きる事のない金が手に入るという話である。
『捕まえて来いよ』
ブルースはその言葉に迷った。自分は死ぬことはない。もし死ぬとすればその時が寿命だったという事だ。しかし魔獣に襲われる恐怖は知っている。経験があるからだ。
『一人では無理なんです。絶対に親が少なくとも1、2匹一緒にいるからその冒険者も親をおびき寄せるのと子狼を捕まえるのと分担してました』
決して嘘ではない。全員がスノーウルフによって亡くなってしまったが、役割は分担をしていた。ブルースは火の番としてパーティーに同行していただけでその分担は任されていなかった。
だから、襲撃をする時に離れた場所にいる事ができたのだ。
『スノーウルフか。面白そうだな』
『ひきつけるのはアタシに任せて。結構足は速いのよ』
『じゃぁ決まりだ。俺とエキドゥナがひきつけるからブルースが子狼を捕まえて来い』
『ぼ、僕が?』
『掴んで走るだけだ。マズイと思ったら川に飛び込むとかして逃げきれ』
『やって…みます』
ブルースに悪気など全くなかった。記憶がないからだ。
ペデベストやエキドゥナといた時の記憶は全くない。だからペデベストが碌に魔法は使えないし、基本が吸収する媒介になっている事も知らなければエキドゥナが他者の魔力を吸い取ってその美貌を保っている事も知らない。
ここまでやる気になっているし、自信満々なのだからあの冒険者並、いやそれ以上に出来るんだろうと思っただけである。
そして2人と1人はスノーウルフの巣を見つけた。
だが、誤算があった。
以前にブルースを同行させていたパーティは少なからずスノーウルフに対して知識があった事だ。この2人と1人にそんな知識はない。
繁殖期である冬眠する少し前を狙ったパーティ。2人と1人が狙うのは冬眠から覚めた腹が一番減っている時期で繁殖期でもないため冬眠前に生まれた子狼は既に成獣並となっていて、これから親狼から狩りを学ぶ時期だという事だ。
狩りを覚えるまで与えた練習用の獲物は生かさず殺さずに食わずでずっと側に置かれる。
数十頭が体を休めているのは見晴らしの良い草原だった。
身を隠すにもほふく前進で身を伏せたとしても隠せるだけの背丈に草は伸びていない。
『行くぞ』
『やった!明日からは遊んで暮らせるわ』
『待ってください‥‥小さいのが何処にいるか判らない』
『バカッ!早く探せ』
『ねぇ、あれじゃない?スノーウルフって言うくらいだから白いんでしょ?ほら、あそこになんか白くて小さいのがあるじゃない』
決してエキドゥナの視力が悪かったわけではない。岩の一部に光が反射して白く見えていただけだ。
『ブルース!しっかりやれよ』
ペデベストの声に、3人は一斉に動いた。
ペデベストとエキドゥナは両手いっぱいの石を力いっぱい投げつけた。
20頭ばかりの意識がペデベストとエキドゥナに向かい、スノーウルフは飛び掛かってきた。
そして言われた通りブルースも白くて小さいものに突進していった。
走っていく途中、ブルースは眩暈を覚えその場につんのめった後転がった。
その後の3人を見たものは誰もいない。
『もうすぐだ。もうすぐ民家があるはずだ』
何日も歩いて山を越え、川に腰まで浸りながら渡り切り、民家に黙って侵入して食べ物を盗んで飲み食いし元第一王子ペデベストとエキドゥナがたどり着いたのはシュヴァイン辺境領にほど近い場所だった。
何もする事がない王宮での毎日にも辟易していたが、母親の実家であるヤムズ公爵家では伯父や義伯母から口を開けば文句ばかりを言われた。
母親にどうにかしてくれと頼んでも何もしてくれない。数日のうちに母親は今までのような発言力など皆無である事を知った。むしゃくしゃして義伯母の部屋から宝飾品を盗み出しペデベストはエキドゥナと馬を拝借して公爵家から逃げ出した。
馬がある時は良かった。宝飾品も全部を売らず小出しにして売ろうと思ったが金になると思って買い取りに持って行っても【見栄えはいいがガラス玉】と言われ結局全部を売っても2日分の宿代にもならなかった。足元を見られたのか、それとも困窮していた公爵家から持ち出したから本当にガラス玉だったか。ペデベストとエキドゥナにそれを知る術はなかった。
『お前がこれは金になると言ったじゃないか』
『偽物だなんて思わなかったし。それを言うなら殿下だって見抜けなかったでしょ』
手癖が悪そうだとエキドゥナを見て、価値がある物は実家に全ておいていたヤムズ公爵夫人のほうが上手だっただけである。
2人が公爵家を逃げ出した日。ブルースも領界近くで釈放をされた。
反省の色が全くなく、これ以上ブルースに対しての食事も勿体ないとヴィルトは判断したのだ。
過去に行った事は忘れてしまっているからそこを追及しても仕方がない。しかし自分が助かるために他者を、しかもツリピオニーに子狼を押し付け、その場に留まるどころか逃げ出したブルースを許す事は出来なかった。
許しはしないが、せめて一言謝罪の言葉でもあれば甘いと言われようと薄暗い地下牢でその生涯が終わるまで食事は出してやろうと思ったのだ。
だが謝罪の言葉はなく、何度問うても【自己弁護】ばかりだった。
かまう時間すら惜しいとヴィルトはブルースを領界に釈放した。腸は煮えくりかえるが刻印があるので殺す事も出来ない。刻印がある者に対し絞首刑をしようとしても縄が切れるし斬首刑にしようとしても刃が折れるのだ。それほどまでに魔術師の魔力は強かった。
と、言ってもかつてこの魔法の魔法陣を考え出した魔術師、いや魔法騎士は惚れぬいた女性の言いなりになり全ての血を吸い尽くされた挙句儚くなったと言い伝えられている。
雪融けだったのが幸いして平原を彷徨い、草の露で喉を潤し冬眠から覚めて活動し始めた獣が食い漁った残骸を火を起こして腹を満たす。
盗みすら出来ないブルースがまだ冷たい川に入り、岩淵に追い込んだ魚を逃がしてしまった時、背後から声を掛けられた。
『ブルース!ブルースじゃないか』
『あの‥‥誰ですか?』
『やだ…刻印持ちってホントに消されちゃうんだ。やっばい』
首を傾げるブルースだが、ペデベストとエキドゥナは下心を持ってブルースを利用しようと考えた。記憶を失ったブルースは2人に従えば金が貰えると考えた。
『おい、食い物持って来いよ』
『どうやって?』
『金、あるんだろ?』
『いえ、持ってないです』
『うっそ。どうやって食べてんの?』
『魚を獲ったり‥‥獣が残していった食べ残しを食べたり…』
一方的な主従関係で結ばれた2人と1人はそれから数日、ブルースが傷だらけになりながらも捕まえたウサギなどで腹を満たし、行き先のない旅をつづけた。
『金になる事ってねぇのか?』
ペデベストの言葉にブルースはそう言えばとあの冒険者たちが言っていた事を話した。スノーウルフの子供を捕まえて貴族に売ればその先はどんなに豪遊しても尽きる事のない金が手に入るという話である。
『捕まえて来いよ』
ブルースはその言葉に迷った。自分は死ぬことはない。もし死ぬとすればその時が寿命だったという事だ。しかし魔獣に襲われる恐怖は知っている。経験があるからだ。
『一人では無理なんです。絶対に親が少なくとも1、2匹一緒にいるからその冒険者も親をおびき寄せるのと子狼を捕まえるのと分担してました』
決して嘘ではない。全員がスノーウルフによって亡くなってしまったが、役割は分担をしていた。ブルースは火の番としてパーティーに同行していただけでその分担は任されていなかった。
だから、襲撃をする時に離れた場所にいる事ができたのだ。
『スノーウルフか。面白そうだな』
『ひきつけるのはアタシに任せて。結構足は速いのよ』
『じゃぁ決まりだ。俺とエキドゥナがひきつけるからブルースが子狼を捕まえて来い』
『ぼ、僕が?』
『掴んで走るだけだ。マズイと思ったら川に飛び込むとかして逃げきれ』
『やって…みます』
ブルースに悪気など全くなかった。記憶がないからだ。
ペデベストやエキドゥナといた時の記憶は全くない。だからペデベストが碌に魔法は使えないし、基本が吸収する媒介になっている事も知らなければエキドゥナが他者の魔力を吸い取ってその美貌を保っている事も知らない。
ここまでやる気になっているし、自信満々なのだからあの冒険者並、いやそれ以上に出来るんだろうと思っただけである。
そして2人と1人はスノーウルフの巣を見つけた。
だが、誤算があった。
以前にブルースを同行させていたパーティは少なからずスノーウルフに対して知識があった事だ。この2人と1人にそんな知識はない。
繁殖期である冬眠する少し前を狙ったパーティ。2人と1人が狙うのは冬眠から覚めた腹が一番減っている時期で繁殖期でもないため冬眠前に生まれた子狼は既に成獣並となっていて、これから親狼から狩りを学ぶ時期だという事だ。
狩りを覚えるまで与えた練習用の獲物は生かさず殺さずに食わずでずっと側に置かれる。
数十頭が体を休めているのは見晴らしの良い草原だった。
身を隠すにもほふく前進で身を伏せたとしても隠せるだけの背丈に草は伸びていない。
『行くぞ』
『やった!明日からは遊んで暮らせるわ』
『待ってください‥‥小さいのが何処にいるか判らない』
『バカッ!早く探せ』
『ねぇ、あれじゃない?スノーウルフって言うくらいだから白いんでしょ?ほら、あそこになんか白くて小さいのがあるじゃない』
決してエキドゥナの視力が悪かったわけではない。岩の一部に光が反射して白く見えていただけだ。
『ブルース!しっかりやれよ』
ペデベストの声に、3人は一斉に動いた。
ペデベストとエキドゥナは両手いっぱいの石を力いっぱい投げつけた。
20頭ばかりの意識がペデベストとエキドゥナに向かい、スノーウルフは飛び掛かってきた。
そして言われた通りブルースも白くて小さいものに突進していった。
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