氷の軍師は妻をこよなく愛する事が出来るか

cyaru

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激昂したアポロン

★この回もアポロンの視点です


◆~◆~◆


後ろ髪を引かれる思いで遠征に出る。予定は10日だが、今回引き連れていく部隊は行軍のスピードが速い。昼夜を問わず進み、結果として予定より3日早く帰還する事が出来た。

屋敷に先に帰りたかったが、頼んでいた手続きが終わっているかを確認するためと陛下に報告をする為に一旦城に立ち寄った。

「アポロン!首尾はどうだった?」
「陛下…またこんな所に。執務室にお戻りください。直ぐに報告にあがります」
「報告?そんなものここで渡せ。早くシスティの所に戻りたいだろう」


結婚1年目はぎくしゃくした夫婦関係だったが、結婚記念日に指輪を贈った。
その事を後日聞いたバッファベルト陛下は長年近くにいた親友として変化を感じ取っていた。

「お前に人間味が出て良かった。俺の目に狂いはなかっただろう?」
「はい。自分もこんなに妻と言う存在が癒しと励みになるとは‥」
「おいおい。一応(ぼそっ‥妹だからな)心配してたが惚気るようになるなら何よりだ」

公爵家の中で起こった事を知れば腰にある剣は即座に血で滴りを床に作っただろう。
元々、4人兄弟妹だったファベルは長い戦で先ず弟を2人、そして流行病で妹を亡くした。
継いで前皇帝陛下が毒矢に倒れ、自身の子供も1人暗殺されている。
異母妹とはいえ、家族と言うものに殊更愛情深い男でもあった。

執念のように国内の至るところを捜索させて初めてシスティアナに面会した日の夜は祝い酒だと皇后陛下を困らせたという。皇后陛下も慈悲深く異母妹を探す夫に【もし母親が亡くなっていれば】と孤児院も捜索対象にする事を進言したのだと聞く。


新しい屋敷となる土地と家屋の権利が移った事を確認し、公爵家を離籍する手続きもあとは陛下の承認待ちだと聞いてから使用人達の募集状況や護衛に付く私兵の書類を受け取って公爵家までひたすらに馬を走らせた。

もう起き上がる事は出来ているだろうか。
悪阻で苦しんでいないだろうか。
そうだ、側付きだった侍女やメイドはそのまま連れて行こう。

そんな事を考えながら、公爵家に到着し馬を降りた。
玄関を開けると、先ずは妹、そして姉上が【やったわよ!】と俺の両腕にしがみついてきた。

ちらりと母上を見れば、真っ青になって俺から目を反らせた。
母上を支えて立っているのはマイラだが気持ちの悪い笑みを浮かべていた。

「アポロン!ついにやったわよ」
「何の事だ」
「何の事って…やだぁもう!困ってたんでしょう?お母様から全部聞いてるわ」
「はっ?」

「じゃじゃーん。ついにやりましたわぁ!!」
「公爵家に巣くおうとしたダニを駆逐しましたわぁ!」

得意気に目の前に姉上が広げたのは離縁書だった。

「貴様ら!‥‥母上ッ!俺は言ったはずだッ!」
「ち、違うのよ…それは私じゃなく‥」

震える手を伸ばしてくる母上を睨みつけて家令を呼んだ。

「ヨハンッ!どこだ!ヨハンッ!」

齢60を超えて公爵家に祖父の代から仕えてくれているヨハンは呼んでも出てこなかった。
その代わりだと言わんばかりに妹が得意そうに言う。

「気にくわなかったのよ。堅物爺だから。この私に意見するのよ。だから辞めさせたわ」
「何を言ってる。嫁いで出たお前に何の権利がある」
「あら、だってお母様を守るためだもの。正当な権利を行使しただけよ」
「何が正当な権利だ‥‥まぁいい。母上、言っておいた通り俺は出て行く」

「はぁ?アポロン何を言ってるの。これからは貴方とお母様で公爵家を――」
「そんなものはどうでもいい」
「どうでもって…あなた何を言ってるのよ!やっとダニを追い払ったのよ」
「ほぅ。ダニとはなんだ?マイラか?まだそこにいると思うが?」

「何を言ってるのよ。あの女よ。伯爵家から来た分際でお母様を虐めて。ゴロゴロと階段から転がるだけじゃ飽き足らずずっと寝台で寝転がってたのよ?」

バゴッ!! 「ウギャッ!」

俺はつい姉上の顔に拳を横から殴りつけた。顎が横に外れてしまったようだがどうでもいい。

「まさかと思うが、ティーを追い出した…などと聞けば俺は何をするか自分でもわからないが、聞くだけは聞いておこうか‥‥ティーを何処にやった?」

姉は首を横に振る。妹もその場に腰を抜かして無様に尻もちをついてしまっていた。
マイラと母上を見れば、後ろに少しずつ下がりながらお互いを盾にしようというのか、前後が激しく入れ替わっている。

「もう一度聞くぞ。ティーを何処にやった?」

床に染みを作りながら、それを尻で擦るように下がりながら妹が「判らない…昼に出て行った」と告げた。

顔色を悪くするおそらくは母上に付いていた使用人達が、ティーに付いていた使用人達も昼過ぎには荷物を纏めて出て行ったと言い始めた。その場にティーの行方を知りそうな者は一人もいなかった。

「母上、俺は言ったはずだ。ティー近寄ればその首が胴体に別れを告げる事にもなると」

「そ、そんなの脅しでしょう??お兄様、実の母親に向かってなんてことをいうのよ!」

ギロリと妹を睨むと「ヒィッ」っと直ぐに口を結んだ。

「遅かれ早かれ公爵家は終わりだ。夜逃げをしても先ず無理だろう。姉上、イザベラ直ぐに伯爵家に戻って離縁をしてくれと願い出るべきだ。罪もない者が一蓮托生になるのは忍びない」

「な、何を言ってるの?」

「マイラ。お前のようなドクズに付き合っている暇はない。今すぐ肥溜めに落ちて死ね。叔父上、義叔母上はお前のせいで処罰の対象になるだろうから、詫びる気持ちがあれば死んで詫びろ」

「お、お兄様、それはどういう意味なの…」

「システィアナはバッファベルト皇帝陛下の異母妹だ。頼まれて娶った。陛下が家族に向ける情の深さを知らぬはずはないだろう。このリガール帝国の帝国民ならば」

<< 嘘でしょう!? >>


「そんな事一言も言ってなかったわよ!」

「言わなければ何をしても良いというのか?異母妹…王女殿下なら媚び諂い、伯爵令嬢なら虐げる。姉上、イザベラ。お前たちは伯爵家に嫁いでいるが自分の腹を痛めて産んだ子が伯爵令嬢だからと自分らがした事と同じことをされても、のほほんと笑ってみていられるのか?とんだ痴れ者だな」

「嫌よ!嫌っ!お願い。お兄様っ陛下には、陛下には言わないで!」

「言わずとも直ぐに知れる。もう離籍の届けが陛下に回る。間違いなくここに調査が入るからな。早くに伯爵家に戻って離縁を願い出る事だ。伯爵家まで被害が及ぶぞ」

「そんな‥‥」

今頃後悔しても遅い。がっくりと項垂れる4人をもう視界に入れる気も起きない。
だが、【後悔をしても遅い】のは間違いなく自分自身だった。




馬に飛び乗り、セリーヌ伯爵家に向かった。夕暮れ時の団欒の時間だというのに義弟のルーベル卿は雨に濡れた俺を驚きつつも屋敷に入れてくれた。

「申し訳ない。全て私の不甲斐なさから来た事。こちらに身を寄せていると思うが話し合いをさせて欲しい」

膝をついて願ったが、言葉を聞いて前伯爵夫人は卒倒してしまった。
義弟の妻は窓を開けて、激しく降り始めた雨に「すぐ馬車の用意を!」と叫んだ。それまでの対応とその言葉に俺はティーがセリーヌ伯爵家には何も言わず、戻ってもいない事を確信した。

義弟と義父は拳を震わせながら無言で部屋から出て行ってしまった。
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