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号外はバティウス
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あの事件から5年が経った。
3年前に国王が病死をしたと発表になり、王太子フェルナンドが即位し国王となった。
そこからイーストノア王国は見違えるように変わった。
王都に来た15歳の頃と違って、街には活気が出た。
夜になると怪しげな雰囲気を漂わせていた繁華街は一掃されて、今は数軒おきに小さな憩いの場となる公園が設けられた商店街になった。
そこを抜けると第二王都公園があり、ほんの5、6年前まで此処が所謂花街であった事を覚えている人は少ない。
元あった建物を解体して新しく立てるため、この一帯はまだ更地になって土がむき出しの場所も多い。
「エリー先生。ここ!ここのベンチが空いてるよ!」
「ダメっ!エリー先生は荷物も持ってくれるんだからね!座るのはエリー先生が先!」
「おじいちゃん先生じゃなくて?」
「おじいちゃん先生は膝が痛いって来なかったの!だから私が代わりなの!」
「えぇ~。ミチル先生も一緒に食べるの?」
「なによ!文句あるの!?」
焼失してしまった叔父夫婦の家は、長兄アクセルの娘が子爵家に嫁いで暫く使っていた家を、子供がまた生まれて手狭になったからと引っ越した事で、叔父夫婦が移り住んだ。
マルレイ伯爵家の敷地内にある小さな別邸だが、暫くはエリツィアナもそこに移り住んだ。
夜間学校や職業の訓練所は空き家となった民家などを利用していて、子供たちは自分たちで建てたと自慢の小屋で文字を学んだ。フェルナンドの改革には国民の識字率の向上があり、エリツィアナの事業には補助金が出るようになった。
その補助金で3つを一緒に出来る建物を探していると、ルマンジュ侯爵家当主となったセルシオンが名乗りを挙げた。
「ルマンジュ侯爵家には良い思い出がないだろうが…手伝わせてくれないか」
そう言って相場よりもかなり安い金額で王都の中心部にある別邸を売ってくれたのだ。
「あの、先代様はどうされたのです?」
「年ですかね。物忘れも酷くなってきましたし、今は領地で釣りでもしてますかね」
「そうですの」
新しく改装も済ませてすっかり学び舎に馴染んだ子供たちと共に昼食を外で食べようとなって、子供たちとサンドウィッチを作って公園にやって来たのだ。
小さかったミチルは港湾での荷を運ぶ際に荷崩れを起こした荷の下敷きになって、重い荷物を運ぶ事が出来なくなった。その為今は臨時講師として子供たちに文字を教えている。
講師は他にもここで学んで文字を覚え、来年度からフェルナンドが鳴り物入りで作った「役所」には平民も登用するとあって、昼間子供たちに講師をする傍らで夜間学校で登用試験の勉強をするため充実している。
叔父夫婦も時折顔を出すだけになって、以前のように夜明け前から深夜まで気忙しくする事もない。
「号外~!号外だよ~!」
文字が読めるものが多くなった事で「お知らせ版」という物が売られるようになった。
まだ読めるものと読めないものの割合は読めない者が多いため、一定数集まると集会場を借りて講談のように「お知らせ版」を読み聞かせをする者もいる。
「僕、号外貰ってくる!」
昨年から学び舎に来ている少年が「お知らせ版」の号外を配っている男の元に走っていく。号外は無料なので誰でももらえるが、先着順だ。
「もらえた~!もらえたよ~」
少年は貰った号外を振りながら走って来る。
「なんて書いてあるの?面白い事?」
「ノースノアのバティウス陛下が海の向こうのトテポロ帝国と事業提携したんだって」
「事業提携ってなに~?」
「一緒に仕事しましょうって事だよ」
「バティウス陛下ってフェルナンド国王陛下ともミルミス川に堤防作るって言ってなかった?」
「イイ人なんだよ。きっと、ね?エリー先生?」
「そうね。皆の事を考えてくれるって素敵な事ね」
はいと渡された号外には、海の向こうトテポロ帝国のラウド皇帝とバティウスの似顔絵が書かれているが、似顔絵のように髪を後ろで一括りにしているバティウスが想像できない。
それよりも、確かにあれから5年経ち、21歳になったバティウスはもっと精悍になっているだろうけれど、これではゴーレムのようだとエリツィアナはくすりと笑った。
――頑張ってるのね。バル――
数か月前もウエストノア王国の医療技術をノア大陸全体に広げるための政策をフェルナンド国王と共に発表し、目の前の一番広い空き地には間もなく平民でも貴族でも利用できる医療院が建設される。
医師不足の問題を解決するため、ウエストノア王国に他の3国からも意欲のある若者を集めて医療学院を作ったのもバティウスである。
「よし!負けてられないわ!」
立ち上がって、胸の前で腕をぐっと引き寄せエリツィアナは気合を入れた。
「エリー先生、どうしたの?」
「ん?フフフ…頑張るぞー!って思ったの」
「僕も頑張るよ!」
「あたしも!あたしのほうが頑張る!ね!エリー先生っ」
子供たちと一緒にサンドウィッチを大きな口で頬張る。
少しだけ伸びた髪は頭全体を隠す程にはならない。
きっと、もっと伸びた髪を纏めても地肌は見える。
しかし、サンドウィッチを食べ終わったエリツィアナは被っていたニット帽を取った。
「エリー先生、帽子要らないの?」
「うん。変かな?」
「ううん!可愛いよ。帽子はあってもなくてもエリー先生だもん」
エリツィアナはバティウスに、ウィッグやエクステを付ける自分は偽りの自分だと言った。
しかし、こうやって帽子で隠しているのも偽りの自分。
――結局、自分の気持ちまで偽ってしまう事になったんだわ――
バティウスの隣にはもう立てないかも知れない。
でも、「また来る」といった言葉に次に会う時は前を向いた自分を見てもらおう。
――そうだ!何色でも判るって言ってたしピンクのウィッグでも被ってみる?――
「うわぁ~気持ちいいね~」
エリツィアナは両手を広げて全身に風を浴びる。
地肌に風があたって気持ちがいい。
――こんなに気持ちがいいなんて知らなかった――
子供たちも真似をして、両手を広げる。
「フフフ…真似っこしたわね。コチョコチョするわよぅ!!」
「きゃぁ♡やめてぇ!エリー先生くすぐったぁい!!」
公園には子供たちとエリツィアナの歓声が響いた。
3年前に国王が病死をしたと発表になり、王太子フェルナンドが即位し国王となった。
そこからイーストノア王国は見違えるように変わった。
王都に来た15歳の頃と違って、街には活気が出た。
夜になると怪しげな雰囲気を漂わせていた繁華街は一掃されて、今は数軒おきに小さな憩いの場となる公園が設けられた商店街になった。
そこを抜けると第二王都公園があり、ほんの5、6年前まで此処が所謂花街であった事を覚えている人は少ない。
元あった建物を解体して新しく立てるため、この一帯はまだ更地になって土がむき出しの場所も多い。
「エリー先生。ここ!ここのベンチが空いてるよ!」
「ダメっ!エリー先生は荷物も持ってくれるんだからね!座るのはエリー先生が先!」
「おじいちゃん先生じゃなくて?」
「おじいちゃん先生は膝が痛いって来なかったの!だから私が代わりなの!」
「えぇ~。ミチル先生も一緒に食べるの?」
「なによ!文句あるの!?」
焼失してしまった叔父夫婦の家は、長兄アクセルの娘が子爵家に嫁いで暫く使っていた家を、子供がまた生まれて手狭になったからと引っ越した事で、叔父夫婦が移り住んだ。
マルレイ伯爵家の敷地内にある小さな別邸だが、暫くはエリツィアナもそこに移り住んだ。
夜間学校や職業の訓練所は空き家となった民家などを利用していて、子供たちは自分たちで建てたと自慢の小屋で文字を学んだ。フェルナンドの改革には国民の識字率の向上があり、エリツィアナの事業には補助金が出るようになった。
その補助金で3つを一緒に出来る建物を探していると、ルマンジュ侯爵家当主となったセルシオンが名乗りを挙げた。
「ルマンジュ侯爵家には良い思い出がないだろうが…手伝わせてくれないか」
そう言って相場よりもかなり安い金額で王都の中心部にある別邸を売ってくれたのだ。
「あの、先代様はどうされたのです?」
「年ですかね。物忘れも酷くなってきましたし、今は領地で釣りでもしてますかね」
「そうですの」
新しく改装も済ませてすっかり学び舎に馴染んだ子供たちと共に昼食を外で食べようとなって、子供たちとサンドウィッチを作って公園にやって来たのだ。
小さかったミチルは港湾での荷を運ぶ際に荷崩れを起こした荷の下敷きになって、重い荷物を運ぶ事が出来なくなった。その為今は臨時講師として子供たちに文字を教えている。
講師は他にもここで学んで文字を覚え、来年度からフェルナンドが鳴り物入りで作った「役所」には平民も登用するとあって、昼間子供たちに講師をする傍らで夜間学校で登用試験の勉強をするため充実している。
叔父夫婦も時折顔を出すだけになって、以前のように夜明け前から深夜まで気忙しくする事もない。
「号外~!号外だよ~!」
文字が読めるものが多くなった事で「お知らせ版」という物が売られるようになった。
まだ読めるものと読めないものの割合は読めない者が多いため、一定数集まると集会場を借りて講談のように「お知らせ版」を読み聞かせをする者もいる。
「僕、号外貰ってくる!」
昨年から学び舎に来ている少年が「お知らせ版」の号外を配っている男の元に走っていく。号外は無料なので誰でももらえるが、先着順だ。
「もらえた~!もらえたよ~」
少年は貰った号外を振りながら走って来る。
「なんて書いてあるの?面白い事?」
「ノースノアのバティウス陛下が海の向こうのトテポロ帝国と事業提携したんだって」
「事業提携ってなに~?」
「一緒に仕事しましょうって事だよ」
「バティウス陛下ってフェルナンド国王陛下ともミルミス川に堤防作るって言ってなかった?」
「イイ人なんだよ。きっと、ね?エリー先生?」
「そうね。皆の事を考えてくれるって素敵な事ね」
はいと渡された号外には、海の向こうトテポロ帝国のラウド皇帝とバティウスの似顔絵が書かれているが、似顔絵のように髪を後ろで一括りにしているバティウスが想像できない。
それよりも、確かにあれから5年経ち、21歳になったバティウスはもっと精悍になっているだろうけれど、これではゴーレムのようだとエリツィアナはくすりと笑った。
――頑張ってるのね。バル――
数か月前もウエストノア王国の医療技術をノア大陸全体に広げるための政策をフェルナンド国王と共に発表し、目の前の一番広い空き地には間もなく平民でも貴族でも利用できる医療院が建設される。
医師不足の問題を解決するため、ウエストノア王国に他の3国からも意欲のある若者を集めて医療学院を作ったのもバティウスである。
「よし!負けてられないわ!」
立ち上がって、胸の前で腕をぐっと引き寄せエリツィアナは気合を入れた。
「エリー先生、どうしたの?」
「ん?フフフ…頑張るぞー!って思ったの」
「僕も頑張るよ!」
「あたしも!あたしのほうが頑張る!ね!エリー先生っ」
子供たちと一緒にサンドウィッチを大きな口で頬張る。
少しだけ伸びた髪は頭全体を隠す程にはならない。
きっと、もっと伸びた髪を纏めても地肌は見える。
しかし、サンドウィッチを食べ終わったエリツィアナは被っていたニット帽を取った。
「エリー先生、帽子要らないの?」
「うん。変かな?」
「ううん!可愛いよ。帽子はあってもなくてもエリー先生だもん」
エリツィアナはバティウスに、ウィッグやエクステを付ける自分は偽りの自分だと言った。
しかし、こうやって帽子で隠しているのも偽りの自分。
――結局、自分の気持ちまで偽ってしまう事になったんだわ――
バティウスの隣にはもう立てないかも知れない。
でも、「また来る」といった言葉に次に会う時は前を向いた自分を見てもらおう。
――そうだ!何色でも判るって言ってたしピンクのウィッグでも被ってみる?――
「うわぁ~気持ちいいね~」
エリツィアナは両手を広げて全身に風を浴びる。
地肌に風があたって気持ちがいい。
――こんなに気持ちがいいなんて知らなかった――
子供たちも真似をして、両手を広げる。
「フフフ…真似っこしたわね。コチョコチョするわよぅ!!」
「きゃぁ♡やめてぇ!エリー先生くすぐったぁい!!」
公園には子供たちとエリツィアナの歓声が響いた。
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