愛しいあなたに真実(言葉)は不要だった

cyaru

文字の大きさ
39 / 41

地獄耳のバティウス

しおりを挟む
バタバタと事務官が廊下を走っていく。
目的地はノースノア帝国皇帝バティウス陛下の執務室である。
しかし、目的地の手前でターゲットを発見した事務官は進路を変えた。

「陛下~!!バティウス陛下~!!」





即位して10年。26歳となったバティウスは飛ぶ鳥を落とす勢いでノア大陸全体の底上げを行ってきた。
大陸にある4国全ての農産物の収穫は毎年右肩上がり。

作れば余る。それすらも過去にバティウスがエリツィアナから聞いた「加工品」とする事で食料廃棄の率も大幅に下がった。即位して7年目に大陸全体を夏は熱波、冬は大寒波が襲ったが餓死者を出した国はない。
十分すぎる備蓄で、食糧難にも陥ることなく国民に広く食料をいつもより安く供給する事で暴動も起きなかった。

昨年は水疱瘡が大流行をしたが、それも田舎の農村部にまで開設した医療院、医療所で早めに対策を取り、一度り患すれば二度目にり患する患者は少ない。
それまで水も与えられずただ感染すれば隔離されるだけの伝染病も正しい知識と対応、そして予防出来るようになった。


10年目を迎え、他の3国から「もう国っていう垣根は要らないのでは?」という話がちらほらと聞こえるようになった。イーストノア王国のフェルナンド国王も「いいんじゃない?僕は東の代官でいいよ」と軽い発言をする。

しかし、それに頑として首を縦に振らない男がいた。
バティウス・エガント・ノースノア皇帝である。

それだけではない。事務官がバタバタと廊下を走る理由。それは…。

【俺、皇帝辞めるんで】

とまるで、他人事のように突然言い出してしまったのだ。

「お待ちください。突然何を言い出すんですか!」
「突然じゃない。即位した10年前から決めていた。10年で結果が出せなければ辞める。結果が出せれば次に引き継ぐと」
「それじゃ辞める事が前提ではありませんか!陛下!」
「当たり前だ。俺はもう26歳なんだぞ?信じられるか?」
「まぁ…信じられるかと言われても26歳なので」
「だろ?もう限界。あぁ~腰が痛い。サメ軟骨が必要かな」
「それ、膝なんで。腰じゃないです」


しかし、皇帝を辞めると言っても直ぐには辞めることは出来ない。
次に即位する者を選ばねばならないし、バティウスが先帝シーグリスからしてもらったように禁書の説明をしなければならない。

「取り敢えず、この話はまた後日。再来週の夜会には出席して頂きますからね」
「夜会?そんなものあったか?」
「あ・り・ま・し・たっ!」
「どれどれ‥‥ふむ。4国の王が集まる?へぇ~大変だな。俺パスな」
「何を言ってるんですか!ここっ!ごねたらここを見せろとエガント公爵に言われてますので、ここをじぃっくりと瞬きもせずに見てください!ここっ!ここですよ!!」

歩きながら事務官は書類の中ほど。参加者の名前が書かれている欄を指で示した。
バティウスは面倒そうに歩きながら、その名前に視線を走らせた。

「ん~…サウスノア…で?…ん??んん??‥待て。これに間違いはないか?」
「ありません。夜会は再来週。既にこちらに向かっていると思いますが?」
「出る。一番いい服を用意する」
「でっすよね~。そう言うと思いました!用意は出来ておりますよ!」


さっきよりも足早になったバティウスに事務官は追いつくのがやっとである。
更に成長を遂げたバティウスの一歩は事務官の2歩なのだ。

突然ピタっと立ち止まるバティウスの背中に事務官は激突した。

「痛ったい…突然止まらないでくださいよ」
「聞きたい事がある」
「なんですか、もう~」
「口元の髭は顎の下にちょっとだけあるヤツがいいかな?」
「剃ってください!綺麗にピシッと!髭は流行ってません!」
「あっそ。じゃ、剃っちゃおうかな。フンフンフフン♪」

確かに威力抜群だったなと事務官は鼻歌を歌いながら去っていくバティウスの背中を見る。そして手元の書類を見た。

そしてポツリと呟いた。

「イーストノアの…エリツィアナ・マルレイさん。どんな女性ひとなんだろう」

かなり離れた距離まで歩いていたバティウスが振り向いて大声で叫んだ。

「エスコートは俺だ!ダンスも全曲俺だ!扇の名前は全部俺にしとけよ!」

――聞こえるんだ…地獄耳だな――

「俺は地獄耳じゃないぞ!」

――え?心の声まで聞こえるの?隠し事出来ないじゃん――

バティウスは釘を刺しただけである。
決して心の声まで聞こえる地獄耳の魔法使いではない。


☆彡☆彡☆彡

次回最終回。23時30分公開です!!
現在、一応…見直し中です<(_ _)>
しおりを挟む
感想 90

あなたにおすすめの小説

白い結婚を告げようとした王子は、冷遇していた妻に恋をする

夏生 羽都
恋愛
ランゲル王国の王太子ヘンリックは結婚式を挙げた夜の寝室で、妻となったローゼリアに白い結婚を宣言する、 ……つもりだった。 夫婦の寝室に姿を見せたヘンリックを待っていたのは、妻と同じ髪と瞳の色を持った見知らぬ美しい女性だった。 「『愛するマリーナのために、私はキミとは白い結婚とする』でしたか? 早くおっしゃってくださいな」 そう言って椅子に座っていた美しい女性は悠然と立ち上がる。 「そ、その声はっ、ローゼリア……なのか?」 女性の声を聞いた事で、ヘンリックはやっと彼女が自分の妻となったローゼリアなのだと気付いたのだが、驚きのあまり白い結婚を宣言する事も出来ずに逃げるように自分の部屋へと戻ってしまうのだった。 ※こちらは「裏切られた令嬢は、30歳も年上の伯爵さまに嫁ぎましたが、白い結婚ですわ。」のIFストーリーです。 ヘンリック(王太子)が主役となります。 また、上記作品をお読みにならなくてもお楽しみ頂ける内容となっております。

出来レースだった王太子妃選に落選した公爵令嬢 役立たずと言われ家を飛び出しました でもあれ? 意外に外の世界は快適です

流空サキ
恋愛
王太子妃に選ばれるのは公爵令嬢であるエステルのはずだった。結果のわかっている出来レースの王太子妃選。けれど結果はまさかの敗北。 父からは勘当され、エステルは家を飛び出した。頼ったのは屋敷を出入りする商人のクレト・ロエラだった。 無一文のエステルはクレトの勧めるままに彼の邸で暮らし始める。それまでほとんど外に出たことのなかったエステルが初めて目にする外の世界。クレトのもとで仕事をしながら過ごすうち、恩人だった彼のことが次第に気になりはじめて……。 純真な公爵令嬢と、ある秘密を持つ商人との恋愛譚。

完結 殿下、婚姻前から愛人ですか? 

ヴァンドール
恋愛
婚姻前から愛人のいる王子に嫁げと王命が降る、執務は全て私達皆んなに押し付け、王子は今日も愛人と観劇ですか? どうぞお好きに。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

愛されていたのだと知りました。それは、あなたの愛をなくした時の事でした。

桗梛葉 (たなは)
恋愛
リリナシスと王太子ヴィルトスが婚約をしたのは、2人がまだ幼い頃だった。 それから、ずっと2人は一緒に過ごしていた。 一緒に駆け回って、悪戯をして、叱られる事もあったのに。 いつの間にか、そんな2人の関係は、ひどく冷たくなっていた。 変わってしまったのは、いつだろう。 分からないままリリナシスは、想いを反転させる禁忌薬に手を出してしまう。 ****************************************** こちらは、全19話(修正したら予定より6話伸びました🙏) 7/22~7/25の4日間は、1日2話の投稿予定です。以降は、1日1話になります。

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

後悔などありません。あなたのことは愛していないので。

あかぎ
恋愛
「お前とは婚約破棄する」 婚約者の突然の宣言に、レイラは言葉を失った。 理由は見知らぬ女ジェシカへのいじめ。 証拠と称される手紙も差し出されたが、筆跡は明らかに自分のものではない。 初対面の相手に嫉妬して傷つけただなど、理不尽にもほどがある。 だが、トールは疑いを信じ込み、ジェシカと共にレイラを糾弾する。 静かに溜息をついたレイラは、彼の目を見据えて言った。 「私、あなたのことなんて全然好きじゃないの」

「では、ごきげんよう」と去った悪役令嬢は破滅すら置き去りにして

東雲れいな
恋愛
「悪役令嬢」と噂される伯爵令嬢・ローズ。王太子殿下の婚約者候補だというのに、ヒロインから王子を奪おうなんて野心はまるでありません。むしろ彼女は、“わたくしはわたくしらしく”と胸を張り、周囲の冷たい視線にも毅然と立ち向かいます。 破滅を甘受する覚悟すらあった彼女が、誇り高く戦い抜くとき、運命は大きく動きだす。

処理中です...