恋人を寝取られ、仕事も辞めて酔い潰れたら契約結婚する事になりました。

cyaru

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VOL:6  酔っ払った朝に

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フランソワールは夢を見た。ふわふわと柔らかいまるで空に浮かんでいる雲に包まれているような夢。

恋人で結婚の約束も交わしていたアルベールがフランソワールに微笑んだ。お互いの部屋を行き来し、お互い貧しい家の出自であり贅沢は出来なかったが、公園を手を繋いで歩くだけでも幸せだった。

そんな温かくてフワフワした夢は突然暗転した。


同じ部署に勤める後輩のクリステルがアルベールと腕を組んで、フランソワールと向かい合う。


「結婚するんです」


幸せそうなクリステルの声が何度も何度もリフレインする。

――どうして?アルベールと結婚するのは私よ?――

そう言って手を伸ばすが、くるりと背を向けた2人はどんどん小さくなる。


また夢の場は暗転し、今度は職場である王宮の人事課に切り替わる。


「私達、結婚するんです」


はにかんだクリステルの声がまた何度も何度もリフレインする。
アルベールがクリステルを愛おし気に見つめ、クリステルも隣に並んだアルベールを見上げて、また頬を染める。同僚たちはそんな2人に向かって「おめでとう」と満面の笑みで祝いの言葉を投げかける。

――違う!アルベールは私と結婚するのよ!――

1人離れた場で必死に声を出そうとするのだが、声が出ない。

――やめて!やめて!アルベールっ行かないで!――





「ハッ!!‥‥」

目覚めたフランソワールの視界に先ず映ったのは見た事も無い天井の格子だった。勢いよく上半身を起こすと柔らかくてフワフワの掛布が空気を含んでホワッと浮いた。


「あら?お目覚め?頭は痛くない?」


品の良い、年の頃は60代くらいの女性がフランソワールに微笑みかけた。
全く面識がない事にフランソワールは状況が判らず混乱した。


「目が覚めたのなら‥‥まずは着替えね。娘の若い頃の服が残ってると思うから待っててね」
「いえっ!そんな。お気遣いなくっ…えぇっと…」
「酔ってて記憶も曖昧でしょう?まずは顔を洗って着替えて朝食ね」

――曖昧じゃなく、全く記憶がありません――

どうしたら良いか。先ずは寝台から出よう。
フランソワールはつま先を滑らせて寝台から降ろす。

――ファァァ!!雲?何この床の柔らかさはっ!?――

借りている部屋はよく言えばフローリングだが、土の上に土台となる木材を転がしそこに板を打ち付けただけのもの。冬は冷たく足元から隙間風が吹き上がり、夏は湿気で反り返って部屋の中で躓いてしまう事もある固い床。

なのにこの部屋の床はなんだ?!職場である王宮の人事課ではタイルなので全くの別物。絨毯と言えば議会が開かれる会場の床にあるけれど、厚手の布を敷いた感じのもの。こんなにフワフワしたものではない。

驚いたのは床を見ると靴ではなく部屋履きが置かれている。
お伽噺の絵本の中や、歌劇でお城の中の様子を演じる幕で見た事がある程度の部屋履き。

寝具はとても温かかったのだが、体温がサーっと氷点下に向かって下降する。

――とんでもない所に、多大な迷惑をかけてしまった?――

記憶がない事がこんなに恨めしいとは。初体験である。



女性は「クラリスって呼んでね?」とニコニコしながら可愛いワンピースを手渡してきた。「型遅れも型遅れだけど」と言うのだが、思い越してみれば自分用の服ですら直近でいつ買っただろうと考える。

8年と言う月日、真面目に働いて正規で雇って貰えたけれど、スタートが恐ろしく低位置からなので、学園を卒業した新卒の文官の給料の半分ほどしかない。

借りている部屋も元々は短期派遣を始めた頃に知り合った同期の女性とルームシェア。
ワンルームの部屋にカーテンで仕切りをして2人で住んでいた。

勿論不浄も湯殿も台所も別棟にある「居住者専用」の共同である。
唯一部屋住んでいるものだけが専用で仕えるのは小さな出窓だけ。

ルームメイトが田舎に帰ってからは1人で家賃を負担せねばならず、そのために残業をしていた。


「私もね、昔は女官していたのよ?」
「そうなんですか?!」
「えぇ。夫とはその時に知り合って?あら?出会いは違った場所だったわね…」


手渡されたワンピースに着替えると「あら?ピッタリじゃない♡」とクラリスはそれだけで大喜び。他にもあるからと先に朝食を済ませて、クローゼットの片づけを手伝って欲しいと言い出した。

レストランでもここまでの料理が出る店には行った事がない!と思える美味しい朝食。フランソワールは夢のような時間だと思いながらも「生活の違い」を感じた。

朝食のあとは大きなクローゼットに案内をされる。
クローゼットの広さの方が住んでいる部屋よりも広い事にフランソワールはまた驚いた。


用途ごとに纏められた箱を引っ張り出し、中身を広げる。
まるでお姫様がその日のドレスを選んでいるかのようにフランソワールの目の前に大量の衣類が並べられる。

「貴女にはパステルカラーよりも…淡い色のほうが似合うわね」

「娘はもう滅多にここにも来ないし孫は男ばかり」とクラリスは時折「夫はちっとも片付けを覚えない」愚痴を交えて楽しく語る。

その様子にもう記憶からも薄れていく母親とは全く違う、これが母親なのだろうなと感じる。

「でも、何かを忘れたいほど吞みたいって…事だったの?もしそうなら話してスッキリしちゃいなさい。誰も咎めはしないし、嫌な事はね、言葉に出していいの。時にはわぁぁ!って叫んだっていいの。心がぺしゃっと潰れるくらいなら吐き出しちゃいなさい」

クラリスはドーンと来い!っと胸を一つ叩いた。
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