恋人を寝取られ、仕事も辞めて酔い潰れたら契約結婚する事になりました。

cyaru

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VOL:5  バーでお持ち帰り

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居場所がないことくらい辛いものはない。

「ねぇ、そう思わない?」

薄暗い静かなバー。
緩く首を傾け、隣に座る男性に向かって微笑む。
フランソワールはそう呟いて高価な氷がピキピキと小さな音を立てるグラスの中身を飲み干した。

すっかり酔いつぶれてしまったフランソワール。
男性はカウンターの中でグラスを拭き上げる年老いた給仕に「常連?」と聞いてみるが「初めての客だ」と告げられた。


「さて、困ったな」


腰に手を当てて、困った仕草の男が1人。

男の名前はミクマ・ディオン・ヨハネス。27歳。
出自は間違いのない男。ヨハネス家と言えば王家の覚えも目出度い公爵家。
ミクマはヨハネス公爵家の次男である。

皇帝が代替わりをして今はプリースト皇帝であるが、ミクマの父は宰相職にはつかなかったけれど祖父は先々代皇帝ジューダスの右腕として宰相も務めた。祖父の代では祖父も嫡男ではなかったので公爵家の家督は継がなかったが、父の代でお鉢が回ってきた。公爵家ともなると何かと面倒で「気楽に生きたい」と領地で田舎生活を満喫したいがためにいとこ連中が「家督」をタライマワシ。結局譲られ押し付けられてしまった。

従兄から父に譲られた押し付けられた公爵家はミクマの兄が継いでいる。
家督を継がないミクマは隣国に大使として駐在してもう7年になる。

曾祖父は見た事がないが、祖父も父も破壊力十分な美丈夫。
ミクマもその血は受け継いでいて、幼い頃から女性達には囲まれてから逃げてきた。

久しぶりに帰国をした理由は、祖父が怪我をしたと知らせがあったからである。

祖父エリックは何事にも「前衛的」である。

全裸のY字バランス。全裸でダブル・トゥール・アン・レール。
全裸で渾身のクジャクの舞。

祖母を喜ばせようとしたのはいいのだが、寄る年波には勝てず今回、全裸で開脚前転。
開いた足がゴギュっと音を立て股関節をやってしまった。


「仕方ない。連れて帰るか。すまないが手伝ってくれないか?」
「デジャヴのようです。少々お待ちください」
「デジャヴ?これが?」
「えぇ。私がバーテンダーとして立った頃、同じような事が御座いましたよ。フォッーフォッフォ」


年老いた給仕は裏で休んでいた息子に声を掛け、ミクマが背にフランソワールを背負うのを手伝わせた。


月明かりの下、ミクマは時々立ち止まってズリ落ちたフランソワールをよいしょと持ち上げる。女性とは言え意識がない人間は力を分散させてくれないため、気分的には成人男性より重く感じる。


「うにゃにゃ・・・もぅ~信じらんないっ!」
「はいはい。信じられないよね」
「そぅだぁ!!悪魔に呪われろぉーっ!」
「それは困るな。ゴブリンは見ただけで逃げたくなる」


酔っ払ったフランソワールに髪は引っ張られるし、バシバシ叩かれる。適度な相槌を返しながらミクマがやっとたどり着いたのは宿泊先としている祖父母の家だった。



実家に宿泊する事も出来るが、両親だけでなく兄夫婦も同居をしているし、甥っ子や姪っ子もいる。
甥っ子に掴まれば騎士ごっこに。姪っ子に掴まればままごと遊びのパパ役にヘトヘトになるまで付き合わされる。

名目は「祖父の見舞い」なので、出来れば静かに過ごしたい。


「あら?ミっくん。背中のお嬢さんはどなた?」
「バーで拾ったんです。飲み過ぎてるようで。放っておけなかったんです」


よいしょとソファに降ろそうとしたミクマを祖母が止めた。


「お待ちなさい!ミっくん!」
「え?‥‥重いんですけど…」
「女性の事を重い等と言ってはなりません。今夜は私の寝室に寝かせましょう」
「お婆様の?いいんですか?」
「まさか床で寝かせるわけにはいかないでしょうに!」


祖母に叱られ、2階の祖母の部屋にフランソワールを背負ったまま向かう途中、半泣きの祖父が部屋から出て来た。


「クラリスぅ~ボタンを留める穴がないよ~」
「あらあら。段違いになってるわ。無理やり引っ張っちゃだめよ」
「えへっ♡ごめんね。もう着なくていいかな?」
「エリック。胸元がはだけたままになるでしょう?それにお腹が冷えると大変よ?」
「若い時は服なんていらなかったのになぁ」
「エリック。服がいらない年齢などありません」


祖父母を見ていると、父が母に甘えるのも「まだまだだな」と思える不思議。ボタンも1人で留められず四苦八苦する祖父が切れ者の宰相だったとはとても思えない。

そう言えば兄も兄嫁に何でも甘えているなぁ‥と考えながら、祖母クラリスの寝台にフランソワールをそっと寝かせた。


「あれ?ミっくん。お持ち帰り?」
「お爺様。違います」
「照れなくていいよ~。そうだ!お揃いで寝具を買ってあげようか?今なら分割金利と手数料が業者負担なんだ」
「そう言いながら現金一括で買うんでしょう?お得感を全く感じられません。お爺様」


ミクマは祖母クラリスに似て結構堅実なのである。

そんなオトボケな祖父エリックがフランソワールの顔を見て、「はて?」首を傾げた。腐っても切れ者宰相だった祖父エリック。引退をしても貴族名鑑記載のものだけでなく、一度会った、話した事がある人物は忘れる事がない。


「このお嬢さんはコバル伯爵のところの…フランソワール嬢だな」
「知ってるんですか?」
「話をしたことは無いけど、貴族名鑑に掲載されているし王宮の人事課に最初は短期派遣で採用されて、その後正規採用になった娘さんだよ。ジューダスのところにチェスを指しに行った時に見かけた事があるよ」


流石のエリック。間違っていない。
フランソワール・ヴェ・コバル。26歳。コバル伯爵家の一人娘。
王宮で人事課に短期採用で勤め始め、その後更新に更新を重ねて今は正規採用。職歴8年になる。


「でもコバル伯爵家はもう出て1人暮らしをしてたと思うんだが…」

ニヤっと笑って、乙女のように軽く握った手を口元に当てて「きゃっ♡」とミクマに向かってポーズをとる祖父エリック。

ミクマは引き攣った笑いを返す。
延髄蹴りを食らわせて良いだろうかと思ってしまった。
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