その愛はどうぞ愛する人に向けてください

cyaru

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第20話   良くも悪くも日和見万歳

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いつもは薄いメイクだが、今日は厚塗りしないと目の周りのクマが隠せない。
ルダと並べばダブルパンダだ。

「サリー。今日も郊外に行くのかい?」

暢気に朝食を取っているシリカ伯爵が問うてきた。
この暢気さならあの書類の事は知らないのだろう。知っていたら臆病者の日和見鶏なシリカ伯爵はビクビクしてミルクすら喉を通らないはず。

郊外に作業に行くことは知っているが、ハサウェイから「友人の男爵家が興す事業の手伝い」と言われているので安心しているだけ。

友人の部分が「侯爵家の人間」に置き換えられたら間違いなくダメだと出かける許可を出さない。
男爵家なら何かあればすぐに縁を絶つことが出来るけれど侯爵家など目上の爵位持ちが絡めば大嫌いな面倒なことに巻き込まれる事になるからだ。

他家の当主ならこの国なんかくしゃみ1つで跡形も無く吹き飛ぶ帝国の皇帝が出資したと知れば、まるで自分の手柄かのように振舞ってその事を周囲に吹聴する。

目の前でレタスを頬張り、繊維が歯に引っ掛かったと舌で歯の間のレタス繊維と格闘するシリカ伯爵が知っていたら「病気になった事にしてくれ」と寝台で掛布に包まり出てくることはない。

あっちこっちに良い顔をするけれど、身の程は弁えているので手が届かない所にある夢はそうそうに諦めて息をひそめ傍観する。

日和見だからこそ立ち回りは重要で「あの家には融通してウチにはしないのか」と詰め寄られる事を警戒するのだ。

――ま、そこが唯一褒められるところではあるわね――


サリアは朝食はもう済ませているのでルダと共にファガスの家に向かうが今日はその前に行くところがある。

ハサウェイの家だ。
カバンの中に入れた書類の事を問い質さねばならない。

――どうして帝国の皇帝から出資を引っ張れるのよ!――

不味い事に巻き込まれるのは真っ平ごめん。
やっとデリックとの婚約が無くなる直前まで来ているのにデリックなんか小指の先ほどにも及ばない面倒ごとに巻き込まれるのはもっと勘弁してほしい。

――折角のんびりとファガスさんの所のミルクとチーズに囲まれる生活が出来るってのに!――

研削砥石けんさくといしが製品化できればサリアの頭の中にある計画ではかなりの利益が見込まれている。

今、考えているのは石臼の擦り合わせ部分のような形に研削砥石けんさくといしを張り付けて、回転で研磨できる器具を作れるかどうかだ。

面に貼り付ける事は出来るけれど、石臼は人間の力や水車の動力を使ってゆっくりとゴリゴリ動くが、その数百倍、数千倍の速さで回転をさせる事が出来ないだろうかと考えている。

そうすれば、少し削りたい部分を当てるだけで秒で削れる。

荒い状態から細粒な状態に貼り付けた研削砥石けんさくといし。幾つか段階を経れば鏡面仕上げにする事も出来るはずだ。

医療で使用するメスなども最後の微細調整だけ人間の手で行うようになれば量産も出来る。
今は1本のメスを作るだけで職人が半年という時間をかけて作っている。

用途は広い。小型化すれば鉄だって切れるし、石切も出来る。
石切り場で切り出す大きな石ではなく、床や壁を作る石をその場で形を整え研磨できるのだ。

他にも目の細かいものを作れば宝飾品をカットする時にも使える。

大きな問題は一定の回転数をどう確保するかだ。
これが製品化できれば‥‥。

「左団扇で悠々自適。ミルクもチーズも飲み放題、食べ放題よぉぉ!」

何時だって乙女の原動力に美味しいものは欠かせない。

「ッシャァ!!ルダ!行くわよ!」
「了解ですぅ」
「どうしたの?元気ないわね」
「首から上と下…離れたくなぁい」
「大丈夫。皮か…爪くらいで勘弁してもらえるように頑張りましょう!」
「皮?爪ぇぇ?それもヤダぁ」

足の重いルダの腕を引いてサリアはハサウェイの家に向かった。
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