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第19話 恐怖の書類
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デリックの元からフェードアウトしたサリアは部屋に戻ってきたが、体は疲れていて休息を求めているのに嫌なものを見た後は頭が眠い気持ちを妨害する。
「あ~。もう!寝ないと明日も忙しいのにっ!」
「お嬢様。ホットミルクをお持ちしましょうか?」
「ダメ。ファガスさんから貰ったホットヤギミルクは癖になってしまうわ。美味し過ぎて止められないのよ」
「解ります。牛乳とは違うんですよねぇ。旦那様もヤギミルクから作ったチーズ。明らかに食べ過ぎです」
1杯だけとルダに釘を刺されつつも差し出されたカップには緩い湯気を立てたホットヤギミルクが注がれていた。
1口飲めば全身に優しさが染入っていくよう。
「いいなぁ。ファガスさんの――」
「お嫁に行けばよいのでは?ヤギミルク飲み放題ですよ?」
「ルダ。違うわよ。ファガスさんに失礼よ。ファガスさんの所で働ければビンに詰められないヤギミルク飲み放題だし、チーズだって端っこ食べ放題。夢のような職場だわぁ」
「お嬢様が飲み過ぎて空き瓶が多くなりますし、端っこも削られ過ぎて食べつくされそうですけどね」
「そんな事しないわよ。ファガスさんの売り上げが無くなっちゃうじゃない。あ、そうだ。ハサウェイから見とけと言われた書類。放りっぱなしだったわ」
ファガスとの初見の翌日。ハサウェイが書類を持ってきたのだ。
全く見ないままで数日が経過していた。
「やっば。神出鬼没なハサウェイに ”まだ読んでないのか” ってドヤされるっ」
慌てて机の上に置きっぱなしだった封筒を手に取り、中身を引き出した。
「え?これって…」
「どうされました?」
ルダが飲みかけのままになったミルクの入ったカップを差し出して問う。
サリアはカップを受け取ってグイっと飲み干すと上唇のさらに上に白い髭を作りながらカップだけをルダに戻した。
「ルダ!貴女…常務取締役よ!」
「は?お嬢様、何を言ってるんです?」
その書類はファガスを手伝ってやってくれと言われた砥石を製品化するために形成した後のクズで研削砥石を製品として売り出すための商会と工房を設立したもの。
代表取締役はファガスとサリア。常務取締役にルダ。
そして設立者と理事長の名前は…。
「マクロン・シリカ?!どうしてハサウェイじゃなくファガスさんでもなくマクロンなのよ?!」
ハサウェイの考えている事は昔から解らなかったけれど、現在史上最高にサリアの頭の中は混乱した。マクロンは時期だけを見れば学院の卒業式を迎えたばかりで、寮を片付けシリカ家に帰って来る時期。
事業をするのに資材も所有しているファガスとせず、マクロンとしたのは爵位だろうと推測は出来る。男爵家よりもまだ家督を継ぐ前と言えど伯爵家であるマクロンの方が社交はしやすいし契約も取りやすい。
「だからと言ってファガスさんを蔑ろにするのはダメよ。ハサウェイ!何考えてるのよ」
自分が常務取締役なんて劇の配役でも回ってこない役柄。
ルダはサリアの手から「ちょっと見せてくださいね」と書類を取った。
「キエエェェーッ!?」
「ルダは常務に名前があるでしょ?」
「ち、違いますよ!お嬢っ、お嬢様っ!出資者!出資者の名前っ!」
「出資者?誰よ、こんな素っ頓狂な人選をするハサウェイにお金を出そうなん―――テェェーッ?!」
サリアは書類をルダに押し付けた。
「やですよ!怖い、怖い。お嬢様が何とかしてくださいっ」
ルダもサリアに書類を押し返す。
「私だって嫌よ。怖すぎるでしょ!ルダ、何とかならない?」
「なる訳ないでしょうに!私はただのメイド!お嬢様付きのメイドですよ?」
「どうしよう…出資者が帝国の皇帝一家だなんて…失敗して損させたら私、首、飛ぶかな?」
「飛ぶでしょうね…その時はルダも一緒です。どっちが遠くまで飛ぶでしょうか」
「ルダ。ブランコの靴飛ばしじゃないのよ」
「ですよね。手柄は自分じゃなく飛ばした騎士でしょうし」
「心配するのソッチ?」
「いえ、現実逃避しないと心が受け入れられないだけです」
「奇遇ね。私もよ」
結局その日は体は眠いけれど、頭の中がギンギンに冴えてしまえって一睡も出来なかった。
「あ~。もう!寝ないと明日も忙しいのにっ!」
「お嬢様。ホットミルクをお持ちしましょうか?」
「ダメ。ファガスさんから貰ったホットヤギミルクは癖になってしまうわ。美味し過ぎて止められないのよ」
「解ります。牛乳とは違うんですよねぇ。旦那様もヤギミルクから作ったチーズ。明らかに食べ過ぎです」
1杯だけとルダに釘を刺されつつも差し出されたカップには緩い湯気を立てたホットヤギミルクが注がれていた。
1口飲めば全身に優しさが染入っていくよう。
「いいなぁ。ファガスさんの――」
「お嫁に行けばよいのでは?ヤギミルク飲み放題ですよ?」
「ルダ。違うわよ。ファガスさんに失礼よ。ファガスさんの所で働ければビンに詰められないヤギミルク飲み放題だし、チーズだって端っこ食べ放題。夢のような職場だわぁ」
「お嬢様が飲み過ぎて空き瓶が多くなりますし、端っこも削られ過ぎて食べつくされそうですけどね」
「そんな事しないわよ。ファガスさんの売り上げが無くなっちゃうじゃない。あ、そうだ。ハサウェイから見とけと言われた書類。放りっぱなしだったわ」
ファガスとの初見の翌日。ハサウェイが書類を持ってきたのだ。
全く見ないままで数日が経過していた。
「やっば。神出鬼没なハサウェイに ”まだ読んでないのか” ってドヤされるっ」
慌てて机の上に置きっぱなしだった封筒を手に取り、中身を引き出した。
「え?これって…」
「どうされました?」
ルダが飲みかけのままになったミルクの入ったカップを差し出して問う。
サリアはカップを受け取ってグイっと飲み干すと上唇のさらに上に白い髭を作りながらカップだけをルダに戻した。
「ルダ!貴女…常務取締役よ!」
「は?お嬢様、何を言ってるんです?」
その書類はファガスを手伝ってやってくれと言われた砥石を製品化するために形成した後のクズで研削砥石を製品として売り出すための商会と工房を設立したもの。
代表取締役はファガスとサリア。常務取締役にルダ。
そして設立者と理事長の名前は…。
「マクロン・シリカ?!どうしてハサウェイじゃなくファガスさんでもなくマクロンなのよ?!」
ハサウェイの考えている事は昔から解らなかったけれど、現在史上最高にサリアの頭の中は混乱した。マクロンは時期だけを見れば学院の卒業式を迎えたばかりで、寮を片付けシリカ家に帰って来る時期。
事業をするのに資材も所有しているファガスとせず、マクロンとしたのは爵位だろうと推測は出来る。男爵家よりもまだ家督を継ぐ前と言えど伯爵家であるマクロンの方が社交はしやすいし契約も取りやすい。
「だからと言ってファガスさんを蔑ろにするのはダメよ。ハサウェイ!何考えてるのよ」
自分が常務取締役なんて劇の配役でも回ってこない役柄。
ルダはサリアの手から「ちょっと見せてくださいね」と書類を取った。
「キエエェェーッ!?」
「ルダは常務に名前があるでしょ?」
「ち、違いますよ!お嬢っ、お嬢様っ!出資者!出資者の名前っ!」
「出資者?誰よ、こんな素っ頓狂な人選をするハサウェイにお金を出そうなん―――テェェーッ?!」
サリアは書類をルダに押し付けた。
「やですよ!怖い、怖い。お嬢様が何とかしてくださいっ」
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