その愛はどうぞ愛する人に向けてください

cyaru

文字の大きさ
18 / 62

第18話   心配ないさ

しおりを挟む
「お嬢様。お忙しいところ残念なお知らせが御座います」
「ルダ。もしかして私のお気に入りの靴下に穴が開いたとか?」
「哀しさレベルは靴下に勝ります。靴下はこのルダが刺繍で隠せますので」
「って事は…また?えぇーっ。今日はもうへとへとなのに」

今日は朝いつも通りに執務を済ませて7時の朝食の後、ファガスの所で切り出した砥石の粉を集める作業をしたので、口や鼻は覆っていたけれど声はガラガラだし、粉末も元は石なので集まるとそれなりに重量もある。

土嚢袋に詰めて運んで湯を浴びた後はもうとっとと寝てしまえと寝間着に着替えたばかりだ。

しかも時計を見れば19時。
他家に訪問するのには明らかに適していない時間に溜息と切なさと苛立ちがこみ上げた。

「どうされます?」
「いいわ。会う。会わなきゃ明日も来るかも知れないし、明日は明日の風が吹くのよ!予定も埋まってるから邪魔されたくないわ」
「邪魔されたくないには同意しますが、着替えますか?」
「着替え?また着替えるの?‥‥もういいわ。これで会うわ」
「お嬢様…掃除で羞恥心も捨ててきましたか?」

サリアは現在寝間着姿だが、寝苦しさから掛布を蹴り飛ばしてお腹を冷やしてしまうので着ぐるみ風のパジャマを着ている。

「ルダ。行くわよ」

サリアは鬣の付いたフードを被った。
歩くと先端がモフモフになった尻尾が揺れる。
今日の着ぐるみは雄ライオン。

またもやデリックの待つ応接室の扉の前で「ヨシッ!」気合を入れた。

ガチャリ
「こんなぁ~時間にぃぃ~眠りをぉぉ~妨げるのは誰ぇ~だァ~♪」

サリアはミュージカル風に歌いながら大きな手振りをし、1回転。「うぉぉぉ~」可愛く吠えてもう1回転。

デリックは突然始まる即興ミュージカルに開いた口が塞がらないが、気を取り直し花束をサリアに差し出すと、サリアはデリックの腰かけていたソファの周りをジャンプしながら右に左にせわしなく動く。

そして差し出された花束から薔薇を1本抜き取るとクルっと回る。

「はい!咥えるッ!」
「え?咥‥え?」
「咥えたら両手を広げて羽根のようにッ!!」

デリックは言われたまま、薔薇の茎を口に咥えて手を翼のようにバサバサと動かした。
鳥になったデリックをそのままにサリアはピタリと動きを止めたかと思うと、中腰で指パッチンをしながら扉の方向に下がっていく。

「デデッデデー♪スーチャチャッ・スーチャチャッ♪」
「ア、アカペラで桃色パンサー?!格好はライオンなのに?!」

うしろ向きに下がったので扉があるかと思えば壁。
お尻がドンと当たっても大丈夫。
姿勢を立たせ、胸に手を当てると「心配ないさぁぁ~!!」と声高らかに場所が違っていた事を誤魔化した。

更にデリックに告げるのも忘れない。

「協議書項目5番ッ! ”パジャマはニャネルの5番と決まってる” 残念っ!着ぐるみでしたー」
「はぁっ?!」
「もひとつおまけに協議書項目8番目っ! ”時と場合を考えろッ” なのでぇ…今何時ッ!?」
「え、えっと…19時18分?」
「違ぁうッ!そこは そうね、だいたいねー。と答えなきゃ!なのでぇ‥協議書項目14番目っ! ”当たり前の事も知らないのか” ニャニャニャー!ニャニャニャニャー!デッデッデッデッデ‥‥」
「おいっ!最後は火サスで退場すんな―!!」

デリックは父親に続き、サリアにも言うだけ言われて去られてしまった。 
しおりを挟む
感想 63

あなたにおすすめの小説

【完結】どうかその想いが実りますように

おもち。
恋愛
婚約者が私ではない別の女性を愛しているのは知っている。お互い恋愛感情はないけど信頼関係は築けていると思っていたのは私の独りよがりだったみたい。 学園では『愛し合う恋人の仲を引き裂くお飾りの婚約者』と陰で言われているのは分かってる。 いつまでも貴方を私に縛り付けていては可哀想だわ、だから私から貴方を解放します。 貴方のその想いが実りますように…… もう私には願う事しかできないから。 ※ざまぁは薄味となっております。(当社比)もしかしたらざまぁですらないかもしれません。汗 お読みいただく際ご注意くださいませ。 ※完結保証。全10話+番外編1話です。 ※番外編2話追加しました。 ※こちらの作品は「小説家になろう」、「カクヨム」にも掲載しています。

行かないで、と言ったでしょう?

松本雀
恋愛
誰よりも愛した婚約者アルノーは、華やかな令嬢エリザベートばかりを大切にした。 病に臥せったアリシアの「行かないで」――必死に願ったその声すら、届かなかった。 壊れた心を抱え、療養の為訪れた辺境の地。そこで待っていたのは、氷のように冷たい辺境伯エーヴェルト。 人を信じることをやめた令嬢アリシアと愛を知らず、誰にも心を許さなかったエーヴェルト。 スノードロップの咲く庭で、静かに寄り添い、ふたりは少しずつ、互いの孤独を溶かしあっていく。 これは、春を信じられなかったふたりが、 長い冬を越えた果てに見つけた、たったひとつの物語。

拝啓、婚約者さま

松本雀
恋愛
――静かな藤棚の令嬢ウィステリア。 婚約破棄を告げられた令嬢は、静かに「そう」と答えるだけだった。その冷静な一言が、後に彼の心を深く抉ることになるとも知らずに。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

婚約者とその幼なじみの距離感の近さに慣れてしまっていましたが、婚約解消することになって本当に良かったです

珠宮さくら
恋愛
アナスターシャは婚約者とその幼なじみの距離感に何か言う気も失せてしまっていた。そんな二人によってアナスターシャの婚約が解消されることになったのだが……。 ※全4話。

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

真実の愛がどうなろうと関係ありません。

希猫 ゆうみ
恋愛
伯爵令息サディアスはメイドのリディと恋に落ちた。 婚約者であった伯爵令嬢フェルネは無残にも婚約を解消されてしまう。 「僕はリディと真実の愛を貫く。誰にも邪魔はさせない!」 サディアスの両親エヴァンズ伯爵夫妻は激怒し、息子を勘当、追放する。 それもそのはずで、フェルネは王家の血を引く名門貴族パートランド伯爵家の一人娘だった。 サディアスからの一方的な婚約解消は決して許されない裏切りだったのだ。 一ヶ月後、愛を信じないフェルネに新たな求婚者が現れる。 若きバラクロフ侯爵レジナルド。 「あら、あなたも真実の愛を実らせようって仰いますの?」 フェルネの曾祖母シャーリンとレジナルドの祖父アルフォンス卿には悲恋の歴史がある。 「子孫の我々が結婚しようと関係ない。聡明な妻が欲しいだけだ」 互いに塩対応だったはずが、気づくとクーデレ夫婦になっていたフェルネとレジナルド。 その頃、真実の愛を貫いたはずのサディアスは…… (予定より長くなってしまった為、完結に伴い短編→長編に変更しました)

悪意には悪意で

12時のトキノカネ
恋愛
私の不幸はあの女の所為?今まで穏やかだった日常。それを壊す自称ヒロイン女。そしてそのいかれた女に悪役令嬢に指定されたミリ。ありがちな悪役令嬢ものです。 私を悪意を持って貶めようとするならば、私もあなたに同じ悪意を向けましょう。 ぶち切れ気味の公爵令嬢の一幕です。

処理中です...