その愛はどうぞ愛する人に向けてください

cyaru

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第29話   マクロンの帰宅

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「あ~疲れた」

サリアはウェストのリボンを馬車の中でルダに解いて貰うと「はぁー」大きく息をした。

「可愛い恰好するのも疲れるわ。私には無理」
「今回がやり過ぎなだけですよ」
「ルダ。何時だって全力投球よ。手を抜いちゃいけないわ」
「ですが、あれだけさりぃだのデリック様だのと固有名詞を連呼したら噂になりますよ。今後社交界で何を言われるか」
「いいの~いいの~いいのっ!どうなるのか解りたくなんてないって言うじゃない。社交なんてする気ないし」

馬車に揺られてシリカ伯爵家に戻ると、玄関で待っている人が見えた。
家令や執事、使用人なら何かにもたれたりせずに立っているのに1人だけ壁に背をあてて足を組んでいるようにも見える。

「あれ?もしかして坊ちゃまでは御座いませんか?」
「ん?あ、ほんと。マクロンだわ。今日が帰る日だったのね」

馬車が停車し、扉が開くとマクロンが手を差し出してくれていたがサリアの格好を見るなり「ブッ!」と噴出して腹を抱えて笑い転げた。

「ね、姉さん。アッハッハ。なんだよ。その格好。アーッハッハ」
「笑い過ぎよ。今日はデートだったの」
「デ、デ、デート?それで?マジで?ハーッハッハ」
「いい加減に笑うのやめなさいよ。好きでこんな格好してるんじゃないわ。唇オバケスタイルじゃないだけいいでしょ?」


今日は突然だったので、クローゼットで我儘ぶりっ子にするか、化粧で顔を白塗りにして、唇の端から4cm広く口紅を塗る唇オバケにするか迷ったのだ。

どこでこんなのを買っているのか、その時は白地に赤でリップマークがこれでもか!と刺繍されているワンピースを着る予定だったのだ。

ルダに『口紅で肌が荒れたら暫くヒリヒリしますよ』と言われたので我儘ぶりっ子にしただけ。

だが、笑い転げるマクロンを見てルダが遠い目になる。

「遺伝子って怖っ」

ポツリと呟いたが、サリアも「確かに」と頷く。
勉強に集中したいと3年間の学院生活でマクロンは1度も家には帰ってこなかった。

身長も伸びたし、幼さのあった顔立ちは青年に変わっていた。
頭の中身までは見えないけれど、外見はハサウェイとよく似ている。

「若い頃の旦那様に瓜二つです」と使用人の中でも一番の古参である家令が言うので父方の遺伝子は確実に受け継がれていると思われる。

「そう言えば姉さん。婚約無くなるんだって?」
「誰から聞いたの」
「ハサウェイ君。さっきまでいたんだ」
「チッ。ほんと。口から生まれたような男ね。なんでもばらしちゃうなんて。でも気にしないで。マークの世話になろうなんて思ってないわ。ちゃーんと自活の道も模索してるの」
「え?ファガスさんが次の相手じゃないのかい?」
「な、なんでそこにファガスさんが出てくるのよ!」
「なんでって。ハサウェイ君が言ってたし」
「あの野郎!!もう許さない!うなじの毛と足の指の毛をゆーっくり毛抜きで抜いてやるんだから!」
「お嬢様。足首付近の毛もゆっくりでお願いします。後日埋もれ毛になるように」

場所は離れているけれど、ハサウェイが何かゾワッと感じて自分で自分を抱いたことをサリアもルダも知らない。


その日の夕食は家族が揃っての夕食。
久しぶりのマクロンにシリカ伯爵はまたもや秘蔵のワインを使用人にも振舞った。

「そう言えば…マークは石を固める事が出来る糊の代わりのようなものって知らない?」
「石を?結合させるのか?」
「クズクズになった石とか研磨で出る粉末とかなんだけど」
「それなら…石石鹼いしせっけん使ってみなよ」

<< 石石鹼いしせっけん >>

サリアとルダの声が重なった。
まさか使ったばかりの石石鹼いしせっけんがここで出て来るとは。

石石鹼いしせっけんは石炭酸石鹸とも言うんだけど汚れ落ちが凄く良いんだ」
「そんなに汚れが落ちるの?」
「うん。皮膚も持っていかれるくらいにね。独特の香りがあるんだけど吸い過ぎると死ぬよ」
「マジか…危険なのね」
「それだけ殺菌作用が強いんだよ。市販されているのは薄められているけどクレゾールだからね。肌に優しいものならホワイトシダーの木かな。ビーバーが好んで食べるからビーバーの分泌腺でね、香嚢にあるッさいクリーム状のやつもクレゾールが多く含まれてるよ。薬草店に行って海狸香かいりこうって言えば売ってくれるよ」

<< ビーバー?! >>

またもやサリアとルダの声が重なった。

「どしたん?そんなこと聞いて。あ~ファガスさんとこに嫁入りするなら…うん。必要だよね」
「マーク。今はそんなのどうでもいいわ。明日、買い物付き合いなさい」
「いいよ。丁度僕も本屋に行きたかったし」

――灯台下暗しだわ。石石鹼いしせっけんもビーバーも聞いたばかりじゃない――

持つべきものは賢い弟。
サリアは明日、子供頃にマクロンが好きだったチーズケーキを沢山買ってあげようと思ったのだった。
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