1番じゃない方が幸せですから

cyaru

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第42話  得たもの、失ったもの、知ったもの

「わぁ!久しぶりの侯爵家ですぅ!!お嬢様!」

「うん…そうね」

ナナのように無邪気には喜べない。
あれからナナはエルヴィーが押せ押せで気が付けば婚約を間もなく結ぶという。

――そんなの早く教えて欲しかったわ――

ナナは準男爵家の出なので、ナナ自身は継ぐような爵位はない。平民と同じ扱いになる。
婚約を機にエルヴィーはコハマ侯爵からこじんまりとした家を貰うようになっていてナナとそこに住まうのでナナは住み込みではなく通いになるのだ。

「ねぇ。ナナ」

「なんです?」

「エルヴィーさんの何処が良かったの?菌よ?菌!」

「やだなぁお嬢様。ヨーグルトだってチーズだってパンだって菌がないと出来ないんですよ?」

「ってことは食い気?」

「それもありますけど将来性ですかね。腐っても侯爵家のご子息ですしお嬢様の事業のおかげでコハマ侯爵家はウハウハですよ?遊んで数代暮らせるんですから、気負わずに仕事も出来るってものです。私ね~家が貧乏で早くに口減らしに行けって住み込みの出来るお屋敷探したんですよ。へとへとになって帰るとお金ないから両親は殴り合って喧嘩してましたし…。お金が全てじゃないですけど、ないよりあった方がいいですし」

「じゃぁ好きって訳じゃないってこと?」

「好きかどうかだと…今は微妙かなぁ。でもね、私が勝手に片付けてもありがとうって言ってくれますし、私のお茶が美味しいって何杯も飲んでくれますし…悪い人じゃないからこれから好きって言えるようになるかな?って思って」


エルヴィーを語るナナは少し恥ずかしそうにする。
それを見てルビーは「理由付けてるけど好きなんじゃ?」と思ってみる。


馬車の外を見るとサーディスが騎乗し、真面目な顔をして並走している。

――取り敢えず今は死んだことになる前に公爵家を出られただけでも良しってことよね――

そんな事を思いながら馬車に揺られた。


★~★

コリンナは着の身着のまま。あの後、まるで不用品を捨てるように公爵家の外に放り出された。

「どうして」と縋る気持ちなど全くない。
コリンナの心の中にあったのは「横なって眠れる」それだけだった。

物の方が大事に扱われている。エクセと軟禁をされた時に何度も思った。

エクセがいれば、いやエクセの傍に居れば何でも思い通りになる。着る物も食べる物も困ったことはなかったし、借金取りが押しかけて来たこともないし、子供の夜泣きに付き合わされることもない。
快楽だけを貪る毎日は楽しくて仕方がなかった。

――アタシもクズだっただけど、エクセだってクズだわ――

今は母と祖母、そして子供が待つ家に戻って少しゆっくりしたら真面目に働いてみてもいいかも知れないと思った。アジメストを見ていると、まるでエクセに愛されていた自分のように見えた。

第三者に自分を写してみてみると、悪いところばかりが見えてしまう。
自分も周囲にはこんな傲慢に見えていて、恥ずかしげもなく無知を曝け出していたことが恥ずかしくなった。

コリンナは生きてきて初めての気付きを経験したのだった。

「何にもなくなったけど…いいや」

自分には家族がある。そう思い歩いて家に戻ってコリンナは茫然と立ち尽くした。

家があったはずの場所は建物が取り壊されている最中で、歩いている人を捕まえて聞いてみた。

「建て直すって聞いたけどな」

「ここに住んでた人は?どこに行ったの?」

「さぁ?壊し始めたのはもう1か月くらい前の話だし知らないなぁ」

その後コリンナは娼婦をしながら家族を探し回ったが、その生涯で見つけることは出来なかった。
つかの間の快楽を求めた期間で、気づきのあったコリンナが失ったものはあまりにも大きかった。


★~★

コハマ侯爵家の3人とルビーとナナが去った後、ルワード公爵家は重苦しい空気が立ち込めていた。

ルワード公爵夫人はいち早く不穏な流れを察知したのか、「ガラス事業はわたくしのものよ」と言い出した。

「なっ!お前…」

「だってそうでしょう?ルビーだって言ってたじゃない。私の手腕だって」

「そんなのはサービストークだろう。真に受けるな」

「それでもいいのよ。あの子は本当にいい子だわ。少なくとも初日から腰を振るような女よりずっといい女よ。わたくしはね、この年齢だと若い10代前半の女の子には引かれると思ってたんだけど、ルビーのおかげで新境地を開いたの。この事業の売り上げは年若い女の子に新しい可能性を見つけてもらうための基金の原資にすることに決めているのよ。ルビーの水魔法で洗ってもらったガラス玉はガラスじゃないの。可能性の原石だとわたくしは感じたの」

「ハッ。バカバカしい。家が栄えてこそだろうが!」

「家?そうね。それもそうかも知れないけど…事業は末端の民がいてこそよ」

「馬鹿が!いい年をした年増が感化されおって!」

「仕方ないわよ。誰だって年を取るんだもの。いいわ。あとで離縁書を送ってあげる。サインして出して頂戴。年増の感化された女ですもの。年は減らないから年増であることは変えられないわ。逆看過されてた方が貴方も幸せでしょうしね」

公爵夫人は本気なのだろう。
部屋に戻ると荷物を纏めて実家に本当に戻ってしまった。

夫人が荷物を使用人に運ばせている声に苛立ったルワード公爵は夫人を引き留めるどころではなかった。

ルビーの名前が記載された結婚証明書の控えを急いで燃やした。

何故ここにあるのか。理由などどうでもいい。王家が保管している物と違っているのなら持っているだけで犯罪になる。こんなものが手元にあると王家に知られれば他にも偽造したものがあるんじゃないかと痛くもない腹を探られてしまう。

幸いに経営についての収支報告は第三者であり税務院からランダムに選ばれる監査に見てもらっているので問題はないだろうが、ルワード公爵はエクセが偽造したのだと思い込んだ。

「どいつもこいつも!!私を馬鹿にしおって!」

そんな場に観劇を終えてノユビワ子爵夫妻が戻ってきた。

「あ、公爵、今日の歌劇も面白かったです。料金などは請求書を回すように窓口で伝えましたので」

「はぁっ?誰がその金を払うんだ?」

「え?公爵ではないんですか?娘が嫁いでいますし支度金って言うんですか?貰ってないので相殺でもいいかなと」

「そっちこそ持参金もないだろう!勝手なことをするな。自分で支払え!」

「そんなことを言われましても…」

すっかりルワード公爵のお世話になるつもりだったイーカイズは請求書が来ても払えないのにと困ってしまった。そんなイーカイズにアジメストはコハマ侯爵から預かった封筒を手渡した。

「お父様、侯爵から預かったの」

「なんだ?」

「えぇーっと何だったかな…あ!代官職がどうとか…ご苦労って言ってたからご褒美じゃない?」


書類を燃やしていたルワード公爵も、エクセもさっき聞いたばかりの言葉を「何をどうしたらそうなる?」アジメストの伝言に心臓まで止まったかと思った。

更に追い打ちがかかる。従者が申し訳なさそうに封書を持ってきた。

「旦那様、学問所からなんですが」

「学問所?なんでウチに?」

そう思い、封を切って中身の便せんの文字に目を走らせたルワード公爵は1枚目、2枚目交互に見て目が血走っていく。

1枚目はルビーが「ここまでです」と打ち切った後に発生した料金。
アジメストが使用していた寮の部屋。ゴミ部屋になっていて清掃費用や壁紙や床材の張替え費用が記載されていた。

借金の回収は取れるところからが鉄則。学問所も馬鹿ではないのでアジメストがルワード公爵家に嫁いだことは調べ上げて送付してきたのだった。

そして2枚目は強制退学のため、過去に在籍していた事実も抹消するという通知書。

「どういうことなんだぁーっ!!」

ルワード公爵の雄叫びが窓ガラスを揺らした。
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