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エドガルドの想い

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「ハルメル王国の王太子に嫁げとの仰せだ」

3週間後、王城から屋敷に戻った父のブレント侯爵はコートを執事に預け、手袋を外しながら玄関に迎えに出たステファニアに吐き捨てるように言い放った。

家長である父の意向、そして国王からの命令。
ステファニアには拒否権はなかった。

「物言わぬお前で構わないと言ってるんだ。傷物となった今、足掻いたところでどうにもならん」

アベラルドとの一方的な婚約解消で憤慨していたブレント侯爵は言葉の並びとは裏腹に上機嫌だった。ステファニアへの慰謝料が支払われたためである。
母親はそうでもなかったが、ブレント侯爵は子供に関心がない。

嫡男のエドガルドが第一王子レオポルドの覚えも目出度く側近となった時でさえ、「良かったな」とどこか他人事だった。だが、金は人の心をも変えるのだろう。


立ち尽くすステファニアの背に温かい手を添えたのは兄のエドガルドだった。
ステファニアの顔を覗き込むように、少し中腰になったエドガルドは背を撫でた。

「どうしても嫌なら、私が陛下に頼んでみるがどうする?」

ステファニアはフルフルと小さく首を横に振った。

「無理をして笑うな。辛いときは辛いと言っていい」

兄のエドガルドは王太子の側近で現宰相の元で即位に向けて引継ぎを行っている。毎晩明け方近くまで執務室の灯りが消える事はなく、忙殺される中に自分の我儘で世話をかけてはならないとステファニアは「辛くない」と身振り手振りで告げた。

「アベラルド殿下とは話をしたのか?」

優しく問い掛けるエドガルドだが、ステファニアは目を伏せて首を横に振った。
ベルタが紙とペンを差し出すと、さらさらとペンを走らせエドガルドに手渡した。

『手紙は来たけれど、読まずに持って帰ってもらった』

エドガルドは小さく溜息を吐いてその紙を折りたたんだ。
話をしたほうが良いに決まっているが、国王が即決をしたのであればアベラルドは過ちを犯したのだろう。ファミル王国では再婚は別として、貴族の中でも高位貴族、そして王族の初婚にはその身の潔白が求められる。
女性だけでなく、男性にもそれは求められる。異性との関係を持ったものは穢れた身で神に誓いを立てる事になるが、規律を守り通した者と破った者が同じ扱いになる事はない。

数百年前には婚約者以外の女性とたった一度だけ交わった王子はその場で首を落とされたという記録も残っている。見直しをする事も何度か話し合われたが、「籍を抜ければ良い」と教会側に突っぱねられた。
当時からはかなり緩やかにはなっているが、そのような事情がありアベラルドとカリメルラの結婚式は簡素の上に極秘で行なわれたのだ。


「アベラルド殿下は間違いは犯さないと思ったんだがなぁ」

エドガルドも未だに信じられなかった。明確に女性とは一線を引いて夜会でもステファニア以外とは踊りもしなければ、歓談をするのも従者や男性の貴族を必ず複数人側に置く徹底ぶりだった。

ステファニアには伝えていないが、エドガルドはその立場から本来ハルメル王国の王太子に嫁ぐ予定だったのはカリメルラだと知っている。

カリメルラの扱いも結婚と同時に王子妃としての扱いになる。
それが本当なら妹だったのにとエドガルドは声を発する事の無くなった妹を慮った。


エドガルドにはハルメル王国の王太子レアンドロに嫁ぐにあたり懸念材料があった。
レアンドロには付き合いの長い子爵家の恋人がいるという事実である。
爵位の低さや学問の習熟度で婚約が出来ないけれどご執心の令嬢がいる事は懸念材料だった。

希望的観測を言えば、王太子と言う立場、戦勝国からの花嫁、和平協定に基づいての事項である事をちゃんと理解してくれていれば、何の問題もない。

ファミル王国と違い、ハルメル王国は一夫一妻の国ではない。
信仰する宗教が母体は同じでも長い年月で枝わかれした別の宗派。
ハルメル王国は「正妻を蔑ろにしない」事を前提に第二夫人以降を娶る事が出来る。

「判っていると良いんだが」

エドガルドの呟きは誰にも聞こえない。




慌ただしく荷を馬車に積み込み、ステファニアが出立をする日。
奇しくもアベラルドとカリメルラの結婚式の日だった。

その日にしろと言ったのは王太子だった。
ステファニアがハルメル王国に到着する頃、立太子を飛ばして国王に即位をする。
現国王の容体は日に日に悪くなり、たった1週間や10日でもう話すらまともに出来ない。

主を疑いたくはない‥‥けれども。
物事が第一王子レオポルドの都合の良いように物事が進んでいく事にエドガルドは一抹の不安を覚えた。
エドガルドでさえステファニアが嫁がされ事になるとは思わなかったのだ。
レオポルドはエドガルドがステファニアを情報源として扱った贖罪を感じていること知っている。だからこそ驚いたのだ。ステファニアしか該当者がいない事が判った時点でこの婚姻の提案は破棄してくれるものだと。

――毒を食らわば皿まで…自分だけだったのか?――

考え事をするエドガルドの腕をステファニアが掴み、顔を覗き込んできた。

「(お兄様、行ってまいります)」

声は出なくともパクパクと口を動かしステファニアは家族と別れの挨拶をする。
せめて隣国の医師の診察を受けてからという母の頼みも叶えられる事はなかった。

願わくば、心穏やかに過ごせるように。
エドガルドはそう思いながらステファニアを見送った。
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